閑話 祭りの後のご褒美
閑話ならぬ、人物紹介になります。
その日、体育祭の賞品が振る舞われることになった。
「部活の人もいるので、十八時に現地集合でお願いします。では、皆さん。さようなら」
HRも終わり、生徒達が各々の放課後を過ごす。
体育祭から丁度一週間経った日の出来事である。
「翔。お前のお陰で肉が腹一杯食えるよ。ありがとうな」
「リレーは一人では出来ない」
「くくっ。そうだな。じゃあ、焼肉屋でな!」
リレーの話をクラスメイトが持ち出しても、翔から返ってくるのはこの決まり文句だけだった。
今回は『俺だけの力じゃない』とでも伝えれば良いものを。
クラスメイトはその言葉に頬が緩むも、翔の隣の席から殺気を感じ、足早に去ることとした。
「アンタの所為で、みんな揶揄うじゃないっ!」
「約束を守っただけだ」
殺気の出処は当然香織だ。
席が隣のこの二人。
翔に揶揄い甲斐はないが、香織を揶揄う勇気もない。
そんなクラスメイト達の殆どは、香織にも聞こえるように翔を揶揄うのだ。
決して翔は揶揄えないが。
そうすれば香織を間接的に揶揄え、またその反応を密かにクラス中で共有していたのである。
この二人に進展はない。
そもそも進む道が無いのだから。
そんな揶揄いの時間も終わり、各々支度して、焼肉店へと向かうのであった。
「しゅ、出席番号二番…三船遼河です…趣味は…数独…です」
渋い自己紹介をしたのは遼河。
ここは焼肉店の二階にある大広間。
時間となり、そこに集まった1-Aは『芸もなしに肉は食えない』となり、『じゃあ、功労者の翔に向けた自己紹介をしよう』となったのだ。
順番は出席番号順。
故に遼河からであり、翔に向けたモノであるから出席番号も付けているのだ。
誰が言い出したか知らないが、みんな肉に夢中で聞いていない。
いや。一人だけ、ちゃんと聞いている者がいた。
それは翔だ。
無心に肉を食べていないで、担任も見てあげて欲しいとは思う。
「次は…俺だな」
順番は決まっている。
遼河が座敷へと腰を下ろしたので、入れ替わりに次の生徒が立ち上がる。
「えー。出席番号三番、山城彰だ。趣味は年号の暗記。今日は焼肉ご馳走様」
彰は翔と同じく特徴の薄い生徒だ。
中肉中背であり、髪型も長くもなければ短くもない。そんな生徒。
「出席番号四番、三咲奏です。リレーの時はチームメイトのミスを挽回してくれてありがとう」
「いや、奏。アレは足を踏まれたんだ。説明しただろ?」
奏の言葉に対し、ついつい訂正してしまう。
秀平も幼馴染にカッコ悪く思われるのは嫌なのだろう。
「出席番号五番、仲村理玖です。茶道部です。あれ?部活はいいんだっけ?まあ、いいや。趣味は書道です」
理玖は小柄な少年である。奏と同じく体格は小さいが性格は物怖じしない堂々とした生徒でもある。
「出席番号六番、飯田詩織だよ。バレー部で、趣味は…クレー射撃かな」
詩織の身長は入学から2センチ伸びた翔と同じく174cmと女性にしては大柄である。
クレー射撃とは珍しい趣味であるが、凄腕のスナイパーでもある翔にはやはり見劣りする。
「出席番号七番、鏑木翔子よ。部活動はしていないけれど、三船くんと同じく生徒会に所属しているわ」
遼河と共に生徒会にて活動している。
長い黒髪に眼鏡と、まさに優等生を絵に描いたような女子生徒である。
「出席番号八番、田代秀平だ。サッカーをしている。翔、ありがとうな。お前のお陰で戦犯にならずに済んだよ」
秀平は以前紹介した通り。
「出席番号九番、山口翠。吹奏楽部」
ぶっきらぼう。ではない。
口下手なだけで、他意はないのだ。
こちらも眼鏡の女性で、今では珍しい太めの三つ編みとそばかすが印象的な生徒である。
「出席番号十番、本郷竜馬。野球部だ。リレー楽しかったぜ」
竜馬はリレーメンバーであり、Aクラススポーツ担当の一人でもある。
九番と十番の成績の間隔は少し開いており、文武両道ではあるがスポーツよりの生徒。
部活動にそういう規定はないが、自主的に頭を丸めている。
「出席番号十一番、中根智。一応科学部に所属してるけど、君と同じくほぼ帰宅部だよ。あれ?趣味もだったよね?みんな途中からいい加減だよ…僕の趣味は漫画とVtuberの推し活だね」
オタク…かと思いきや、見た目と仕草はナルシストっぽい。
掴みどころのない生徒だ。
「出席番号十二番、島谷遥香だよー。部活はサッカー部のマネージャーしてまーす。趣味は玉ねぎの微塵切りで泣かないこと!」
それは特技でしょ!
