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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
42/43

始まりの時3

 





 私がしたこと。


 話は単純で、アメリカとソ連以外の大国へと赴き、円を買えば儲かると勧めただけ。

 逆に言えば、現在円を売って得たドルや他の通貨は軒並み下がると。


 株でいうところのインサイダー取引の様なモノ。


 確たる情報と信頼出来る情報元。

 この二つを用意することが出来れば、後は実に容易いものだった。


 確たる情報とは『アメリカ大統領とソ連書記長の極秘会談の音声』。

 音声の内容は『円が極限まで下がった所で、今度は逆に買う』といった内容。

 更に『これで他の大国の金を巻き上げられる』とも添えて。


 そう。添えて。


 この音声テープに録音されているのは、二人ともが私の声だ。

 私は特異な声帯を持っていて、私が出せる音域内であれば全てを再現することが出来る。


 これまでもこれを使用して、過去の戦争で敵を撹乱させたのは懐かしい思い出。


 信頼出来る情報元も同じ様な手段を取った。


『と、イギリス首相は言っています』

 などと、著名な投資家達を騙し、それらをこの話に賛同させれば、この話の信憑性は鰻登りだった。


『あの方も、来月のこの時間帯から円を買うそうです。勿論お聞きになりましたよね?』と。


 この様な手口で資産家や大国の人間を動かし、後はその時が来るのを待つだけ。


「さて。そろそろ…か」


 チラリと壁掛け時計を見ると、時刻は午前九時になろうとしていた。

 東京為替市場が開く時間だ。


 そして九時を少し過ぎた頃、部屋の電話がけたたましく鳴り響いた。


「はい。ええ。勿論です。では、その様に」


 ふう。分かってはいても、緊張はするね。


 電話は日本政府から。


 作戦は上手くいき、世界中で円の買い戻しが発生した。

 一時一ドル三百八十円まで下落していた相場はすぐに三百円を割り、尚も下がり続けている。

 ここまで来るとアメリカとソ連も見て見ぬ振りは出来ないので、円を買う動きが出始めるだろう。そうなれば元に戻るのに時間は掛からない。


 戦後、北海道と沖縄が実質植民地となった頃には一ドル三百六十円だったが、アメリカの産業が日本に参入したことによりそこから徐々に円高は進み、近年では百二十から百三十円が相場だった。


 数日も待てばそこに戻るだろう。もしかしたらさらに円高は進むかもしれないが、それは私の預かるところではない。


 そして、連絡は政治家から。

 話は成功報酬について。


 金は出せるが、法案は今日明日のことにはならない、と。


 それは初めから想定していた。

 こちらは想定していたけど伝えてはいないから、政治家の先生は酷く低姿勢での会話だったけどね。期日を伝えなかったのはそれが狙いでもあるから、全て予定通りと言える。


 これで、互いの立場は揺るぎないものになったかな?


「さて。何から手をつけようか…やはり人かな」


 これまで全てを一人でやって来ていたのには、幾つかの理由があった。


 一つは、信頼出来る人材がいない。

 一つは、自分の力量をベースとして考えると、一般人の誰が何をしても劣るため頼れなかった。


「手っ取り早いのは、やはり宗教だね」


 教祖になるつもりはない。

 ないけれど、信用の最上級である信仰は旨いんだよね。


「盲信させるのは得意だから、後は人材の選択だね」


 人は目に見えないモノを信じる稀有な生き物。

 目に映るモノは信じられないのにね。


 特に日本人にこの傾向があると私は経験上感じている。


「じゃあ、使わない手はないよね」


 独り言という確認作業を終えると、支度を整え部屋を後にした。




















「集まってくれてありがとう」


 数ヶ月後。適当な名義で借りている倉庫に私は居た。

 人里離れたそこは、密談にもってこいの場所。


 集まった人間は十四人。これが組織としての初期メンバーということになる。

 勿論全員が日本人で、私よりも若く、各分野のエキスパート達だ。


 医学、科学、工学…etc.

