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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
9/43

新学期へ向けて

 





 夏休みは終わり、学園は賑やかさを取り戻していた。


 才原学園は二学期制であり、それぞれを前期後期と呼んでいる。

 学年の途中で成績を落とそうが上げようが、出席番号には影響しない。

 年間通しての出席番号なのである。


 しかし、テストの成績は来年度へと影響する。


「ああ…嫌だなぁ…」

「どうしたの?香織」


 誰に言った言葉でもないが、誰かに聞いて欲しそうな声。

 それに応えたのは、左隣の翔ではなく右隣の席にいた出席番号十三番川村結衣である。

 結衣も香織に負けないくらいの美少女であり、同程度のクラスカーストに位置している。


「期末テスト…私もAクラスだけど、ギリギリでしょ?来年もAクラスに居たいけど…授業が難しくて…」

「それで…うーん。勉強を頑張るしかなくない?」

「そうなんだけどさ。わかんないところがわかんないままなんだよね…」


 才原学園のレベルは全国区で見ても上位の進学校である。

 表の顔は私立なので営利団体なのだが、その実裏の顔はエージェントの綺麗な経歴を残す為だけに存在している非営利団体なのだ。


 綺麗な経歴とは、誰に聞いても『疑われない』ということ。

『あそこの高校出身なら、変なことはしないでしょ』

 というように。


 つまり、エージェントの同級生も選別されているのだ。

 将来的に問題を起こしづらい人達を。


 人選のためなら定員割れも気にしない。

 どれだけ少子化が進もうとも、どれだけ入学志望者が減ろうとも、その偏差値と入学基準は揺るがない。


「私が教えてあげられたらいいんだけど…部活で忙しいんだよね」

「知ってる。ああ…どこかにいないかなぁ。私と同じ帰宅部で、私よりも成績の良……」

「いるね。一人だけ」


 香織はそもそも結衣をアテにしていなかった。

 理由は単純。

 結衣は表向き友人だが、実は裏で目の敵にされていることを知ったからだ。






『香織さん。付き合ってください』

『ごめん。私、そういうの向いてないから』


 夏休み前、別のクラスの男子から告白されたことがある。

 その男子はCクラスだが、見た目が良く、部活動でも先輩を差し置いてレギュラーの座を射止める程のスポーツマンでもある。


 Cクラスとはいえ、才原学園の生徒。

 関東圏の有名私立大学くらいなら問題なく進学できる。

 将来有望であり、イケメンでスポーツマン。

 同年代の女子が放っておくはずもなく。


『そう。わかった。ごめんな?時間取らせて』

『ううん。気持ちは嬉しかったよ。ありがとう』


 これで終われば甘酸っぱい青春の一ページとして、双方の思い出になっただろう。


『でも、俺は諦め悪いから。付き纏ったりはしないけど、気持ちは変わらないから。その辺りよろしく』

『はは…お手柔らかに…』

『この前も香織のクラスの女子に告られたけど断ったんだ』


 いきなり呼び捨て。

 それにいい顔は出来なかったが、そんなことよりも気になる話が。


『えっ…誰?』

『川村。確か下の名前は結衣だったかな?でも、安心して!俺は香織が好きだから付き合えないってちゃんと断ったから!』

『そう…』


 この男はなんてことをしてくれたんだ。


 女が恨むのは同性。

 これは歴史が証明している。


 例え彼氏に浮気されても、恨まれるのは浮気相手。

 私は何もしていないのに、振る口実に使われたらそれだけで恨まれるのは私。


 香織は心底軽蔑した。

 これほど単純な人間模様も理解していないのかと。
















「要件」


 最早、この対応にも慣れたものだ。


「上がるわね。お茶…ううん。アイスコーヒーがいいわ」

「……理解、できない」


 夕方。いつものルーティンを終えた翔が家へ戻ると、玄関前には香織が待っていた。

 端的に目的を求めるが、返ってきたのは飲み物の催促。


 理解は出来ないが、友好を深めろとの指令に終わりはない。

 ここで無視する訳にもいかず、翔は渋々香織を家へと上げるのであった。





