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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
19/43

白い溜息

 





 凄腕のエージェントである翔による護衛。

 それらを享受している才原理事長は平穏無事に過ごしていた。

 しかし、無事だったのは才原理事長本人であり、学園には嵐が吹き荒れていた。


「現在犯人の行方は警察が捜査しています。皆さんも登下校の際は寄り道せず、またなるべく一人きりにならないよう行動してください。

 登下校が不安だという方は私まで報せてください。学園の方で送り迎えします」


 朝のホームルーム。

 いつもの寒い朝かと思えば、事件は既に起きていた。


 生徒達が登校すると、学園には複数台のパトカーと大勢の捜査員達がいた。

 隠すことでもないし、元々隠すこともできない。

 となれば、説明義務が発生する。


 未だ理解しかねない状況ではあるものの、クラスを受け持つ担任達は警察から聞かされた事のあらましを生徒へと伝えた。


『校庭及び校舎内に、多くの動物の死骸があった。それはどれも新鮮なものであり、全てに頭部が無かった』と。


 大きいもので狐や狸。小さなものではネズミなど。

 その数は100に迫り、行き過ぎた悪戯の範疇すら越えていた。


 事実、警察は休校を提案してきたのだから。


 しかし、この程度の威力業務妨害に屈していたら、日本を代表する学園の看板を降ろさなくてはならなくなる。


 偶々いた理事長の指示を仰ぎ、緊急職員会議にてそれらは決定された。








「さて。どう考える?」


 才原理事長は一種の天才である。

 しかしその天賦の才は学問に於いてのモノでしかない。

 ここには専門的な天才がいる。聞いた方が早いのであれば、そうするのも頭の良い人の行動と言える。


「明らかな示威行動。敵は一人ではなく、組織的な犯行。学園は安全ではなく、いつでもその首を取れるというメッセージに他ならない」

「うむ。私も同じ考えだ。私以外を対象とした行為にしては、あまりにも大掛かりだ。動き出したと言って、間違いではないかね?」

「相違ない」


 動き出したのは才原()()()を狙う者達。

 これまでの流れから、才原理事長暗殺依頼を断ったことにより、才原理事長をよく思わない例の政治家辺りがどこかの暗殺を生業としている組織へ頼んだといった所だろう。


 この世界はよく知る地球とは違い、とある地点から分岐したパラレルワールドである。

 そしてこの世界線では日本にも多くの秘密組織が存在する。

 スパイであったり、暗殺を生業としていたりと様々ではあるが。


 閑話休題。


「どこの者か、予想はつくかね?」

「現段階での情報では、『首狩り』と『伊賀』『甲賀』のどれかの可能性が27%」

「なるほど。ブラックボックスが過ぎると」


 情報が少な過ぎる。その才原理事長の言葉には、頷きで答えた。


「それでも1/4以上の確率でそのどれか、か。私の元を離れ、調査に専念すれば可能か?」


 防御を捨てる。

 言うが容易いも、それは諸刃の剣。

 才原()()がこの世から消えて無くなれば、082の存在理由も同時に消え失せることとなる。


「これだけの大掛かりな行動。警察の動向などを鑑みても、次の行動は早くても十日後以降と予想する。

 よって、今から調査をしても何ら手掛かりは掴めない」

「危険を増やすだけだと。では、これまで通り」

「理解した」


 才原理事長との会話で、翔は長い会話を成立させている。

 見方を変えるとこれも変化に思えるが、翔は自発的に考えて話すことをしないだけで、考えろと言われたらそれは元々出来ていた。

 言葉少なだけれど。


 才原理事長の出した答えは『成り行きに任せる』だった。

 予想に反し打って出ることはなかったが、それにも幾つか理由があった。


 一つ目は、先に翔が述べた通り。

 二つ目は、例え複数人の刺客が来たとて、翔が敗れるなどとは露ほども疑っていないから。

 敗れるまでもなく、そこまですら追い詰められないとも思っている。


 では、翔が見殺しにしない理由は?