 中には聞き慣れないスポーツ学や、コンピューター学なんていう専門家もいる。


「君達にしてもらいたいことは、諜報員の育成が主だったことだよ。勿論、現時点で私が動いているから、その調整や準備の手伝いなどもやってもらいたい仕事だね」


 ここにいるメンバーは既に洗脳(きょういく)済み。

 元々持っている思想が私と近い人間を選んだから、そこまでの苦労はなかったけどね。


「この日本には足りないモノが多い。その所為で、他国からオモチャにされる日本を見たくないんだ。

 私一人に出来ることは少ないけれど、みんなの力があれば、日本に足りていないモノの内、一つくらいは我々で賄うことが出来るだろう」


 中には人間嫌いのメンバーもいる。

 中には日本が好きというよりも、近隣国が嫌いという気持ちの強いメンバーもいる。


 様々な人間達がいるけれど、目的は皆同じ。

 日本が弱いならば、自分達が護ると立ち上がった人達ばかり。


「今はまだ組織と呼ぶには小さなモノだけれど、私達には名前が必要。

 だから、最初の仕事は名付けから始めたいと思う」


 これまでは『ワン』と呼ばれてきた。

 でもそれは私の固有名詞のようなものだから、これからはそれ以外の名前が必要となってくる。


 ワンは意味をなさない言葉。

 今考えている名付けは、意味が必要な言葉。


「みんなは空集合って知っているかい?」


 空集合とは、集合を構成する要素がないことを表す。

 私達メンバーは出来ることがそれぞれみんな違う。

 そうなる様に集めたのだから、当たり前なんだけどね。


 つまり、ここに集まる要素が見当たらないって話。


Φ(ファイ)、ですか?」

「うん。どうだろう?Φという名前は」


 私にとって、名前というものは単なる文字列でしかない。

 諜報員は、総じて裏方。

 目立つことは許されないし、決まった名前など持ちようもない。


 空集合Φを答えてくれたのは、確か彼は…才原くんだったね。

 日本医学の若き獅子。

 大学在学一年目にして、高度な論文を発表した傑物だ。

 その論文を教授に取り上げられたけど、私が取り返したことによりここに居る。


 学術は良くも悪くも権威が重要だからね。


「異議なし」「空集合ではあるけど、目的は同じ…か」


 様々な声が上がるも、批判的なモノは無かった。


「では、組織の名前は『Φ(ファイ)』としよう。書くのが簡単で良いけど、書く機会はなさそうだね」


 我々は暗部だから、書類に本当の組織名を記すことはない。

 あくまでも通称。

 依頼を受けるときに必要になってくるくらいで、その他で使う機会は稀だろう。

 だから、どうでも良いのだ。そんなことは。


 大切なのは……


「日本は情報戦争に乗り遅れた。しかし、我々がいる。共にこの日の本を守っていこう!」


 リーダーとは、こんなものかな?

 戦中も上司はいたけど、直属の命令権は誰も持っていなかったから、この分野において私の知識は薄い。

 様になっていなくとも、その時期は既に越えているから問題もないが。


 だから、こんな不格好な呼びかけにも、みんなが手を挙げて応えてくれた。


 少しだけ理解し(わかっ)たことがある。

 自らを俯瞰して視た時、教祖とは酷く滑稽な生き物に見えるのだと。






 組織創りで私に出来ることは終わった。

 後は優秀なエキスパート達がそれぞれの分野で組織創りに貢献してくれることだろう。


 従来他人に任せるということが苦手だったが、志を同じとする同志(もの)に対してだと、信用して任せることが出来る。

 それもこれも、彼等彼女等は特定分野において私よりも優秀なのだから当然でもあるが。


 その組織作りの中で、面白い話が幾つかあった。


 その中の一つ。


 蟻という生き物を知らない人はいないだろう。

 その蟻の集団を一つの組織と捉えた時、その中には必ず2割の怠け者が存在してしまう。


 その2割を全滅させると、元々真面目に働いていた蟻の中から怠け者が2割出るようだ。


 そこだけを聞くと不思議で特殊な生き物だと思うだろうが、これについては人間も同じ特性を持つらしい。


 同一の状況下において真面目な者ばかりを選んだとしても、やはり人間の集団にも2割の怠け者が発生してしまう。


 これは才原青年から齎された情報。

 優秀で有能な彼が知識をひけらかす為だけに世間話をすることなどはない。

 故にこの言葉は、この集団で生活をする生き物の特性を利用した組織作りを提案してきたということ。


『優秀な人間が2割怠ける損失は大きい。なので、無能で怠惰な人間を2割程組織に入れておきたい』


 と。


 無論、その者達にも重要ではない仕事は振る。

 あまり必要ではなく、内部事情にも噛めないような者達。


 その者たちは案の定、サボるという仕事をしっかりと熟してくれた。


 組織Φのメンバーはやはり皆優秀である。

 こと、サボることに関してまで。

長らく出てきていなかった組織名が明かされましたが、重要ではないので出てきていなかっただけです。

Φ(ファイ)もワンも、実に中国っぽい…


2割サボるという話は少し脚色しています。

正確には2:6:2の法則に則ります。

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