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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
26/43

聖なる夜

 





 咄嗟の判断だった。

 いや。正直に言おう。判断などしていない。

 身体が勝手に動いたのだ。


「え…何をしたの?」


 俺が支える男は、意識を失っていた。


「問題ない。眠っているだけだ。すぐに起きる」

「そ、そう?」


 ここは街中で、通りには多くの他人がいる。

 そんな所で殺しなど行わない。それをすれば全てが台無しになってしまうからだ。


 だから袖に隠していた暗器を使い、その毒針により睡眠へと誘ったのだ。


 誰にも見られていない確信がある。

 問題は、この男をどうするのかだが……


 何故俺はこんな後先考えない行動を?


「翔?大丈夫?重いなら触りたくないけど私も手伝うわよ?」

「ああ、違う。考え事。軽いから問題ない」


 待て。今は自分の疑問よりこの男ことだ。

 ここに捨てると流石に騒ぎになるだろう。

 どうする?


 プップー


 俺が思考を巡らせていると、聞き覚えのある周波数に視線が動いた。


「ここで待て」

「え?ちょっと…」


 戸惑う浜崎を道端に置いたまま、男を支えて音の発生地点へと向かう。

 その先には一台の黒塗りの車が。


「事情は把握している」


 俺がその車へ近づくと、中から出てきた男が気を失っている男を受け取りながら伝えてきた。


「助かった」


 俺のその言葉に、その見知らぬ男は驚いた表情を見せる。


「あ、ああ…」

「?」


 何だ?

 また新たな疑問が湧くものの、その所為で余計なトラブルを引き起こしたのだ。

 疑問を置き去りに、浜崎の元へと戻ることにした。










 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「082にトラブル発生」


 恵の声とほぼ同時に、私は指示を飛ばした。


「見張りの四番に救援要請」

「はい」


 本当に人という生き物は計り知れない。

 082がこんな行動を取るとは、一月前の私には想像すら出来なかったことだ。




「四番から連絡です」

「スピーカーで」

「はい」


 082からトラブルを引き受けることに無事成功した。

 見張りを付けていて正解だった。


『荷物の処理は?』

「プランSを」


 普段使うことのないプラン。故に後の方のアルファベットとなる。


『了解』

「082はどうだったね?」


 モニター越しでは伝わらない情報が多い。

 音声にしても、リアルタイムだとどうしても雑音が多く、聞き取れないことが多いのだ。


『…感謝された』

「…そうか。では、引き続き遂行しなさい」


 もうプラン通りに事は運べないだろう。

 才原所長は不確定な未来にその身を委ねた。



 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓













「まさか、殺していないわよね?」


 何食わぬ顔をして戻れば、酷い言い草だ。

 浜崎の口の悪さは天性のものなのかもしれないな。


「俺を何だと思っている。あの男の知り合いらしき人物がいたから預けたに過ぎない」

「えっ?そんな人いたの?ま、それなら良いわ」

「危険な目にあったのだから、帰る。いいな?」


 何も危険なことはなかったが、こう言えば帰る口実となる。


「馬鹿言わないでよ。今日はこれからじゃない」

「これから…?もう直ぐ暗くなるぞ?」


 コイツは何を言っている?正気の沙汰ではないぞ?

 これまでも意味もなく時間を浪費したんだ。

 更に…?


「く、クリスマスって言えば、イルミネーションでしょ!それを見るまで帰らないわ!」

「そうなのか?」


 クリスマスはキリスト教由来の…なんてことが関係ないことくらいは知っている。

 人の営みは理屈ではないところに重きを置いていることも。


 しかし、俺には理解出来ない。

 無作為に時間を浪費することの大切さなど、分かりようもないのだ。


 それにしても…イルミネーション、か。

 つまり、完全に暗くなるまで帰れないということが確定してしまったな。


 たった一日、時間を与えれば黙っていてくれるという、望外に生温い条件。

 甘い蜜に飛び込んだのは、どうやら俺の方だったようだ。












「綺麗…」


 月並みな台詞が聞こえる。

 勿論隣からなのだが、いかんせん感想に返す言葉が見つからない。


 辺りは明るいが、空には夜の帳が下りていた。漸く夜が訪れ、電飾が飾られている場所へと、俺達はやって来ていた。


「子供の時に親と一緒に見て以来だわ。勿体無かったわね。これだけ綺麗なら、中学の時も断らずに見に来ていたら良かったわ…」

「過去は変えられない。浜崎がそう思うのなら、これからはそうすれば良い」


 これなら答えられる。

 当たり障りない言葉を選んだつもりだが、これも失敗か?


 寒空の下、頬を朱色に染めた浜崎が俺を見つめてくる。

 その瞳に宿るのはおそらく驚き。驚愕というほどではないが、驚いているのが見てとれた。


「それって…ううん。その前に!」


 何故か会話を中断し、その前にという言葉を強調した。


「浜崎って呼び方、やめにしない?私は名前で呼んでるのよ?おかしいと思わない?」

「思わないが…?」


 何だ?クラスメイトに同じ苗字の者はいない筈。

 それならば問題はなく、寧ろ香織などというありふれた名前よりかは区別がつきやすいと考えるのだが。


「思いなさいよっ!」


 ズキッ


 何故か胸が痛む。

 普段から口の悪い浜崎の言動に、今更思うことはないはずだが…何故?


