繋ぎ合わせ
『我々の力では捕まえることが出来ない。いや、そればかりか被害を防ぐことすらかなわないだろう。頼む。日本の治安を脅かす存在を、どうか打ち倒して欲しい』
依頼人代理の素性は不明だが、恐らくは公安辺りだろう。
依頼人自体は警察庁長官なのだから。
依頼人代理へは、組織へと確認後すぐに返事をすると伝えた。
『前向きに検討して欲しい』
余程切羽詰まっているのだろう。
その事情は、連日のニュースを見ていればわかる。
俺はあくまでも依頼人と組織とを繋ぐ請負人でしかない。
そんな俺でも、こんな時の為に我々がいるのだと胸を張りたい。
色良い返事を期待はするが、感情を込めずに組織へと依頼内容を伝える。
それが俺の仕事だ。
「というわけだ」
この男はNo.4。最近よく仕事が被る、同一組織に所属する別のエージェントだ。
今はNo.4の運転する車の助手席にて、依頼内容を聞いたところ。
「手段は?」
「いつも通り」
つまり、俺の身元がバレなければ、何をしても良いと。
「長旅になる。今は休んでろ」
「わかった」
目的地は北海道。移動手段はデータに残らない車。
目的地までの道のりで俺にすることはなく、今暫くの休息時間となった。
休むと言っても寝ることは少ない。
仕事の時間に体調を合わせる為に眠ることになるが、それは一時間程度。
時間を持て余すのは性に合わないので、自分以外のエージェントを観察するとしよう。
運転席の男はNo.4。この依頼の間は偽名の三浦省吾と呼ぶ決まりになっている。
歳は24とのことだが、実際はどうかわからない。見た目だけで言えば、相応に見えるくらい。
体付きは普通で、俺と同じく印象に残らない普通の男だ。
後部座席を陣取っているのはNo.2。
この依頼の為に、態々飛行機の距離を飛んで来たらしい。
つまり、それだけの人材を集めなくてはならない程の難易度と、組織は考えている。
見た目は小太り風を装っているが、間違いなく詰め物でカモフラージュをしている。
顔は中年男性のものに見えるも、それも本当か怪しい。
俺の経験に裏付けされた勘が、全て嘘だとアラートを出している。
誤魔化しづらい身長は170くらいだろう。これは唯一本当の可能性がある。
今回の依頼は、現地の案内役を含めず三人で遂行する。
ターゲットは単独だと予想されているが、複数にも備えた行動が求められる。
結果は捕縛ではなく、殺し。それも秘密裏に。
警察以外の俺達が犯人を捕まえるなんてことは、警察上層部も望んではいない。
更に言えば、組織も求めてはいない。
『続いてのニュースです。正月早々世間を恐怖の底へと陥れている連続爆破事件について。警察の記者会見の模様を・・・・』
車のモニターから流れているニュース。
その犯人こそが、俺達の求めるターゲットなのだ。
「爆破予告状は、札幌を示している」
今回の犯人は、人を殺すことよりも、警察を挑発することに重きを置いているように考えられる。
その考えは三人とも一致しており、この脅迫文とも取れる予告状はフェイクだと考えていた。
「だが、そこには何もないだろう。どうだ?」
「異論なし」
「同じく」
運転中の三浦へと、俺とNo.2が同意を示した。
「これまで三件の爆破事件を起こしたが、どれも予告状通りの場所だった。
しかし、今回は少し違う」
「ああ。これまでの三件は警察だけに予告していた。だが、今回はメディアまで巻き込んだからな」
「・・・・」
二人に任せていると、喋ることがない。ここは頷いておこう。
「つまり、そこに警察を集中させ、一般人を遠ざけさせた。これに狙いがあると思うが?」
