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第1話:鎖の熱、沈黙の支配と憤怒の兆し

鎖の魔術師に「犬っころ(ラップドッグス)」とされた転生者たち。


感情と自由を奪われ、首元の呪いの鎖と「無音の支配」に縛られた彼らが、ただ破壊の道具として生きていた日々。


これは、ひとりの「犬っころ」が、内に秘めた「憤怒」を熱源とし、支配の鎖に最初の亀裂を入れる物語。真の自由を勝ち取るための、ダーク・ファンタジーが開幕する。

I.沈黙の支配:レイジと無音の世界


1.ゼロ都市の夜明けと五感の去勢

レイジは、風化しきった廃墟都市『ゼロ』の瓦礫の中で、夜明け前の冷たい空気を吸い込んでいた。しかし、その冷気さえも、彼の感覚器に達する前に「鎖」によって鈍化されていた。レイジの首に巻かれた黒い金属の首輪――それは、鎖の魔術師カストルが転生者たちに施した呪いの象徴であり、彼らの自由意志を去勢する装置そのものだ。


彼の視界は、常に灰色と黒の単調な世界に固定されている。鮮やかな色彩、感情の機微、それらはすべて「ノイズ」として鎖によって遮断されていた。最も異常なのは「音」だ。レイジの意識に届くのは、外部の音ではなく、首輪が発する微かな、熱を持った「振動ノイズ」だけ。まるで全身が深い水底に沈んだかのような、絶対的な「無音」の支配。この沈黙こそが、彼がラップドッグス(犬っころ)である証だった。


ターゲットは、地下に潜伏する反逆者の一団。レイジの思考はクリアだが、それは自己判断を許されない冷徹な計算でしかなかった。彼の脳裏に浮かぶのは、任務を遂行するための最適なルートと、最小限のエネルギー消費。


(――非効率な感情は、排除)


鎖の熱が上昇する。それは、レイジが人間的な思考をわずかでも巡らせたことに対する、支配者からの警告と調整だった。


2.戦闘開始と熱源の記憶

「コード:ファランクス。進行」


鎖を介して、サキの無感情な声が届く。まるでシステム管理者からのコマンドのようだ。


レイジは起動する。彼の動きは驚くほど無駄がない。廃墟の瓦礫を蹴り、壁を垂直に駆け上がる。それは、かつて地球で「熱と金属」を扱っていた職人の、研ぎ澄まされた集中力を転用したものだった。


地下への突入。最初の敵兵を仕留める瞬間、敵の恐怖の叫びや、銃弾の炸裂音はレイジには届かない。彼の耳に届くのは、鎖が彼の身体能力を極限まで増幅させる「高周波の熱ノイズ」だけだ。


敵の銃剣がレイジの脇腹を浅く切り裂いた。しかし、痛みも一瞬で鎖の力によって抑圧される。


「キーン…!」


その時、レイジの意識の奥底に、灼熱のフラッシュバックが蘇る。


(――熱い。鉄と、油の匂い…)


それは、溶鉱炉の熱、鍛冶場でハンマーを振り下ろす手の感覚、そして「何かを創り出している」という、猛烈な高揚感と意志だった。創造的なエネルギー。それは今の彼が持つ破壊の力とは真逆の性質を持つ記憶。


そのフラッシュバックが強すぎるあまり、鎖の熱が一気に限界近くまで上昇する。レイジは一瞬、動きを止め、その場に跪きそうになる。


「レイジ!停止信号!許容範囲を3.1パーセント超えている!」サキの警告が届く。


レイジは歯を食いしばり、記憶を「破壊」の任務へと強引に繋ぎ止める。「憤怒(Rage)」のエネルギーは、まだ彼自身の意志ではなく、支配者の呪いによってコントロールされている。


II.ラップドッグスの構造と業の対比

1.サキの論理と、人間性の不在

任務を完了したレイジの元に、サキが合流する。彼女は瓦礫の山を素早く移動し、電子端末を回収する。彼女の表情には、疲労や嫌悪感といった人間的な感情が一切ない。彼女の思考は、すべて論理と計算によって支配されている。


「回収完了。殲滅効率は88パーセント。ターゲットのリーダーは、感情的な判断に時間を割きすぎた。論理的な破綻だ」


サキは、死体の山を前にして、まるで実験結果を報告するかのように淡々と語る。


「済まない」レイジは再び反射的に答える。


「君の謝罪は不要だ、レイジ。謝罪という非効率な感情は、エネルギーの無駄だ。我々の役割は、カストル様の計画の完璧性に貢献することのみ」


サキにとって、カストルの支配は「世界を安定させるための、最も合理的なシステム」であり、彼女の知識――地球での「プログラミングや工学」の記憶――は、そのシステムを「解析し、最適化する」ために使われている。彼女の冷徹な論理こそが、彼女を鎖に繋ぎ止める「支配の根拠」だった。


