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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
5/43

暗躍者の長期休暇

 





『実家を勘当同然で飛び出したのです。ええ。若気の至りという奴ですよ。

 周りからは「事業も家庭も成功していて、羨ましい限りです」なんて言われていますが、その実……

 帰りたいのです。

 ただただ煩い都会の喧騒より、家に鍵をかける必要もなかったあの場所へと。

 まあ、あの頑固親父は許してくれないでしょうが。

 …ですが、どうしても守りたいのです。

 親父が…あの親父のあんなに憔悴しきった姿…見ていられません。

 お願いします!

 年老いた父に出来る、最後の親孝行なんです!』


 請負人に家族愛を説いても何ら意味はない。

 しかし、ダム建設の詳細を調べてみると、何やらきな臭い気配があった。


 ここには悪がいる。しかし根本を叩いても依頼者の望みは叶わない。

 であるならば、建設場所の決め方を悪とし、工事そのものを中止に追い込む方向で、請負人は依頼を承諾するのであった。
















「それが最後で良いだろう」


 モニターを眺めていた初老の男性が、部下の女性へと告げる。


「はい。才原所長」


 女性はモニターへと向かったまま了承の意を示し、指示に従って最後のkeyを打ち込んだ。

 そして、振り返る女性。

 この顔には見覚えがある。この女性は、翔の担任である佐伯杏香の母であった。


「低融点金属ですか。素晴らしい作戦でした」

「あんなものは子供騙しに過ぎない。流石なのは082だ。調査員が幾度も山へと足を踏み入れてきたが、誰も082の仕掛けた物を見つけられなかった」

「伝説に…あの方に近づけているのでしょう」


 斜面を崩していたのは、低融点金属の合金を使った地盤の堰き止めを遠隔操作によって融解させたことによるものだった。


 翔が行ったこと。それは低融点金属による堰き止めの設置と、その上に乗っている地盤を緩くすること。

 ただ地盤を緩くすれば、調査員へすぐにバレてしまう。

 だから地中。剥き出しの地面に違和感が出て来ないように、細心の注意を払って傾斜地の地盤を緩めたのだ。


 もっとも、気になるのは別の話。


「そうだと良いが…」


 才原所長と呼ばれた男は、俯きながら呟いた。


「間に合います。きっと」

「そうだな。間に合わせなければならない」

「はい」


 女性の励ましに才原所長は顔を上げた。


「082へ手紙を書く」


 才原所長は次の行動へと進んでいく。














『翔へ。先生たちから聞いたよ。クラスに溶け込めていないのだとか?

 私は翔が翔であるのならば、それを貫いても良いと思っている。

 でも、学生生活は現在(いま)しかないんだ。もう二度と同じ時間に戻ってはくれない。

 ここはどうだろう?騙されたと思って、クラスメイトとの親睦を深めてみては?』


 夏季休暇を前にして翔の元へと届いた手紙には、以上の内容が認められていた。


 勿論、これも暗号文ではあるものの、内容は普段の指示書のモノではなかった。


「了解。善処する」


 一人きりの室内(アパート)。そこで手紙の主へ『出来る限りのことはしよう』と前向きな言葉を残した。




 翔の独り言。それを聞いている者が二名いた。


「何故、この様な自我を形成する恐れのあることを?」


 佐伯杏香の母である佐伯 恵は、もう一人の人物である才原所長へと質問をした。

 あくまでも質問である。

 敬愛し尊敬する所長に対して、恵は少しでも疑いが混ざった疑問を持つことがないのだ。


「簡単なことだよ。これまで感情は邪魔だった。これからも邪魔ではあるが、疑問を持ち始めた生徒(たにん)が出てきたからだ。その純粋無垢さを残したまま、世間に溶け込ませなければならない。

 082が疑われるということは、ひいては彼の方が疑われることへと直結してしまうからね」


 才原所長の言葉に、恵は頷くことで応えとした。

 二人に多くの言葉はいらない。

 それだけ、密接で濃い時間を過ごしてきたのだから。












「では、夏休み前最後のホームルームを終わりにします」


 この学園も多分に漏れず、前期後期の二期制の学舎(まなびや)である。

 今は七月下旬、学生達が待ちに待った長期休暇の始まりであった。

 約一名。何も待っていない少年を残して。


 ガタッ


 残すは最後の挨拶のみ。

 その号令を待っている静かな教室で、一人の先走った生徒の立ち上がる音が鳴り響く。


「…五十嵐くん。まだ、ですよ?」


 立ち上がったのは翔。


 先走るなよ。これで20秒は無駄になったな。


 様々な想いを込められた視線が、ただ一人に集中する。


 そんな視線など意に介さず、翔は教壇へとしっかりとした足取りで向かうのであった。


「な、なにか?」


 翔の正体のことは詳しく知らないが、学園内最大の要注意人物であることを重々承知している杏香。本能で廊下側へ半歩下がりながらも、なんとか翔へと問いかけることが出来た。


