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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
39/43

春の気配

 





「ああ…明日から学園かぁ…」


 学生の本分は勉強や部活。つまり、学校に通うことのはず。

 それなのに、この家政婦は管を巻いていた。


「結局、毎食食べていたな」


 頼んでいたのは俺の分だけだったはず。

 いつの間にやら、香織は自分の分も食事を用意し始めていた。

 この辺りの周到さは見習わなければならないところ。

 された方はたまったものではないが。


「いいのっ!だって、ダイエットしてたのが馬鹿らしくなったんだもの。どっかの誰かさんの所為で、ねっ!」

「そうか。健康的で良いことだな」

「アンタはもう少し食べなさいよ。作り甲斐がないじゃない」


 俺にとっての食事とは、必要なエネルギーを摂取する行為。

 不純物の多い普通の食事では、そのバランスが取りづらいのだ。


 だから、出来るだけ分かりやすくしたい。

 そう調整することについて、香織が文句を言ってきた。


 言ったきたが、それももう終わり。


「それも今日で最後だ」

「…なんか意外だったわ」

「何がだ?」


 最早条件反射。


 これまではスルーしてきた、意味のわからない言葉達。

 それらをスルーすることは良くないと、香織を始め、香織の友人達からも口を酸っぱく言われてきた。

 兎に角、興味がなくともある風を装え、と。


「私、面倒見が良くない方なの。でも、翔のお世話をするのは楽しかったなぁ…って」

「そうか?香織はクラス委員などもしていて、面倒見は良いと思うが」

「…アンタから見たら、全人類が面倒見よく見えるわよ」


 つまり、俺の面倒見は全人類最下位という評価か。


「飯を作ることの何が楽しいのかわからんが、美味かったよ。偶にはこういう食事も良いと思った。

 いや、偶にではなく、稀にだな」


 隙を見せると容赦ないからな。

 俺も人付き合いというものが分かってきた気がする。


 気のせいだろうが。


「ホント…?」


 ん?何だ?

 何に緊張している?


「嘘は吐かない。安心しろ。香織の作る飯は美味い」


 俺は正直な感想を伝えただけだ。

 何故、褒めたのに緊張の面持ちなのか。

 それはすぐにわかることとなる。


 緊張し過ぎて、普段饒舌な香織の言葉が詰まる。

 途切れ途切れに紡がれる想い。


 最後は何かがキャパオーバーしたようで、涙ながらの告白を受けた。


「あ、あの時は、救ってくれて、助けてくれて、私の心の叫びに答えてくれて…ありがとう…

 ごめんね。それが伝えたかったの。

 好き。大好き。

 普段何も考えていなさそうなのに、ピンチの時だけ駆けつけるなんて…ずるいわ…」


 香織の独白は続く。

 対象である俺は目の前にいるが、やはり他人事のようにしか受け取れない。


「そうか」

「ふふっ…やっぱり、動じないのね。分かってはいたけど、やっぱり悲しいわ。

 料理を褒めてくれたからって、決心したのは間違いね。

 ありがとう、聞いてくれて。

 また学園でね」

「ああ。またな」


 そう告げると、香織は足早に家を後にした。


 やはり、俺に人付き合いは向いていない。
















 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


『えっ!?告白したのっ!?それで!?それでどうなったの!?』


 家に帰ると一人でいることが辛く、話を聞いてくれそうな相手を探しては電話を掛けた。

 結衣はそんな中の一人。


「見事玉砕したわ。さあ、笑いなさい!」

『…笑えないし、キャラが崩壊してるよ?』

「仕方ないじゃない…あまりにも反応がなかったのだから…」


 フラれるにしても、もう少し何かあっても良くないっ!?

 やっぱり、翔は翔だわっ!


『あの朴念仁は明日シメるとして、やっぱり変わってるね。っていうか、一年前と何にも変わってないんじゃないかな?』

「シメなくてもいいわ。翔は何もしていないのだから」


 逆に何もしなさすぎてビックリよ。

 普通は慌てて謝るとかあるわよね?


