後夜祭、それは荼毘の気配
『我が日本国の為、どうか力を貸してほしい』
カチャ
『以上となります。お引き受け頂けますな?』
録音機材から齎された内容は、組織にとって悪と判断できるものであった。
組織の理念をしっかりと認識している依頼者代理は、お願いしている立場であるにも関わらず立ち居振る舞いは逆のもの。
受けない筈がない。
そう、自信に満ち溢れた堂々とした姿である。
保留。
しかし返されたのは、まさかの保留だった。
『翔へ。文化祭はカフェをするそうだね。私も叶うなら、君の淹れたアイスコーヒーが飲みたいよ。
夕方、文化祭が終わる頃、時間が取れたら電話する。楽しみだね。祭りの後の感想を期待しているよ』
「了解した」
翔は手紙を読むと、そっと引き出しへと仕舞った。
「いらっしゃいませ。お姫様」
そうキザなセリフを吐いても、黄色い歓声が返ってくる。
言ったのは、王子様役の宍戸流星。
その端正なルックスから奏でられるセリフは、女性を虜にする。
それを軽音楽部で香織の幼馴染でもある古舘謙信が恨めしそうに睨んでいた。
「いらっしゃいませ、王子様。コーヒーをお淹れいたしましょうか?」
不慣れなカーテシーを決め、なるべく優雅に見えるようそう告げるのは、お姫様役の結衣である。
『香織ぃ!代わってぇっ!』
と、言っていたのが懐かしいくらい堂に入っている。
『私はお姫様ってタイプじゃないし』
そう香織が無碍に断ったのは、先日までのことが無関係とは言えない。
「いらっしゃい。毒林檎で良いかしら?」
紫のローブにとんがり帽子。
そして、何よりも人々を惹きつける妖艶な表情。
高一とはとても思えない色気を醸し出した香織の接客には、長蛇の列が出来ていた。
噂が噂を呼び、その列は教室を飛び出し、男女共に凄い数が並ぶ。
学園の学園祭は、関係者以外も立ち入り可能である。
これは単に学園の宣伝も兼ねているからではあるが、その防犯性能の高さも同時に知らしめていた。
廊下には左右の端に警備員の姿。
教室にはそれぞれ防犯カメラが死角のないように付けられている。
もちろん教員の見回りも当然にあった。
唯一解放されている入り口は正門。
そこでは身分証の提示が求められ、一人一人に確認を取り記録していた。
これで犯罪やトラブルを起こそうと考えるのは、人生を捨てた世捨て人くらいのものだ。
そういった者が何も行えないように、持ち物検査も厳重に行い、厳しい検査に引っかかった物は一時預かりとなる。
もしも不埒な輩が何かを起こす時。
頼れるのは自身の肉体だけ。
それも、居並ぶ強面の警備員を見てもその思いが変わらないという鋼の心が必要。それは、最早奇跡と呼ぶしかない。
1-Aの出し物は、全学年を通して一番盛況だと言える。
誰もがここまでのコトになるとは考えておらず、皆が嬉しい悲鳴をあげていた。
各クラスに与えられた予算は六万円。これを超えない範囲というものが、この学園祭の唯一と言って良いルールだ。
そして、売り上げがその予算を超えた場合。
それは各クラスの打ち上げ費用へ回すことになっている。
故に、嬉しい悲鳴なのだ。
ただ一人、荷運びとはこうも忙しいものだったのかと、現実の厳しさに汗を流している。
「良かったよ…配送係を任命しておいて」
「言ったでしょ?翔にピッタリなんだから」
クラス委員の二人は急拵えで作られたバックヤード内にて、忙しなく出入りを続ける翔を横目に会話をする。
当の翔は人外のフィジカルを駆使し、三階までの往復を行っていた。
何の荷物かと言えば、足りなくなった売り物である。
担任である杏香が車を飛ばし、近くのスーパーまで買い出しに走る。
それを駐車場から三階にある教室へと運ぶのが、翔の役割なのだ。
そんなことを続けること数時間。
漸く客足は落ち着きを見せ、翔の仕事は終わることとなる。
それとほぼ同時に、暗躍の時間となった。
「いらっしゃいま…パパっ!ママっ!来てくれたのね!」
コスプレ喫茶へと訪れたのは金髪が良く似合う異国の男性と日本人の女性だった。
アメリア 田中 ウィリアムズが両親に声を掛ける。
「アメリア。よく似合っているね。それは…狸だね」
「貴方、違うわよ。アメリア?それは熊さんね?」
ここはコスプレ喫茶。アメリアも当然コスプレをしている。
「両方とも違うわ…これはパンダよ」
両親に気付いてもらえなかったことに溜息をつくも、おかしいのは両親の目なので自信を持ってもらいたい。
「案内するわ」
時刻は夕方前。
一般解放されている学園祭は17時までで、生徒は一時間で片付けをしなくてはならない。
それが終われば、待ちに待った自分達が主役の後夜祭である。
アメリアに案内された両親は席に着く。
客は既にまばらで、むしろ客が残っているのはこのクラスくらいのものだった。
「ごめんなさい。裏で聞いたらホットが売り切れてるみたいで、アイスしかなかったの」
「アメリアが給仕してくれたんだ。文句を言う筈がないさ」
