表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
27/43

冬休み 年末編

 





『助けて下さい。息子は…あの子は普通の子でした。そんなあの子が暴力団に借金なんて……』


 依頼者の初老の女性は、亡くなった息子がしていたという借金の返済を背負い、既に100万円を二回支払ったが、それは払えど払えど減らない借金だった。


 今回の悪は小さなもの。小さいが悪は悪だ。組織の理念には反しない上に、調べれば大量の埃が出そうな相手でもある。


 そもそも借金自体が怪しい。

 そう考えた俺は請負人の権限を使い、その暴力団を調べることに決めた。


 そして案の定多くの裏が取れた。


『お願いします!お金はいいのです!ですが、息子の濡れ衣を晴らしてやって下さい!』


 依頼人は、白髪が混ざる頭部をこちらに下げて、そう懇願してきたのだった。











「明日から冬休みですが、年末年始は事故も多くなります。皆さんくれぐれも気をつけてお過ごし下さい」


 担任の話が終わると、待ちに待った長期休暇が始まる。

 他のクラスメイト達も嬉しそうな顔をしているのだから、俺がしていても何ら不思議はあるまい。していないが。


「翔…が、笑っている?」


 隣の席の失礼な奴が、失礼極まりない疑問を投げかけてきた。


「笑ってなどいない。遂に幻覚でも見始めたのか?」

「幻覚じゃないから、五十年ぶりの大雪が降っているんじゃないかしら?」


 馬鹿いえ。俺の表情筋は自在だ。笑顔なんて、意識しない限りすることはない。


「悪いな。馬鹿話に付きあっている暇はないんだ。じゃあな」

「えっ?ちょっと!!」


 何か言っているが、本当に暇はない。

 俺は急ぎ帰り支度を整え、教室を後にしたのだった。

















「あの見えている建物がそうだ」


 この近辺には公共交通機関が通っていない。

 タクシーで行けば印象に残ってしまうかもしれないと、組織が用意した車に乗り込みここまでやって来た。


 運転手は俺と同じエージェントの一人。香織と居た時のトラブルに対処してくれた男だ。

 確かNo.4だったか。

 コードネームすら知らない仲だが、サポートの腕は疑っていない。


 組織が用意したのだから。


「依頼人は暴力団だと勘違いしているが、ターゲットは街金融。所謂闇金だ。狙いはわかっているな?」

「帳簿」

「そうだ。迎えは?」


 闇金にとっての顧客情報が載っている帳簿とは、心臓そのもの。

 そして、そこには真実が記載されている。その帳簿が本物であれば。


「必要ない」

「だろうな。健闘を祈る」


 離脱時にどうなっているのかは不明だ。

 気付かれることがなければ迎えは有難いが、バレた時は逆に邪魔になる。


 男の言葉に頷いて応えると、どこにでもある商用車から鞄を背負いつつ降りる。

 付近には住宅がポツポツとあるくらいで、人通りもない。

 隠れられそうな場所は住宅地の裏手に見える林と薮くらいだ。


 こんな静かな場所に闇金の本部があるとは誰も思わないだろう。

 男が示した建物もごく普通の民家にしか見えない。

 塀に囲まれた一戸建て。


 俺はゆっくりと辺りを観察しつつ、その建物へと近づいていく。







 侵入は簡単だった。

 防犯カメラは見当たらなかったが、隠しカメラは幾つか発見した。

 ああいった物で警備をしているとそれに依存し、警戒レベルの低下へと繋がるのは何処もそうだ。


 カメラの死角へと潜ると他の警備は杜撰で、建物へアッサリと侵入することが出来たわけだ。


 現在いる場所は、2階の窓際。


 先ずは一階を捜索したが、人がいる部屋以外に金庫などは見当たらなかった。

 よって、二階の調査へと乗り出したのだが、階段の監視カメラには死角がなく、屋根からの調査を余儀なくされた。

 そして見つけたのが二階の一室。


 壁に針で刺したような穴を開け、そこから極細のチューブを通す。

 そのチューブの先端を介して、腕時計型のモニターへと中の様子が映る。


 その部屋の中は、窓には暗幕が掛かっており、デスクが1組とその窓際に窓を隠すかのように鍵付きの大きな戸棚が鎮座している。

 その戸棚の前にはデスクがあり、一人の男がそこで書類と格闘していた。


 書類の中身は窺えないが、他の部屋とは違いこの男専用の部屋であることからも、この男がこの家のトップで、後ろの戸棚に重要書類が仕舞われていることは馬鹿にでもわかることだ。


 さて。

 ここから男がいなくなるのを待つのが最良かもしれない。

 しかし、そんな呑気なことをしている間に、件の書類を持ち出されるかもしれない。


 今回、殺しは無しとの命令。


(鼠になるか)