 でも、一年前とは変わっている。

 それは誰にも言わない私だけの秘密。


『じゃあ、もう隠してても意味ないから香織には教えようかなー』

「え?何かしら?」


 まさか、翔について?

 それはあり得ない…だって、私だけしか彼を見ていないのだから。


『翔くんについての話だよ。怖くて誰にも言えなかったけど、そっちに決着が着いたのなら、香織にだけは話せることだよ』

「翔の…教えて」

『勿論!私も誰かに聞いて欲しかったんだ!』


 結衣から聞かされた話は、私の知らない翔の新たな秘密だった。


 助けられたのは私だけじゃなかった。


 そればかりか、翔は私以外の人を頼りにしていた。


 それについては、確かに私なんかには頼りたくないよね…いつも、弱味(それ)を利用してきたのだから。


 それに…大卒だったのね……


 日本にも僅かに飛び級(その)制度を取り入れている大学はあるけど、私たちには関係のない世界だから、頭になかったわ。


 大卒…しかも世界的に有名な名門大学。

 高々普通の女子高生である私が、相手にされることは初めからなかったのね……


 ううん。いいの。

 相手にされなくても、この想いは本物なのだから。



 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓













「やあ。隣の席だね。今年度もよろしくね」


 新年度が始まり、俺は2-Aへと進級した。

 席は窓側の一番後ろ。クラス中が見渡せる絶好のポジションを獲得した。


 というのも、所長(ボス)へとお願いしていたから、黒板へと張り出されている新たな座席表を確認するまでもなく分かっていたことなのだがな。


「ああ。三船が隣というのは心強い。頼んだぞ?」

「ははっ…少しは馴染めるように頑張ってよ?」

「善処する」


 三船の席順も頼んでおいた通りだ。

 そして、三船にも事前に頼み事をしておいた。

 誰かが話しかけてきたら、俺の言葉に口裏を合わせてくれ、と。


 これで後二年間は平穏に過ごせるだろう。

 賢い三船のことだ。

 後二年も俺を間近で観察すれば、間違いなくエージェントであることはバレる。


 そのこと自体も所長へと相談済みで、危険は少ない為放置すると決まっている。

 俺は殺す方に考えが傾いていたが、組織としては必要悪であり続けることを重視された。


 アメリカでは何人か、三船のような者達を殺してきたが、組織の理念はここ『日本』の為だけにある。


「はい。皆さん。席に着いてください」


 担任も変わらず。

 俺にとっての非日常が、再び幕を開けるのであった。















 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「痛っ!?いぎゃぁぁっ!?」


 子供の泣き叫ぶ声が、一面の荒野へと広がる。

 その子供の歳の頃は10に満たない。

 彼には特に外傷は見られず、しかし尋常では無い程の痛がりを見せ、土埃を上げながら転げ回っていた。


「ふむ。ギンピ・ギンピはまだ耐えられない…か」


 その子供の傍ら。

 一人の壮年男性が冷静に立っていた。

 痛がる子供を見ても何をしてやることもなく、ただただ立っているばかりで、その子供を観察していた。


「いぎゃぁぁっ!?・・・っ…」

「三十分か。解毒剤を」

「はい」


 さらにその男性の傍ら。

 この荒野には似つかわしく無い白衣に身を包んだ一人の女性が、男性の指示に従い少年の治療を開始する。


「082、脈拍呼吸共に正常値に戻りました」

「覚醒を」

「はい」


 ギンピ・ギンピという植物の生態は世界にあまり知られていない。

『何故触っただけで、大の大人でも転げ回るほどの激痛が起こるのか?』

 それさえも解明されていない現状ではあるが、この男は既に解明していた。

 発表すれば、何かしらの賞を得られることは想像に難く無いが、そんなものに興味を抱いてはいないのだから当然。


「ひっ!?」

「逃げるな」


 覚醒した少年は、小さな身体を起こして逃げ出そうとする。