2.ゴウの業と贖罪の鎖

少し遅れて、ゴウが合流する。彼の巨体は戦場で最も強靭な盾であり、彼が纏う呪文は強固な防御壁となる。しかし、彼の瞳は常に影を落としている。


ゴウは、戦闘で汚れた自分の手を見つめる。彼は、敵の抵抗のせいで、必要以上に時間をかけてしまったことを悔いている。ゴウにとって、この鎖への服従は、かつて地球で「誰かを守れなかった」、あるいはカストルの初期の任務で「非情な殺戮を犯した」という「カルマ」からの贖罪だった。鎖への従順さこそが、彼の「贖罪の鎖」なのだ。


彼は、レイジたちが倒したターゲットの中に、まだ息のある生存者を見つける。


「処理しろ、ゴウ」サキが冷静に指示を出す。


ゴウは、その生存者の、恐怖と絶望に満ちた瞳を見る。その瞳は、ゴウが過去に殺めた、無数の罪のない人々の瞳の残響を映していた。ゴウの喉が、抑えきれない苦痛で微かに震える。


(俺は…俺は、自由になる資格などない)


ゴウは目を閉じ、「業」の重さを全身で受け止めながら、最終的な処理を行う。レイジは、ゴウのその「苦痛」が、鎖の熱による「麻痺」を上回っていることに気づき、初めて仲間への同情という、危険な感情を抱く。


III.支配者の論理と憤怒のノイズ

1.カストルの歪んだ「救済」

レイジたちが回収エリアに到着すると、鎖の魔術師カストルが、巨大な映像魔術で彼らの前に現れる。彼の後ろには、秩序と支配を象徴する「歯車と絡み合う鎖」の紋章が薄く輝いている。


カストルは、静かに、そして傲慢に語り始める。


「よくやった、私の完璧な道具たちよ。レイジ、お前の憤怒は、素晴らしい。それは、私の教えが深く根付いている証拠だ」


カストルは、この世界が「自由な意志」によって引き起こされる裏切り、苦痛、そして戦争に満ちていると説く。彼の支配の目的は、その「苦痛そのもの」を世界から取り除くことだ。


「私は、お前たちの感情という不安定な要素を去勢し、永遠の安定を与える。これ以上の優しさがあるか?お前たちの服従こそが、この世界を救う唯一の道なのだ」


彼の言葉は、レイジの魂を直接的に冒涜していた。殺戮を「優しさ」、支配を「救済」と称するカストルの論理は、レイジの地球での「創造主」としての本能と、真っ向から衝突する。


2.鎖の亀裂と「ノイズ」の発生

レイジの内に、抑圧しきれない「憤怒(Rage)」が渦を巻く。それは、個人的な怒りではなく、「人間性そのものを否定されたことへの、根源的な叫び」だった。


ゴォッ…!


レイジの首元の鎖の熱が、制御不能な領域に突入する。その高熱は、レイジ自身の体温をも異常に上昇させ、彼の皮膚を焦がし始める。


そして、高温になった鎖の表面に、金属の破綻を示す鋭い音と共に、針の先ほどの微細な亀裂が入った。カストルの呪いのシステムに生じた、最初の欠陥だ。


この亀裂が生じた瞬間、鎖の「無音の支配」が破られる。


ドォン…!


レイジの意識に、本来遮断されていたはずの「外界のノイズ」が、津波のように一瞬だけ流れ込んでくる。それは、風の音、遠い街の車の音、人々の話し声、そしてゴウの「救いを求める、心の叫びの残響」だった。


レイジは、その「ノイズ」の中に、真の生命の躍動を感じ取る。


「…報告を、終えます」レイジは、鎖の熱に耐えながら、感情を押し殺した声で告げる。


カストルは、鎖の亀裂には気づかず、レイジの「憤怒」を「忠誠心の高まり」と誤認し、満足そうに頷く。


「よろしい。レイジ、お前は私の最も忠実な存在になるだろう」


カストルの映像が消える。支配の「無音」が再び戻るが、レイジの意識の奥には、鎖が微かに発する「亀裂のノイズ」が、「反逆の予告」として響き続けていた。


第1話をお読みいただきありがとうございます。


鎖に反逆の「ノイズ」を刻んだレイジ。しかし、支配者カストルは、彼に最も非情な命令を下します。


それは、かつての仲間の始末。


次話、第2話:「非情な命令と軋む忠誠」――ゴウの「業の鎖」が軋み、レイジの「憤怒」が頂点に達する。最初の裏切りが始まります。どうぞご期待ください。

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