「ここはカフェじゃない」


 アイスコーヒーなんて気の利いたものは翔の部屋にはなかった。

 しかし、アパートの目の前には自販機があるのでそこまで買いに行き、戻ってきてのセリフだ。


「知ってるわよ。翔の家でしょ?用があってきたのよ。あっ。態々買ってきてくれたんだ。ありがと」

「要件」


 買ってきたコーヒーを差し出し香織がそれ受け取っても、翔は手を離さない。


「…勉強を教えて」


 翔には事情を説明する必要がある。

 勿論、翔の頭は抜群に良いので、一を知れば十を理解出来る。

 説明はそれだけで済んだ。


 缶コーヒーから手を離すと、香織の横に腰を下ろした。


「15分」

「やった!って…短くない?」

「要点を纏めれば、それで事足りる」


 翔から了承を得られたが、喜びは束の間。

 与えられた時間が15分では、殆ど勉強出来ないではないか。


「結構わからないところがあるんだけど?」

「今週は木曜と土日以外なら構わない」

「えっ…それって、他の日は変わらず教えてくれるってこと?」


 勉強を教えて欲しい。

 香織の一言で全てを理解した翔は、自身を万全に保つ休息の時間を計算し、一日15分であればと許可を出したのだ。

 期末テストまでのことだと理解して。


「後14分」

「えっ!?わっ!ちょっと、待って!今ノート出すから!」


 時計の針は、コーヒーを手放した時から進んでいた。














「アンタ…もしかしなくても…天才?」


 あれから数日。

 最初の日以外は全て勉強時間になった。当たり前だが。


 では、あの日、何をしていたのか?

 翔は勉強を始める前にわからないところの纏め方をレクチャーしたのだ。


 翔は時間を有効に使いたい。

 いや、これは刷り込まれたものであり、翔自身がそう考えているものではないが。一旦、それは置いておこう。


 わからないところを()()わかりやすいように纏めさせたことにより、その後の指導がすんなりと進んだのだ。


「才能は正確に数値化出来ない」

「ふーん。でも、学園で一番賢いっていうのは、間違いないみたいね」


 翔にとって、そんなことや話はどうでもいいこと。

 故に……


「帰宅時間」

「…こうみえてモテるし、私と話がしたい女子も沢山いるんだけど?」


 香織も自慢したい訳ではない。

 こうまで何も変わらない対応を取られると、どうにか崩したくなるのだ。

 他の意図はなくとも。


「明日の時間が減る」

「えっ!?一日15分じゃなかったの!?」


 まさか、一日平均15分だとは思いもよらなかった。

 香織は急いで片付けをし、飛び出すようにアパートの玄関から出て行った。


「…ノート。不審なものではない」


 香織は慌てていた為、一冊のノートを忘れて帰ってしまう。

 翔に覗きの趣味は無いものの、勉強を教える身として都合も良い為、ノートを開いてみた。


 パタンッ


 開くと同時に、翔はノートを閉じた。










「拙い…」


 モニターを凝視しつつ、才原所長は零す。


「082が自発的な行動を始めてしまった」

「浜崎香織を他クラスへ降格…または退学にしますか?」

「いや、それはしない。彼女だけではないからだ」


 翔の感情を呼び覚ましたのは香織だけではない。

 そう、才原所長は判断した。


 香織だけならまだしも、複数人を理由の無い退学へと追いやれば、週刊誌などに社会問題として取り沙汰されてしまうことは間違いない。


「いずれ……先のことだと考えていたが…甘かった」

「現在の仕事に支障が出るほどでは?」


 助手である恵は楽観的だ。

 才原所長に任せておけば、全て上手くいくと思っているからでもある。


「目先のことだけじゃない。オリジナルと遜色のないモノにしなくてはならないのだよ。

 あの身体に、変な癖を遺してはいけない」

「わかりました。薬の量を増やしておきます」

「余り多用は出来ないけが…仕方ない、か」


 モニターに映るのは、青春の一ページそのもの。

 しかしそれを見ている者の表情は、苦虫を噛み締めたものであった。

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