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第4話:脱出と最初の亀裂

鎖の魔術師に「犬っころ(ラップドッグス)」とされた三人の転生者――レイジ、サキ、ゴウ。彼らは、それぞれの「鎖」を断ち切るため、命がけの裏切りを実行した。


これは、レイジの「憤怒」を熱源とし、サキの「論理」とゴウの「業」を賭けた、自由への決死の脱出劇。


肉体の鎖が断ち切られたとき、彼らは真の自由を得るのか?それとも、支配者が最後に放った「予言」の通り、「外の世界のより強固な鎖」に縛られるのか。


第一部「服従と目覚め」の、最初のクライマックスが開幕する。

I.決行の瞬間:沈黙の中の熱源とシステムへの侵入

1.最終準備:沈黙下の微かな波動

カストルの拠点全体に、大規模メンテナンスの合図となる、低く、しかし全身を圧するような魔力的な波動が流れ始めた。この波動は、鎖の支配システム全体が一時的に「防御を緩める」ことを意味していた。サキが計算し尽くした、唯一の窓が開く。


レイジは、拠点中央の動力炉に通じる通路の陰に、全身の熱を集中させていた。隣のサキは、極度の集中状態にあり、彼女の瞳は魔力的なデータの流れを捉えていた。その背後には、ゴウが、まるで巨大な岩塊のように沈黙して控えていた。彼の呼吸は荒く、内なる「業の鎖」と戦っている証拠だった。


「レイジ。開始まで、残り30秒。目標レベルは、90パーセント。それを超えるな」サキの思考は、一切の感情を排し、レイジの意識に直接届く。


レイジは目を閉じた。鎖の熱が、彼の「憤怒(Rage)」を制御しようと脈動している。しかし、レイジはもうそれに抵抗しない。彼は、憤怒そのものを、鎖の支配に打ち勝つための「純粋な熱源」として利用する術を会得していた。


彼の意識は、カストルの歪んだ「救済」の理論、ゴウの苦渋の贖罪、そして処刑された仲間の最後の絶望の視線へと向けられる。これらの記憶が、レイジの内なる熱を燃焼させる燃料だった。


2.ゴウの「業の鎖」とアクセスコード

ゴウは、カストルから与えられた「魂の鋳型」中枢システムへのアクセス権限を行使するため、警備の目を潜り、専用のインターフェースへ到達していた。彼の巨体は、一歩進むごとに「忠誠心」という名の鎖が彼の骨を軋ませるような音を立てていた。


彼の指先が、鍵となる魔術回路に触れる。この行為は、カストルへの絶対的な忠誠を踏みにじる行為であり、彼の「業の鎖」を最大限に軋ませた。


(カストル様…俺は、俺自身の罪を償うために、あなたを裏切る。あなたの狂気に加担することは…もはや、贖罪ではない)ゴウの苦痛に満ちた思考が、レイジとサキにも微かに届く。彼の肉体が、制御魔術への抵抗で、痙攣している。


ゴウは、サキが解析した「偽装されたアクセスコード」を、回路に流し込む。コードは、カストルのシステムに「ゴウが定期的な点検作業を開始した」と誤認させるための、緻密な論理の欺瞞だった。


3.90パーセントの臨界点とシステムの誤作動

「レイジ、現在89.5パーセント。あと一息だ」サキの思考が警告を発する。


レイジは、鎖の熱をさらに上げる。90パーセント。その瞬間、レイジの鎖の亀裂は、赤熱した炎を小さく噴き上げ、拠点内の警報システムが短く誤作動を起こした。拠点全体の魔力的なバランスが、レイジの「憤怒」によって一瞬だけ傾斜したのだ。


その「ノイズ」が、サキのコード実行の合図だった。サキは、迷いなく最後のコマンドを入力する。彼女の瞳には、論理が狂気に打ち勝つという、勝利の確信が宿っていた。


II.鎖の断絶:論理と意志の衝突と力の喪失

1.カストルの出現と「逆トラップ」の論理

サキのコードが中枢システムへ流れ込み、三人の鎖を切断する直前、動力炉の中枢全体に、冷たい魔力の障壁が展開された。


「非効率なエラーを検知した」


カストルの映像魔術が、動力炉の中央に、巨大で冷酷な姿を現した。彼の瞳は、レイジたち三人をまっすぐ見据えている。彼の背後の「歯車と絡み合う鎖」の紋章が、逆回転を始めた。


「私の忠実な犬たちよ。お前たちの行動は非効率なエラーだが、すべて予期されていた」


カストルは、静かに予期せぬ「逆トラップ(二重の防御魔術)」を発動させた。これは、サキが解析した「技術的な防御」とは異なる、カストル自身の「情緒的な防御魔術」だった。


「お前たちの『反逆の自由意志』は、私が過去に排除した最悪の苦痛そのものだ。私が自らに課した罰だ。故に、お前たちの行動は、私の予測の範囲内にある」


カストルは、過去に愛する者の裏切りによって苦痛を味わった。その経験こそが、彼に「裏切り」という感情を予測させる「防御システム」を与えていたのだ。


2.計画の破綻とレイジの「創造の熱」

カストルの罠により、サキのシステムは停止寸前に陥る。「失敗…論理的破綻!」サキの思考が初めて混乱し、彼女の全身から汗が噴き出す。ゴウは、カストルの支配的な魔力に押しつぶされ、その場で「業の鎖」が軋む音と共に崩れ落ちそうになる。


(ここで、終わるのか…!自由は、ただの幻想だったのか!)