 現に翔は才原所長へと囚われの身である。その翔は才原所長が死ねば、晴れて自由の身となれる。勿論戸籍などの条件は厳しいが、翔の行動力と頭脳を持ってすれば容易いことだろう。


 見殺しにする理由は湯水のように湧いてくるがそれはしないと断言できる。


 才原所長は翔の脳であり、司令塔でもある。


 戦争規模で考えると、翔は実動部隊である。

 司令塔が攻撃されることは、敗戦を意味する。よって、翔が才原所長を見殺しにする理由はそれだけで無くなるのだ。

 逆に、命を擲ってでも護り切るだろう。それが骨の髄まで染み込んだ性なのだから。











「理事長は何て言ってたの?」


 授業が始まると、少し遅れて翔が教室へと入ってきた。

 未だ心が騒ついている生徒と教員。

 授業中とはいえ気になって待てない香織は、隣の席へ着席した翔へと話しかけた。


「・・・・」

「…まだ無視をするのね」


 翔は無視をしていない。

 名前を呼ばれていないのであれば、話しかけられたと確定していないからだ。

 これが自分にとって必要なことであれば、積極的に動いただろう。

 しかしこれは雑談の域を出ない。

 つまり、翔にとっては不必要で、不必要は足を引っ張りかねない。だから、無言を貫いたのだ。




 授業は滞りなく終わり、小休憩へと入る。

 それとほぼ同時に、香織が教室から飛び出して行った。


「何で香織のことを無視するの?」


 翔へと話しかけるのは武藤沙耶香。

 小柄な体格ではあるが物怖じしない彼女は、翔へと真っ直ぐにぶつかる。


「・・・・」

「私のことは無視しても良いけど、香織のことは無視しないで!」


 友達が傷付いている。

 それが恋なのか何なのかは関係ない。

 この不躾で無愛想なクラスメイトにわからせてやりたい。

 貴方が無視した香織は、世界一良い子なんだから、と。


「・・・・」


 しかし、どれだけ大きな声で怒鳴っても、翔の視線は黒板から揺るがない。


「翔くん!ちゃんと聞いて!ううん。ききな『1-A五十嵐くん。至急理事長室まで』……」


 話の腰を折られた。

 この無愛想なクラスメイトは、理不尽にもこれより理事長の元へと逃げることが出来るのだ。

 そう思った沙耶香だが、予期せぬ行動を目の当たりにする。


「え?」


 黒板の上のスピーカーを忌々しく睨んでから視線を戻すと、翔が自分のことを見つめていたのだ。


 ん。


 翔は顎をしゃくり、続きを促す。


「えっと…」

「時間切れ」


 あまりにも真っ暗な瞳の奥。

 その瞳に目を奪われていた。

 故に、伝えたい言葉が頭の中からどこかへといってしまった。

 それを探している最中、目の前の相手から最期通告が行われてしまう。


 席を立ち、教室の出入り口へと翔は向かう。


「ま……」


 待ってと出かけた言葉。

 しかし、自分達はただの学生。保護者(おとなたち)には逆らえないことを思い出し、その言葉を飲み込むのであった。


「さっきのは…何故?」


 翔から反応が返ってきた。

 そのことを逆に訝しまなければならない現実に、不謹慎だが笑いそうになる。


「まさか…名前?」


 独り言。答えに触れた気がするも、ふと周りを見れば自分へ視線が集中している。


 狭い教室内で大声を上げたのだ、当然だろう。

 それに気付き、顔を赤くしてトイレへと逃げ込むのであった。













「はぁ…」


 白い溜息が冬の訪れを告げる。

 出している本人はそれどころではないが。


 ここは学園校舎の屋上。

 警察の捜査もひと段落がつき、いつも通り開放されていた。


 しゃりしゃり


 早朝降っていた霙が足音を演出する。


「何で上手くいかないかなぁ…ただ、話がしたいだけなのに…」


 気になるが、それは異性としてではない。

 人間観察が好きな自分の興味を惹く相手。

 それはやはり性別は関係なく人として気になるのだろう。


「思い切って家に行ってみようかしら?ううん…行く理由が…」


 香織の悩みは何も解決しないまま、冬の空へと吸い込まれていく。


 しゃりしゃり


 しかし、足音は近付いてくる。

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