新米家政婦
途中から別視点に変わります。
「机は触るな」
春休み最後の長期依頼へと出かける前。
新しく雇った家政婦へ向けて禁止事項を伝える。
「はいはい。それは何回も聞いたわよ」
「掃除が終わったら帰れよ?」
「それも三回目よ?」
この家政婦は雇われている自覚がない。
エプロンに身を包んだ香織に見送られ、俺はアパートを出た。
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テストも無事に終わり、後は二学年へと学年が上がることを待つばかり。
そんな長期休暇に入ったのはいいのだけど、翔と遊ぶ約束が出来ていない。
友達はみんなして『香織は翔くんに会うから忙しいよね?』なんて揶揄ってくる。
勿論、会うどころか連絡手段すら持っていないことは秘密にしている。
つい…『もちろんよ。もう少し休みが長ければ、遠出なんかも出来たけど、残念ね』なんて言ってしまった。
翔が忙しいのは知っているけど、どうにかして会わないと。
会いたいのは勿論なんだけど、こうなったら意地ね。
この春に翔とどうこうなれるなんて淡い期待はしていない。
でも、全く会えないのはイヤ。
兎に角、いつもの方法しかなさそうね。
私は決意を新たに、鞄へと大切に仕舞っていた合鍵を確認した。
「でも、用もなく行けば、絶対に構ってくれないのよね」
あの男はその辺りイカれている。
同性でも異性でも、理由なく会う時くらいあるはずなのに。
それが全くない。
「この春休み、友達と遊ぶのをいくらか我慢すれば、お小遣いは残る…はず」
バイト禁止の学園生活では、親が与えてくれるお小遣いが全て。
学費も高いから、あまり無茶は言えないし。でも、友達ともカフェに行ったり、可愛いお洋服も欲しい。
「…スーパーに行けば、何かは買えるわよね?」
春休みには、既に予定がいくつか入っている。
遥香とカフェランチ、結衣とカラオケなどが。
残されたお小遣いは少なく、しれている。
でも、これが全て。
「…お母さんに野菜もらえないか聞いてみよっと」
節約できるところは節約する。じゃないと…カップ麺になってしまうから。
きっと食べてくれない。
翔はああ見えて、健康オタクなんだから。
「もうっ…いつ帰ってくるのよ…」
翔の夕食を準備して早三日。
出費に出費を重ねている私のお小遣いは風前の灯。
そんな時、待望の待ち人が帰ってきた。
「泥棒か?」
私が待っていたのはきっとこの人じゃない。
そう現実逃避しかけたけど、翔はいつもこんなだったわ。
「金銭で済ませたい」
こっちが勝手に作ったのに、何故か負い目を感じた翔が提案をしてきた。
その提案は、私にとって渡りに船。
この時ばかりは翔のことが神様に見えちゃったかも。
「じゃあさっ!そのお金で晩御飯作りに来るね!」
「いや、いらん」
「だっておかしいでしょ?働いたわけでもないのに、お金だけ貰えないわよ」
翔は借りを作ることを嫌う。恐らく…何故か…私にだけ。
でも、私も譲れない。
お金さえあれば夕食を準備するという体で、ここへ来る口実が作れるから。
「わかった!じゃあ、私を雇って!勿論、大金は望んでないし、お小遣い程度でいいから!」
「雇うって、何が出来るんだ?というか、必要がないのだが…」
グイグイ攻めると翔はたじろいだ。後少し。もう一押しよ。
「掃除洗濯料理は出来るわ!翔は今日みたいに家を空ける日が多いでしょ?さらに忙しいし。だから私が掃除をしたり洗濯したり、この家にいる日がわかれば食事の用意もするわっ!ねっ!お願い!」
「………聞いてみる」
やったっ!
多分親に聞いているのね。翔は携帯を取り出すと、メッセージを打ち込んでいる。
ピロンッ
「…構わないそうだ。給料はいくら欲しい?」
「やったぁっ!給料…?いいよ。ご飯の支度が出来る程度で」
「駄目だ。技術と労力には対価が発生する。それを受け取らないということは、責任も生まれず、こちらとしても任せられない」
給料なんて大層なモノは受け取れないわ……だって、料理も大したものは作れないし。
それに、助けや支えになりたいけど、重荷にはなりたくないの。
既に押しかけているから言えた義理はないけどね。
話し合いの結果、食費プラス一食二千円貰えることになった。
掃除と洗濯はサービスで、その代わり、いつ来ても良いという許可を得られた。
いつも勝手に来てたけど、許可があるのとないのとでは大きく違う。
これでみんなに胸を張って言える。
『春休みは一人暮らしの翔のお世話をしていたわ』ってね。
私って、こんなに見栄っ張りだったかしら?
