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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
22/43

報復

 





「そ、そうですか…いいえっ!良かったです。では、このまま安静に。はい。いえ、こちらこそありがとうございました」


 ふう…


 溜息と共に、携帯電話を耳から離した。


「お父さんに聞いたよ。持病の発作なんだって?教えてよね…隣の席なんだから。ああー。死ぬかと思ったじゃない」


 この場合、死ぬのは香織なのだろうか。

 いや、どちらとも取れる。


「えっと…確か、硬直しているから触らないように、毛布を掛けてそっとしておけば良いんだよね?」


 電話のやり取りを反芻する。

 ベッドから毛布を持って来て、それを翔へと優しく掛けた。


「それにしても、お父さんにもっと聞いておけばよかったわ。翔と違って普通に話せるし」


 寝ているのをいい事に悪口が口をついたのか。

 いいや。

 言い方は悪くとも、これまでに見たことのない優しい眼差しを翔へと向けている。


 これは悪口ではなく本音なのだろう。

 翔が話してくれないことを知りたい。


「私…好きなんだろうなぁ」


 未だこの感情に名前はない。

 しかし、自覚したことにより、その感情に名前が付く未来はすぐそこなのだろう。


「あっ!そうだ。起きたら何か食べたいよね?かいも……鍵の事を聞くの忘れちゃってた……」


 アパートの鍵の在処。

 家探しは憚れるし、起こすわけにもいかない。


 何もすることが出来ないと知り、香織は一人項垂れるのであった。


 しかし、実際のところは一人ではない。

 モニタールームにて、才原所長も『失態だ…』と項垂れているのだから。










 鍵の事を伝え忘れていたり、様々なことはあったが、翔はその日の内に目を覚ましていた。

 起きたらそこは床。さらには香織がいて、常人が気付けない程には少しだけ驚く素振りを見せたものの、体調に問題は無さそうだった。


 そこで香織を帰し、体調を万全に整える事を優先してその日は寝床についた。


 翔が寝静まった頃、モニタールームでは忙しない動きがあった。


「これ以上の投与は危険です」

「そうだろうね。これまで抑圧していたモノが脳内で溢れかえったのだよ。これ以上の自我を抑え込む調教は不可能」

「はい。それが賢明かと」


 翔のベッドには様々な機器が繋がっている。

 注射器もその内の一つだ。


 これまで自我や感情を持ちそうになれば、すかさず抑制剤を注射していた。

 それが出来なくなっただけではなく、才原所長自らが行うモノも不可能と判断した。


 これ以上は生命に関わると。


 感情は積み重ねた技術を損なう恐れがある。

 これまではそうならないように育成してきた。

 しかし今になって弊害が出て来てしまった。それも命に関わる危険性のあるもの。


 死んでは元も子もない。


 才原所長はこの逆らえない流れを受け入れることに決めた。















「大丈夫なの?」


 翌日。朝のホームルーム前に、隣の席へいつも通り座っている翔へ向けて、香織が心配そうに声を掛けた。


「・・・」


 帰ってくるのは無反応。


「香織、放っておきなって」


 友人が無視された。

 その事に怒りを覚えたクラスメイトの一人、川村結衣は香織へと声を掛ける。


「親交とかなんとか言ってたけど、結局この人自身が変わらないならどうしようもないよ」

「結衣、ありがとう。でも、心配ないよ。ね?翔」


 一度は憎んだ相手。時が過ぎれば関係は元通りとなっていた。

 そんな結衣に対し、大丈夫だと香織は告げる。


「何?」

「喋った…」


 これも懐かしい反応ではある。

 入学して暫く経った時の、翔に対する反応が戻って来たのだ。


「身体は大丈夫?って、話よ」

「問題ない」


 そう告げると、翔は再び視線を戻した。


「ちょっと!?どうなってるの?!」

「ふふっ。秘密。でも、翔はちゃんと反応を返したでしょ?」


 悪戯が成功した。

 そんな幼子の様な無垢な笑顔に、結衣は見惚れてしまう。


「香織…もしかして…」


 最近まで、自分が誰かに抱いていた感情。

 その時の自分と似た気配を香織に見た。


「ん?」

「ううん。何でもないよ。じゃ、またね」


 もう直ぐ朝のホームルームが始まる。

 香織には聞こえていなかった様子。結衣は誤魔化す様にその場から離れていく。


「こんなペアって…ないよね?」


 香織は自分の好きな人が好きだった女性。

 それがなくとも、大人っぽく同性であっても美人だと認めるしかない。


 そんな香織と、クラス…いや、全国の高校生を集めても並ぶ者がいない程の無愛想な男が。


 結衣はこの世の不思議へと触れ、自身のあり得ない妄想を首を振って払ったのだった。


 一方、話題の二人は。


「翔」

「何?」

「授業が終わったら、晩御飯を作りに行くから」


 同級生の通い妻発言に、他のクラスメイト達は授業が始まったと錯覚するほどに静かになる。


「必要ない」


 まさかの拒否。


 お前が断るのか!?

