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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
25/43

喧騒の中の異質

 





「良いですか?この核ミサイルと呼ばれる兵器により、時代は冷戦期へと移り変わっていきます」


 香織との話し合いが終わり、今は現代社会の授業中。


 冷戦期。

 この言葉は俺にとって様々な意味を持つ言葉だ。


「私達の住んでいるここ日本も、その冷戦に巻き込まれました。

 その前に一度敗戦を経験していますが…三船くん。何処に負けたのか、何が決め手なのか、わかりますか?」

「はい」


 担任の佐伯杏香が出席…長いからいいな。三船へと問いかけた。


「東京大空襲の後、二度に渡り同規模の空襲をアメリカ合衆国が日本へと行なったからです」

「そうです。それにより、日本はアメリカへと一度降伏しました。降伏条件は…鏑木さん。わかりますか?」

「はい」


 次は鏑木か。

 確か生徒会に所属している女子だ。


「沖縄本島と北海道の離島の一部の占有です」

「そうです。今はどちらも返還されていますが、1945年から二十年もの間、憎きアメリカが我が物顔で占領していたのです」


 説明に感情が入っている。教師に向いていないのではないか?


「良いですか?ミサイルと核兵器。この二つが存在したことで、初めて冷戦は成り立つのです。

 元々アメリカと旧ソ連が起こした冷戦ですが、十年遅れてヨーロッパ、二十五年遅れて日本も参戦しました。

 それは今も尚続いています」


 冷戦では銃火器や軍隊ではなく、情報が最大の武器とされた。

 つまり、各国で本格的なスパイの育成が始まった時期でもある。


 ここ日本も多分に漏れなかった。


 そして、長い月日を経て、ある組織が俺の製造に成功した。














 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓


「082の様子がおかしい」


 モニターに映し出されているのは確かに082だ。

 しかし、姿形は同一なのだが、私が初めて見る生き物だった。


「確かに、浜崎香織の問い掛けに引っ掛かったのは変ですね」


 あの事件以降、同じことが起きてもいいように、対策として屋上へも監視カメラを設置していた。

 それにより、082を隈なく観察することが出来てはいるのだが……

 アレは一体…


「アレからまだ間もない。そこは致し方ないだろうね。私がおかしいと思ったのはそこではなく、082の視線だ。いや。瞳と言うべきか…」


 082の視線は忙しなく動いている。

 目は感情が現れる器官の一つ。つまり、アレは混乱しているだけではなく、何かしらの感情が芽生えたという事実に他ならないのだ。


「こんなにも…早く…」

「才原所長…」


 抑圧出来なけれ時間の問題だったが、恐ろしい程に早まってしまった。

 これを成長期と呼ぶには些か不都合に思う。恐らくは082の資質なのだろう。


 疲れているのだろう。その日、私は考えることをやめた。

 私にもガタが来てしまったということなのだろうか?


 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

















 学園へ来る前には、日本ではなくアメリカにいた。

 所長(ボス)から理由は二つあると教えられていて、その理由は多言語の習得と飛び級制度があるからだと。

 そんなこともあり、既にM(マサチューセッツ)IT(工科大学)の学士号を取得しているので、高校の授業は暇つぶしにもならない。


 そんな退屈な時間ももう少しで長期休暇へと入る。

 組織の為に生きることを洗脳されているのだろうと思うが、それでも。

 それでも、やはりそう思うことは事実で、早く仕事漬けの日々を送りたいと願っている。


 そんな願いが届きそうな十二月下旬、久しぶりの休日に余計な予定が入ってしまっていた。


「遅いわよっ!」


 待ち合わせ場所へ着くと、クラスメイトの浜崎が怒り任せな言葉を投げつけてきた。


「時間通りだ」


 俺の体内時計に狂いは無い。体内時計がなくとも、ここ日本には正確な時を刻む機器が溢れているが。


 遅刻をした訳でもあるまいし、何を怒っているのか。


「ふ、ふんっ。女性を待たせたらダメって教わらなかったの?」

「知らん」


 何だそれは?

 一体何処の国の風習だ?

 日本か。


「次からは気を付けなさいよね!」

「ああ」


 口答えが良くないことは知っている。

 面倒だから頷いておいた。


 それより、さっきからなんだ?

 チラチラとこちらの顔色を窺って。

 こっちは、早く遊びとやらを終えてトレーニングをしたいんだ。


 この身体は使いやすいが、常人と同じく一日休めばそれを取り返すのに三日はかかる。


 その鬱陶しい視線をやめてくれ。


「ど、どう?」

「…なにが?」


 どうとは何だ?何に対して使っている?


「馬鹿っ!女性がどう?って聞いたら、見た目のことなのよ!それくらい知っておきなさいっ!」

「…ああ」


 何なんだ…この面倒な生き物は。

 偶に碌でもないターゲットはいるが、それでもここまで面倒ではなかった。

 単純に殺せないから、か?

 わからない。


「ああ、じゃなくてっ!感想よ!」

「…寒くないのか?」


 確か浜崎は寒がりだったはず。屋上で助けた時も、寒さで意識が朦朧としていたからな。


 それなのに、何でスカートなんだ?

 ロングコートこそ羽織っているが、中は防寒対策されているようには見えない。

 俺の知らない未知の素材って感じでもない。


「っ!!可愛いか!可愛くないかっ!って聞いてるのよ!」

「褒めて欲しいのか?」

「だから……もう、良い…出だしから疲れたわ…」


 何なんだ?

 これまで浜崎に自己顕示欲の高さは見られなかったが、やはり学生の内は普通そうなのだろうか?


