追放?本物の聖女が現れた?この国滅びるみたいなのでさっさと逃げますね。
追放を宣言された聖女・ミモザは新しい聖女だという女性を見た。その女性の名前に、手に持つ痣に、ミモザは嫌悪感を示した。けれどももう追放された身、教皇様と信者たちとともに、さっさと隣国へと逃げましょう。
※細かいことは気にせず読んでください。
「聖女ミモザ、貴様を追放に処す!」
煌びやかでお金ばかりがかかった表向きの見栄を張っただけの張りぼてのお城。ミモザは今日ここに呼ばれたのでやってきた。きっと何かが起こるのだわ、そう思っていたけれども、さてもさても、なんとも面白可笑しい劇場だこと。
「なぜでしょうか?」
「ふん、知らぬふりとはいい度胸だな」
ミモザに追放を言い渡した男性はこの国の王子の一人であった。名前は……ミモザは覚えていない、だって必要ない事なので覚えなくていいと言われたのだ。ミモザは聖女として生きてきた中で、王子と直接対面するのは片手で数える程度であった。
それなのになんでこうも怒られるのかしら。こわいこわい顔をした王子をはじめとした複数人男性。その中の一人にミモザは見覚えがあった。それもそのはず、その男性は先日までミモザと一緒に教会で暮らしていたのだから。
(最近見かけないと思ったら、王族なんかと一緒にいたのね。なるほど、私のことがお嫌いでしたか)
そう思いながらミモザは彼から目を逸らして王子を見た。その隣には女性がいた。その女性のことももちろん、ミモザは知らなかった。だって、会ったことないのだ。見たことも無いのだ。それに、あれはよろしくないものだ。ミモザはそう思った。
「貴様は聖女であるにもかかわらず醜い行いを繰り返していただろう」
「身に覚えがないです」
「とぼけるな!」
ミモザはとぼけていなかった。ただ、この男何を言っているのだと思っていた。だって、本当に身に覚えがない。醜い行いとは何を指すのだろうか?もしや、王子の隣にいる――正しく言うならば仲良さそうに腕を組んでいる女性に対して何かとでも言いたいのだろうか。しかし困ったことにミモザにはそんなことを言われる筋合いはない。なんたってミモザは箱入り娘なのだ。人に対する感情は、とことん薄い。
「とぼけていません。ああ、そちらの方。お名前は何とおっしゃるのかしら」
「っ!私、ですか」
「ええ、はじめまして私はミモザと申します。これでやっと私たちは知り合いました」
ミモザはそう言い切った。彼女とは今初めて会ったと、言い切ったのだ。彼女はミモザのその態度にたじろいだ。なんだ、男性複数人を連れて圧をかければ上手く行くと思ったのだろうか。残念だがミモザにはそれは通用しない。なんたってミモザにとって、いや、聖女にとって、人間は等しく平等であるからにして。
「貴様ふざけているのか!?」
「おふざけをなさっているのはあなたがたではないでしょうか?それで、私への要求は追放でよろしくて?ええ、構いませんよ。こんな国に私は思い入れも何もありませんから」
ミモザは自分が手にしていた聖女の証とも言える杖を投げ捨てた。それに一番に動揺したのが教会の男であった。彼は思わず、と言った様子で走り出し、ミモザが捨てたばかりの杖を拾い上げたのだ。
「聖女の証になんてことを!」
「こんなものがあってもなくても聖女は聖女なのですからそう怒らなくても。それにこれはレプリカでしてよ。こんなところに、本物を持ってくるわけがないでしょう」
けして、ミモザは怒っているわけではなかった。ただ、呆れただけ。そして面倒くさくなっただけ。ミモザは本当にこの国に愛着などない。お役目があるからここにいるだけで、いつでも外へ出て駆けだしたかったのだ。
「あぁ、でもそうですねぇ。新しい聖女はどうせそちらの方をご指名でしょう?結局お名前をお聞きできませんでしたけど。まぁ、どうでもいいですね」
言いながら、ミモザは歩を進めた。女性は王子の背中に周り、ミモザを睨みつけているようだった。少し進んでからミモザは気が付いた。彼女の左の手の甲に、何やら痣のようなものがあることに。
「それは」
ミモザは一瞬嫌な顔をした。ミモザがここまで大きく表情を変えたのは、この場では初めての事だった。
「ローズ、隠れておけ」
「いえ殿下、私は本物の聖女として、言わねばならないことがあります」