 手段を決定した俺は背負っている鞄を下ろし、行動を開始した。













 目的の品を手にした俺は、近くの林に隠れながら帰還を目指している。

 書類を手に入れた方法は単純なもの。


 目的地は窓際にあるのだから、窓ガラスに穴を開け、そこから戸棚攻略に着手した。


 道具を使いガラスと暗幕を30cm四方分音もなくカットすると、戸棚の裏側が露わになる。

 戸棚は金属製だったので、金属を溶かす薬品を丁寧に塗り、その時を待つ。

 10分ほど待つと頃合いになり、窓ガラスを抜いた時に使用した吸盤を使い、これまた音もなく戸棚を破ったのだ。


「『高橋 弘文』」


 俺が呟いたのは、依頼者の息子の名前。

 盗んだ書類には全てが書かれていた。


「『母 高橋 翔子。親子二人暮らし。生命保険2000万あり』」


 何処かでこの情報を得た闇金業者は、依頼者である高橋翔子からこの2000万を奪うことを画策したようだ。

『息子には借金がある』

 保険金の額と受取人まで調べられたくらいだから、息子の細かい特徴なんかは楽に調べられたのだろう。


「しかし、これでこの闇金も終わりだな」


 こういった闇金は数多く存在している。

 その全てはバックに何かしらが付いている。


 それこそ依頼者のいう暴力団や、政治家などの権力者。

 そういったモノに守られながらでなければ生きてはいけない。そういう稼業。


 そして、一つの失敗で簡単に切られるのだ。


 上は甘い汁だけを吸い、こういう奴らは所詮使われる側。

 悪だが、本当の悪は別にいる。

 だから組織は殺さない選択をしたのだろう。


 勿論命令だから、そんな理由など必要ないが。



 一キロ程林を進むと、大きな幹線道路へと出た。

 今回も無事任務を遂行することが出来た。

 ホッと息を吐く自分自身に驚くも、昔からそうだったと気のせいにして、騒つく鼓動を落ち着かせるのだった。














 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「とった手段も、動きも完璧でした」


 ハニーは完璧な仕事をした。そう伝えるも、私が敬愛する所長の表情(かお)は晴れない。


 ハニーの仕事内容は完璧だったけれど、所長が気にしているのは心拍数の変化。

 門外漢な私でもわかる。

 ハニーはいつか失敗をすると。


「だろうね。そう造ったのだから」


 繊細な技術。その場に溶け込み誰にも見つからない隠密行動。

 どちらも変動する心拍が邪魔をする。


 組織が受ける依頼の中でも、今回の依頼は簡単なもの。

 他のエージェントでも同じ方法に辿り着き、同じ結果を齎せるくらいには。


 ハニーを使ったのはあくまでも経験値の増加と確認の為。


 身体が経験すると()()()()()()()()()()老獪な技術は損なわれない。


 でも、今回この依頼をハニーへと任せたのは、後者の理由が大きいと私は考えていた。

 そして、その考えは肯定された。


「最早082に対しては、手をこまねくことしか出来ない。よって、監視を一時中止し、我々は研究を進めることとする」

「はい」

「研究には時間が必要だが、082の変化速度は異常という他ない。取り返しのつかない事態になる前に必ず間に合わせる。いいね?」


 その言葉に私は頷いて応え、モニターの電源を落とした。


 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓
















「いつから?」


 バスで帰ってきたところ、家の前には見知った顔がいた。

 早く休みたいが、扉の前にしゃがんでいるので声を掛けないわけにもいかなかった。


「あれから」


 あれからとは。


「もう夜だ」

「見たらわかるわよ」


 時刻は22時。真っ暗だ。


「・・・・」


 部屋に入りたいが、俯いたまま顔すら上げることがない。

 どうしたものかと思考を巡らせていると、昔聞き慣れた音が目の前から聞こえた。


 ぐぅぅぅ


 あれは確か十年ほど前だったか。

 極限状態に慣れる為の訓練にて、砂漠で一週間ほど遭難した(監視付き)時、何も食べていなくてずっと腹が鳴っていたな。

 その時以来の腹の虫。他人のだが。


「飯を奢るから、食べたら帰るんだ」


 人間は欲求に負ける生き物。

 欲求に勝つことは出来ても、いつかは必ず負ける。

 勝ち続ける先に待っているのは、確実な死だからだ。


 そのタイミングこそわからないものの、訓練により俺はいつでも餓死することが可能だ。

 欲の捨て方が身体に染み付いているからな。


「・・・・わかったわ」

「行くぞ」


 俺の声に返事はないが、後ろをついてくる気配はちゃんとある。


 ところで。


「この辺りに食事が出来るところはあるのか?」


 俺の疑問に答える声はなかった。

近所くらいリサーチしておけ。

そう思いますが、逃走ルートなどは頭に入っているのです。

無駄な知識を蓄積しないように造られている…ということで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