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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
28/43

冬休み 年越し編

 






 長期休暇は充実していた。

 最近無意味な思考時間が長く、精神的な疲れを感じていたが、各地を飛び回り依頼を熟していると何も考えなくてよかった。

 そういった意味で充実していたと言える。


 ()()んだ。


「いらっしゃい。さっ、あがって」


 ここは浜崎香織の実家。

 何故こんなところにいるのかと言うと、話は冬休み最初の時間(とき)まで遡ることになる。














「話も聞かずに帰るんだもの」


 記憶にもなかったが、やはり近所に飲食店などはなく、少し離れた距離にある二十四時間開いているファミリーレストランへとやって来た。

 道中香織とは目が合うこともなく、無言での入店後、注文した料理が来たタイミングでその口は漸く開かれた。


 話があるのならさっさと終わらせて欲しいと、俺は切に願った。


「今日でわかったと思うが、忙しい身なんだ」

「法令ギリギリの時間までバイト?教師に見つかったら退学ものよ?学園(うち)がそういうことに厳しいことくらい知っているでしょ?」

「身内の仕事を手伝うことはバイトにはならない」


 ずっとバイトバイト煩いが、俺は一度たりともバイトをしているなどと、説明したことはない。

 クラスには陶芸家の息子もいて、学園では家業を手伝うことは禁止されていない。


「うっ…でも、遅くなるなら連絡してくれても良くない?」

「約束していないから待っていることを知らない上に、そもそも連絡先を知らん」


 その言葉に香織の相好は崩れる。


「じゃあ!」

「前に言っただろう?俺の携帯は家族専用なんだ」


 この言葉には表情が曇った。相変わらず忙しい奴だ。

 学園ではいつも澄ました顔をしているくせに。


「なんでよっ!?良いじゃない!」

「うちは厳しい家でな。学園に通う許可は降りたが、離れて暮らす条件に携帯を持たされたんだ。

 いつでも連絡が取れるようにと。

 過保護な親だと思うが、その条件の中に連絡先は卒業まで誰とも交換しないことが盛り込まれている。

 つまり、香織に教えたら俺は学園を退学することになる」


 勿論、マニュアル通りの断り文句。


「わかったわ。別に私と交換することが嫌ってわけじゃないのね」

「そうだ。不可抗力だ」


 面倒なことにしかならないだろうから、嫌なんだよ。


「でも、女の子を夜遅くまで玄関先で待たせた罪は重いわよ?」

「だから、知らないものは仕方ないだろ?」

「ええ。普通は仕方ないわ。でも、知らなかったとはいえ年頃の女性を待たせることは罪よ?まさかそれさえ知らないわけないわよね?」


 なんだ?

 日本の法律でも文化でも習った記憶がない。

 俺の知らないことは数多く、特に日本の人間関係については無知と同等。

 文化にも法律にもないはずだが、そういう風潮ならあっておかしくない、のか?


「何が言いたい?」


 自分に非があることは認めない。あくまでも対等な立場を保つ為の発言をした。

 ただでさえ香織には、俺が常人(ひと)と違うことにも気付かれているんだ。これ以上パワーバランスを崩してはならない。


「埋め合わせ」

「は?」

「だから、埋め合わせに来週ウチに来て」


 埋め合わせ?

 コイツの場合安くついたと見せかけて高くつくことが考えられるからな。

 安請け合いは出来ない。


「いやだ」

「じゃあなんだったら良いのよ?」

「金銭で済ませろ」


 慰謝料といえば金だろう?なんだよ、埋め合わせって。

 俺たちはまだ高校生だから、いくら香織でも法外な値はつけないだろう。


「あんたバカなの?お金なんかいらないわよ」

「慰謝料といえば金だろうが」

「慰謝料ってなによ!?埋め合わせって言ってるでしょ!?」


 理不尽にも勝手に待たれてそれで金まで払おうと合わせたのに、気に入らないとかあるのか?

 そもそも…


「埒があかないから、一旦整理しよう。話とはなんだったんだ?」


 そう。放課後に俺を引き止めてまでしたかった話とは何なのだ?

 それが解れば香織がここまで頑なになっている理由もわかり、この不毛なやり取りという時間を終わらせられるかもしれない。


「・・・・」


 黙りか。


「教えてくれないと話が進まない。更に言うと、さっきから店員がこちらへと視線を向けてきている。通報されると拙い。つまり、俺たちには時間がない」


 ご丁寧にも、18歳未満の方の夜10時以降のご来店はご遠慮くださいの看板がここからも見える。

 店を出れば済むことだが、外が凍える程寒いことは誰よりも香織が知っていることだ。

 故にそれは選ばないだろう。


「遊びたかったの」

「ん?」

「だから!冬休みも翔と遊びたかったの!」


 そんなことの為に、指先が赤くなる程の痛みに耐えたと言うのか?

