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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
3/43

山頂の眺め。それは紅の色。

 





『アイツの下で働いていた娘は選挙活動中に不正を見つけ、それを公にしようと動いた結果……全ての罪をアイツに擦り付けられ……罰を…司法が与えてくれないのであれば、私法で!奴に!』


 言葉に詰まりながらも、思いの丈を伝える依頼者。

 それを聞いた請負人は、心を打たれることもなく。

 ただ、悪には必要悪を。と、依頼を受けたのであった。











「バスを降りたら、決めた班毎で整列する様に」


 早朝、まだ太陽が顔を出すか出さないかの時間。

 一行を乗せたバスは、目的地へ辿り着いていた。


 夜更かしか楽しみで眠れなかったのかは不明だが、欠伸をして眠そうな生徒がチラホラと伺える。


 翔はいつも通り…いや。少し違った。


「やめなさいよ…気持ち悪い」

「浜崎さんっ!それはあんまりだよ!」


 クラス委員の二人が騒がしい。

 それもそのはず。


「だって、翔がニコニコしているなんて、この数ヶ月で初めて見たのよ?似合わないからやめて!」

「い、五十嵐くん。気にしなくていいからね?うん。僕は良いと思うよ。やっぱり僕ら学生は笑っていないとね」

「万年爽やかな遼河と一緒にしないでよね…」


 先程まで翔に喰ってかかっていた香織だが、いつもニコニコしていて爽やかな遼河とも一緒にされたくはなかったようだ。


 優等生。模範生。爽やか。

 この言葉が座右の銘ではないかと言われているのが、翔のクラスメイトである三船遼河であった。


 その実、気付いていないのは本人くらいのもの。

 クラスメイトの殆どは、その上辺だけの優等生振りに不信感を抱いていることを。


 現在(いま)も翔のフォローへと回っているように見えるが、その瞳には侮蔑の色が濃く映っていた。


 香織は嫌だった。

 いくら先の定期テストの結果が二位だったからとはいえ、一位の翔を目の敵にする、このクラスメイトのことが。




 翔は学力テストにおいて、手を抜く事を指示されてはいない。

 体力測定については、大事になる未来しかないので当然の判断だが、学力は学生の範疇を逸脱しないので問題はない。


 100点満点のテストで200点は取れないからだ。

 どれだけ優れていようが、満点を超えることはない。

 しかし、体力測定は別だった。






「山頂に着いた班から、班毎に昼食を摂るように。下りの合図が出るまでは山頂で待機すること。以上」


 引率の教師が指示を出す。


「では、登山開始」


 この山は西原学園からバスで一時間の距離に位置している。

 標高は1500m程で、この駐車場から山頂までは2.5〜4時間の道のり。登山経験の少ない老人でも4時間、登山家でも2時間は掛かる。


 スタート地点ということで、体力の有り余っている学生達は賑やかに進んでいく。


 何故かニコニコ顔の翔は、いつも通り無言ではあるが。









 先日送られてきた手紙を解読すると、次の様な文章となる。


『082。次の依頼が決まった。標的は指定されたポイントへ9:20に姿を現す。

 偶然にも、今度082が登る山からの狙撃が可能だ。山頂へ指示書を隠しておく』


 態々山頂から狙撃する理由が見当たらない。

 しかし、そこに翔は疑問を持たなかった。


 組織がそうしろと言うのであれば、そうするだけ。

 それが翔の生き方であり、それ以外を知り得ないのだから、そうするのが自然である。


 もちろん態々山頂から狙わせるのだからそれなりの理由もあるのだが、それは狙撃時に気付く事なので、組織側からしてもそれを態々一エージェントに対して言う必要はなかったというだけの話。