と、すぐに近くの女子からツッコミが入る。
遥香は間延びした口調とおっとりした見た目も相まって、同性に嫌われるタイプに見える。
しかし、この性格である。
すぐに打ち解けて、結局憎めない友人となるのだ。
勿論、男子にもモテる。
「出席番号十三番、川村結衣です。部活動はテニス部で、趣味は香織と貴方の今後を観察することかな?」
この言葉に、翔は全く動じなかった。
それを見てつまらなさそうな表情をした結衣だが、もう一人を見てニンマリと表情が崩れた。
普段であれば怒るところだが、怒れば余計に揶揄いの火種へと油を注いでしまう。
それが分かっているので、香織は震えながらも俯き黙ったのだ。
どうやら、この二人の関係性は元に戻ったようで。
「出席番号十四番、宍戸流星だよ。バスケ部で、趣味はカラオケかな?」
名前からしてイケメンだが実物もイケメンで、雑誌モデルの経験も有する長身スポーツマンである。
「出席番号十五番、金山月人だ。きんさんって呼んでくれ!ラグビー部で、趣味は筋トレだ」
185cm100キロ。
高校生からすると山の様なこの生徒は、山の様に大きな身体と心で支えてくれる心優しき巨漢である。
頼られることが何よりも嬉しく、きんさんと呼ばれたい。
「出席番号十六番、武藤沙耶香です。吹奏楽部で、趣味は編み物です。香織はあんなだけど根は優しいから、大切にしてね?」
「?」
沙耶香はプール事件の時、香織から救助された小柄な少女である。
見た目は小動物的愛らしさがあるものの、言葉のナイフは鋭い。
またも間接的に揶揄われた香織だが、今回は俯きながらも翔を睨んでいた。
『アンタも否定しろ』と。
「出席番号十七番、高梨涼だ。秀平と同じくサッカー部に所属している。趣味はリフティング」
自称秀平のライバル。リレー選手でもある。
普段は寡黙だが、ことサッカーの話になると饒舌になるほどのサッカー馬鹿である。
「出席番号十八番、萬豪大という。剣道を嗜んでおり、実家の道場で鍛錬することが趣味といえる」
この生徒を一言で現すならば『老け顔』。
歳を取れば渋い男前なのだろうが、現在の悩みは学生証を提示しても怪しまれることだとか。
身長は高めの178cm。
「出席番号十九番、鮎川春人。部活は将棋同好会に所属してます。趣味はゲームです」
小柄で丸眼鏡の似合う少年。
将棋の腕前は奨励会に所属する程。
学園に通う間にプロとなることを目標にしている。
「出席番号二十番、鹿目凛だよ。部活はバドミントンで、スポーツ観戦が趣味かな。改めて、よろしくね」
凛は笑顔の似合う明るい少女である。
運動も学業も交友関係も精一杯熟す、明るく真面目な優等生だ。
「出席番号二十一番、村崎きららよ。テニス部で、趣味は読書。よろしく」
クールビューティーを絵に描いたような女生徒。
しかし、名前は可愛らしいイメージのキラキラネームである。
唯一のコンプレックスがそこなので、クラスメイト達は触れない。
「出席番号二十二番、大橋真人だ。サッカー部所属。趣味は家業の陶芸だ。お前、足速いんだな。びっくりしたよ」
リレー選手がこれで出揃った。
真人は陶芸家になることが定められた宿命ではあるものの、人を殺さなくていいだけは翔よりも何倍もマシだが、それでも窮屈な学園生活を強いられている。
「出席番号二十三番、古舘謙信という。軽音楽部でギターボーカルをしている。趣味は…ああ。そうだ。香織とは幼馴染だ」
古風な名前に似つかわしくない今風な見た目。