「同じく。これまでの情報から、犯人は自己顕示欲が高く、負けず嫌い。札幌の爆破はフェイクだろうが、裏を返せば次に狙われるのも札幌」
犯人にとって重要な理由なしで予告状などを出すことは考えられない。
ないのなら、自己都合ということだろう。
それが自己顕示欲を満たす為のものと、犯行を完全なものにするためという理由だ。
「余程札幌に恨みがあるのだろう。これまでは関西圏に集中していたのに、今回がこれだからな」
「だろうな。これまでの爆破はある意味でフェイクなのだろう。次の爆破も。本命はここで間違いない」
現在車が走っているのは、札幌の繁華街。
偏に札幌と言っても広大で、三人では犯人を探しようもない。
「態々嫌がらせにフェイクの予告状を出して、それで何も起きなければ札幌に住んでいる者達は犯人を馬鹿にするだろう。『警備が厳重で手出し出来なかった』と」
「そして『腹いせに別のところを爆破した、幼稚な犯人だ』ともな。そこを狙われる」
ついでに警察も馬鹿にされたと思うだろう。
馬鹿正直に予告状を信じて警戒していたのに、爆破されるのは別の場所。
世論も警察を馬鹿にするだろう。それも犯人の狙い。
「つまり犯人は、警察と札幌に対して恨みを持つ者。どこまで絞れると思う?」
「これまでに使用された爆弾自体は大したものではないから、そこから絞ることは難しい」
二人は思考を巡らせているが、行き詰まったようだ。
「そうだろうか?」
二人には申し訳ないが、俺の記憶力は普通ではない。
一人の視線と一人の耳をこちらへと向けさせたので、続きを話すとしよう。
「一年前にある男が逮捕された。そいつは札幌在住で、県警本部長の息子だ。どうだ?当て嵌まらないか?」
この息子は所謂馬鹿息子を絵に描いたような男。
未成年の時から小さな犯罪を積み重ねては、親の力で揉み消されていた。
しかし、去年の飲酒当て逃げ運転では逮捕された。
しっかりと新聞に名前が出ていたので、県警本部長である親に恐らくは見限られたのだろう。
俺が調べても簡単に本部長の息子と分かったのに、メディアでは一切取り上げられなかったことから、戸籍上の他人となったことが濃厚ではある。
身内から犯罪者が出ると、出世どころか、本部長クラスでは引責辞任も辞さないだろうからな。
つまりこの男を犯人とするならば、警察にも、勘当後に冷たくなった札幌にも、恨みがあるということになる。
勿論、ただの市民が行ったことではないとも言い切れない。
言い切れないが、可能性は極めて低いとは言える。
周りを恨む機会は誰にでもあるが、それに伴い警察を恨むなんてことは限りなく少数だからだ。
「間違いなく第一候補だろう」
理由を全て伝えると、二人からは先の言葉が出てきた。
新聞の小さな記事。そんなものを記憶している方がどうかしている。
だから、そんな眼を向けてきているのか?
二人からは異物を見るような視線を向けられた。
それはまるで、俺がここに存在してはいけないと言っているように感じた。
容疑者が絞られたら、俺達は三人も必要ない。
相手は犯罪者といえど一般人。
兎一羽に対して、虎が三頭も群がっている状況だ。
虎に対して獲物があまりにも小さい。食いごたえはないだろう。
「誰が行く?」
時刻は深夜。容疑者は目の前。
二日前、その男が寝床にしているボロアパートへ侵入し、犯人である証拠は掴んでいる。
「俺はアパートへ侵入したからな」
だから、どっちかが行け。
No.2から、言外にそう伝えられる。
「俺もずっと運転しているからな」
だから、俺は行かなくても良いだろう?
