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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
29/43

冬休み 正月編

 






「はあっ!?何も食べてない!?」


 朝から賑やかな奴だ。


「そう、言ったが?」

「コンビニでも何でもあるでしょ!?死ぬ気っ!?」

「四日ほど食べなくとも死ぬことはない」


 他人の部屋に入ってくるなり、煩い奴だな。


 俺が食事をしていない理由はちゃんとある。

 俺の食事を朝晩用意していた者が休みという、至極当たり前な話。


 勿論、買いに行けばいいのだが、前日を含めてたった四日のこと。

 昨日は香織の家で菓子やジュースなど、合計400kcal分も摂取することができた。

 今日を入れて後三日は、部屋にあるサプリメントなどで栄養を摂取すれば問題はない。


 日課の運動も、この四日の間はしなくてもいいし。

 だから俺は、カロリーを無駄に消費しない為にリビングに立って瞑想していたのだ。


「四日!?何考えてんのよ!」

「何も考えていない」


 考えるとカロリーを消費するからな。


「あーっもうっ!わかったわ!初詣の前にご飯作ってあげるから、出掛ける支度して待ってなさい!」

「支度も何も、俺はこのままだが?」


 俺の言葉を聞かず、香織はアパート(部屋)を飛び出していった。


「アイツも中々やるな」


 香織は動きづらそうな格好をしていた。

 足元も履き慣れてはいないはず。

 それなのに、外から聞こえる階段を降りる音のリズムに乱れはなかった。


 考えても消費するだけ。

 俺は再び瞑想へと没入していく。














「温めただけだけど、どう?」


 心配そうに食事を始めた俺を見つめてくる。

 何が心配なのかはわからないが、この料理は冷えた身体を芯から暖めてくれた。


「これが、雑煮というものか。食べられる」


 小豆雑煮といったか。

 甘く煮込んだ小豆のスープへと餅を投入してふやかした料理。

 調理方法は簡単だが、栄養価は高く、腹持ちも良さそうだ。

 寒冷地での長期依頼には向いているかもしれない。


「食べられるに決ま『美味い』……そ、そう?良かったわ」


 人の感想を遮って怒鳴るとは、やはり香織は侮れないな。

 普段は時間の使い方が下手な割に、会話では焦るように進めてくる。


 …なんだ?


「嬉しそうだな?」


 その後も食べ進めていると、何故か嬉しそうに見つめてくる。

 これまで観察してきた嬉しそうな視線とは少し違った…何と言えばいいのか。

 何かを見守るような……そんな感覚を覚える視線だった。


「え…」

「なんだ?気付いていなかったのか?頬がだらしなく緩んでいたぞ?」


 本当にだらしなかったな。


「嘘っ!?」

「嘘じゃない。もう少し緩んでいれば涎が落ちる程度には弛んでいた」

「そ、そんなはずはないわっ!」


 俺が嘘をついても仕方あるまいに。

 まあ、どっちでもいい。


「美味かった。さて。それでどうすればいいんだ?」


 そもそも何故昨日今日で香織がここにいるのかだが。


 俺以外の三人の話によると、昨日は全く期待に応えられなかったそうで、これでは埋め合わせにならないと。

 それで三人提案の『香織と二人で初詣』となったのだ。


 全く理解不能だが、俺以外の三人の意見が合致したのだから、理解できないだけで俺が何か悪かったのだろう。


 運動をしない。食事を摂らなくてもいい。

 そのことから、この三が日は動かずにカロリーの消費を抑えることを予定に立てていたのだが、他に予定がないのも事実。


 故に、クラスメイトとの親睦を深めることに時間を使っても良いのかな、と許可した次第なのだ。


「っ!!そ、そう?それなら良かったわ。とりあえず、出ましょう。予定より遅くなったから混んでしまうわ」


 料理の感想を伝えると、色々と誤魔化せる…と。

 俺は心のメモ帳へと香織の扱い方を記す。


「俺のせいで遅れたのなら、挽回しないとな」

「…やめて。張り切らないで。碌なことにならないんだから…」


 この食事の為に一時間以上の時間をロスしてしまった。

 目的地が遠いのであれば、動きづらそうな香織を抱えて走るくらいはするつもりで伝えたのだが、必要ないと。

 最後の方は声が小さすぎて、口の動きも小さく読み取れなかった。

 まあ、いいと言うのならいいのだろう。


 俺は香織の後に続き部屋を出る。

 鍵を閉めたら目的地へと向かうことになった。
















「眩暈がする」


 おかしい。先程エネルギーを摂取したばかりのはず。

 それなのに、あまりの人の多さに眩暈がしてしまう。


「ちゃんと食べないからよ。ほ、ほら。危ないから手を繋いであげるわっ!」

「頼む」

「え…」


 何だ?支えてくれるんじゃないのか?

 言い出したのだから、しっかりと支えてくれ。


 それにしても…

 足元を見ても前を見ても、人、人、人。

 上を見ても、声、声、声。


 以前であれば人酔いなどしなかったはずなのに、学園生活に慣れた影響だろうか?

 人の感情や会話が脳内へと押し寄せてくる。


 香織の頼りない細腕でも、今の俺の足取りよりは幾分か頼りになる。しっかり、頼むぞ?