学園外では、ビジュアル系バンドマンの格好をしている。
翔に思うところがあるようだが、果たして。
「出席番号二十四番、西野春風です。家庭科部に所属していて、趣味はお菓子作りです。そのままでごめんなさい…」
春風は非常に大人しい生徒。
いつもオドオドとしていて、兎に角よく謝っている。
翔に『謝る必要はない』と、冷たい眼差しで言われたことを今も怯えている。
「出席番号二十五番、アメリア田中ウィリアムズです。華道部で、趣味はおじいちゃんの盆栽のお世話」
金髪碧目のハーフ美少女。
ミドルネームが全く似合っていないが、本人は大変気に入っている。
見た目は外人だが、中身は日本人よりも日本人している。
「し・・ん・・・ぉり」
「香織!声が小さいよっ!」
次は香織の番だが、自己紹介出来そうもない。
ご存知の通り、翔の彼女…ではない。
帰宅部で、趣味は人間観察とコミュニティーを操作すること。
髪は長く、いつも違う髪型をしている。
細身であり、身長は167cmと高め。
最近になり、自分が極度の恥ずかしがり屋なのだと知る。
それ程、自分のことは観察できていなかった。
「出席番号二十七番、工藤蘭丸。別に戦国武将の末裔でも、忍者でもないからな?おっと、話が逸れたな。部活は卓球部。趣味は女子バレー部の観察」
お分かり頂けただろう。
翔の次にクラスで浮いている生徒である。
いつも巫山戯ているのは、幼い頃に交通事故で両親を一度に亡くしたからか。
「出席番号二十八番、二階堂瑠璃よ。テニス部で、趣味は買い物かしら」
このクラスには二人の財閥御令嬢がいる。
その内の一人が、この瑠璃である。
金持ち程教育をしっかりしているのは本当のようで、高飛車なこともなく、焼肉もみんなに合わせて喜んで参加している。
見た目も口調もイメージ通りのお嬢様そのもの。
「出席番号二十九番、景山千鶴です。凛ちゃんと同じバド部です。趣味は…特にないです」
大人しいというよりも、必要以上に口を開かないタイプ。
喋る時は喋るということ。
趣味はないと言ったが、始めたばかりのフランス語がそれにあたる。
「出席番号三十番、桐谷純だ。生物部で飼ってる魚達の世話が趣味と部活だな」
何もしないのはと思い、とりあえず入った生物部。
そこで生き物達と運命の出会いを果たした。
物言わぬ魚や亀達。
人間と違って文句の一つも言わない彼等の世話をすることが、最近の生き甲斐となっている。
いずれ来る解剖の時。
それを知らぬまま。
自己紹介が終わる頃、みんなのお腹も満たされ始めた。
最後はリレー選手代表で、翔が挨拶をするものかと皆が期待するも……
「あれ…?翔は?」「先生。翔がいません」
お腹が満たされ焼肉から視線を上げると、そこにあるはずの翔の姿が見当たらない。
「五十嵐くんなら、先程帰ると言って帰りました」
「「「はい???」」」
驚きの余り、全員目玉が飛び出そうになる。
まさか、主役とも言える翔が先に帰るとは。
各々が驚くも、次第に落ち着きを取り戻してきた。
「まあ…翔、だから、な」「うん…」「あのバカ…」
皆は納得し、その中には一つだけ香織の怒りも含まれていた。
人物紹介をただ並べるだけなのは面白くなかったので、自己紹介風に纏めてみました。
主人公は翔ですが、彼等も彼等の人生において、自分が主役なのです。
そこまでの深掘りをすると何も書けなくなってしまうので割愛しましたが、少しでも知っていただけると彼等もうかばれます。