翔のことになると、なんだか見栄を張りたくなるのよね……
自分自身の新しい発見は、これまで理解出来なかった見栄というものだった。
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「じゃーん!今日は唐揚げと、豆腐サラダと、お浸しと、かぼちゃスープと、オムライスだよ!」
あの日以来、今日まで翔が家にいる日はなかった。
毎日午前中には顔を出していたけど、そこは間抜けの殻。
今日の昼前に来てみると、机の上には置き手紙があった。
『今日は家で夕食を摂る。作れるなら任せるが、無理ならこの手紙を残したままにしてくれ』
速攻でゴミ箱にインしたのは言うまでもない。
「これは2人分か?」
「え?私も食べて良いの?一応翔の分だけのつもりよ?」
「…多すぎる。食べていってくれ」
食卓というには小さなテーブル。
そのテーブルの上には所狭しと夕食が並べてある。
夕食は基本翔の分だけの約束だったけど、上手くいったようね。
これで、もう少し一緒に居られるわ。
「今ダイエット中だけど、時間もあるし、別に構わないわ」
「そうか。後、炭水化物はここまで必要ないから、米は半分でいい」
「アンタ…私よりちゃんとダイエットするのやめてくれる?」
翔は器用にオムライスを半分にすると、お皿に取り分けて渡してきた。
「ダイエットなどしていない。動く量とそれに必要な栄養。そこに成長期を当て嵌め、本日必要な量だけを摂取することにしている」
「うっ…今日は間食したから、私もやめようかな…」
「香織にダイエットは必要ではない」
えっ?
私のことを見てくれていたの?
私が嬉しいような、でも少し恥ずかしいような気持ちを抱いていると、翔は言葉を続けた。
「女性は妊娠と出産を控えている。その為に必要な体力…ここでいう脂肪が、香織には少し足りていない。だから、必要ではないんだ」
「…アンタ、外でそんなことを絶対に言わないでよね?」
完全な女性差別の発言。
今時、ウチのお父さん世代でも言わないわよ。
「…それより。何で、私の体型を確信してるのよ?」
私が気になったのはここ。
今は冬だから、仮に…仮によ?仮に私が太っていても、厚着のお陰で体型は隠せる。というか、隠せているはず。
この部屋は寒いから薄着にはならないし。
「バレているから言うが、屋上から理事長室へ運んだ時に把握した。身長は見た目から165cm。あの時は制服だったから、服の重さも分かる。
つまり、持った重さから服の重さを引けば香織の体重が分かり、身長と体重の相互関係から肥満度を弾き出すことが出来るんだ。
だから、知っている。香織には必要ないと」
うん。殺そう。殺すしかないわ。
乙女の最大の秘密を覗いたのだから。
「何をしている?」
「鈍器の代わりになるものを探しているのよ」
「何に使うんだ?」
「アンタを殴って、その時の記憶を消去するためよ」
私が立ち上がり家の物色を始めると、翔が聞いてきた。
記憶を司る機能って、後頭部?それとも側頭部?
「馬鹿なことはやめろ。さっさと食べるんだ」
「乙女の秘密を言いふらすんじゃないわよ?」
「俺が誰に、どこで言うんだ?」
「…なんか、ごめん…」
翔は浮いている。本当に飛んでいるんじゃないかと思うくらい、クラスで浮いている。
そんな翔に話しかけるのは、私を除いて極小数。
この一年である程度は打ち解けたと思うけど、それでも態々話しかける相手は少ない。
翔の方から用もなく話しかけるところは見たこともないし。
普通であれば居心地の悪い空気が流れるけど、翔に限ってそんなことはなく、私が座ると普通に食事を始めた。
「これはニンニク…それと醤油…豆板醤・・・」
「アンタの舌はどうなってんのよ?何で唐揚げの味付けがわかるの!?実は料理出来るんでしょ!?私の拙い手料理を陰で笑っているんだわっ!そうねっ!?」
「煩い。料理は作ったことはない。だから、出来るか出来ないかすら不明だ。
これは…魚介の出汁と醤油…それから…」
次はお浸しのレシピが暴かれた。
煩いのはどっちよ……私のHPはもうゼロよ……
死体蹴りはやめて……
香織視点はシリアスさがありませんね。
偶には…ということで。