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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
43/43

春は過ぎ去る

 





 大抵の物事は待っていても好転はしない。

 放っておいても歳はとり、時間は過ぎ去っていくのだが、負の感情を抱く物事において、その多くにそれは通用しない。


 学園生活も漸く一年が過ぎ、後2年…と考えると、途方もなく長く感じてしまうのは気のせいではないのだろう。


 昔は何をしていても苦にも楽にも感じなかったが、ここ最近の俺はやはりどこかおかしいのだろうな。


「おはよう。今日は随分と暖かいね」


 そんな憂鬱とも杞憂とも捉えられる考え事をしている俺へと、クラスメイトで隣の席の三船遼河が声をかけてきた。


「ああ、おはよう。そうだな。すぐに暑くなるだろう」


 そんな他愛もない朝の雑談をしていると、俺たちの席へ近寄る陰があった。


「おはよう。やっぱり、首席と次席ともなると余裕があるな」

「久本くんか。おはよう」


 声をかけてきたのは、新たにAクラスへと入ってきた久本 健(ひさもと たける)

 新たに入ってきたということは、Bクラスへと落ちた者がいるということ。


 確か…生物部の桐谷純だったか。

 桐谷は、生き物の世話が趣味という変わったクラスメイトだったが、部活で世話をしてきた生き物を解剖したことにより、精神的に病んでしまい成績を落としたらしい。

 因みにこれらは三船情報だったりもする。


 やはり、持つべきモノは優秀なクラスメイトだな。


 アイツとは違って。


 そのアイツだが、最近話しかけてすら来なくなった。

 静かに過ごせるのは大変有り難い所なのだが、嵐の前の静けさという言葉があるように、少し不安も感じている。


 何もなければいいが。


「五十嵐、聞いてるのか?」

「ん?ああ。次のテストの話だろう?聞いているよ」

「久本くん。五十嵐くんは静かな人なんだ。悪気はないから気にしないで欲しい」


 流石三船。気配りまでしてくれる。

 一々喋らなくてもいいことがこれ程楽だとは……

 いや。

 苦から逃げて良いことなど一つもないんだ。あまり甘え過ぎないようにしよう。

 利用はさせてもらうが。


 久本が話しかけてきた理由は、間近に迫るテストが要因だった。


 クラスメイト達はテスト範囲だったり、何処を重点的に勉強しているのかといった話ばかりをしている。

 そんな中、変わらずに朝を過ごしている俺達は少し浮いて見えたのだろう。


 久本の出席番号は三十番。つまりはクラス最下位であり、テストに対して少しナーバスになっているのだろう。


「彼は緊張しているんだよ。悪く思わないであげてね」

「気にしていない」

「それもそっか」


 久本の視線には、俺と三船がテストに焦りを感じているクラスメイト達を嘲笑っているように映ったのかもしれない。

 特に自分を。


 以前の三船ならいざ知らず、勿論俺達にそんな趣味はなく、全て勘違いだ。


 だから嫌味っぽく話しかけたつもりなのだろうが、こちらとしては好きにしてくれとしか思えない。


 そもそもそんな言葉は、アメリカにいた頃に嫌というほど言われてきた。


『子供が馬鹿にするんじゃねぇ』『これだからアジア人は』


 などなど。


 当時の俺は今よりも無関心だったから、全ての人間関係を無視することで過ごしていた。

 殴られても、何をされても。


 現在はその無視が通用しない。というよりも、無視することが禁止されているからだが。


 そして、才原学園のAクラスにおいて、その卒業生達は皆東大京大クラス以上への進学をしていた。

 義務付けられている訳ではないが、Aクラスの歴史上偶々そうなっているだけだ。


 そのプレッシャーは在校生へとのしかかっている。

 本人が希望していなくとも、周りは勝手に期待する。

 親であれ、親戚であれ、近所の者であれ。


 俺は生まれてからこれまでにレールの上を歩んできた。

 恐らくこれからもそうなるだろう。


 その俺ほどではないにしろ、クラスメイト達もそこそこに窮屈な青春時代を送っているのは火を見るよりも明らかな事実。


「三船は余裕そうだな?」


 そんな窮屈なクラスメイトの一人へと感想を告げた。


「そうだね。僕は負ける気はないけど、負ける気もしていないからね」

「なるほど」

「次も、必ず二番を取ってみせるよ」


 同年代には負けない。

 そう告げる三船は、俺を意識することをやめた。


 こうなると負けるかもしれない。


 肩の力が抜けた者は、予期せぬ力を発揮することがある。スポーツにしろ、勉学にしろ。

 三船が弛まない努力を続けていることは、隣の席からしっかりと見えていた。


「買い被りすぎだ」


 えっ?なんて?

