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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
35/43

棚牡丹

 






「さて。知っていることを全部話してもらおうか」


 屋上には誰の気配も感じなかった。

 当然だろう。春も間近とはいえ、屋上はまだまだ寒いだけの場所でしかない。


「知っていることと言われてもね…五十嵐くん。僕が君について知っていることと言えば、既にマサチューセッツ工科大学の学士号を取得している話くらいだよ」

「それ以外には何も?」

「それは暗に、他にも隠し事があると言っているのと同じだよ?」


 大学の経歴をどうやって入手したのか。それはわからないが、他を知らないのであればどうにでもなる、か。


「どうだろうな?浜崎香織曰く、隠し事は誰にでもあるらしいぞ?」

「最近仲良いよね。良かったよ。君に話せる相手がいてくれて」

「・・・」


 どういうことだ?コイツの目的は一体…


「わからないな。三船。目的はなんだ?」

「だから。さっきも言ったよ。君の手助けだよ。僕の目的はね」

「…他人の学歴を調べることが、か?」


 前提が間違っている。

 人は意味のない行動を取らない。いや、取れないのだ。

 生き物である限り、どんな行動にも理由というものが存在している。その理由が千差万別なものだから、理解しづらいものも多いのは事実だが。


「そうだね。確かに伝手を頼って調べたよ。君に興味が湧いたからね」

「何故だ?」

「何故?そんなのは簡単だよ。あの日、溺れた僕を助けてくれた恩人は一体どんな人なんだろうって、興味が湧くのは自然なことだよね?」


 あの日…

 見殺しにするべきだったか?いや、それは組織の理念に反するし、終わったことをとやかく考えるのは意味のないこと。


「それで興味が湧いて調べたんだよ。元々は、お金に困っていたら助けたかっただけなんだけどね。僕のせいで多大な出費もさせちゃったし」


 ああ。自覚していたんだな。


「そうしたらさ、君が大卒だってわかったんだ。でも、それを隠している。じゃあ、隠さなきゃいけない理由があるんだろうって」


 視線や身体の動きに不可解な点はない。

 つまり、三船は嘘をついていない。


「勿論、それを詮索する気はないよ。調べる気もないしね。ただ。困っているのなら、助けたいんだ。あの日、助けられたお返しに」


 なるほど。話は理解した。

 やはり三船は疑っていたんだな。ずっと。俺が助けたと。


「学歴も救助も、隠しているのは騒ぎになることを嫌ったからだ。他意は無い」


 五十嵐翔としての学歴は元々隠してなどいない。

 それであれば、MITには別の身分証で入学したさ。


 隠していないが、公にする気もない。出来れば卒業まで隠し通したいというのが組織の方針だという程度。


「そうなんだね。勿論僕も言いふらしたりなんかしないよ」

「それは助かる」


 黙っていてくれるのであれば、それだけでいい。その程度の秘密だからな。

 この様子だと、他の秘密には気付いてなさそうだが…。


 もしほんの少しでも疑いがあれば、俺と二人きりでこんな所には来ないだろうし。


「でも、ビックリだよ。張り合っていた相手が雲の上の存在だったんだから。そりゃ勝てないよね」

「そんなことはない。偶々そういう環境で育ったから、先んじただけだ。

 三船がもし同じ環境だったのなら、俺よりももっと優秀な成績を修めただろう」


 俺の様に機械的に勉強するよりも、三船の様に情熱を持って取り掛かる者の方が上をいく。

 機械的にする利点は、他のことも同等に熟るところにあるからな。


 そもそも学業など、組織にとっては何の意味も為さない。

 使い捨てのエージェントに、学歴は有って損がない程度のものでしかないからな。


「それはないよ。それが分からないほど、僕は馬鹿じゃないからね?」

「いや、他意はないんだ」

「それも分かっているよ。君は優しいから」


 優しい?

 命令一つで見知らぬ誰かを殺す、この俺が?


