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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
2/43

学園という名の、非日常。

 





 その日、翔の姿は通っている高校にあった。

 高校の名は才原学園。

 私立の高校であり、制服を着用しなければならないこと以外は校則の緩い学校である。


「次。五十嵐(いがらし)

「はい」


 五十嵐と苗字で呼ばれた翔は、現在体育の授業の真っ最中である。

 今日は100mのタイムを測る授業があり、翔の順番が来たということ。

 呼ばれた翔は抑揚の無い返事をした後、ゆったりとした足取りで位置へとついた。


 ピッ


 体育の教師がゴール地点へと立ち、スタート地点にいる翔の準備が出来たことを確認すると、スタートの合図である笛を吹く。




「13.9秒。五十嵐、真面目に走ったのか?」

「はい」


 翔は高校一年生、13.9秒というタイムは決して遅くはない。

 それでも翔の走りに一生懸命さを感じられなかった教師は、疑いの言葉をぶつけてきた。


 返ってきたのは気のない返事。

 表情から馬鹿にしている風には見えなかったので、教師はただやる気がないだけなのだと、そう翔を評価したのだった。



 入学から三ヶ月が経ち、新入生はクラスに馴染み、部活動などに其々の所属を決めた辺り。

 私立の学園としては、学業だけではなく部活動にも力を入れている。

 その辺りの兼ね合いからこの時期に体力測定を行い、有望で尚且つ部活動に所属していない生徒を探すのも、この体育教師の仕事であった。


「先生、浮かない表情ですね」


 職員室にて。先程の結果を纏めている体育教師へ向け、同僚でもあり翔の担任でもある佐伯 杏香(さえき きょうか)が声を掛けた。


「ああ、佐伯先生。貴女の受け持ちの生徒の一人が、恐らく運動部向きなんですがね……」

「?では、勧誘されればいいのでは?」


 若くしてクラスの一つを受け持つ佐伯杏香。

 実力主義である私立の教職では、やっかみ等も当然にあった。


「やる気がないんですわ。あれじゃあ、いくらポテンシャルがあったとて、周りの他の生徒の意欲を下げますな」

「そうですか。それは残念でしたね」

「…ええ」


 嫌な言い方。

 自分でもそう思う体育教師ではあるが、伝えた相手は気付きもしない様子。

 呆れを通り越し、不気味にすら感じたのだった。







「杏香。どうだったの?」


 杏香が家へ帰ると普段は一切の干渉をしてこない母親が、その日の出来事を即座に問うてきた。

 杏香はその理由を知っているのだが、少し面白くないこともまた事実。

 眉を少し顰めるも、すぐに嫌な気持ちを霧散させ、普段通りの口調で会話を続ける。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。運動能力に多少の疑問を持たれたくらいで、むしろ嫌われていたから気にしなくていいわ」

「やっぱり、隠し通せなかったのね。まぁあの子の演技力には期待していなかったけれど」

「私から報告?」


 する?

 母親の質問に答えた杏香は、いつもの癖である独り言を呟く母へと向け、自らの予定を聞いた。


「いいわ。あの方へは私から伝えるから」

「そう。じゃあもう用は済んだわね」


 親子の会話など、この20年なかった。

 杏香の記憶が曖昧な幼少期に、一度や二度はあったと思う。その程度の繋がりしかない親子なのである。


 其々が自室へと戻り、各々過ごしやすい様に過ごした。

 それが、この母娘の唯一のルールだった。







「じゃあ、班決めはみんなに任せるわね。クラス委員の三船くんと浜崎さん、後はよろしく」


 杏香の受け持ちのクラス。つまりは翔がいる1-Aの日常。

 1は文字通り一年生という意味だが、Aクラスも文字通りの意味を持つ。

 翔はこの高校への進学にあたり、入試は免除されていた。実はこの学園は組織が運営する高校であるのだから、当然とも言える。


 組織としては、入試よりも大切なことに翔の時間を充てたかったのだ。


 それはエージェントとしての成長なのか、それとも別の何かなのか、それは未だわからない。


「とりあえず、好きな様にグループを作らない?」


 クラス委員として呼ばれた女生徒、浜崎香織。

 以前、偶然にも翔と街中で出会った少女だ。


「浜崎さん。それだと、進んでグループを作れない人達が出てくるよ?」


 もう一人のクラス委員である三船 遼河が、香織の提案を即座に否定した。


「遼河は相変わらず堅いわね。このクラスはみんな仲良しだから、そこのところは大丈夫よ」

「そうは言ってもだね…」


 そう言いつつ、遼河はチラチラと視線をやる。

 視線の先には翔の姿が。


「僕たちが入学してまだ数ヶ月。溶け込めない人もいるんだよ?ここは公平にくじ引きにしないかい?」

「翔のこと?アイツなら問題ないわ。何処の班でも一緒だもの」

「いや…誰も五十嵐くんのことは言っていないんだけどね…」


 目は口ほどに物を言う。

 誰が見ても香織よりも遼河の方が、翔を馬鹿にしている様に見えた。


 翔は自分が槍玉に挙げられているのだが、どこ吹く風。

 今も黒板の一点を凝視しているだけだ。


 そこに何かあるのか?