言外にそう伝えられた。
「構わないが、後始末は?」
別に誰が殺しても同じ。
誰が行っても容疑者の死は免れない。
だから俺が行くのは構わないが、その後を聞かされていない。
「この車にはフルオロアンチモン酸が詰まれている。もちろん希釈されているが、コンロもある」
「理解した。体液が漏れないようにしよう」
ここは札幌中心部から10キロほど離れたパーキングエリア。
どうやら次の爆破予定地へと向かう道中のようだ。
勿論、それは叶わないのだが。
フルオロアンチモン酸とは、超酸と呼ばれる物の一種であり、現存する酸の中では最強の酸である。
この世の全てを溶かすと言われている酸だが、一つだけ溶かせない物が確認されていた。
それはテフロン。
この車に不自然に置いてあるものは、テフロン加工された小さなボトルが一本。
つまり、アレで犯人を溶かして隠滅することになるのだろう。
人を溶かすには大袈裟な代物だが、溶鉱炉で溶かすよりも証拠は残らないし持ち運びも出来る。
トイレへと向かっていく容疑者。
容疑者が車へと戻ってきた時、その者の命運は尽きる。
暗躍者の手によって。
「ひいっ!?知らないっ!!本当に知らないっ!」
夜の山中。
無事誰にも見つかることもなく、容疑者の男を捕縛することに成功した俺達は、ついでに情報収集という名の答え合わせをすることにした。
俺が殺さなかった理由は、殺すと失禁なり何らかの体液をその場に残す可能性があったから。
警察上層部の依頼とはいえ、犯人がまさか県警本部長の元家族とは思ってもいなかっただろう。
これが世に出ると依頼者の地位も脅かされる。この場合の依頼者とは、警察のことだ。
そうなると世論は荒れ、組織が望んでいない結末を迎えてしまう。
だから、メディアにはバレることがないように、最善の手段が選ばれているのだ。
備えあれば憂いなし。
超酸とは便利な物が偶々あったものだな。
人気の無い山中で聞いた話は、予想通りのものだった。
「お、俺を殺したら…」
最期の命乞い、か。
「悪には必要悪を」
その言葉と共に、No.2は男の首に通した縄を締め上げる。
うん?気のせいか?
言葉に表すことが出来ない何かを感じるも、数秒後に男は力無く横たわる。
「では、溶かすぞ」
縛られた死体が横たわるのはテフロン加工された桶の中。
この桶は車のガソリンタンクのカバーとして偽装された物だ。
そこに終ぞ意味を為さなかった偽名の三浦が、希釈されたままの液体を入れる。
希釈されていると言っても硫酸の一兆倍以上の酸度を誇る液体。
臭いすら分解しつつ男の身体は見る間に崩れていく。
「これ自体は有用なんだがな」
「そうだな」
またも二人は話すが、俺は口を噤む。
やはり無意味な会話をする気が起きない。
この液体は取り扱いが繊細なことでも有名。
一番困るのが、使用後の後片付けと言える。
ガソリンタンクは当たり前にホースと繋がっている。つまり、カバーにも如雨露のような部分が存在しているのだ。
そこを使い、死体を溶かした後の液体をボトルへと戻す作業が、俺達には待っているのだった。
ここは組織が所有している建物の内、数ある中の一つ。
そこで履き心地の悪い靴を脱ぐと、服も脱ぎ、特殊メイクを落とした。
鏡に映るのは見慣れた顔。
ここ日本では少々目立つ西洋人のモノだ。
「流石に動きづらかったわ」
素顔のNo.2。それを知る者は組織でも限られている。
身長は165センチと、西洋の女性としては普通。
しかしその声帯は普通のものではなく、訓練により七色の音が出せると言われていた。
「アレがNo.0。確かにNo.1の面影はあったわ」
No.2は鏡に向かったまま、独り言を続ける。
『私よりも付き合いの濃い君が言うんだ。その通りなのだろうね』
その独り言に、鏡から返事があった。
その声は才原のものだ。
「それよりも、どう?」
No.2は、その鍛え上げられた美しい肉体を鏡へと見せつけた。
ショートカットの金髪に、小さな顔。手足はスラっと長く、とても先程までの中年男性と同一人物には見えない。
『確かに若返っているね。見た目から…二十代中頃くらいに見える』
「貴方は天才よ。副作用があるとはいえ、生物の根幹を揺るがす発明をしたのだから」
『根幹は揺らいでいない。生物は必ず死んでしまうのだ。気をつけなさい。いくら肉体が表面上若返っても、君の寿命は削られているのだ。人よりも早くね』
才原が翔を造る為の研究で生まれた副産物。それは『若返り』を齎すものだった。
それは細胞レベルで若返るも、劣化速度は逆に速まってしまう欠陥品。
その欠陥品でも必要だったのがNo.2。
創造主を冒涜する行いにはそれ相応の代償を伴うが、それでも使う理由があったのだろう。
「でも、あの子は父さんじゃないわ」
『……今は、ね』
「いいえ。ずっとよ。貴方の頭脳は疑っていないけどね」
女の勘よ。
そう告げるNo.2は、憂を帯びた表情をしていた。
物語は混沌としてきましたが、まだまだ続きます。
完結までは相応の話数が掛かります。