 この後に待ち受ける現実を知っているかのような行動だ。


 子供にしては驚きの俊敏さを見せるも、男が発した言葉により、少年の動きはピタリと止まってしまう。


「い、いやだ…」

「腕を出しなさい」


 瞳に涙を溜める少年。

 それでも、男の言葉に従い、袖を捲ってその細い腕を差し出す。


 これは若かりし頃の才原の記憶。


 082は覚えていない。

 それ程の痛みを与えられ、ショック状態が長きに渡って続いていた為だ。


 082へ残るのは記憶でも恐怖でもない。

 身体に染みついた完全なる支配。

 才原を絶対的な存在として認識するというものだけ。


「どうやら慣れたようだね」

「・・・」

「はい。通常に戻っています」


 才原の言葉に082の返答はない。

 理由は言わずもがな。

 勝手な行動を取らないように教育(インプット)されているからに他はない。


 与えられる痛みとしては最強クラス。

 普通の人であれば死んでしまうような痛みでさえ既に死なない(耐える)ことが出来、さらにはそのレベルの痛みを無視できる耐性さえも手に入れた。


 これはある種の才能でもある。

 そして、その才能は才原達が見出したものでもない。


「素晴らしい肉体ですね」

「当然だろう。ベースがあのお方の身体なのだからね」


 082は造られたもの。

 正確に言うとクローンである。


「それが成せたのも、才原所長の頭脳があってこそです。普通は考えつきませんし、もっと簡単な方法を選択します」

他人(母胎)を介した既存の技術では、完全なるクローンとは言い難いのでね。当然の選択だったよ」


 クローンと言っても、その幅は広い。

 二卵性であれ、双子の時点で一種のクローンとも言える。

 それが一番幅の広い解釈だろう。


 そこから次の解釈は一卵性。

 その次は同一のDNAを持つ辺りだろうか。


 しかし、それすらも才原が納得出来るレベルには届いていない。


 全くの同じモノ。


 それを造る為には、一からでなければならない。


 ベースの人物の生まれた頃を計算し、そこからの成長を計算する。

 現在に至るまでの身体を構成する組織を全て計算により弾き出す。


 そこからはトライアンドエラーあるのみ。


 一から人間を造り出そうと言うのだ。

 それを行うには、生半可な常識は捨てなければならなかった。


「きっと、同じことは二度と成功しない。故に、育成にも失敗は許されないのだ」

「はい。私は日々感謝しています。082(キセキ)を目の当たりにさせてもらっているのですから」


 世界最高クラスの頭脳を持った人間が、その生涯をかけて研究した。


 それでも。


 それでも運の要素が多分に含まれた実験だった。


 そして、運は味方した。

 それは誕生した082にではなく、才原所長に対してだろう。


 082はこの世に確かに生を授かった。

 しかし、確定されている未来はただ辛く、生きている以外に本人に喜ばしい出来事は待っていない。

 そして、その生こそが苦痛に塗れているのだから何も救いがない。


 それは恐らく、世界一不幸といっても過言ではないだろう。


 勿論、赤子の時に虐待などにより命を落とす人もいる。

 しかし。その赤子の運命は生まれた時点では決まっていなかったはずだ。


 その点、082の運命は決まっていた。

 いや。

 生まれる前から決まっていたのだ。


 それは最早、人ではない。

 生き物ですらないだろう。


 人工物。


 つまりは、物となんら変わらないといえる人生なのである。


 ある目的の為に造られたのだから、それはやはり者ではなく、物なのだろう。



 しかし、現実は計算通りとはいかなかった。


 時は過ぎ、082が15歳を迎えた頃。

 その物は、周りの予想を裏切り、何者かになりつつあった。

現代科学では不可能な事象ですが、どうしても培養クローンにしたかったのです。

普通ではつまらないからか、今後の話に関係するのかは……

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