「香織。これで良いか?」


 何故、そこで顔を赤くする。


 顔の紅潮はその者の興奮を現している。

 興奮は、緊張や怒り、更には恥と呼ばれる感情、稀に極度の喜びなどを起因とする。


 緊張や怒りはそこそこ理解できるものの、その他の感情については言葉通りの理解しか及ばない。


 つまり、俺には理解不能な事象。


「や、やれば…出来るじゃない…」

「なんだ?違ったのか?」

「ち、違わないけど…」


 そうか、わかったぞ。


「香織さん、だな?」

「違うわよっ!バカっ!」


 やはり俺には理解出来そうにない。


 そんな不毛なやり取りをしていると、背後から視線を感じた。

 隠す気のない気配。これは見張りの視線とは別のモノだ。


「香織!?」「五十嵐か」


 視線を感じてすぐ、クラスメイトの田代と三咲が其々話しかけてきた。


「奏?どうしたの…って、秀平くん?二人って、そんな関係だったかしら?」

「ち、ち、ち、ち、違うの!秀平くんとは家族ぐるみで仲が良くて!」

「どんな関係と違うのかは明日にでも教えてよね」


 三咲とは話したことはないが、大人しそうに見えて割とハッキリ物事を口にするタイプだったと記憶している。

 出席番号も四番と頭も悪くない。


 秀平とはリレーが切欠になり、そこからちょくちょくと話しかけてくるようになったな。


 二人は幼馴染だと言っているが、香織は違うと言っている。

 何故その考えに至るのかは相変わらず不思議ではあるが、これはチャンスだ。


「良かったら香織も二人に混ぜてくれないか?」

「は?」「えっ…喋った…」「…アホか?」


 怒り、驚き、呆れ。

 同じ言葉なのに、受け取り方で三者三様の反応。

 そこは少し気になるが、それよりも早く帰りたい。


「香織は遊びたいのだろう?二人は幼馴染で今日という日に特別なモノはない。じゃあ、問題もない」


 香織を魚に喩えると、二人は清流。俺は泥水以下の毒沼。

 毒であるから危険は近寄らないが、そこ自体に危険を孕んでいる。


 遊んでいるクラスメイトがいたのなら、そこと合流する方が理に適っている。


 言外にそう伝えたかったが、俺が毒沼である事は理解しようがないからこの反応だったのだろう。


 三者三様の感情は処理しきれない。一人でも手に余るのだ。

 俺はそれだけ伝えると、人混みに紛れて姿を眩ませた。






「え…と…帰っちゃったの?」


 五十嵐くんが去った方向を見続ける香織の背中に、なんて声を掛ければいいのか私にはわからない。

 でも、何も言わないのは何かが違う気がした。


 だから、何の捻りもないまま聞いてしまった。


「そう、みたいね」


 ごめんなさい。気の利いた言葉を見つけられなくて。


「じゃあ!香織も一緒にどうかな!?ね?良いよね!秀平くん!」


 普段大人しい私にはこれが精一杯。

 秀平くんには空元気であることはバレているだろうけど、だからこそ真意も伝わっているはず。


「しゃーねーな。こんな時間に女子を一人きりには出来ないしな。つーわけで、浜崎。強制だからな?」


 流石秀平くん!私には出来ないコミュニケーションだよ!


「ごめんね、二人とも。でも、大丈夫よ。私も帰るわね。二人は私の分も楽しまないとダメよ?じゃあね」

「香織…」「駅まで送るぞ?」


 私達は結局何も出来ず、次は香織の背中を見送るだけだった。

















「翔のボケ、アホ、カス、陰湿!」


 家に帰るとベッドまで真っしぐら。うつ伏せとなり、枕へと顔を埋めて怒りをぶちまけた。

 その後残ったのは、寂しさだけ。


「少し分かった気がしたのに…」


 それは気のせいだった。

 私は翔のことを何一つ知らない。ううん。名前と住所は知っているけど、そんなことじゃないの。


 何をしたら喜ぶの?

 何をしたら怒るの?

 何をしたら悲しむの?

 何をしたら楽しいの?


 教えて欲しい。


 でも。


 自分で見つけたい。


「きっと、いつか…」


 それがいつのことになるのかは分からない。

 でも、今日はこれだけ話せたのよ。そう遠くない未来だと信じているわ。


 そんな私は今年もまた、一人きりの聖夜を過ごすことになったけれど。来年こそは……きっと。

十六年分の感情が押し寄せ、翔は戸惑いを隠せなくなっていますが、普通の人達の方がまだまだ隠せていません。

隠す必要がないのでしょう。それは幸せなことなのです。きっと。

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