 話が終わったようだから、上手く切り抜けられたのだろう。


 それよりも、ずっと違和感続きだ。

 あの屋上から、何か安定性を欠いている。

 その何かがわからないままだから落ち着かないのだが、気にしても仕方ないか。


「あっちに行くわよ」

「ああ」


 先導してくれたらいいのに。

 何故行先を示す手間を掛けてまで隣に並ぶのだろうか?

 やはり人の営みは分からないことばかりだ。

 所長は俺にコレを学習させる為に態々学園へと入れたのだが、やはり苦痛だ。


 道行く女性達は、総じて浜崎と似たり寄ったりな服装をしている。

 何処にいってもクリスマスムード漂う街。俺には理解出来ないことばかりだが、そんな俺には苦痛が付き纏っていた。


『新しい物事に触れた時、必ず苦痛がついてまわる』

 所長の言っていたことは正しかった。だから所長が取捨選択をして、俺にとって不必要な苦痛は排除されてきた。

 これからはどうなるのだろうか?


 来た時とは打って変わり、浜崎は笑顔になっていた。


 何なんだ?


 これまでは疑問に思わなかったモノを、疑問に思う自分が嫌だ。

 嫌なのに、それでも疑問は止まってはくれなかった。










「あーっ!楽しかった!」


 それには同意しかねる。

 何故、こんなところにまで来て映画を観ていたのか。

 映画なら家でも観れるのに。


 上映中、そんな疑問ばかりが思考を支配していた。

 やはり、理解不能。


「翔は?」


 何なんだ?

 さっきまで楽しそうにしていたのに、俺に聞く時はいつも不安そうな表情(かお)をする。


 聞くのがそんなに怖いのなら、聞かなければいいものを。


 やはり、理解不能だ。


「生きているモノには、必ず死ぬが訪れる。それはペットでも不変の事実だ」


 何が良かったのか。

 映画の内容は、共に育ったペットが死んでしまうというものだった。

 当たり前だろう。いつか死ぬ。俺も、浜崎も。


「そこ!?違うでしょ!主人公の飼い主とヒロインがペットを通じて恋に落ちる映画よ!確かに最後ワンちゃんは死んじゃったけど…でも、二人のことを見守ってる描写があったでしょ!」

「生き返りなど非科学的。ないとは言い切らないが、あるか分からないことを描写しているところが不自然だった」


 映画のラストは、ヒロインと夫婦になった主人公が公園に捨てられていた犬を拾うという描写だった。

 何故か死んだはずのペットが、その犬とダブって見えていた。


 主人公もそれを幻視したのだろう。

 何故か生まれ変わったと錯覚していたからな。


「…ふふっ。やっぱり翔は翔だね」


 喧嘩腰に意見を聞いてきたかと思えば、何故か笑われてしまう。

 不安、怒り、楽。忙しい生物だ。


「あれ?気付いてないの?」

「何が、だ?」


 何の話だ?俺は俺だろう?

 未だ翔という呼び名は擽ったいが。


「この前屋上で話した時から、物凄く自然な感じになってるわ。寧ろ、今までがおかしかったんだけどね。今はちゃんと生きてるって感じがしてて、良いと思うわ」

「……浜崎も口調がコロコロと変わるな」


 優しさが感じられる時は優しい口調。怒っている時はそれが伝わる口調。

 俺は…どうしていた?


「あれ?そう?ま、良いじゃない。翔はどんな口調の時の私が好き?・・っ!!?」

「?」


 なんだ?今度は自分の発言に驚いたのか?

 どういうことだ?

 わからないが、答えないとな。面倒だから。


「どれも、かな」


 面白い。

 コロコロと変わる表情も、口調も。

 観察しがいのある奴だ。

 やはり、自分が持っていない技術(モノ)を見せてくれる人は貴重だ。


 それ自体は浜崎ではなくとも学園に沢山いるが、俺に向けてくるのはコイツくらいのもの。


「え……ぁりがと」

「?」


 やはり、理解不能だな。

 だが、面白いとも思う。


 いつかこの疑問に、誰かが答えをくれるのだろうか?


「ねえ、彼女。可愛いね。何処の高校?今日時間ある?」


 俺がそんな風に思考を巡らせていると、何故か先に歩き出した浜崎へと声を掛ける男がいた。


「無視しないでよー。君みたいに綺麗な子、見たことがないから声を掛けたんだ。

 いつもはこんなナンパみたいなことはしないんだよ」


 知り合いではないのか?

 随分と距離が近いが。


「彼氏といるから!」

「え?彼氏って?」


 次はどんな疑問を俺に抱かせてくれるのだろうか?

 そう考えていると、浜崎が急に振り返りこちらを指さしてきた。


「翔!何呑気に見てるのよ!」


 特段男に不審な点は見当たらない。

 武器も隠し持っていないし、身体捌きも常人のそれだ。

 呑気ではなく、問題ないから放置していたのだが…次は怒りか。

 やはり、理解不能だ。


「えっ?コイツが君の?嘘だろ?流石にその嘘は良くないよ。こんな陰の薄いどこにでもいる男が、君みたいな美人さんの彼氏な訳ないって。さ。断り文句も尽きたことだし、とりあえず飯でも行こっか!」

「ちょっ…と!」


 次いで動き出したのは男の方。

 浜崎の左腕を取り、半ば強引に連れて行こうとしている。


 色々と面白かったが、帰れるならそれに越したことはない。

 俺が見送っていると、振り向いた浜崎が涙目で訴えてきた。


「翔!助けて!」


 別段命の危険性はない。


 だから、動く必要性もない筈なのだが……


『動かなけれならない』


 身体がそう伝えてきた気がした。

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