 クラスの男子達はつい手が出そうになった。


「でも、いつも自炊しているのよね?偶には楽しなさいよ」


 翔はいつも弁当を持参している。

 若者が食べる様な華やかなお弁当ではなく、味ではなく栄養価だけを考えた弁当であることは隣の席の香織も知っていた。


「作っていない」

「えっ?じゃあ…どうしているのよ?」

「授業が始まる」


 香織のその疑問には、終ぞ答えることはなかった。












「どうにもならないことは仕方ない。だから、どうにか出来ることをしよう」


 モニタールームにて、いつもの様に授業風景を眺めていた才原所長が告げる。


「二番は出払っています。四番はいつでも動けます」


 阿吽の呼吸。

 才原所長がどのように考えているのか。それを窺い知れるほどの能力がないことなど、大昔に気づいている。


 これはこれまでに積み上げてきた歴史の重み。

 故に、才原所長が次にどの様な言葉を述べるのかを、助手である恵は予想ではなく予測出来るのだ。


「六番はどうかね?」


 足りなかったか。

 そう自身を戒める恵だが、後悔よりも先にその指はキーボードを打ち鳴らした。


「明日、関東入りします」

「うむ。では、四番と六番を明日付けにて招集しなさい」

「はい。才原所長」


 この数字は、組織が保有しているエージェントの識別番号になる。

 番号が早い順に、組織内でのランクが高いことになる。


 実力主義である本物の裏社会。

 そこに裏社会を気取るヤクザやチンピラの様な、血筋や年功序列など存在しない。

 どれだけ組織へ貢献したかなど、すべては過去のこと。


 大切なのは優れた最先端の技術と、それを実行に移せるだけの肉体を有しているのかどうか。

 長期間勤め上げた実績も、忠誠心も必要ない。


 誰も機械にその様なモノを求めたりはしないだろう?

 つまりは、そういうことなのである。


 では、翔の082番は?翔よりも優れた技術と肉体を持っている者がそれだけ多く存在する?


 答えはNO。


 組織内での翔のナンバーは・・・(ゼロ)だ。


「さて。攻撃したのであれば、報復は勿論のこと覚悟の上なのだろうね?」

「あの様な俗物、何も考えていないかと」

「そうかね?それは残念なことだ。日本を背負う大臣ともあろう者が、その様な有様とは」


 残念とは程遠い表情をする才原所長。

 その横では、恵の方が恐ろしい表情(かお)をしていた。それを才原所長は無言で見つめる。


 敬愛する人を害そうとしたのだ。


 こうした時、女性の方が怖い事を改めて分からされた才原所長なのであった。






















「四番と六番、今回の君達の仕事は簡単なものだ。防衛大臣の筆頭秘書の暗殺。それと防衛大臣本人への事故死未遂。大臣への直接的な被害は避けてくれ」


 翌日。才原所長の元へと集まったエージェント二人に対し、直接指示を伝えた。

 今回の実行役は二人ということもあり、暗号文よりもお手軽で間違いのない方法をとった。


「たとえ無能といえど、日本の防衛大臣なのだ。殺せば混乱は必至。我々は必要悪であり続けなければならない」


 今回の仕事は、自分達組織が抱える問題でもある。

 才原所長の表の顔。それを守る為に、大臣しかわからないであろう報復手段を取る。


 大臣を殺せば日本国から追われる身となるのは間違いなく、また報復という意味で無駄にもなる。

 今回の件が報復だと認識出来るものがこの世から消えていなくなるからだ。


「手段は?」

「任せよう」

「「了解」」


 四番が代表して才原所長へと質問をしてきた。

 そして、手段は選ばないとの回答を得られ、二人は抑揚のない返事をした。


 そんな二人を見送る才原所長。

 これで才原理事長の安全を買えるのか、否か。

 結果は防衛大臣に委ねられることになった。

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