こんなものが本物の聖女だって?ミモザは思わず遠い目をしそうになった。彼女が左手に持つ痣の形だとか、やっと判明した彼女の名前だとか。そのすべてに嫌悪感を示しながら、この国の終わりを予期したのだ。
「ミモザ様、貴方のした行いは許されることはありません。けれども神は貴方にチャンスを与える事でしょう」
まるで自分が選ばれたものであるかのように堂々と言い切った彼女――ローズに、ミモザは吐き気さえも覚えた。そうして未だ自分の杖を持って突っ立っていた男を見る。この男も正気ではないのだ。あぁ、神はこの国を見放すつもりなのだろうかとすら思った。
「ではそのチャンスをここに。ローズ様、貴方に聖女としてのすべての権限を譲渡します」
ミモザははじめからそのスタンスは変えなかった。追放?いいですよ。聖女じゃなくなる?ありがたい事です。それを口にはしなかったが、ミモザは大層喜んでいる。ミモザの表情筋は鍛えられている。だから今はいつもの無表情であった。
*****
「ここが聖女として一番の要となる場所です」
ミモザはあれから、新しい聖女となるローズを教会へと招いた。ただ、その道のりはローズ一行にとって険しいものだった。
『なんだあの者達は』
『ミモザ様になれなれしい』
『どうも聖女交代なさるらしい』
『つまりあれが新しい聖女になるだと?』
『あぁ、神は我らを見捨てられたのか』
ミモザの後をついてくるローズに対して、値踏みの視線と遠慮のない言葉。ローズと一緒についてきた男どもは視線と言葉の持ち主を睨みつけることで止めさせたが、歓迎されていない様子に、ローズはだんだんと萎れていた。
「貴方が始めた物語でしょう」
言いながら、ミモザは部屋の中に入っていった。その先には一つの丸い水晶があった。その中にはほのかな青白い光が灯っていた。
「おや、ミモザ。どうかなさいましたか」
ローズや他の者達も続けて部屋に入ったところ、一人の男性が奥の扉から出てきた。その男性はミモザの傍に行き、ミモザだけに声をかけ、ミモザだけを見ていた。
「新しい聖女様をご案内しているところです」
「新しい聖女?……もしやあなたが、ですか?」
男性はようやくミモザから視線を外してローズへと目を向けた。顔を見て、そうして全身をくまなく目線でなぞった後、にこりと笑った。
「なるほど、そういうことでしたか。でしたら私は教皇を辞めねばなりませんな」
ミモザは彼ならばそういうだろうと思った。ミモザが聖女になる前からの付き合いだ、分かるというものである。
「な、教皇様、何故ですか?」
「私が教皇の地位に付けたのはミモザの働きによるものが大きいのです。ミモザが聖女でなくなるのでしたら、私の地位は落ちるでしょう。ああ、ミモザと共に追放されるべきかもしれないですね」
彼は、教皇にはまだミモザが追放されることになったことは話していない。それなのにすべてを知ったとばかりに話す彼に対して、ミモザ以外の皆は恐れた。そして同時にミモザのせいで彼の人生が狂うことに怒りを覚えた。ミモザは、何もしていないのに。
そも、なぜミモザが追放されることになったのか。王子やローズ曰く、ミモザは醜い行いをしたらしい。その内容をミモザは知らない。だって、誰も言わないから。ミモザには一つたりとも覚えがないから。
本物の聖女とやらが登場して、嫉妬して攻撃したのかしら。それともいままで偽物の聖女の癖に聖女を名乗っていたこと自体なのかしら。誰も詳しく言わないのだ。まるで、細かい中身は考えていないように。でもどうだっていい。ミモザは興味がなかったのだから。教会の外のことなど、どうでもいい。
「よろしいのですか、教皇様」
「いいんですよミモザ、旅は道連れ世は情け、共に生きましょう」
ローズは少しだけ困っていた。だって、教皇様が去ってしまうとは思っていなかったからだ。これでは自分の計画が少し狂ってしまう。そうは思ったが自分の周りには味方である見目麗しい男性がたくさんいた。だから一人くらいは大丈夫だと信じようとした。今は自分が聖女であると立証されることが大事なのだ。偽物を追い出すことが、一番大事。
「……話はずれましたが、これがこの国の守りの要、結界石です」
ミモザは言いながら部屋の真ん中にある水晶に軽く触れた。その瞬間、水晶の真ん中に揺らいでいた青白い光が大きくなった。
「この結界石は聖女の力をもって維持されています。今からこの石から私の力を取り除き、新しい聖女様の力を封入していただきます」