「…大丈夫なの?体調が悪いのなら、戻ろっか?」

「いや、いい。それではいつまで経っても埋め合わせ出来ないからな。俺には時間がないんだ」

「そこまで気にしなくても…」


 香織は何か言っているが、他人の会話に掻き消される。

 耳ではなく、直接脳内へと入ってきてしまう。

 頭がどうにかなりそうだ。


「初詣とは、あそこに賽銭を入れることだよな?」

「…なんか違うけど、強ち間違いではないのよね」


 俺達は初詣へと来ている。

 元日の一番混む昼間に。

 俺の服装は、下は丈夫なジーンズに、上は中からTシャツにセーターにコートといった装い。

 香織は色鮮やかな着物だ。狙撃の的としては優秀であると言える。


「後30分もすれば俺達の番だ。手を離すなよ?」

「カッコいいセリフのはずが、状況が情け無いのよね…」

「?」


 さっきから何なんだ?

 手を繋いだ時には、その繋いだ手から伝わってくる心拍数が増加していたのに、今は平常時まで下がっている。

 何がきっかけで変化するのか、未だに掴むことが出来ない。


 さっきまで赤らめていた顔も、今は俺が飯を食っていた時と同じ表情(かお)になっているし。


 そんな観察を続けていると、遂に俺達の順番がやって来た。


「ちょっ、ちょっとアンタ正気!?」

「ん?」


 よくわからんが、次もつかえている。俺は手にした札を前にあるブルーシートで囲われた箱に向かって投げ入れた。




 初詣は無事終わり、帰路へと就いた俺は、通常通りの体調へと戻っていた。


「ちょっと…良いの?沢山賽銭したからといって、願いが叶うものじゃないわよ?」

「うん?あの一万円のことか?他にもしている人達はいただろう?」


 賽銭の相場なんて知る由もないが、俺の前に並んでいた人は一万円を賽銭していた。

 財布の中には札が一万円札しかなく、どちらにしても一万だっただろうが。


「あの人達は大人じゃないの…はあ…男の人って大変ね。私なら、一万あれば欲しい服とかに使うわ」


 大人と子供では神に贈る金額が違うのか。男の人とはなんなのだろうな。

 ま、香織の言うことだ。真に受けても仕方あるまい。


「服が欲しいのか?無いのか?」


 今着ているのが特別な物だということくらいは知っている。

 組織調べによると、香織の家の家計は中央値より少し高い程度。

 別段服が買えないほど貧しいわけではあるまい。


「あるけど…女性は物入りなのよ」

「そうか」


 先進国の女性には金が掛かるという話は聞いたことがある。強ち間違いではないようだな。


 そんな必要なのかわからない知識を得ていると、人通りが少ない場所まで辿り着いていた。


「用は済んだことだ。帰るか」

「ま、待って」

「何だ?」


 ここまで来るのに電車を使っている。

 帰りも駅まで行かねばならず、経路を脳内で確認していると待ったが掛かる。


 何やら言いづらそうにしているな。

 俺にも出来ることというか、してやれる許容範囲はある。

 無理難題であれば断ろう。そう考えていると、香織の薄く紅が塗られた唇が動く。


「ぷ、プリクラっ!プリクラ撮ろっ!?」

「プリクラ?」


 その単語は、俺の知識の中にあるものでは、凡そ20数年前にここ日本で一世を風靡した写真を撮る機械だと記憶している。


「記念に写真を残したいなぁ…って」

「やはりあのプリクラか」

「あのって何よ?プリクラは今でも人気なんだからね」


 そうなのか。その知識は欠けていたな。必要ないかもしれないが補完しておこう。


「いいぞ」

「えっ!?いいのっ!?」

「但し、今後誰にも見せないことが条件だ。何年先でもな」


 俺の写真は学園を調べれば普通に出てくるが、それ以外は無いに越したことはない。

 香織は今の所約束を破るようなことはしたことがない。

 恐らくそれを深層心理で嫌っているのだろう。


 それなら、その望みくらい叶えることが出来る。

 隙かもしれない。

 だが、その隙はあえて作ろう。完璧程壊れやすいものはないのだから。














「で?どうしてここにいる?」


 全てをクリアした。

 食事の心配までするものだから、あの後元日にも開いているファミレスで昼食まで摂ったのだ。

 なのに、何故?


「いやぁ…お正月って暇じゃない?家にいてもすることがないし、それじゃあここに来よってなったのよ」

「ごめんねー。翔くーん」


 間延びした喋りは島谷だ。

 友人といるのなら、態々何もないここへ来る意味などないだろうに。


 それなのに、元日の夕刻、部屋で瞑想をしていた俺の元へと香織たちはやって来たのだ。


「上がれ」


 外は極寒という程ではないが、真冬と呼ぶに相応しい程度には冷えている。

 部屋は暖かくないものの、風や雪に当たらないだけマシだろう。


 少し前であれば、気疲れしたくないために自ら部屋へと上げることはしなかった。

 そんな自分自身の変化へと戸惑うも、これが人間らしさかと、少しだけ不思議な気持ちになれた正月だった。

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