 登山開始から10分後。

 翔の姿は学生達の中に見つけられなくなっていた。

 そして、それを気に留める者もここにはいなかった。







 木から木へ。それがなくなれば岩から岩へ。

 翔は人類最高峰のフィジカルを遺憾なく発揮して、山を高速で登る。

 まるで平地かの如く、その移動速度は人外染みている。


「目標地点確認。次のミッションへ移行する」


 翔は誰に見られる事もなく、無事に山頂へと辿り着いた。

 この付近には高い山がない。

 ここからの見晴らしは西の方角に開けていた。


 次のミッションとは、組織が隠した何かをみつけること。


 翔は立ち入り禁止のロープの向こう側、そこに何かを発見した。


「対象を発見」


 翔が発見したのは、一抱え程もある岩の下。そこに隠されていた物。

 ぱっと見では不自然さはなかったが、よく見ると岩の下の地面に薄らと引き摺った痕が見てとれた。


 隠されていたのは旅行鞄のような物。


 中には金属類といつもの手紙が。


『11452-3687-08157 紺のスーツにグレーの帽子。明日は晴れ』


 数字は組織が使う地球規模の一地点を指す暗号。

 明日は晴れとは、協力者が示す対象。

 協力者は記載の通りの人物。


 ガチャガチャ…


 バラバラだった金属が、まるで逆再生の如く組み上がっていく。

 その手元に迷いはなく、また一切の狂いもない。


 組み上げられたのは、機関銃の一種。

 全長二メートルはあり、弾も相応に大きい。人に当たれば木っ端微塵にしてしまうような規格だ。

 それは何かしらに備え付けられている類の銃火器であり、人の手で支え持つような代物ではない。


 翔の膂力を持ってしても、普通に撃つことは出来ない。

 その為、付属の三脚で銃身の前方を支え、後方を担ぐ形で狙撃体制を取った。


「予定時刻。選挙運動中の対象を補足」


 翔が覗いているスコープには、直線距離で6キロ以上離れた先が映っていた。

 周囲には隠れられそうな建物は無く、暗殺するには長距離狙撃以外考えられない様な地形であった。


 狙撃には計算だけでもコンピュータが必要な距離。

 距離や風は勿論のこと、高低差、気圧、湿度、温度、etc。

 翔にとって狙撃とは、朝食を選ぶよりも簡単なこと。

 これらの計算も頭の中で既に答えを導き出している。



 どうやらスコープには時計機能も備わっているようだ。

 時間と対象を確認した翔に迷いはない。


 元々迷わない上に不測の事態を幾つも想定しているので、意味のない確認ではあるが。


 パァァァァンッ


 山に木霊する銃声。前回よりも、長く、大きく、その音を轟かせていた。


「目標の破壊を確認」


 スコープには、何かが肉片を撒き散らし、それが紅の騒ぎを呼ぶ光景が映し出されていた。













「勝手な行動をしないでよねっ!」


 クラス委員である浜崎香織は憤っていた。

 クラス委員でもあるが今日は班長でもある。

 その班の班員の一人がいつからか行方不明になっていたのだ。

 そして、山頂の人混みの中でそれを見つけた。


「私の機転がなかったら今頃大騒ぎになってたんだからねっ!」


 翔が姿をくらましてから凡そ30分後、最初に気付いたのは班長の浜崎香織だった。

 そこからは誰にもバレないで、と祈りながらの登山となるが、さらに30分後の小休憩にて副班長の三船遼河に気付かれてしまう。


 遼河はすぐに教師へ報告しようとするが、それを止めたのは何を隠そう香織だったのだ。


 香織は何も知らない。

 だが、これまでも似たようなことを翔が起こしていたことは知っていたのだ。




 始めは入学式のすぐ後、オリエンテーションの時間。

 学校案内ということで、担任が移動教室で使う部屋を案内していた時のこと。

 その時も翔は、例によって(・・・・・)姿をくらましていた。


 学校の位置は都市部にある小高い丘の上。

 翔が受けている依頼は学生である現在、近場のものが多いので必然的に学校からの狙撃も多いのだ。

 その時も、翔は屋上から仕事を成功させていた。




 特に意識していた訳ではないが、偶々隣の席の同級生。時々フラッと消えていることに気付いていた香織は、自分の内申に傷が付かない選択を取ったのだ。

 もしかしたらそれ以外の理由があるのかもしれないが、それは本人にしかわからないこと。


 しかし、香織からそう言われて『はい、そうですか』となる遼河でもない。


 遼河は翔の事が気に入らない。

 自分は努力の上、交友関係から学業まで全てに力を注いでいるのに、翔は学業だけ(・・・・)頑張っているズルい奴なのだ。


 落とせる時に落としたい。

 そう考えることは、然程不自然な話ではないだろう。


『遼河は副班長だから、私と一緒に責任を取らされるかも』


 この言葉が効いた。

 故に。


『大丈夫。翔はいつも一人が良いからって、こういう時はいなくなっちゃうの。だから、大丈夫』


 この言葉を信じる他なかったのだ。


 自分を差し置いて主席の翔。

 とても憎いが、『自分の評価をアイツの所為』で落とすのは、決して認められるモノではなかったのだ。




「感謝する」

「…は?それだけ?」

「………」


 見つめ合う、年頃の男女。

 一方は学年上位の見た目で、その見た目相応にコミュニケーション能力も高く、絵にもなる。

 もう一方は、顔は年相応ではあるが特徴は薄く、可も無く不可も無くという見た目。しかし、その瞳に生気は無く、見つめると吸い込まれそうな漆黒にゾッとする。


「…次はないから」

「………」


 怖気付いたのか、どうなのか。


 兎にも角にも翔はお咎めなしとなり、暫しの歓談の後、昼食休憩となった。

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