ちらり、とミモザはローズを見た。いっちょ前に緊張した顔をしたローズに、ミモザは今から起きる事の重大さを考えた。これからこの国は終わりに向かうのだ。でも、新しい聖女様が何とかするだろう。その支持者である王子やその取り巻き、教会所属の男だっている。じゃあ、きっと大丈夫なのだ。この先の事なんて、ミモザには知ったこっちゃない。教皇はミモザの後ろでニコニコ笑っていた。
「ローズ様、こちらに」
ミモザはローズを水晶に近づくようにと言った。ローズは一瞬だけ王子を見た。王子は一回頷いて、それをみたローズが前に進んだ。水晶に触れることが出来る位置まで来てやっと、息をついた。
「では手を水晶に。水晶の中の光が完全に消えた時、貴方の力を注いでください」
ミモザは言うことを聞いているローズを見つめ、そうして憂いた。まったくどうしてこの女性は自分が聖女だと言っているのだろうか。左手の痣?まるで薔薇の様だ。ただ、ミモザは薔薇が嫌いだ。その理由はいくつかあるが、一番の理由は、神が薔薇を嫌っているからだ。だから、彼女が聖女なぞ、あり得ないとミモザは思っている。
さぁ、この国が終わる。でも、もうミモザには関係のないことだ。
少しずつ、少しずつ水晶の中の光が小さくなり、やがて完全に消えた。それを受けたローズが力を込める。自分の中にある、神から与えられたと信じて疑わない力を!
水晶の中に光が灯った。ただその色は、先ほどとは違って赤かった。
「ひぃっ!あ、あああ!?」
「ローズ!?」
その光が大きくなるにつれて、ローズの叫びが大きくなっていった。ついには水晶から手を離して体を大きく揺らし、そのまま倒れてしまったのだ。
「いったい何が!」
「ああ、なんと恐ろしい。魔の力が水晶に込められてしまった」
「――え?」
体中の力を奪い取られた倦怠感に侵されながら、ローズは教皇が言った事に耳を疑った。それはローズの周りにいたものも同じようで、ローズを支えながら、ミモザと教皇を見た。
二人は、汚らわしいものを見たような目でローズを見ていた。あぁ、あぁ、なんとおそろしい!口を塞ぎ鼻を塞ぎ、そうして外を見た。先ほどまで晴れやかであった空が、いつの間にか真っ暗な雲に覆われていた。
「――薔薇は、罪人の証なのですよ」
ミモザは顔つきを変えないまま言った。一歩、また一歩とローズとその一行から離れようとしている。教皇は「この国はおしまいだ」とわざとらしく嘆いた。
いったい何が起きているのか、ローズには分からなかった。だって、ローズは自分を聖女だと信じて疑わなかったからだ。
「罪人の、証……?」
ローズはミモザが言った言葉を反復した。どういうこと?自分の名前であるローズが、自分の手の甲にある薔薇の痣が罪人の証だと?そんなこと言われたことがなかった。みんな綺麗な名前だと言ってくれた。美しい形の痣だと言ってくれた。それを、ローズは踏みにじられたような気がした。
でも、ここは教会だ。ここでの常識は、外の人にはわからない。
「薔薇というものは、神がもっとも忌み嫌う花です」
知らないのなら仕方ないとして、教皇は話を始めた。それは神の話。この教会の神を信じている人なら知っている話。教会に住んでいた男も知っているはずだった。はずなだけで、知らなかったらしい。初耳だ、という顔をしている。
「神がこの世界を創生するときに、魔界からあふれ出した花、それが薔薇でした」
「魔界の薔薇はこの世界まではみ出し、神が作った人間ですら栄養にしようとした」
「薔薇を伝って魔物が押し寄せ、神は苦肉の策として勇者と聖女を作った」
「勇者が薔薇と魔物を滅し、聖女が魔界と世界の境界線に結界を張った」
「貴方は、薔薇そのものだ」
「世界を滅ぼす魔の花!」
ミモザと教皇の話を受けたもののローズは信じなかった。取り巻きたちも信じなかった。きっと、きっと、でたらめの作り話だ。そう思っていた矢先、外では大粒の雨が降り出した。遠くで雷もなっている。まるでこの世の終わりが来たような天候だった。
「こうしちゃいられません。教皇様、教会の者達を避難させましょう」
「えぇ、私達は追放された身である以上、もうこの国のために出来ることは何もありません」
