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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
8/43

夏休み 後編

 





 翔は一人部屋へと戻った後、まずは服を着替えることに。

 半乾きのシャツを脱ぐとその下には鎖で作られたインナーが出てきた。


 ドサッ


 

 重い音をあげて床へと投げ出されたそれは、身を守る為の物ではなく普段鍛錬で使用している(おもり)

 今回、水の流れに逆らえるようにその錘を付けて待機していたのである。


 濡れた服を予め用意していたジップロックへと仕舞い、錘は陽当たりの良い窓際へ外から見えないように干した。


「状況終了」


 今回の依頼内容は、杜撰な管理体制のプールを閉鎖に追い込むというもの。

 二百人以上が一度に入れる屋内プールであり、様々な設備も多く備えられておりそれらが死角となる。なのに、ライフガードは一人だけ。

 さらに排水口も柵などなく、誰でも近づけるように配置されていた。


 運営側はプールの完成時からその危うさに気付いていたが、工事をし直す程ではないと、安全対策を疎かにした。

 不格好であれ柵などの対策くらい容易いのに。


 そこを、組織は『悪』だと受け取った。


 まあ。

 今回の件は、組織にとって都合が良くて受けたという一面が大きいだろうが。


 この依頼を受けたことにより、才原所長は大手を振って伝手を頼ることが出来た。

 どこの施設も夏休み真っ盛りの書き入れ時。どうにか三十人を詰め込むことに成功し、時間帯によるがプールをほぼ貸切状態へと誘導することも出来た。


 後は……


「クラスメイトの元へと帰還する」


 見た目に印象がない翔であれど、そのキャラクターは無二のもの。

 見つからずに戻る方が依頼を成功させるよりも骨の折れることだろう。

















「遼河の無事を祝って……「「「かんぱーい」」」」


 ここはリゾートランドの中にあるレストラン。


 警察から事故の事情聴取があり、最後まで話をしていた被害者である遼河が戻り、クラスメイトは全員が揃った。

 医者からの軽い問診はあったが、健康体の遼河は精密検査の必要はないと訴え、それが認められた形だ。


 人死が出なかったことにより、プールは閉鎖されたもののリゾートランドの他の施設は現在の利用者がいる間は通常営業することとなった。


 そしてこの度の件によるランドの詫びとして、現在貸し切りでのディナータイムとなった。

 食事ももちろん無料である。

 少しでも被害者たちの印象を良くしておこうと、ここでも大企業の方向性が垣間見えた。


 子供と言っても既に高校生で、さらに多感な時期でもある。


 彼等はリゾートランドに対して不信感を抱いていた。

 しかし、それとこれとは別なのも若者の特権。

 無料をいいことに好き放題注文して、料理が来た段階で乾杯の音頭をクラス委員の香織が取ったところである。


「美味しいっ!でも、良かったね!何ともなさそうで」

「本当だよ。最初に見つけた時は絶対死んでるって思ったもん」

「ははっ…面目ない…でも、ありがとう」


 話題の中心は遼河である。

 良いことで目立つのは得意なのだが、こういったことで目立つ時の対応は(つたな)かった。


「あ!そうそう。誰か高校生くらいの男子がプールに飛び込んだって聞いたんだけど、遼河は知らない?」


 香織がここぞとばかりに気になっていた事を遼河へと聞くが、その時遼河は気を失っていた。

 いや、棺桶に片足を突っ込んでいたというべきか。


「…実は、警察にも話したんだけど、覚えていないんだ」

「覚えていない?」

「うん。もちろん溺れる前のことは覚えているよ。でも急に流れが変わって、水中に引き摺り込まれてからは無我夢中でさ……自分がどうして助かったのかさえ・・・わからないんだ」


