身勝手
「香織、大丈夫?」
翔くんはなんだかんだいっても、香織を遠ざけるような行動は今までして来なかった。
それがなんで?
態度はガラリと変わり、有無を言わせない物言いで香織を遠ざけていた。
そんな傷心であろう親友の傷を癒すべく、私はやれることをする。
「うん?何が?」
「…ううん。何でもないの。あ。それよりどうしよっか?今日のメインディッシュ」
「メインディッシュなんて、大層なモノは作れないわ。無難に鍋にしない?最近食べてないから」
上の空。それ程、ショックだったのだろう。
この親友は、怒る時は可愛く、悲しい時は素振りすら見せてくれない。
誰からも愛されるそんな香織を、こんな風に悲しませないで?ね。翔くん。
晩御飯のメニューは決まった。
後は買い物くらい。じゃあ……
「買い物は私が行ってくるから、香織は一旦着替えに帰ってきて」
「えっ?なんで?それなら結衣も着替えに帰って、後で合流して一緒にいこう?」
「ダメダメ。私はこのままでいいけど、香織はうんとおめかししてきて!それとも、理由まで聞きたい?」
揶揄うように伝えると、頬を染めて目を釣り上げる。
そんな抗議を無視して、私達は一旦別れることになった。
ごめんね。勝手なことをしちゃって。
香織の背中に向けて、聞こえるはずのない謝罪の言葉を投げかけた。
「ぼ・・・れ、か・・・な」
いた。やっと見つけられたよ。
外はまだ寒いのに、屋上にいるなんて思わなかったから探し回っちゃった。
うん。二人しかいないね。
屋上で見つけたのは、翔くんと遼河くん。
才原学園の天才と言われる二人だけど、話し込むほど仲が良かったという記憶はない。
え?どうゆうこと?
翔くんは帰国子女だったの?
え?
大卒!?うそ?同い年だよねっ!?
ええっ!?
遼河くんを助けたのが翔くん?!
あのプール事件の時にっ!?
まずい…
これ以上こんな話を聞いたら、頭がどうにかなっちゃいそうだよ……
ごめん…香織…
折角、二人の話を盗み聞きして伝えようと思ったけど、私の口からはこんなに重たい話は伝えられないよ……
なんで……
内緒話なら、もっと他にあるでしょ!?
なんで高校生が話す内容じゃないのよ!?恋バナとかにしてよっ!!
頭がパンクしそうな私は、まだ話し込んでいる二人にバレないよう、そっとその場を離れることに決めた。
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『許されるのでしょうか?』
こう話を切り出したのは、壮年の夫婦の内、妻の方だった。
『娘はまだ17歳です。それなのに、集団で凌辱した挙句、ビルから飛び降りるように仕向けたんです』
女性は眠れていないのだろう。その眼の下には濃い隈が作られているも、姿勢正しく恨みの籠った瞳でこちらへと訴えてきた。
片や夫の方は、妻の話を聞きながら両拳を膝の上で力強く握り、俯いたまま肩を震わせていた。
怒りで言葉もないのだろう。
『犯人は十代ということで一旦家裁送りとなり、今は保護観察処分。逆送致になるかの判断までのうのうと暮らしています。
その逆送致すら怪しく、なったとしても執行猶予すら付くことでしょう。
許せますか?ただ、十代というだけで。
ただ、親が代議士というだけで。
ただ、自らの手を下していないというだけで。
それだけで、彼等が罪に問われないなんて』
自殺した娘を想い、涙を溢しながらの訴え。
その娘は、加害者である少年達から集団で強姦された後、ビルの屋上からその身を投げ出したらしい。
その自殺すらも脅されて、と両親は考えている。
その辺りは要調査だが、これまでの話だけでも悪と断ずることが出来た。
請負人である私は両親へ向けて口を開く。
『報酬は説明をした通り。報告を待て』
これ以上の説明は不要。お互いに。
「と、いうわけで。俺達が集められたってこと。わかったな?」
どこにでもあるワンボックスの白いファミリーカー。その助手席で聞かされた話には、頷くことで答えとした。
「場所はここから100キロの距離にある政令指定都市。そこに被害者家族と容疑者達が住んでいる。
目的地はハッキリとしているが、ターゲットの数が多く、こちらも人手が必要なんだ。
No.4とNo.0だけでも出来るっちゃ出来るけど、アシストに見張りを頼んでおいた。
お互い自由に動けた方が楽だし、成功率も上がるだろう?」
「失敗するようなプランは立てないが、効率を考えてもその方が無難だろう」
「相変わらず、可愛くねーな。ちったぁ年相応の姿を見せてみろよ?」
No.4はこれが素か?
