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殺人のすすめ  作者: ふたりぼっち
学園編
14/43

もう一つの祭り

 





 秋といえば祭りの季節。

 その中でも学生に関係する祭りは二つ。

 一つは体育祭。その後に控えるのが文化祭である。

 近年の猛暑の影響により、体育祭は十月中旬から下旬の間にずれ込み、それにより文化祭も冬直前である十一月末から十二月初旬に開催される。

 北海道や山間部では初降雪があったらしいが、関東圏の平野部はまだまだ秋の気配が漂っていた。


 そんな季節が今年もやって来たのだ。


「そっち持っててー」


 放課後になると、生徒達の元気な声が校舎内に広がっていた。

 右を向けば看板作りに精を出し、左を向けば廊下を占拠して何かを作っていた。


「通っても良いか?」


 そんな中、通常通りに帰宅しようとする翔であったが、廊下は声を掛けないと通れない有様。

 クラスメイトに確認の声掛けをすると……


「どうぞ…って、翔じゃない!何帰ろうとしてんのよっ!?」

「下校時間」

「知ってるわよっ!アンタには見えないの!?目がないの!?クラスメイト達が残って看板作りしている姿が!」


 声を掛ける相手を間違えた。

 そんな風に視線を動かすも、時既に遅し。


「香織。翔くんとイチャイチャしたいのは分かるけど、今は我慢して看板を支えてて」

「イチャイチャなんてしてないわよっ!?」

「わかったから。あ。翔くん。どさくさに紛れて帰らないでね」


 看板から離れて翔へと喰ってかかる香織。その二人へと第三者が声を掛けた。


 第三者である武藤沙耶香の言葉に過剰反応する一人。

 もう一人はこれ幸いと気配を断ち、帰ろうとするが、流石に視界に収められた状況では消えることが出来なかった。


「拘束時間は終わった」

「そうだね。でも、翔くんは親交を深めたいんだよね?じゃあ、一緒に作ろう?」

「理解した」


 この看板作りは、誰ともなしの会話の中で決まったもの。

 つまり、翔は自分が部外者の認識だったのだ。

 クラスで何か話している。それだけの認識だった。


 何の説明もない感情論の香織の言葉。

 それと対照的な理論武装された沙耶香の言葉。


 翔に感情を説いても理解を得られないことに、香織は未だ気付いていない。

 だって。

 自分の事を好きだ(かんじょうがある)と思っているから。


「何でっ!?」


 私の言うことは聞かないのに!

