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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
17/43

木枯らしの吹く頃

 





『よくやってくれた。国を代表して感謝申し上げる。感謝ついでとなってしまい悪いが、他にも依頼があるのだが受けてはくれまいかね?今回は個人的なモノなのだが、詳細はその男から聞いてくれ』


 アメリアの父親の暗殺を依頼してきた人物から成功報酬と共に齎されたのは、別の依頼だった。


 カチッ


 レコーダーは止まり、依頼者と請負人の間に束の間の静寂が訪れる。


『次の依頼ですが、この男の暗殺をお願いしたい』


 その言葉と共に懐から差し出された物は、一枚の写真だった。

 その写真に写された人物を見て、請負人に動揺が走る。


 しかし、請負人もプロである。目の前のコーヒーカップを落ち着いて口の前へと持っていき、一口啜り飲んだ。


『何故?』


 組織の理念は必要悪。

 請負人が依頼を受けると決める時、それは理由に悪が存在する時のみ。

 故に、どの依頼者へも必ず『何故?』と理由を聞く。


 殆どの依頼者が怒りによって饒舌となっているのだから、聞くまでもない場合が多いが。


『先生の末のご子息を受からせなかったからです。これは何も学力が足りなかったからではありません。理不尽な理由から、その入学を認められなかったのです』

『理不尽?』

『ええ。たかが出席日数が少し足りないくらいのことで……確か、後付けの様な理由で、部活動も真面目に行っていなかったからとも聞いています。

 信じられますか?学力を問う入試に於いて、別の判断基準で落とされたのですよ?

 家柄も日本トップクラスに申し分のないご子息が、です』


 写真の人物とは、才原学園理事長である才原その人であった。


 請負人はこの場では断らない。

 判断出来ないものは持ち帰るのだ。


『良い返事を期待しています』


 その言葉を残し、解散となった。
















『翔へ。ウィリアムズさんのことは残念だったね。どうか、娘であるアメリアさんのフォローを。

 でも、驚きだね。あの若さで心不全か。他人事じゃないね。私より若いのだから、次は私の番かも?なんてね。でも、私も気をつけるよ。また手紙を送ります』


【082へ。次は私を殺せと依頼があった。勿論断るが、これからは他所からの刺客に目を光らせなければならない。

 082も出来る限りの警戒を】


 手紙の内容はこんなものだった。

 翔はいつも通り手紙をしまうと、日課であるトレーニングへと出掛けていく。





「アメリアの父はスパイでしたね。まさか…才原所長も?」


 いつものモニタールームにて、これまたいつもの冗談が飛び交う。


「まさか。私にエージェントの才はない。しかし、恨まれていたのか…馬鹿なことを」

「はい。入学の基準はしっかりと明記されています。それでも、入試を受けに来たのには驚きましたが……やはり、贔屓されてきた人間に碌な者はいません」

「そればかりでもないさ」


 依頼者の怒りは自分の息子が入試で落とされたこと。

 恐らく周りにも受験することを吹聴していたのだろう。

 それで落ちたものだから、怒りが爆発したと。


 しかし、才原所長はそれだけではないと言い切る。


「もしそれだけであれば、依頼のタイミングがおかしい。

 それに、日本を外国のスパイから守る為に依頼した後でこの理由は、どうも胡散臭い。

 まあ、あれだろうね」

「すみません。わかりません」

「わからなくて当然だ。あの大臣は、昔私に煮湯を飲まされたのだよ」


 依頼者は防衛大臣。

 大臣はアメリアの父がスパイであることは以前から把握していた。

 泳がせていたとも言えるし、嘘の情報を掴ませようかとも画策していた。


 しかし、アメリアの父は思いの外、優秀だった。

 態とセキュリティを甘くして侵入させてみたところ、そこにあるはずのなかった情報を盗まれてしまったのだ。


 盗まれたものはデータではなく、日本の古いメモであった。

 それ自体は母国へと輸送する時に回収出来たものの、本人の記憶を消すことは出来ない。

 捕まえても、そこでそれを公開されては困る。証拠はなくとも政府にとって困る秘密が記載されていたからだ。

 事件は公にはされていないものの、大臣の責任は重大で、とても免れるものではなかった。

 故に、暗殺を依頼したのだ。


 そんな間抜けな大臣と、才原所長は知り合いだった。


「いや、知り合いというわけでもないか。向こうが一方的にライバル視してきただけだからね。

 私としては普通に研究してきた内容を発表して、それが周りに認められただけだったのだが。

 どうやら、その男にはそうは思えなかったみたいでね」


 一悶着あった。

 そう、自身が大学院生だった時の話を恵へと聞かせた。


「嬉しいです」

「私が狙われることがかね?」

「まさか。私の知らない所長の話を聞けたことが、です」


 わかっている。

 わかっているが、いつもの冗談なのだ。


「兎も角、私は暫くの間ここへ来ることを控える。理由は先ほどの通りだよ。その分学園に顔を出すことになるだろう」

「危険では?所長の頭脳を疑うことはありませんが、身体能力は並です」

「もし刺客を送られるのであれば何処にいても同じだ。自宅に引き篭もるより、082の近くにいた方が安全なのだよ」


 恵も馬鹿ではない。それくらいのことは説明がなくとも初めから理解している。

 では、何故止めたのか?