 皆が翔に注目するも、誰もその答えには気付かない。


 翔が見ているものは、自分の席からこのクラス全体を見渡せる一点。

 もちろん席順により死角は出来るが、そこが翔の視点から最大限に見渡せるポイント。


 翔は無意識の内に、自身から危険を避ける行動をしているだけだったのだ。


 クラス委員の事も、担任である佐伯杏香の事も視界には入っているものの、翔に変化は見られない。


 自身の名が会話に出ようとも気にしない。

 気にする術を持たないからだ。


「五十嵐くん。浜崎さんはこう言っているけれど、どうかな?」

「任せる」


 名指しで呼ばれると、流石の翔でも反応を返す。

 それ以外は返さないとも言える。


「ね?じゃあ、みんなでグループを作ろうっ?」

「わかったよ。じゃあ、班が書かれている紙を回すから、好きな班のところに名前を書いて欲しい。これでいいかな?」

「良いんじゃない?」


 どうやら班決めは、各々が好きな人と組めることになった様だ。


「楽しみだなぁ…私、初めてなの」

「そうなの?それは楽しみだね」

「うん!山頂の景色が今から楽しみっ!」


 クラスメイトが紙に名前を書いている間の雑談。

 どうやら翔達は登山を行うようだ。


「班は決まったわね。当日は必ず班行動をする事。それと、登山道からは絶対に逸れないように」


 まだ15.6の少年少女。

 殆どが初めての登山に想いを馳せ、未だガヤガヤと騒がしいクラスに担任は苦言に近い注意事項を伝える。


 その担任の視線は、ただ一人に向けられていたが。


 その生徒は気付いているのかいないのか、我関せずの視線を一点へと向けていた。













『翔へ。今度、学園で登山をするんだって?羨ましいよ。お小遣いを弾むから、しっかりと楽しんできて欲しい。

 PS.山頂からの景色は、是非写真に収めておいてね』


 手紙を一読すると、いつもと変わらない行動に出る。

 机の一番下の引き出しへと仕舞うのだ。


 翔は手紙を仕舞うと、これまたいつも通りの確認作業へと入る。


「安全を確認。これより就寝へと移行する」


 同年代は浮かれている時間帯。

 それでも翔はいつも通り、早々にベッドへと潜るのであった。







 依頼の無い日。

 その日の翔のルーティンは決まっている。


 平日であれば四時半に起床し、近所の公園にて三十分のシャトルランを行う。

 それが終わると柔軟をしつつ、失った体力が戻るのを待った。

 体力が戻ると帰宅して朝食を摂る。

 朝食はいつもテーブルの上に用意されていた。

 その事を不思議に思うこともなく、一人暮らし(・・・・・)の部屋で朝食を摂った。


 学校から帰宅すると、いつも通りテーブルの上には夕食が用意されていた。

 それを食べることはなく、先ずはトレーニングをする為に準備をする。

 腕と足に片側10キロの錘を付け、腰には20キロの錘を付けた。

 その錘は金よりも比重が重い特殊な金属で、長袖のジャージを纏えば何も付けていない様に見えた。


 現在の錘の合計は60キロ。

 これは翔の体重とほぼ同一であった。


 年々増え続けている錘。

 しかし、翔が増やしている訳ではない。


 トレーニング内容は決められたものであり、錘もいつの間にか増やされているのだ。


 自分の事でも他人の事でも、翔が自ら決める物事は無いに等しい。


 これはこの世に生を授かってから殆ど変わらない事実である。

『殆ど』ということは、以前はあったのか?ということ。

 答えはあった。


 流石の翔も、産まれた時は自発的に産声を上げたのだ。

 そこからは普通ではなかったが。


 閑話休題。


 荷重トレーニングを終えると、帰宅してシャワーを浴びる。

 それが終わると夕食の時間だ。

 食後の日課は郵便物の確認。これも確認の時間が決まっており、それ以外の時間に翔がポストの受け口を開けることはない。


 もし、違う時間に開けたならば、何が起こっても不思議ではないのだ。

 爆発するのか、燃えるのか。

 それは翔が時間を間違えない限り、わかりえない世界線であった。



 そうして日々を送ること数日余り。

 皆が待ちに待った課外活動の日が、遂にやって来た。

翔にとっての非日常でした。

次回は翔の日常です。

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