「そんな君だから、助けたいんだ。意地汚くも、君を含めて周りを蹴落とすことしか考えていなかったこの僕なんかの為に、命をかけてあの日あのプールへと飛び込んでくれた君を」


 美化しすぎ・・・とは、言えないか。

 自作自演…とまでは言わないが、自業自得により助けただけだとは、知る由もないからな。


「そうか。じゃあ、困った時は都度頼むな?」

「うんっ!その時は、任せて欲しい!学年二位の頭脳を振り絞って助けるよ!」

「・・・」


 これが所謂自虐ネタというやつなのか?

 わからん。

 わからないから、何も返すことが出来ない。

 しかし、黙っていても終わらない。


「そ、そうか。頼もしいぞ」

「うん。信じてないかもしれないけど、君は優しいよ。だって、さっき教えてくれた問題なんて、説明するだけでも大変なのに、二つ返事で教えてくれたよね?ね?」

「そうか?香織達に説明するより遥かに楽だったぞ?」


 あの二人に同じことを理解させようと考えるも、それは不可能なんじゃないかと疑ってしまう。

 というより。


「あの問題。解けていたな?」

「やっとバレたね。ははっ。ごめんね?あれは最終確認だったんだ。五十嵐くんの優しさのね」


 俺の説明がどれ程理解しやすいとしても、何の疑問も挟まなかったことは不思議だったからな。

 不自然という程でもないが、三船の学力なんて知らないから気に留めなかったんだ。


「じゃあ、また学園で」

「そうだな。またな」


 三船の知る情報は、組織にとって些事でしかないモノ。

 つまり、俺は期せずして味方を手に入れたのだった。


 互いに手を振り、学園を後にする。


 この時、俺に見落としがあった。

 それは後に足を引っ張ることになるのだが、それをこの時の俺は知る由もなかった。















「ね?言ったでしょ?絶対いるって」


 帰宅して30分もせず、香織達はやって来た。


「良いなぁ…私もそんな風に惚気る相手がいたらなぁ…」

「ばっ!?ち、違うわよっ!!これは…ただ…」

「わかった、わかった。さっ。お邪魔させてもらおう?」


 ああ。早く入ってくれ。

 何故家主を置き去りにして話し込むのか。

 やはり、俺にコイツらを理解することは不可能なのだろう。


「翔。とりあえず、キッチン借りるわよ」

「まだ返事をしていないが…」

「香織。野菜から切ろう」


 何なのだ…女子高生という生き物は……

 同年代の同性のことすらわからないんだ。異性など、わからなくて当たり前か。


 香織は許可を取ったつもりなのだろうが、それを許可とは言わない。俺が返事をするよりも先に、二人は料理を始める。


 買い物袋から覗くのは、恐らく鍋の材料。

 季節はまだ冬なので、温かい料理は間違いのない選択と言えるだろう。


 身体が慣れないように暖房などは相変わらず使っていないが、寒い時に温かい料理を食べないなんてことはない。


 調理も始まったばかりということで、食事会まではまだまだ時間が掛かりそうだ。

 俺は支度をし、料理担当の二人へ断りを入れ、トレーニングへと出かけるのであった。








「えっ。ちょっと待って」


 翔が出掛けたことを確認すると、話の流れは女子特有の話題に。


「クリスマスにデートして、年越しも一緒で、初詣も行ったのに。本当にまだ付き合ってないの?嘘でしょ?」

「嘘じゃないわ。何なら手も繋いでいないわ」

「小学生以下の進行速度だよ?それは」


 クラスメイト達は勘違いしているけど、本当に何もないの。

 だから、揶揄われると恥ずかしさよりも居心地の悪さが勝ってしまう。


「私自身、どうしたいのかまだわかんないし…だから、何も言えないの」

「…香織らしい、と言えばらしいけど…」

「でも、焦ることじゃないって思うの。まだ二年あるし、進むペースは人それぞれなんだって、翔を見てたら不思議とそう思えるのよね」


 翔は良く言えばマイペース。

 決して誰にも乱されることはない。

 そんな翔と一緒にいると、勝手に焦っている自分が滑稽に映って見えるのよね…


「うーん。じゃあ、これは本当に惚気じゃないんだね?」

「うっ…そうよ…恥ずかしながらね…」

「別に恥ずかしいことじゃないじゃん。ただ…二年もあるって考えは拙いんじゃないかな?」