これまでは一歩引いていたが、今回はやけに饒舌だ。
前回は歳がわからないNo.2もいたからか?ま、どちらでも構わないが。
「それが仕事なら、な」
「チッ。つまんねー奴」
「俺は資料に目を通す。運転は任せた」
一応断りを入れておく。
会話は出来ないと。
さて。ターゲットの特徴を頭に叩き込みますか。
【少年A】写真
代議士の息子。進学校の優等生。周りの評判も良く、離れて暮らす父親との関係も良好。
【少年B】写真
少年Aの腰巾着で幼馴染。学校は別。体格が良く、スポーツが得意。
【少年C】写真
少年Aと少年Bとは、遊びを通じて知り合う。高校には通っておらず、近所の評判は悪い。
【少年D・・・・・
総勢七名。
「おっ。読み終わったか?」
「ああ。確かにターゲットが多いな」
今回の依頼内容は、ターゲットの死。
それだけであれば、ただの学生などターゲットが百人いたとしても単独でどうにかなる。
時間さえあれば。
「方法はどうするよ?」
「単独より、二人の方が都合は良いと思うが?」
方法とは、単独か合同か。
別々にターゲットを狙うだけなら、態々方法を聞く必要性がないからだ。
俺のはあくまでも提案。単独プレイの方が得意なのであれば、こちらは合わせる所存だ。
「だよな?移動手段を別に用意するのも面倒だし、そうしようか」
「了解。ルートを確認しておく」
「ああ、任せた」
俺も出来なくはないが、運転は任せよう。俺はその間に、最短のルートを探すことにした。
ターゲットは多く、俺達の行動がバレて防御に専念されたら面倒だ。
故に、情報を掴まれる前に行動を終わらせたい。
その為のルート選びなのだ。
ほぼロスなく七人を捕える為のルート選びと時間帯を、この移動時に考える。
この時間が何よりも落ち着くのは、単なる気の所為ではないのだろう。
やはり、俺には普通の生活なんて送れそうにもなかった。
俺は…求めているのだろうか?何かを。
「じゃあ、FCEGDBAの順で決まりだな?」
ここはホテルの一室。
二つのベッドの内、一つのベッドの上に広げた地図を見つめながらの作戦会議中。
見張り要因は既に現地で待機しているらしい。
見ていないかららしいとしか言えないが、組織がすることなので疑いはない。
「それが最善だと考える」
「いつ動く?」
「今から少し休み、日を跨いでからが最良じゃないか?」
現在は夕刻。既に薄暗くなりつつあるが、行動するのであれば真っ暗な方が都合がいい。
「わかった。俺は車を回す係な?」
「どっちでもいい」
「はあ…やっぱ、お前つまんねーよ。普通は張り合うもんだろ?楽な方を取り合ってよ」
…理解出来ん。同じエージェントなんだよな?こいつも。
「楽かどうかは仕事に関係ないし、そもそもしていないのに判断は不可能。
今回の作戦には、どちらも必要不可欠。それが事実だ」
「わかった。お前、つまんないとかじゃないわ。そもそも感覚が合わねーんだわ」
「仕事では、合わせよう」
寧ろ、それ以外で合わせる必要などないが?
俺の言葉には返事なく、No.4は布団を被り眠りへと就いた。
俺も寝よう。本番はこれからなのだから。
「アレだな」
No.4の呟きに、確認の意味も込め頷いて答えた。
助手席から見えるのは一軒家。あそこに少年Fとその家族が住んでいる。
少年C以外は高校に通っているので、平日のこの時間であれば高確率で家にいると思われる。
「止まらねーから、この速度で降りてくれ」
「理解した」
その返事とほぼ同時に、俺は助手席から飛び降りた。
車の速度は住宅街ということもあり遅め。
恐らく30キロ程度の速度しか出ておらず、着地も問題なく決まる。
車が停まらないのにも理由がある。
もし、誰かに見られたら不審がられるからだ。ここは住宅街。深夜に見知らぬ車が停まれば、不審に思う人は多くいる。
よって、飛び降りる方法をとった。
俺は全身黒ずくめの格好なので、飛び降りたとしても見つかる可能性は低い。
誰も近くにいないことを確認して飛んだから尚更。
「行動を開始する」
『了解』
俺の言葉に、イヤホン越しにNo.4が応えた。
目的地は目の前。
普通の家など侵入に手間取ることはなく、すぐにターゲットを見つけることが出来た。
情報通りの見た目をした人物が、自室のベッドの上で休んでいる。
窓の施錠を開錠した後音もなく窓を開けると、ベッドへと忍び寄り、ターゲットの口に手を当て注射針を刺した。
「んんっ!?」
その目は驚きと恐怖に見開かれ、そして、ゆっくりと閉じていった。
口を塞がれ身体に鋭痛を感じ目を開けると、目出し帽を被った男がいるんだ。確かに驚き恐怖するだろうな。
「ターゲットを捕縛。二分後に降りた場所へ」
『了解』
そう。見張りが必要だったことからも、この場では殺さない。
この依頼の大変なところは、殺すことではなく、生捕りが必須なところにあった。
少年Fを担ぐと周囲の確認をして、来た道を戻る為に足を踏み出すのであった。
久しぶりの依頼…気のせいです。