補正無し/アラート
この比喩ではないリアルな箱詰め状態から抜け出すのに、それほど時間は掛からなかった。
大方の予想通り、ボクのすぐ頭上の天蓋が、押すだけで易々と開いたのだ。
…もしこの上に重い荷物なんかが載っていたらと考えると…、おー怖い怖い。
少しだけ蓋を開け、外界を確認する。
どうやら、夜らしい。左右を見渡すと、壁に囲まれ、基本的な生活用品一式が揃っている。恐らく人が住んでいる部屋だろう。
…この場合、不法侵入ということになるのだろうか?
成り行きで異次元から不法侵入という、一周回って何だかよく分からない経緯を持ってしまったボクである。まあ一周回ってしまっているので、ただの不法侵入である。
…この部屋の住人と鉢合わせするようなことがあったら、全力で逃げ出そう。うん。
両腕で蓋を一気に持ち上げ、立ち上がる。…おい誰だ今サ〇エさんじゃね?って言った奴!そんなの思った時点で敗けなんだよ!!
広くなった視野で、さらにこの部屋の情報を集める。
扉。窓。上へ続く階段。木造の建物だろう。
箱を抜け出し、蓋を元に戻す。…よくこんな小さい箱に入れたなー、とか今更ながら思ってみたり。
さて。さてさてさて。
ここからボクは一体どうすれば良いのだろうかというのを最優先に考えなければいけないな。うん。
RPG風にこの状況を言い換えるのなら、レベル1、所持金ゼロ、装備なしという、ゲーム起動して一分位の主人公みたいな有り様だった。
…………。
何?何なの?これからボクはどうしろと?
王様から魔王の討伐依頼とかが来ればそれで方向性が決まるのだけれど、生憎ボクの相関図に王族は組み込まれていない。てか今ボクがいる世界において相関なんて一つも存在していない。
何にも繋がっていない。ボクオンリーである。
…数秒の空白の後、未曾有の孤独感にうちひしがれる。しかし三秒で復帰。
切り換えと立ち直りは早い方だと自負しております。
さて、絶望の矛先が過去から未来へ変わったところで、ボクは善後策を練り上げる。
まずこの世界について無知識なのは非常にまずい。この世界は一体何なのか?何があるのか?最初はそこからだ。
そして衣食住の問題。こっちの方が切実かもしれない。
衣と住は最悪でも諦められるとして、食に関しては生命に直結するので、今日中、遅くても明日中に食い扶持を探さなければ。
…全く、主人公補正がないとこんなことまで悩まなければいけないのか。これから一人暮らしを始める大学生の気分だ。…味わったことはないから分からないけれども。
「……行動しよう」
あまりの静けさに耐えきれず、口から漏れる独り言。
……………。
…虚しすぎるだろこれ!ヤバい死ぬ!寂しさで死んじゃう!!
ああそうか、死ぬ直前の兎はこんな気持ちなんだな……。
知らずの内に部屋の壁が透けているが如く遥か彼方を、まるで死んだ魚のような、魂が抜けた目で見据えていた。
今鏡で自分の顔を見たら、とんでもないアホ面なんだろうな、とか思っていると、
ドスンッ
天井から小さな揺れと、それに伴う音がした。
人がいるのか。…まあそりゃそうか。明らかにここは生活感丸出しだし。
見つかったら間違いなく不法侵入扱いなので、さっさと逃げ出させてもらおう。…って、玄関どこだ?
ガンッ…ガンッ…、ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッ!!!!
そうこうしている間に、何かしらの生命体がこの部屋に近づいている。てか何このホラー!?恐いよ!!
普段気にならない扉の軋む音も、この静寂な空間で、恐怖の対象へと昇華している。
ギリギリと、恐怖が近づいた。
逃げられないのであれば、せめてボクが人畜無害な人種だというのを解ってもらおう。
地球代表の外交官になってやろうじゃないか。神崎外交官はどんな相手にもフレンドリーに接するぜ!!
開かれた扉の影から最初に出てきたのは、仮面だった。仮面。道化の仮面。窓から射し込む弱い光が陰影をハッキリとさせ、道化の笑顔はよりいやらしく映っていた。
続いて出てくる首、肩、胴体両腕。右手には、光を弾き鋭く煌めく短い刃。刃渡りは十センチ前後か。そして。
そして、血が滴っている。血塗れている。
この部屋の上部で何が起こったのかはボクの預かり知らぬところではあるけれど、一つだけ明確に、ハッキリと明らかなことがある。
このままだと死ぬぞコレ。