 そう怒りにも近い驚きの声を上げる。


「香織って…時々馬鹿だよね…」


 翔に感情がないことを沙耶香が気付いているわけではない。

 単純に聞いていなかったのだろうと考えたのだ。

 もしくは、面倒くさくて逃げ出そうとしたか。

 この二択。


 前者であれば香織との会話でもと思うが、どうせなら説得した方が説明するよりも早いと考えたのだ。


 友達。しかも最近、命を助けられたこともある。

 でも。

 それでも、自分のことになると何も気付けない友人を見て、沙耶香は一人溜息をつくのだった。














『この一連の銃撃事件ですが、警察の捜査は難航している模様です』


 ピッ


「無駄なことを。もっと有意義なモノに、我々国民の税金を投入して欲しいものだね」


 いつものモニタールーム。

 そこでテレビから流れて来たのは、翔が起こした事件についてのニュースだった。


「それが警察(かれら)の仕事ですから」


 才原所長の言葉に恵がそう返す。


「捜査している者達に言っているのではないよ。彼等の上司。上の者達への言葉だ。

 実行犯は我々のような暗部だとわかっているだろうに、結果が出ないと分かりきっている捜索へ無限に税金を投入しているのだからね」

「なるほど。警察からの依頼もありますものね」

「そういうことだ」


 警察からの依頼。

 それは警察では手出し出来なかったり、そもそもが警察の能力不足だったりする事件。


 それらを警察上層部から依頼されることもある。

 現場の人間達はプライドが許さないだろうが、上層部は単にそうは言っていられない場合も多々あるのだ。


 そういう依頼もあることから、上層部が犯人の目星を付けられないとは思えない。

 仮についたとしても、何もしないが。いや、何も出来ないが正しい。


 警察という組織が、()()に頼ったことが露見する可能性など無い方がいいのだから。


「警察はいいが、メディアは困ったものだよ。これでは依頼を受けることもままならないね」

「ハニーも放課後は忙しそうですから、丁度いい休憩になりますね」

「082に休息は必要ない。実戦に勝る訓練はない上に、実戦から遠ざかると感覚が鈍る。それだけは避けたいのだよ」


 才原所長は考える。

 今なら『クラスメイトを殺せ』と翔へ命じれば、躊躇なく実行するだろう。

 しかし、実戦から時間が空き、ゆるい環境での生活に慣れるとどうなるものか。

 もしかしたら、殺せなくなるかも。


 そう、危惧していた。


「であれば、いつでも仰って下さい」

「馬鹿を言うな。君を失うわけにはいかない。この程度の事ではね」


 恵の言葉。

 それは・・・『殺人の間隔が空いて不都合であれば、いつでもハニーに殺される所存です』というもの。

 それを才原所長は長年の関係から読み取れたのだ。


 続く言葉は、いつか恵の命を使う日が来るかもしれない。

 それでも、恵は変わらず微笑んでいた。


 娘には見せたことも、向けたこともない優しい笑みで。

















「と、いうわけで。姫役は川村結衣さんに、王子役は宍戸流星くんに決まりました」


 1-Aの教室にて、司会進行役であるクラス委員の遼河から配役が発表された。


「他の役もあわせて発表します」


 次々と役名と名前が告げられていく。


「魔女役に浜崎香織さん。魔法少女役に島谷遥香さん」


 さらに時は過ぎ。


「…最後に。運搬係に…ホントにこの役って必要あるのかな…」

「良いんじゃない?本人たっての希望なんだから」

「荷物運びはみんなで……なんでもないです。運搬係に五十嵐翔くん」


 荷運びとして翔の名前が告げられ、クラス全員の役割が出揃う。


「コスプレ喫茶(カフェ)の衣装は、各々で準備するということで。姫と王子の二役は2000円。他は1500円の予算が組まれているので、その中でやりくりするようにして下さい。・・・翔くんはそのままの格好で良いです」