 うっ…それも分かっているのよ…頭では、ね。


「沙耶香も、奏も、遥香も、みんな応援してるから。だから、焦らず。でも、確実に距離を縮めていかないとね!」

「はぃ…」


 いつもとは真逆。

 普段であれば、私が話をリードして、みんながそれに乗っかってくることが殆ど。

 自分が話題の中心になるのがこれほど気恥ずかしいものだったなんて、今になって漸く気付けたわね……













 ガチャ


「鍋の匂い、か」


 トレーニングから帰宅すると、部屋の中は嗅ぎ慣れない匂いで充満していた。

 不思議と嫌な感じはしない。


「感想の前に『ただいま』でしょ?」

「うわぁ…やっぱり惚気だょ…」


 惚気?言葉の意味は知っているが、使う場所が違うぞ。

 見てみろ。

 予期せぬ言葉に香織が頬を赤く染めて恥ずかしがっている。


「ただいま」

「う、うん。お、かえり…」

「うわぁ…」


 何なんだ?

 …だが、不思議と悪い気はしないな。


 香織の反応と、川村の反応には不可解なモノを感じるが、これもいつものこと。

 無視するのが一番簡単な選択なのだ。


「食べるま『シャワーを浴びてから、だろ?』…学んだわね…」


 俺が部屋へと入ると、香織の要らない指導が入り掛ける。

 俺は同じミスを犯さない。

 そもそも、そんな常識などなかったのだから、最初からミスだとも思っていなかったがな。


「・・・・」


 俺と香織が立ち話をしていると、川村から怪訝な視線を感じた。


「…なんだ?」


 放っておくのも悪い予感しかしない為、重い口を開いた。

 論理的ではない予感など、以前は感じることがなかったのにな。


「二人って、本当に付き合っていないのかなぁって」

「ん?」


 ん?


「え?」

「…えっ!?」


 ん?


「付き合うとは、どういう意味だ?」


 俺の疑問は言葉そのもの。

 確かに、香織にはよく付き合わされている。

 遊びとか、勉強とか。


「え?!そこっ!?」


 香織がうるさい。

 いつものことだが。


「付き合うって…男女交際って意味だよ。わかる?」

「ああ。そっちの意味か。いつも買い物や勉強に付き合わされていたから、どっちの意味かわからなかったな」


 どうした?

 二人して変な視線を寄越して。


「そ、そうなんだ…それで?本当のところはどうなのかな?」

「本当も何も、なぁ?」

「わ、私に聞かないでよ!思った通り、好きに答えればいいじゃないっ!」


 許可も得たことだし、ここは正直に言うとしよう。


「俺と香織はクラスメイトだ」

「うん?知ってるよ?」

「以上だ」


 なんだ?何故そんな目で俺を見る?

 しかも、香織まで。

 お前が言えって言ったから答えたのだが?


「ホントに?」

「それ以上というのが、俺にはわからない。クラスメイトは皆、平等だ。それ以上も、それ以下もない」


 他人を差別出来るほどの関心を持てない。区別もそうだ。

 組織から、特にクラスメイトとは問題を起こすなと厳命されているから他と区別している程度で、命令(それ)が無ければ誰とも一言も話していない自信しかない。


「えっ…じゃあ、私達に勉強を教えてくれたのも?」

「それは他にも理由はあるが、確かにクラスメイトだからここまでしていると言えるな」

「そ、そう、なんだね」


 一応の納得は得られたようだ。

 それを得られたのも、ここまで香織が口を挟まなかったことが大きい。

 奴が口を開けば碌な会話にならないからな。特に俺は参加出来なくなるし。

 それは会話ですらないか。


「話は済んだか?俺はシャワーを浴びてくる。二人は先に始めていてくれ」

「えっ。いいよ。待つよ」

「待たせるほど長風呂でもないが、待つほどのものでもないだろう?そういうことだ」


 香織は普段と変わらない様子だが、何故か川村の様子がおかしい。

 まあ。俺には理解出来ないコトなのだろうから、考えても意味はないが。


 トレーニング後で少し小腹が空いているものの、俺はシャワーを浴びる為に、鍋の香りから離れることとした。

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