 いや、指先だけではない。

 その形の良い鼻先も、ニキビ一つない頬も赤く染まっている。


 これも俺が知らないだけで、本当は真の理由があるのだろうか?もしくは、その理由が途轍もなく大切な何かだということを見落としている?


 ダメだ。

 考えてわかることなら既に答えは出せていたはずだ。


「…遊べば、それで済むのか?」


 この無駄な拘束時間も、しなくて良い気苦労も。


 これまで自発的な行動は制限されてきた。

 故に気苦労とは無縁の人生を歩んできたのだ。


 爪を剥がされる程度の痛みには眉一つ動かさないが、この気苦労は如何ともし難い。


 逃げ。

 そうなんだ。


 俺は逃げたいんだ。この煩わしいやり取りから。

 もし、逃げられるのであれば……


 そう考え、先の言葉が口をついて出てしまった。


「そうよ!だからさっきから言ってるでしょ!?来週ウチに来なさい!それだけよ」

「…わかった。冷める前に食べてしまおう」


 食事は暖かい内が……

 いや、俺にそんな感性はないが。


 しかし、未だ小刻みにその細い身体を震わせている香織には、この暖かい食事が何よりの馳走になるだろう。


 俺は消化の良いフルーツを食べながら、美味しそうに食事を口に運ぶ香織を見つめるのであった。













 ということがあって、今に至るというわけだ。


「わっ!ホントだ!翔くんが来たよ!」

「ごめんね?男の子は翔くんだけなんだ」

「よくわからんが、問題ない」


 香織に案内され部屋へ入ると、中には二人の見知った女性がいた。

 川村結衣と武藤沙耶香だ。


 女性だけで遊んでいたのなら、やはり今回も俺は必要ないのではなかろうか?


 そうは思うも、以前の失敗がある。あの時は後日しつこいくらいに怒られた。

 それはそれで面倒なので、今回はこの任務を完遂させる所存だ。


「ところで。これはなんの集まりなんだ?」


 部活動も別々。確かに仲の良い三人だが、この面子である理由がわからない。


「なんのって…よく喋るようになっても、翔くんは翔くんだね…」

「五十嵐くん…今日が何の日か知らないの?」


 川村は残念な人を見る目を隠そうともせず向けてくる。分かりやすくて非常に助かる。

 片や武藤の方は、表情を取り繕い優しく教える風に聞いてきた。


「今日は今年最後の日だ」

「分かってるじゃん!」


 武藤も取り繕うことをやめたようだ。分かりやすい。


「翔。アホなこと言ってないで、さっさと座りなさい」

「座れというが、どこに?」


 この部屋はどうやら香織の寝室兼自室のようだ。

 広さは八畳程で、部屋の奥に薄ピンクのベッド一式があり、枕元にはクマのぬいぐるみ。

 左側にはテレビ棚の上にテレビがあり、右側には本棚がある。

 中央にはラグが敷いてあり、そのまた中央に白色の座卓。

 そこに奥からベッドを背もたれ代わりに川村がだらしなく座っており、本棚を背に武藤が折目正しく座っている。


 テレビの方側に俺が座れるスペースはなく、残されたのは入り口側なのだが、そうなると香織は?