 翔達はどうやら演劇をするわけではなく、クラスの出し物はコスプレをした店員が接客するカフェに決まっていたようだ。

 看板などの大道具は作り終えており、後は衣装などの小道具を各自で準備するとの決まり。


「では、ホームルームを終わります」


 学園生活本日最後の挨拶も済み、後は各々思う通りの放課後となる。

 しかし、そこで思い通りにいかない者がいた。


「待ちなさい」

「?」

「アンタよ、アンタっ!何無視してんのよ!?」


 隣の席へと声を掛ける香織。

 しかし隣に居たものは自分のことではないと決めつけ、足早に教室を出ようとする。


「つーかまーえたっ!」

「何?」


 教室を出ようとする翔は、扉の近くにいた島谷遥香に捕まる。


「香織ー?翔くんも買い出しに付き合わせるんだよねー?」

「…そうよ。ありがと」


 翔に買い出しする物はない。

 強いて言えば、日用品くらいのもの。


 香織はそんな翔が暇人だと考え、一人で買い物をするよりも荷物持ちを連れて行った方が楽だと思っての声掛け。


「私も一緒に行くー」


 語尾を独特に伸ばす少女は、意外にも女子に好かれている。

 それは人懐っこさからなのか、意外と面白い性格からか。


「遥香も?」

「うん。だって、私達の必要な物って殆ど同じでしょー?」

「…確かに」


 香織も遥香のことは嫌いではない。

 しかし、今回ばかりは…と、思うところもない様子。


 香織は魔女で、遥香は魔法少女。

 両方が両方ともに似合いそうではある。

 綺麗な黒髪にキリッとした美人の香織。

 ほんわかしか雰囲気と童顔な顔つきの遥香。


 そんな二人に前後を挟まれ、翔は行き場を失っているのである。


「と、いうわけでぇ。翔くん、荷物持ちよろしくねぇ」


 猫撫で声。

 それに対し、翔に思うところはなさそうだが、香織は知らず知らずの内に眉を顰めるのだった。


 翔に拒否権はない。














「紫」


 ポツリと呟く。


「紫」


 さらに呟く。


「むら『アンタ、うっさいわよ!』理解した」


 呟いていたのは翔。

 ここは生地などを販売している雑貨屋。

 1500円では碌な服は買えないので、二人は作ることにしたようだ。


 買い物カゴに入れられるのは全部紫色をした材料。

 だから翔はしきりに『紫』と呟いていたのだ。


「香織ってぇ、翔くんにだけは当たりが強いよねぇ」

「そ、そんなこと…ないわ?」

「否定してるってことはぁ、何かあるのぉ?」


 気付いて途中から疑問系へと無理矢理持っていくも、時既に遅し。

 遥香はニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべつつ、香織を揶揄いだした。


 翔は何も映し出さない瞳で買い物カゴを眺めるばかりだ。


「な、何もないわよ!そ、それより!そろそろ三千円分になるんじゃない?」

「うーん。はぐらかすかぁ。そうだねー。そろそろ出よっかぁ」


 カゴには生地と糸。それから厚紙などが入っている。

 会計を済ませた三人は一旦解散した。


「荷物」


 何故か翔に荷物を預けたまま。













「ホントだねぇ。一人暮らしって憧れるよねぇ」


 翔が帰宅すると、凡そ三十分後に三人が再び揃った。

 買い物時。翔が商品に目を向けている時に、香織から遥香へ提案があったのだ。

 家主抜きの。


「何もないけど、何も無いからこそ都合がいいってものね!」

「帰れ」

「えっ?翔くん、喋れるじゃーん!」


 翔が自発的に話したところを初めて目撃した。

 何を言ったかよりも、そちらが気になるお年頃。


「・・・」


 翔は自分の考えを伝える術を失くした。


「とりあえず、家にあった型紙と裁縫道具を持って来たよぉ」

「ナイス遥香!今日はとりあえず裁断まで頑張ろっか」

「うーん。でもぉ。流石に男の子のいる前で…」


 服を作るのだ。

 それにはサイズが必要であり、脱ぐ必要はないがウエストやバストなど、女子には異性へと知られたくない秘密も多い。


「翔は大丈夫よ。これから出掛けるから」

「えっ?そうなのぉ?」

「…机は触るな」


 翔にはルーティンがある。

 それを知っている香織は、家主が家を空ける時間帯を把握していた。


「えぇっ!?二人ってぇ、やっぱりそういう関係だったんだぁ」

「違うわよっ!偶々知ってただけ!そう!偶々ね!」

「怪しい…」


 明らかな狼狽え。

 敏腕刑事(でか)でなくとも、誰もが怪しむというもの。


 そんなことはどうでもいいと、話題の一人はそそくさと日課の為に出掛けていった。


「本当のところはどうなのぉ?」

「本当に何もないわ」

「それはなんとなーく、わかるのぉ。私が聞いてるのはぁ、香織の気持ち」


 ズキッ

 その言葉に、傷まないはずの胸が痛む。

 香織も本当のところでは分かっているのだ。

 意識しているのが自分だけということを。


 恋心は別に恥ずかしいものではない。


 頭では分かっていても、自分のコレが恋なのかすらわからない。

 だから、尚更恥ずかしいのだ。


「わかんない。異性っていうより、自分のダメなところを見てるみたいな感覚かも」

「ああっ!それわかるぅ。翔くんってぇ、頭も良いし落ち度もないけどぉ。でもぉ、私たちが面倒だって思うことを絶対しないよねぇ。しなきゃいけない時でも。ねぇ?」

「うん。人付き合いが嫌な時って、誰にでもあると思うの。でも、普通は面倒でも表面を取り繕う。自分も周りも傷付けたくないから。でも、時々しちゃうんだ。それが後で後悔に繋がっても」


 翔に人の気持ちを汲み取る機能は備わっていない。

 その気持ちを持ち合わせていないのだから当然だろう。


「だからかな…翔の事を見てると、放っておけないのは」

「そう…でもぉ。ホントーに、それだけぇ?」


 遥香の言葉に再び顔を赤くした香織は『わかんないのよっ』と、自爆した。








「微笑ましいですね」


 翔の家には至る所に隠しカメラと盗聴器が設置されている。

 いつものモニタールームにてそれを観察していた恵は、隣にいる才原所長へと言葉を投げかけた。


「これに082が関わっていなければね。しかし、よく見ている。彼女は翔のことを理解しようと歩み寄っているのだろう。

 歩み寄れたかと思えば、それは幻想に過ぎないのだがね」

「まるで、私と所長のようですね」

「……藪蛇だったようだ」


 才原所長も人間関係(ことばあそび)は得意ではない。

 翔ほどではないにしろ、女性である恵に敵うとはつゆ程も思ってはいない。

 だから、この話はここまでと決まっていた。


「それにしても、丁度いいところに丁度良い依頼が来たものだ」

「受けられたのですね」

「願ったり叶ったりだったからね。さて。手紙を書くとしようか」


 長年連れ添った夫婦そのもの。

 いや、それ以上か。


 この二人に長ったらしい言葉は必要なかった。


 そして、翔へ書く手紙にも。

文化祭編は前後編に分かれます。

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