 僕は確かに溺れていたのに・・・

 声にならない声で遼河が呟く。


「…そう。ごめんね。辛いことを思い出させちゃって」

「…え?ううん!僕の方こそ皆んなに心配を掛けてしまって申し訳ないよ」


 香織は遼河へと謝罪するも、当の遼河は上の空だった。

 何かしらの後遺症ではないかと周りは心配するも、遼河自身に否定されては黙るしかなかった。


 もぐもぐ

 カチャカチャ


 現在最注目されている遼河の話。

 そこにクラスメイト達は聞き耳を立てていた。

 その話の中心にいる遼河が黙り、レストラン内には静寂が訪れるはずだったが、誰かの食事の音が残る。


「アンタ…本当に空気を読まないわね…」


 場の空気を和ませるチャンス。

 そこに気付かない香織ではなかった。


「…ぷっ。翔、お前って本当に変わってるな」

「親睦を深めるんだったか?お前、友達の一人でも出来たのかよ?」


 香織に便乗する形で、クラスの男子達が囃し立てる。

 彼等に翔を馬鹿にするつもりはないのだ。


 折角の非日常。

 それを楽しい思い出にする為、精一杯の努力をしたまでなのである。


 一人目はただの感想。

 しかし、二人目は名指しで疑問を呈してきた。


「出来ていない。出席番号十番、本郷竜馬。友達にならないか?」


 自分のことが話題に上がっても反応を示さない。

 そんな翔から返事があったことにクラスメイトである本郷竜馬は焦る。


「マジかよ…初めて話した…ホントに出席番号で呼ばれたぜ……」

「ははっ!お前もお前でそこかよっ!ほらっ!告白に答えてやれよ」


 告白。

 確かにそうである。


「そんなこと言ったって、クラスメイトはみんな友達だろ?…って。俺だけ?」


 クラスの中で普段からおちゃらけている竜馬は、自身の発言によって静かになってしまったことを不審に感じ、その場に疑問を残す。


「友達でしょ?翔。アンタ、やっぱりズレてるわよ」


 その空気を壊したのは、香織のこの一言であった。


「だよな?!持つべきものは、金持ちの友達だぜっ!」

「慎一!お前はもう少し人の気持ちも考えろよ!」

「くははっ!慎一、怒られてやんのー!だせぇっ!」


 これにより、クラスメイト達は楽しい夜を過ごした。


「理解した」


 初めから友達だというのであれば今回の旅行はいらなかったのでは?と、納得は出来ないものの。

 それでも理解は出来たので、人知れず確認の言葉を呟くのであった。


 そんな翔を睨む…いや。見つめる視線が二つに増えていた。

















 夏休み、様々な依頼を受けて過ごしていた翔の元を、クラスメイトが二人訪ねていた。

 一人目は・・・


「わかったよ。君じゃないんだね」


 そう口を開いたのは、翔の家を知る唯一のクラスメイト、遼河だ。


「僕の幻覚だったのか…あの時、暗く苦しい水底で君に会った気がしたんだけど……わかったよ。邪魔して悪かったね。それじゃあ、休み明けに学園で」

「了解した」


 あの時。

 誰も助けてくれないであろう、暗く冷たいプールの底。

 そこで絶望の淵に立たされていた自身が見たモノ。

 それは真実ではなく、何らかの願望が見せた幻覚か。それとも……


 遼河は暫く悩むこととなる。

 それは助けてくれた相手探しではなく、自分の人生を見つめ直す切欠として。








「うわぁ…本当にお金、大丈夫だったの?」


 遼河が訪ねてきてから二週間後。

 盆も明けて、後少しで夏休みも終わろうかという時。もう一人のクラスメイトが翔の元を訪ねてきた。


「問題ない。時間はないが、あのくらいの金ならある」

「っ!…そ、そう?」


 訪ねて来た香織は翔の言葉に驚く。

 別に翔を疑っていないし、本当に言葉通りなのだと思っている。

 つまり、香織が驚いたところはそこではない。


 翔の部屋は何もない。

 いや、正確には机やベッド、テーブルなどがあるから生活用品は一通り見てとれる。

 ないのは、生活感だ。


 驚いたのはそこでもなかった。


(えっ?幻聴?翔が…補足までつけて、話した?)


 理由を知らなければ大変失礼な心情である。

 しかし、全てを知っていればそう思うのも無理はない。


 香織はクラスメイトを心配してここまで来たのだ。

 その香織が翔を悪く言う道理などない。


「用は済んだか?」


 話は終わったはずだ。

 そう考えた翔は、尚も帰ろうと動かない香織を促した。


 しかしそこはこの世に生を授かって以降誰にも邪険にされたことがない人間。

 翔とは違った方向で、香織も独特の対応をしてみせる。


「友達が折角顔を見に来てあげたのよ?お茶の一杯くらい出しなさいよ」

「…理解した」


 これが友達なのか?

 よくわからないままではあるが、翔はそういうものなのだろうと、納得のいかないままその言葉に従う。


「忙しいって…バイト漬けであの時のお金を工面しているんじゃ?」


 香織には誰かと付き合った経験はない。

 中学生の時に青春を捨てて勉強をしていたからこそ、才原学園へ。更にはAクラスへの入学が叶ったのだ。


 それでも言い寄る男は多く、また関わらなければならなかった男達の生態をしっかりと観察してきてはいた。


(男って、言い出したことを引っ込められない人が多いから…翔も…)


 男はプライドが高い(見栄を張る)

 そういう生き物だと、これまでの人生観から答えを出していた。

 たかが、15、6の少女ではあるが。


 もし、私が想像した通りなら……

 そう思い、台所に立つ翔の後ろ姿を睨みつけるのであった。













「浜崎香織という娘です」


 いつものモニタールーム。

 そこで恵は才原所長へと、映像に映る人物を紹介した。


「彼女のことは知っている。もう一つの顔の方へ挨拶に来てくれたからね」

「そうでした。彼女はクラス委員でしたね」

「ああ。しかし。友好を深めろ、とは命じたが……女性を連れ込むとは・・・いつも予想外な行動ばかりで驚かされるよ」


 翔が連れ込んだ訳ではない。

 もちろん知っていて冗談を言っているだけである。


 リゾートランドでの一件も、ホテルに仕込んだ隠しカメラによってリアルタイムで情報を共有していたくらいである。


「三船くんには違う方向に疑われてしまったが、これで学園での対応も問題がなくなるだろう」

「はい。確かな身元。それに問題のない学生生活。全て揃います」


 才原所長は、恵の言葉へと鷹揚に頷いて応えた。
















「警察には自力で這い上がり、疲れ果てて気を失ったと伝えたけど……」


 自室で独りきり。遼河は首を振る。


「僕が見たことは、きっと幻なんかじゃない。でも…何で?」


 自分ことは翔からよく思われていない。いや、それしか考えられない。

 そう認識している遼河は現実に納得がいかない。

 勿論、翔は遼河のことを歯牙にも掛けていない。


 自分であれば、自身の背中を追う二番手を疎ましく思う。


 あの場面で見捨てても仕方がない。


「そもそも…泳げたとか泳げないの次元じゃない。水泳が苦手じゃない僕でも、あの激流に逆らう術は想像もつかない。

 彼は…一体…」


 嫌っているからこそ、その人のことを誰よりも観察する。

 人間とは、そういう生き物でもあるのだ。


 今現在の翔に対する想いは、本人にすらわからないまま。


 そして。長いようで短い夏休みは終わった。

 しかし残暑は続き、まだまだ暑い夏は終わらない。

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