 まあ。座れと家主に言われたのだから座るが。


「翔の分の飲み物を取ってくるわね」


 そう言うと、香織は入ってきた入り口から出て行った。


「それで?今年最後の日に何をするんだ?」

「えっ!?まだその話!?」

「五十嵐くん。大晦日にすることといえば?」


 今度はクイズ形式か。


「さあ?」


 全くもって思い浮かばない。


「年越しだよ!年越し!」

「川村。それは家で寝ていても出来ることなんじゃないか?」

「あーもうっ!年越しパーティーだよ!みんなで集まって、ワイワイお喋りしながらお菓子を食べて年越しをするのっ!」


 なるほど。

 確かに川村はお喋りだから欠かせない人材といえる。

 武藤はそんな川村の面倒を見なくてはならない重要なポジションなのだろう。

 そして、この部屋の主は香織。


 ・・・いくら考えても答えは同じか。

 不毛だな。やめよう。


「わかった。お喋り担当は川村で、武藤は纏め役。香織は元締めだから・・・俺は傍観者となろう」


 纏め役と元締めは似たようなものだが、選んだ言葉がそうなっただけで他意はない。

 俺に出来るのは見守ることくらい。


 よし。傍観者になろう。

 いつも実動部隊が多く、監視役の経験は浅いが、これは任務であって依頼ではないからな。問題はないだろう。


「お喋り担当って、酷くない!?」

「と、お喋り担当はいっているが?」

「うーん。結衣、諦めて。五十嵐くんが言っていることは当たらずも遠からずだよ」


 傍観者を気取ってみたが、俺も中々上手く会話に入れていると思う。

 楽しくも悲しくもないが、やはり疲れる。


 ガチャ


「何だか楽しそうね?何の話?はい、翔。オヤツは好きに摘んでね」


 部屋へ入って早々に会話へと参加している。

 初めて香織の事を尊敬したかもしれない。

 いや。表情が豊かだから、そこも真似はできないが。


 香織から渡されたのは湯気が立っているコーヒーカップ。

 俺が口に入れるものは基本常温だから、受け取る時に少し緊張する。


 そんな香織は何を思ったのか、俺の隣へと密着するように座ってきた。


 確かに床に座るところはないが、ベッドにはいくらでも腰を掛けるスペースがある。


 密着されるのは落ち着かない。

 もしもの時に備える癖がある為、他人の体温や揺れに過敏になっているのだ。


「もう少し、そっちに寄れるだろう?」

「なあに?もしかして、恥ずかしいの?」


 俺は二人の邪魔をしないよう、傍観者としてテーブルの隅に陣取っていた。

 それなのに、香織は片側へ寄せる事なく真ん中へと座った。


 何故か口調も普段は見せないものだ。

 そして、呼気から嗅いだことのある匂いもした。


「酔っているのか。アルコールは脳細胞の破壊を促す。程々にしておけ」

「…なんでわかるのよ」

「匂い。それと、本人では気付けないだろうが、普段より高揚感があるように見える。有り体にいうと、香織の気が大きくなっているように感じた」


 冷静な分析。

 それを聞いた香織は理解したのか、どうか。

 追加のアルコールを摂取していないものの、その頬は薄ピンク色を濃くした。


 血圧の上昇。つまり、何かしらの変化はあったのだろう。


「ちょ、ちょっとお水を飲んでくるわね」


 そういうと再び足早に退室し、またもやこの空間には俺たちだけが取り残されることに。


「翔くん…的確だけど、そういうのは求めてないんだよねぇ…」

「私達から見たら、今の香織の行動は凄く可愛く見えるんだけど…どう見えた?」


 川村の言っている意図は掴めないが、質問には答えられる。クイズ形式の会話が俺には合っているのかもしれない。


「高校生が禁止されている酒を飲んだことからも、何かに悩んでいる可能性を感じた。

 行動は、酔っ払いを真に受けない主義だからな。正直考えるのは無駄だ。

 見えたのはこれくらい、だな」


 恐らく学園の生徒は皆優等生のはずだ。

 香織は普段から変な感じだが、日本という尺度で見れば、やはり優等生なのだろう。

 その優等生が学生の内に飲酒をした。


 この事実から弾き出される答えは一つ。

 何かに悩んでいる。


「翔くんって、実はアホだよね。やっと香織が言っていた意味がわかったよ」

「コラっ!ごめんね?五十嵐くん。結衣に悪気はないの。でも、少しは人の気持ちを汲んであげた方が良いのかなとは、私も思うよ」

「よく分からんが、俺にも悪いところがあるという話だな?今のところ全く想像も出来ないが、人間関係というものは一方の感覚で物事を測れないことくらいは理解しているつもりだ。

 恐らく今後も理解出来ないだろうが、悪いところがあれば言ってくれ。都度謝罪する」


 本当に理解出来ない。

 俺は川村に対して酷い事を言ったのだろうか?言ったのだからこうなっているのはわかるが、やはりその理由まではわからない。

 それを知りたいとも思えないところに起因しているのだろうが、変わるつもりも変えるつもりもないからな。


「うん…出来ないことがわかったから、こっちも気をつけるね…」

「翔くんって、本当に変わってるよね…」

「悪いな。そういうことだから、俺のことは気にせず、その年越しパーティーとやらを続けてくれ」


 会話に参加してみたが、やはり俺には傍観者がピッタリだ。


 ガチャ


「あれ?今度は静かね?」


 戻ってきた香織が訝しげに告げる。

 俺のせいではない。

 いや、俺のせいか。

 いや、俺を呼んだコイツのせいだな。うむ。間違いない。


 戻ってきた香織は訝しそうにしつつも、俺の隣へと座る。

 今度は身体が密着しない程度の距離を置いて。

暗躍者稼業も年越しはお休みのようです。

意外にもホワイトな職種なのかもしれません。

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