 しかし、その杏香を無視して踵を返すと、クラスメイト達へと向けて口を開く。


「夏休みに、親睦を深めたい」


 教室は静寂に包まれ、やがて疑問の声が上がる。


「は?」「はい?」「えっと…」


 誰に向けられた言葉なのか?

 それすらもわからないので、誰も真っ直ぐには応えられなかった。


「全員。みんなで」


 それを瞬時に理解した翔は、端的に伝える。


「ちょっ、ちょっと!五十嵐くん!そういうことはホームルームが終わった後にして下さい!」


 杏香の仕事は、クラスを纏めることである。

 その仕事に一段落をつけたいのは、生徒よりも担任である杏香の方が気持ち的に大きいのだろう。


 故に、声が出た。


 この無機質で、反応のない生徒。

 一人を除き、誰もが不気味に思っている人物。


 このご時世だ。

 もしかしたら、刺されるかもしれない。


 そんな不安な気持ちを抱えているのは、何もクラスメイト達だけではなかった。


 杏香も不安だった。


 母から、口煩く伝えられた生徒。

 自分はその生徒を教え()る為だけに半生を捧げ、やりたかったこと全てを諦めて教職へと就いた。


 初めて見た時は、憎しみ以外の感情を持てなかった。

 しかし、それは次第に不安という魔物へと姿を変えていった。


『五十嵐翔は不気味だ』『怒りも喜びも見せない』『その漆黒の瞳には、何も映らない』


 怖かった。

 得体の知れないナニカは、人を過剰に恐れさせる。


 大の大人が、たった数ヶ月でこの有様。

 他の少年少女は尚更。


 これに危機感を持ったのは、その違和感という名の不気味さを、長らく近くに居過ぎた為に感じられなかった才原所長なのだ。


 閑話休題。


 しかし、よくよく翔の話を振り返ってみれば、その内容は酷く子供染みたものだ。

 そこで我を取り戻し、杏香は他の生徒よろしく窘めることが出来た。


「ひっ…」


 帰ってきたのは、何も映らない瞳。


 翔の心情は図れないが『面倒な』と思ったことだろう。

 そんな翔は口を開いた。


「先生。黙っていて」(少し時間を下さい)


 この様な翻訳が必要なほど、翔にはコミュニケーション能力がない。


「わ、わかりました」


 全てを知らなくとも、幽霊と同様の不気味さは感じている。

 杏香は『早く終わって…』と願いながら、この状況を文字通り見守ることにした。

 いや、させられたのだった。


「い、五十嵐くん。親睦とは?」


 初めてまともな言葉を発したのは、困った教師を助けて点数を稼ごうとしているであろう、三船遼河からだった。


「出席番号二番、三船遼河。親睦とは、人と人とが親交を深めることを指す」

「意味は知っているよ!そうじゃなくて…具体的に誰と何をするんだい?」


 遼河は翔と話す時、いつも言葉に怒りが混ざる。

 理由は明白。

 翔がいつも出席番号を付けるから。


 この学園のクラス分けなどのシステムは、学力と運動力を指針にして振り分けられている。

 翔は主席なので、Aクラスの出席番号一番。

 そういうことなのだ。


「誰は、1-Aに向けて。何をは、任せる」

「任せるって…」


 提案した。だが、そこまで。

 そんな話があるか、と遼河は半ば呆れる。

 そんな中、このクラスには唯一翔を恐れない生徒がいた。


「良いじゃない?遊ぼ?海とかどうかな?大勢で行ったら絶対楽しいよ!」


 自称他称含め、学園一の陽キャである浜崎香織が声を上げた。


「うん!良いと思う!」

「私はまた登山がしたいかも!別に山登りじゃなくても、お弁当を持ち寄ったりして!」


 クラスの中心人物である香織が声を上げたことにより、女生徒からポツポツと声が上がり始めた。


 香織には何の意図もないのだろうが、翔は感謝していることだろう。

 恐らく。それも憶測でしかないが。



 こうして才原学園1-Aによる、夏休みの話し合いが始まるのであった。

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