 三船の疑問の言葉には応えず、俺はいつも通り黒板を凝視する。


 この頭は扱いやすいが、それでも自分のことを天才だと思ったことはない。

 何故なら、一番の身近に本物の天才がずっといたのだから。

















 一位 1-A 五十嵐 翔


 二学年となり、初めてのテストが終わった。

 クラス前の廊下に張り出された紙には、いつもの場所にいつもの名前が。


「流石だね」


 張り出された成績表を眺めていると、後ろから声をかけられた。

 振り向くと声の主は三船遼河だった。


「何を。同率なのだから、流石もないだろう?」

「今回のテストは範囲が狭いからね。これからまた離されてしまうよ」


 今回のテストでは、一位が二人いた。

 一人は俺で、もう一人は三船だ。

 今回のテストもケアレスミスはなかったはずだから、恐らく二人ともが満点だったのだろう。


 三船が言うように、今回のテスト範囲は二ヶ月程の内容。

 定期的に行われるテストは、これよりその範囲を拡大されていく。


 三船の言う通りなのだが、今後がどうなるかなど誰にもわからない。

 わからないが、その優秀な頭脳で先を見通してしまったのだろう。


「そんなことより、彼の順位が三十番以下だったから、また絡まれるかもしれないね」


 そんなこととは、三船も変わったな。


「妬み僻みには慣れている。放っておこう」

「相変わらず達観しているね。ま。何もないかもしれないけどね」


 そう願う。


 三船の言葉に頷きを返し、その場から立ち去ろうと動くが、別の声に呼び止められた。


「翔っ!見てくれた!?」


 声の主は、ここ二ヶ月ほど関わりのなかった浜崎香織。


「ああ。酷い隈だ」

「違うわよっ!」


 なんだ。違うのか。


 久しぶりに声をかけてきたと思えば、相変わらず喧しい奴だ。

 そんな香織の両眼の下には深い隈が作られていた。

 恐らく寝る間を惜しんでテスト勉強をしていたのだろう。


 ああ…そうか。

 俺はもう一度成績表を見渡した。


「…五位か。やれば出来たな」

「凄いでしょっ!?翔に迷惑を掛けないように頑張ったんだからっ!」

「これで終わりではない。引き続き頑張ってくれ」


 頑張ったと過去形で言われてもな。

 あと二年近く学園生活は残されているんだ。このまま頑張って欲しいと切に願う。

 そうじゃないと、あの手この手で俺の時間を削られてしまうからな。


「翔くん…もうちょっと褒めてあげて?」


 激励の言葉を残し、その場を後にするつもりが、またもや別の声に引き留められてしまう。

 声の主は川村結衣。相変わらず仲が良いことで。


「十分褒めたが?」

「…うん。なんか…ごめん」

「いや、気にするな」


 そうじゃないんだけどなぁ…

 そんな声が背中から聞こえるも、声を無視して教室へと入っていった。











 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「絶対に後悔させてやる!」


 高い天井、毛足の長い絨毯、黒塗りの如何にも高そうなソファ。

 豪華な部屋という言葉がピッタリと当て嵌まるそこに、一人の男が憤りを抑えることもなく座り込んでいた。


「五十嵐…翔!何なんだ貴様はっ!!」


 怒りの対象は翔だった。


「女からチヤホヤされ、成績も良く理不尽にも学園から特別扱いされやがって…この俺を差し置いて…」


 チヤホヤしているのは浜崎香織だけなのだが、目立つ浜崎香織がチヤホヤすればそこが大きく見えたのかもしれない。


 特別扱いは理事長補佐辺りだろうか。


 何にしても、最後の言葉に憎しみの全てが詰まっているのだろうが。


「アイツもだ…いい歳してボール遊びに夢中になっているだけのアイツがなぜモテる!?ボール遊びばかりしているくせに生意気にも俺よりテストの点が良いなんて、絶対に不正をしているはずだっ!卑怯者の田代めっ!」


 怒りと憎しみの矛先は翔だけではなかった。

 自分より優れている者、周囲から好まれている者。

 その全てがこの男にとっては悪であり、害なのだ。


「貧乏人共がっ!目に物見せてくれるっ!!」


 ガシャンッ


 怒りのやり場を向けられたティーカップは、壁に叩きつけられて粉々に砕け散った。


「片付けろっ!」


 室内にはこの男の姿しか見えないが、声の後、すぐ様人が部屋へと入ってきた。


 ガチャ


「はいっ!直ちにっ!」


 入ってきたのは使用人服を纏った二十歳くらいの女性。

 所謂メイド服程華美では無いものの、その制服は浮世離れしている。

 女性の表情は硬く、この男の逆鱗に触れないように緊張していることが見受けられた。


「遅いっ!」

「ぐふっ!?」


 遅いも何もただ片付けをしていただけ。

 何もかもが気に入らない。

 この男の内心はそんなものなのだろう。


 床に這い蹲りカップの残骸と汚れを掃除していた時に、横から腹部を蹴り上げられた女性は嗚咽を漏らしてしまう。


「何だ、お前。俺が蹴ってやったのに、何が『ぐふっ』だ?気に入らないのかっ!?」


 お腹を抑え衝撃により呼吸が整わない女性は、それでも尚必死に首を横に振って懇願する。


「脱げ」


 その言葉は女性に絶望を与える。


 雇われの身。

 さらに、普段からの暴力による支配。


 これらは暗示となり、いつしか洗脳に近い状態へと彼女を誘っていた。


 故に、警察に言うなどとは微塵も思い付かない。

 言ったとて、権力と財力によりこちらが悪者にされてしまうかもしれない。


 この女性は他の被害者を知っている。

 知っているからこそ、常に表情を硬くして気を張っていたのだ。


 この男を怒らせると、全てが蹂躙されてしまうと。

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