 理由は『身を挺して守れるところにいて欲しかった』からだ。


 才原所長もそれを理解していて説明した。だから、『乙女心というものは、いつまで経っても理解出来そうにない』と内心そう思うも、有難いことだと感謝もしていた。









『1-A 五十嵐翔さん。至急理事長室へお越しください』


 いつもの昼休憩。

 毎朝、家のテーブルへといつの間にか置かれてある弁当を食べる時間。


 翔がその弁当の包みを開けようとした時、校内放送にて呼び出しを受けた。


「理事長って…翔。アンタ…何したの?」


 校長に呼び出される放送は稀にだがある。

 しかし、理事長に呼び出される放送は聞いたことがなかった。


『まさか…不祥事による退学?』


 そんな不安が過ぎる香織は、隣の席でいつも通り飄々としている翔へと恐る恐るではあるものの問い質した。


「問題ない」


 返ってきたのはいつもの返事。

 いつからか、この言葉に対して香織は安心感を覚えるようになっていた。


『翔がそういうなら、きっと大丈夫。全部上手くいく』


 事実そうだった。

 人間は過去で形成される。

 積み上げてきた経験や事実こそが、どれほど美しい言葉でも敵わないほどの説得力を持つのだ。


「そう。いってらっしゃい」


 クラスメイト達も理事長という聞き慣れない単語と、翔という最近よく耳にする単語により、香織たちへ意識を向けていた。


 だが、普段とは違い揶揄う者は誰もいなかった。


 そこには確かに級友を心配する者と、それに応える者の姿があったからだ。








「やあ。来てくれたね」


 理事長室を訪ねると、そこには才原理事長の姿が。

 部屋には他に誰の姿もない。

 あるのは重厚な執務机と応接セットのみ。


「座りなさい」


 才原理事長の言葉に、082は反射的に従う。それは自身の脳が身体へ命令している言葉と同等なのだから。


「どうした?」


 座って早速、才原理事長は翔の微妙な変化に気付いた。

 一見全く変わっていないように見えるが、流石に生まれる前から見てきただけのことはある。


「偽物と疑った」

「ほう…何故かね?」

「『やあ』などの挨拶をされた記憶がない」


 っ!!


 言われて納得する。

 それよりも先に、驚愕に襲われたが。


「理事長として、ここに来ているからだ。他意はない」

「嘘」


 …隠し通せる筈もない、か。

 喜怒哀楽については教えてこなかったから鈍感に育った。

 いや、そうなるように造った。


 しかし、嘘を見抜く術は叩き込んできた。

 呼吸の変化、発汗、心拍数の変化、視線、目線など。

 私の無意識を082は認識しただけのこと。

 恐れることも、何もない。

 ただ……


「自発的に喋った…?」


 こちらが質問をした時だけ、口を開いていい。

 それは身に染みて理解している筈。文字通り身体で覚えさせたのだから。


「独り言、か?」


 そうだ。確認の最終段階では口に出すことを義務付けている。

 恐らくそれなのだろう。


「違う。そう気付いたから、伝えた」

「なんだと…」


 間違いない。082は、人と繋がりたがっている。いや、それすらも曖昧だが、これは進化なのか、退化なのか。


「そうか。無意味だからこれまで通りやめなさい。いいね?」

「……理解した」


 言い淀んだ?


「今日ここに呼んだのは、私の警護をしてもらう為だ。理解できたかね?」

「理解した」

「これまで通り、学園には普通に通ってもらう。しかし、特別な役を新たに創設することに決めた。だから、アリバイなど必要なくいつでもここへ駆けつけられる」


 用意したのは082の地位。

 地位と言ってもこの学園内でしか意味をなさないもの。


「以上だ。戻りなさい」


 その言葉には何の反応も示さず、ただ『帰還する』とだけ確認の意味を込めて呟いていた。

才原と翔の微妙な変化。

他人が変われば己も変わるということです。

そして、自分の変化には中々気付かないものでもあります。

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