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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
6/43

夏休み 前編

 






 クラスでの話し合いは予想以上の盛り上がりを見せていた。

 盛り上がったのは男女両方共。

 初めに切欠を作ったのが麗しの女子生徒である浜崎香織だったことが功を奏した。

 所謂カースト最上位である香織がクラスの女子を盛り上げ、女子が参加するのであればこの年代の男子が浮足立たない筈もなく。


 参加人数が多ければ多いほど、要望や希望も相対的に増えてゆくのも世の常。


 翔は用が済んだとばかりに席へ戻ると、クラス委員の二人が代わりに前へと出て、皆の意見を纏めた。

 それは翔にとって不得手なことだった。


 それにより出された案は以下の通り。

 ・プール、又は海水浴・・・12票

 ・旅行・・・5票

 ・貸切での外食パーティー・・・3票

 ・買い物・・・2票

 ・図書館で勉強・・・1票(三船遼河案)

 ・欠席・・・3票

 ・どれでもいい・・・4票

 となった。


 クラス30人全員の意見は出揃うが、欠席と言った男子3人は香織の鶴の一声によって強制参加となった。


 意見は割れたが、多数決にはならなかった。


 では、一体どうやって決めたのか。

 そして、何になったのか。

 全ては当日、ハッキリすることとなる。

















「ねえ?本当に良かったの?」


 季節は夏真っ盛り。

 今日も朝から三十度を超える気温となっており、この駅周りは人口密度が高く更に暑く感じることだろう。


 男女関係なく全員が半袖だ。


 そんな猛暑の中、それでも微塵も暑苦しさを感じさせない香織は、今日という日を提案した翔へと確認を取った。


「何?」

「何って…お金とかのことよ」


 周りには既にクラスメイト達が集まっている。

 翔が恥をかかないように、耳元へ顔を寄せ話しかける香織だが、翔は隠すつもりがないのか声のトーンはごく普通だった。


「問題ない」


 香織の心配と不安に対し、翔はどうでもよさそうにそう返した。


「…ふーん。ならいいわ。行ってダメでしたは、許さないから」


 心配してあげたのに。


 翔には分からない感情であった。


 そんな風に苛立ちを隠すことのない香織。

 一方、周りがどれだけの波風を立てようが全く動じない翔。


 混ざり合わない二つの水であったが、それでも出発の時間は等しく流れてくるのだった。













「承っております」


 恭しく頭を下げるのは、ここ『リゾートランド』のホテルマンである。

 鍵の束を箱で受け取った翔は、それを隣にいる開いた口が塞がらないままの遼河へと差し出す。


 そう。

 クラスメイト達で訪れたのは、リゾート施設。施設内にはホテルもプールもレストランもあり、買い物ももちろん出来る。

 ただ図書館はないので、遼河の提案は期せずして叶わなかったのであった。


「鍵」

「あ、ああ…」


 普段であれば『うん』と応えていたところ、遼河は動揺から言葉遣いを逸していた。


 あの時の話し合い。

 そこで翔が提案したこととは・・・


『全部』

『は?全部って…いやいや、無理だよ!みんなにも予定があるんだよ?そんな何回も集まるのは難しいって!』


 発案者であるからして、意見を聞いた。

 その翔の突拍子のない意見に対し、ここぞとばかりに遼河は声を大きくした。

 しかし、翔の言い分と遼河の受け取りは、全く別のモノであった。


『問題ない。日付を決めたら、後はこっち(・・・)で用意する』

『お、お金は?みんな学生だし、学園(うち)はバイトだって禁止されてるんだよ!?』


 翔にとっては、この学園生活そのものがバイトのようなもの。本職はエージェントである。


『金の心配は必要ない。当日は水着と着替えさえあれば良い』

『…わかった。そうまで言うならしてもらおう。みんな、良いよね?』


 勿論、最高潮に盛り上がった場面だ。

 ただ一人。

 翔のことをただのクラスメイトとして扱っていた香織だけは、心配そうな表情(かお)をしていた。


(君が普通以下のアパート暮らしなことは突き止めている。精々恥をかけばいいさ)


