戦闘/イタミ
「ふぅ…――と」
ボクは元来た道を振り返る。建物に挟まれた路地裏を暗い闇が飲み込んでいた。
「…ったく、何故ボクがこんな目に…」
見渡す。
道路の舗装具合を見るに、ここは表通りらしい。深夜なので人通りは皆無だけど。噴水が水を放ち、それが落ちる音だけが静寂を壊す。
さてと、これからどうしようか…。
町並みとしては、そんなに時代遅れしていない。良く言えば中世を思わせる、RPGの世界のような、そんな感じ。
「…でもそれにしては…――」
建物が総じて高い。平屋のような一階建ての建物が見当たらず、低くても7メートル、三階程の大きさ。そんな建造物群が円になってこの噴水を囲んでいる。屋上の縁が、暗い夜空を切り取っていた。
「見つけたぞ……反逆者ァ!!」
「…しつこいなあ」
アンタはボクに感嘆の意すら示させてくれないのか?
「ねえ……どうしたら諦めてくれるの?ボクは君に何もしてないじゃないか」
「何かしたとかじゃなくて、此処に存在が許されてねーんだよ。分かるか?」
「分かるかッ!!」
理解してたまるかそんな状況ッ!
…この街はそんなに排他主義なのだろうか?ボクはまだこの世界に来てコイツしか出会ってないから、ボクだけでは決断は出来ない。
かと言ってコイツに頼るのもなあ…。
まあ、明らかに得策じゃないわな。
「ボクは逃げ切る」
「誰から?」
「アンタから」
「いつまで?」
「とりあえず夜明けまで」
「行く当てはあるのか?」
「ナッシング」
戦闘の時間です。
まあボクから攻撃する訳はないし、避けることに集中しよう。逃げるが勝ちって言葉もある事だし。
前傾姿勢で一歩踏み出す。そこから加速度的に足が出て、ボクとの間を詰めてくる。
アイツの得物はナイフだ。だったら間合いを詰めないと攻撃すらままならない。
その距離五メートル。まだ余裕だ。
厨二野郎は自分の纏う外套へ手を突っ込む。多分、刃物を取り出すのだろう。
大丈夫、避けるだけだ。避けることだけを考えればいい。ボクは膝を曲げ、構える。相手の一挙一動を見逃さないように。
懐の手が抜かれる。
「え……?」
別に油断をした覚えはない。慢心だって抱いたつもりもない。
言うならばそう、思い込み。
これから避けるのは刃物、もっと縮めてナイフだと、そう思い込んでいた。
愚考だ。
誰がそんなことを言った?何処に他の選択肢を排除する余地があった?
全てはボクの思い込みだ。
思い込みが。
ボクに一瞬の隙を与えた。
パンッ!
乾いた破裂音が辺りに響く。
音の発生源は抜かれた手の中。その手に握られていたのは、ナイフではなくて、ましてや剣などの長物でもなくて、それらと方向性が逆ベクトルに向く、遠距離型の拳銃だった。
「当たっただろ?なんたって俺はナイフ使いじゃなくて、銃使いだからな」
「く、くうぅぅぅ……――」
銃弾はボクの左肩を掠めていって、その跡に銃創を残していった。直撃よりかは幾らかマシだけど、どちらにしても激痛には変わりなく、大量の血が流れるのも変わらない。
今すぐ回れ右して逃走したい気持ちを抑え、銃口に向き直る。目を離したら、それこそジ・エンド。背中を狙い撃たれて終わりだ。
「……逃げないのかよ」
「逃げたら撃つだろ…」
「逃げなくても撃つがな」
指が動く。撃鉄が弾かれる。
低い体勢で横っ飛び。噴水の上に飾り付けられたオブジェが粉々に砕け散った。
…しまった、ここから何も考えてないっ!
銃口はいとも容易くボクへ向けられ、第二撃が放たれる。
「―――あああぁっッ!!」
左手の甲から血が溢れる。貫通してしまった。
「うう、ううううぅぅぅぅぅうッ!!!」
逃げるな、恐怖に囚われるな、痛みなど振り切れ、闘争心を燃やせ、怒りをぶつけろ、全てをぶつけろ。
「―――うあぁぁぁぁああっッ!!!」
軽く地面が揺れた。その直後、
「ぬおッ!?――体が…動かねえ……ッ!!」
銃口はボクに向いたまま、仮面野郎はピクリとも動かなかった。…いや、何かから押さえつけられているようだ。膝が笑っている。
そして耐えきれなかったのか、崩れ落ちてそのまま凄い勢いで地面へうつ伏せにへばりついた。
とても人間の動きとは思えない。
まあいい。これは――逃げるチャンスだ。
「待てコラ!お前俺に『何を』しやがった!?」
そんな怒声を背中に感じつつ華麗にスルー。ボクは足を路地裏の闇に向けていた。