レイジの意識が絶望に染まる瞬間、彼の脳裏に、第1話で見た「鉄を叩く創造的な記憶」が、絶望を超えた熱源として蘇った。彼の「憤怒」は、カストルの支配を破壊するだけでなく、「創造」へと昇華されるべきものだと、本能的に理解した。


レイジは叫んだ――「憤怒は、破壊のためではない!創造の熱源だ!」。


彼は、鎖の熱を100パーセント、さらにその先へと、自身の「創造の意志」を燃料として強制的に押し上げた。この熱は、もはやカストルの呪いによる熱ではなく、自らの意志が生み出した、「新しい熱源」だった。


ゴォオオオオオ…!!


レイジの鎖の亀裂から、青白い炎が噴き出す。この制御不能の熱が、カストルの「情緒的な防御魔術」を、「新しい熱源」で強引に焼き切り、システムを強制的に再起動させた。


3.鎖の破裂と力の喪失という代償

カァァァン!!


耳を聾するほどの金属の破裂音と共に、三人の首元の鎖が同時に砕け散った。鎖が外れた瞬間、レイジの耳に、外界のあらゆる「ノイズ」が、津波のように一気に流れ込んできた。風の音、遠くの街の喧騒、そして、三人の荒い呼吸の音。


沈黙の支配は、終わった。


しかし、自由の獲得と同時に、彼らの肉体を限界まで強化し、生存させていた鎖の強化魔術が停止した。レイジたちの「力」は、急速に減衰し始める。まるで、命綱を断ち切られたかのように、全身から力が抜け、その場に崩れ落ちる。


「力が…失われた」ゴウは、自らの手が、かつての鋼鉄の剛さを失っていることに愕然とする。彼の「業の償い」を支えていた力が、失われたのだ。


カストルは、動力炉の崩壊によって消滅寸前の映像で、レイジに最後の呪いを投げかける。


「お前たちは自由になったのではない。外の世界の鎖のほうがよほど強固だ。お前たちは、その自由をすぐに呪うだろう…」


III.自由と荒野:ノイズに満ちた世界への旅立ち

1.荒野への逃亡と真の自由

レイジ、サキ、ゴウの三人は、カストルの拠点崩壊に乗じて、辛うじて脱出に成功した。辿り着いたのは、夜明け前の異世界の荒野。彼らの背後では、カストルの拠点が、静かに、しかし確実に崩れ去っていく。


レイジは、鎖のない首元に手を触れる。熱もノイズもない。代わりに感じるのは、自分の生きた鼓動と、異世界の冷たい風だけだ。


「成功したな、レイジ。論理的に、我々は支配から解放された」サキは、消耗しきった体で、それでも「論理的な勝利」を掴んだことに満足していた。彼女は、「技術」が「狂気」を上回ったことに、静かな高揚感を覚えていた。


「しかし…この力で、俺は…どうやって業を償えばいい…」ゴウは、自分の掌を見つめる。彼は、罪を償うための「剛」を失ったことに、強い不安を覚える。彼の「業の鎖」は、物理的な鎖が外れた後も、まだ彼の心を縛り続けていた。


2.カストルの予言と新たな鎖

レイジは、カストルが最後に残した言葉を反芻する。(外の世界の鎖のほうがよほど強固だ)


彼らの耳に届く外界の「ノイズ」は、単なる音ではなかった。それは、異世界社会の喧騒、不信、差別、そして偏見という、「社会の鎖」の予兆だった。


レイジたちは、自由を手に入れたが、それは力を失い、社会から排斥されるという、過酷な現実との引き換えだった。彼らは、真の「居場所」を探す、第2部への旅立ちを前に、荒野に佇む。


(居場所は、誰かに与えられるものではない。この熱で、創り出すものだ)


レイジの心の中で、憤怒の熱が、「創造の意志」へと静かに変質し始めていた。彼の「憤怒」は、もはや破壊のエネルギーではなく、「世界の歪みを正す」ための「熱源」となり始めていた。


彼らは、太陽が昇り始めた荒野で、「犬っころ」という過去を捨て、「異質な存在」として未来へと踏み出す。


第4話をお読みいただきありがとうございます。


レイジ、サキ、ゴウは、肉体の鎖を断ち切り、「無音の支配」から解放されました。しかし、彼らが手にした自由は、力の喪失と、支配者の「呪いの予言」という代償を伴います。


次話より、物語は第2部「流浪と居場所の価値」へ移行します。


第5話:「失われた力と社会の排斥」――力を失ったラップドッグスが、過酷な異世界の環境と、「異質な存在」を許さない人々の冷たい視線という、新たな鎖に直面します。彼らは、真の居場所を見つけられるのか?

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