 遼河にはストーカー気質があった。

 無論、その時のことを翔はハッキリと覚えているが、問題はない為、無関心にも放置していたのだ。


 かくして、翔の『クラスに溶け込む作戦』が幕を開けたのである。













 二週間前。

 全てを知ったある者達は、大慌てだった。


「まさか、そう出るとはね…」

「娘から聞いて驚きました。申し訳ありません」

「いや、彼女は悪くない。082を理解していたつもりだったが、私の考えが甘かったのだよ」


 クラスに溶け込め。

 そう命じたのは自分だ。

 であれば、尻拭いも自分が行わなければならない。


 普段の依頼では無理難題を持ってくる依頼者へ完璧な対応をしてきた。

 それと今回の件は大きく異なる。


 依頼であれば全てを隠す方向で動くのだが、今回は真逆。

 既に期間は迫っているが、30人を収容出来るリゾート地を探さなくてはならない。


 こんな稼業だ。勿論、コネも繋がりも色々と豊富ではある。


 しかしそれを使えば、無闇矢鱈に翔を表に出すことになってしまう。

 つまり、使えない。今回ばかりは。


 金に関しては翔も持っているが今回は指令であることからも必要経費なのだ。故に組織が負担することとなる。

 組織からしてみれば微々たる出費でしかないが。




「ふぅ…ここもダメだったか…」

「ふふっ」


 連絡して数件。

 溜め息を零した才原所長に対し、不敬にも恵は失笑する。


「…おかしいかね?」

「はい。まるで、連休前の父親のようですから」

「…そうか。世の中の男性は、こんな苦労をしていたのか」


 期せずして、世の父親の苦労を知る。


 そんな所長(おや)の苦労を知ることもなく、モニターに映る(こども)は、普段通りに過ごしていたのであった。












 目的地であるリゾートランドへと辿り着いたわけだが、翔の目的は親交を深めること。そもそもの親交が無いのだから深めるもなにもないが、それでも出来うる限りの事はやるだろう。


 先ずはリゾート施設の説明をしよう。

 ここは某政令都市にある巨大施設。

 数百人が泊まれるホテルを入り口に中はドーム状となっていて、中心に屋内プールがあり、周りはショッピングモールで、その上の階層が飲食店などが軒を連ねるエリアである。


 そう。

 本当に、ただのリゾート施設。


 翔にとっての遊びとは、自分とは無縁なモノ。

 その行為自体は出来なくもないが、遊びとは楽しむことを前提としたものの総称。

 つまり、一人だけ遊び方を知らないと言える。


 翔にとってのプールとは、錘を付けられて沈められる苦しい場所。


 ショッピングとは、周りに不確定要素の塊である他人が多く、常に様々な想定を脳内で張り巡らさなければならない頭の痛む場所。


 今回頓挫した図書館。それが翔にとっては一番楽な遊びだったはずだが、ないものはないのだ。


「何ボーッと突っ立ってんのよ?行くわよ」


 部屋割りは当然の一人部屋。

 他は二〜四名での宿泊。


 恐らく、何をすれば良いのか分からなかった翔はとりあえずホテルの廊下で辺りを観察していたのだろう。


「って、アンタ!何で水着じゃないのよ!?」


 先程から翔へと話しかける香織の服装は、フードの付いた薄い上着を着用しているだけだった。

 至る所から眩く白い肌が露出している。


「…無言で見るんじゃないわよ」


 普通の高校生であれば恥ずかしくなって目を逸らしたり、気付かずに凝視するくらいだろう。


 こと、翔に限っては当て嵌まらない。


 翔は水着を確認しているだけで、他意はないのだ。


 何か反応しろ、と。

 香織は少しだけたじろいだ。


「プールか?」

「当たり前でしょ!?どこの世界に、水辺に行かないのに水着を着る人がいるのよ!?」


 当たり前の問いに、当たり前の解答が返ってきた。


「俺は泳がない(・・・・)。このままでいい」

「え…!へぇ。泳げない(・・・・)んだ?へぇ。何でも出来る翔が、ねぇ?」


 翔の言葉に香織はウィークポイントを見つけたとばかりに煽る。


 無論、翔が泳げないはずもない。

 泳げなければ、今頃訓練中に死んでいるからだ。





 翔が受けた水が関連する訓練の中で、一番キツイものを紹介しよう。


 大海原へ船を出し、何もない場所へと連れて来られる。

 そこから訓練は始まり、先ずは手脚に手錠がされ、そこに計80キロの錘を付けられる。


『初めてだから、鍵を100用意した。これが一つの鍵で成功するまで続ける』


 その時の翔は既に地上であれば手錠を引きちぎることも可能な筋力を得ていた。

 しかし、これは訓練である。更に水の中では引きちぎれないかもしれない。


 翔が訓練中に死なない為には、これから海へと放り込まれる100の鍵の内、たった一つを海底で見つけなくてはならないというもの。

 1/100ではない。鍵は全て同じなのだから、100個の鍵の内、たった一つで良いのだ。


 しかし、忘れてはならない。ここが海の上だということを。


 深さは凡そ100m。海底は砂地ではなくゴツゴツとした岩で構成されている。

 勿論、酸素ボンベなどない。

 鍛え上げられた肉体と肺活量だけで、無呼吸と減圧症に打ち勝たねばならない。


『いけ』

『了解』ドボンッ


 錘を付けた身体は、物凄い速さで青黒い海底へと沈んでいく。








「ん?どうかした?」


 翔が過去を振り返っていると、怪訝な表情で香織が問いかけてきた。


 当たり前だ。

 会話の最中に会話相手がいきなり上の空になったのだ。


「何でもない。兎に角、俺は泳がない」

「う、うん。まあ、無理強いもね…」


 頑な。

 これは触れてはならない何かなのかもしれない。

 そう思った香織は翔を揶揄うことをやめ、プールへと向かうのであった。


「あれ?泳がないんじゃ?」


 泳がないと頑な翔は来ないと思っていた。


 しかし、後ろを付いて来ているではないか。


 そう疑問に思う香織ではあったが、コイツのことは気にしても仕方ないと、まだ見ぬリゾートプールへと思いを馳せ、この旅行を楽しむことにシフトチェンジするのであった。

平和な日常もいいですね。

主人公は仕事をしている方が楽なのかもしれませんが……

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