言うが早いか、ミモザと教皇は部屋の奥にあった扉から外へと向かい、この国が出来てから、一度も鳴らしたことのない鐘を鳴らした。その鐘は終焉の鐘と呼ばれており、教会のものと信心深いものにしか把握されていない鐘だった。しかしその音色は不穏だった。輝かしい未来があるような音ではない。暗く、暗く、絶望の音をしていた。
そのまま、二人は近くに設置されていた梯子から室内へ入り、簡単な身支度を整えて中庭へと向かった。そこにはすでに何人もの信者たちが揃っており、両手を合わせ、天に祈っていた。
「この国は、終わるのですか」
信者のうちの一人がミモザに聞いた。ミモザは真剣に頷いた。ミモザは先ほどの件を以て聖女を辞めたことを信者たちに話し、一刻も早くこの国を脱出し、隣国への避難を呼び掛けた。こういう時のために、各国の教会とは連携を緻密に取っているため、今回の移動で野宿になる者はいないだろう。
「あとはこの国の王子と新しい聖女様がなんとかするでしょう」
教皇――いや、元教皇であったユーカリという名前の男はそう言って、ちらりと先ほどまでいた部屋を見上げた。部屋の中にいた数人が、こちらを見て何か騒いでいる。けれどももう興味はなかった。彼ももはやこの国を見限った。そもそも彼はミモザと教会以外どうでもいい人間だった。
「行きます!」
点呼を取り、教会の人間全員と、志願した信者たちにミモザはそう宣言して天に指を差した。その線上に一点の光が現れたかと思うと、次第に大きく広がり、そのまま中庭を包み込んだ。
その光を最後に、中庭には元の静寂が戻った。慌てて降りて来たらしいローズとその一行が、雨に打たれながら絶望した顔で思い思いに突っ立っていた。
終わりだ。ローズなんかを信じたせいだ。教会の住人だった男がそう言った。やっと気がついた。やっと思い知った。結局は後悔は先には立たないのだ。
*****
「いやぁミモザ、今日も精が出ますねぇ」
ユーカリはぽやぽやとした顔で窓から外を眺めていた。その先にはミモザがいた。聖女の服を脱ぎ、ただの町人のような恰好をしたミモザは、洗ったばかりのシーツを干していた。
あれから、二人は信者たちと共に隣国に転移した。急に現れたたくさんの人たちに隣国の教会は驚いたが、非常事態が起きたと元聖女と元教皇の話を受け、全員を迎え入れてくれた。そのまま隣国の計らいで住民権を全員得ることが出来た。
一か月が経った。教会に住み着く者、町へ出て住まう者、いろいろと全員が道を選ぶ中、ミモザとユーカリは二人で住むことにした。
二人は、兄妹だった。それを知らぬものは、教会の中にはいないはずだった。
妹であったミモザが聖女としての資質を見出されて教会入りした後、兄であったユーカリが追いかけて信者になった。それからミモザの信頼や他の信者たちや当時の教皇との信頼を勝ち取ってあの地位にいたのだ。だから、ミモザが教会を離れるならそれについていく。だから、ミモザがあの国を諦めるならそれを肯定する。シスコンと言えば聞こえはいいが、ただ、彼はミモザの信者であったという方が正しいのかもしれない。
「きょうこ――ではなくて兄さん、お仕事はいいのですか」
「うん?あぁ、仕事?今日は昼からでいいって」
「あらそうなの?」
「うんそうなの」
ならゆっくりできるのね。ミモザは言いながら洗濯物を干し終えた。ちょっとまだ汚れがあるのはご愛敬。いままで箱入り娘であったミモザには上出来であった。
かの国はローズが聖女として結界石にいれた力のせいで、魔界の薔薇がはみ出して来てしまった。しかもローズの力のせいで動きが活発になり、一週間もしないうちに国を覆いつくしてしまったのだ。元凶であるローズは聖女を騙った魔女として磔にされて魔界の薔薇の生贄となった。王子や取り巻きたちは国を脱出したが他の国に受け入れてもらえず、ミモザたちのいる国との国境近くで山賊のようなことをし始めたらしい。だがその情報ももはや一週間前の事。今どうなったかは二人は調べようともしなかった。
「そこの美しい俺の妹さん、人気のパン屋さんでブランチでもいかが?」
「とっても素敵!」
ミモザは笑った。心から笑った。教会に入ってから、心乱さないようにと隠した笑顔をこの生活の中で取り戻したのだ。ユーカリはその笑顔を守るため、今日を大切にしようと思った。
あぁ、とっても良い天気だこと!
おわり
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