そういうと、フタ付きのプラコップを受け取る。
「寒いから一度には飲みきれないよね。それは持ち帰り用のコップだから、気にせずに持って帰ってね」
アメリアの言葉に両親は頷き、10分ほど経ってから、最初に一口だけ飲んだコーヒーを持って帰ることにした。
この品切れについては買い出しが間に合わなかったというよりも、余ればその分赤字になってしまうので余らせないように売り切りで行くと、最初からその方針で決めていたから故。
その案を出したのは香織。
香織をそう誘導したのは翔だった。
「状況終了。結果を待つ」
その様子をバックヤードから窺っていた翔は、一人呟きを漏らした。
「ウィリアムズ邸の様子を映してくれ」
指示を飛ばすのは才原所長。現在学園祭は終わり、生徒とクラス持ちの教諭だけが参加可能な後夜祭真っ只中。
「はい。調査員のカメラを映します」
いつものモニタールーム。そこにある一番大きなモニターへと、アメリアの家が映し出された。
「調査員と話がしたい」
「はい。繋がりました」
「そちらの様子はどうだ?」
ピッ
『はい。特に変わった様…サイレンが聞こえてきました』
ピッ
「誰が乗るか確認してくれ」
ピッ
『はい。・・・・・ウィリアムズ氏が担架で運び出されました。奥方は同乗するようです』
ピッ
「よし。では、家から救急車が出発するのと同時に、侵入せよ」
ピッ
『了解』
ここで通信は途絶えた。
才原所長が指示を飛ばさなくとも、調査員に抜かりはない。
しかし、指示があるのとそうでないのは、安心感が違う。
調査員はあくまでも調査員。翔達エージェントとは違うのだ。
普通の人でもないが。
「コップの回収に成功」
モニターに映し出される映像には、アメリアが渡したプラコップを調査員が回収する場面が映っていた。
「082へ、手紙を書く」
「成功だと?」
「そうだ。082にとっては既に終わったことだが、手紙を読んだ時の反応が見たい」
クラスメイトの父親を殺害したのだ。
使った薬は人が飲めば助からない物だったのだろう。
それは才原所長と恵が作戦の成功を疑っていないことから汲み取れる。
翔に反応はあるのだろうか?
そもそも、どうして学園内で死ななかったのか?遅効性の薬であれば助かる可能性が出る。猛毒であれば効き目も早い。
全てを知るのは限られた人間だけ。
「ベタだけど、綺麗ね」
誰に向けたものでもない。
後夜祭は佳境へと入り、現在看板などの廃材と共に薪が焚べられたキャンプファイアーが煌々と辺りを照らしている。
この時間帯に消防車を見回りに来させたことで、このキャンプファイアーは可能となっている。
閑話休題。
香織の呟きを拾ったのは……
「いいのぉ?こんな所で油を売っててもぉ」
「…何の話かしら?」
「あっちに翔くんがいたよー。行ってみればー?」
遥香だ。
センチメンタルな呟きを聞いて、焦ったいなと思ったのだろう。
「だ、か、ら!何の話よ!?」
「良いのぉ?そんなこと言っても?私が行くよぉ?」
「っ!…い、行けば良いじゃない」
遥香は翔に興味はない。
あるとすれば、二人に対してのものだ。
「良いんだ!じゃあ、遠慮なくー。この前荷物持ち頑張ってくれたからぁ、お礼のデートにでも誘おうかなぁ」
香織はすぐに後悔をした。
それは遥香が誘うことではない。
今の今まで、その誘う口実へと気付けなかったことだ。
「遥香!それに香織!大変なのっ!こっちきて!」
離れた場所から大声で二人を呼ぶのは結衣だ。
「結衣?どうしたんだろう?」
「ああ、もうっ!仕方ないからぁ、翔くんの元には香織が行ってあげてー。ちゃんとお礼のデートに誘うんだよー。こっちは私が行くからぁ」
「えっ!?ちょっ!?」
遥香は少し離れた場所にいる結衣の元へと駆け出していった。
残された香織は少しその場に佇むも。
「…悩んでても変わらないし、わからないよね」
そう意気込み、翔の元へと向かうのであった。
「どうしたの?血相を変えてー」
結衣の元へと辿り着いた遥香は、何やらキョロキョロとしている結衣を不審がった。
「あれ?!香織は?」
「香織は用があるってー」
「こんな時に…でも、仕方ないか…」
明らかに不審な様子。
これは只事ではないと、先を急かすことに。
「何があったのー?」
「ちょっと、耳貸して」
辺りを窺う結衣。
そして、遥香の耳元で囁くように伝える。
「アメリアのお父さんが亡くなったの…」
「えっ!?」
「少し前に学園に来てたでしょ?それで警察の人が学園に来て、今担任と一緒に生徒指導室で事情聴取を受けてるのよ」
「誰が?」
「アメリアに決まってるでしょ?お母さん以外で最後に話したのがアメリアなんだから」
警察が来たのはアメリアを疑ってのことではない。
自殺の可能性を消去する為に、普段と様子に変わった所がなかったか、それを聞きに来ただけである。
そんな話とは蚊帳の外にいる、関係者。
翌朝に届いた手紙によって、翔はそれを知ることとなる。