箱の中/ゲームカイシ
生きています。
生きていますとも。
ボクの人生が巨大な鎚でペチャンコになっておしまいなんて、堪ったもんじゃない。非日常極まりないじゃないか。
…とは言ってもこの状況、非日常の権化とでも言うのか、とりあえずここはボクの部屋ではないわけだけども。ボクの部屋は手足が伸ばせない程に窮屈な場所ではない。
まずは状況の整理だ。整理整頓は大切だと、確か偉い人が言っていた。だから整理整頓だ。
ここは何処?知らん。ボクは誰?神崎葵。今の状況の説明。異世界へ飛ばされて困惑中でございます。
……オーケイ。整理は付いた。つまりボクは迷子ってワケだ。
異世界へ迷子なんて、何て壮大なんだ!とか考えてはみたが、これでは迷子ではなく遭難だ。
訂正しておこう。ボクは異世界へ遭難しました。
まあ迷子だろうが遭難だろうが、この状況を打破しうるに足らない誤差ではあるけれど。
よし、行動だ。千里の道も一歩からと言うじゃないか。
0と1の差がどれだけ大きいか、ボクは知っている。無か唯の差がどれだけ深いのか、ボクは知っている。
と言うわけで行動だ。何故こんな狭苦しい場所へ飛ばされたのかは分からないが、外へ出よう。
井の中の蛙では、いられないのだ。
『あーあー、マイクテス、マイクテス』
と、ボクが千里の道の一歩目を踏み出そうとしたら、よく分からないところからよく分からない誰かの声がした。それが頭の中から響いていて、その声の主がボクをこんな狭苦しい場所へ飛ばした張本人、つまりフヒトであることが理解できたのは一瞬後の事。
『聞こえてる?聞こえてるよね?聞こえてないとは言わせないよー』
「…ボクが不幸な目に合っているというのに、悠長なこったな」
発言が自己中な感じになっているが、この件に関してボクが悪い所なんてこれっぽっちも見当たらないので、これはただの皮肉である。
『よしよし感度良好。それじゃ改めまして、ようこそ異世界へ』
「…………」
声はすれども、姿は見えない。と言うかこんな狭い場所に二人も入れるわけがない。
「そんなことより、何でボクがこんな狭い場所に?もっと飛ばせる場所があった筈だろうし」
例えば森の中とか、平原のど真ん中とか。それにしたって、主人公補正とかご都合主義が無いと街に辿り着くことすら難しいけど。
…でも、箱詰めは無いでしょ。これはあんまりだ。ボクはチルド食品かなんかか?
『ああゴメン。手元が狂っちゃってね』
「次会ったら殴る」
何このモヤモヤした気持ち。のっけからマイナススタートじゃないか。
『軽く説明から入ろうか』
と、フヒトは急にそう切り出した。
『今君がいるのは間違いなく異世界だ。まごうこと無き異世界だ』
「へえ、開けたら押入れの中、なんてオチは無いわけだ」
『………………うん』
「え、何その沈黙」
『嘘だよ。それは出てみれば分かる』
「ふうん。で、それだけ?」
『それと君の能力。部屋にあったパソコンのスペック全部って言ったけど、アレとんでもないね』
「ありがとう」
そりゃそうだろうよ。持てる金殆ど注ぎ込んだ自慢のパソコンなんだから。
『褒めてないけどね。取り敢えずはやっておいたから、どうにか使ってみてよ』
「どうにかって?」
『さあ?』
さっきから返答が雑だな…。そんなぞんざいな扱いを受ける態度なんかとってないのに。
『何かと不便だろうと思って、部屋にあったもの全部頭の中に入れといたから。能力と一緒、イメージして、取り出すんだよ』
「待て待て。今までで一番よく分からんぞ。一から十まで徹頭徹尾説明しろ」
『一回一回面倒くさいなー。もう君の持つ常識の物差しは通用しないんだよ。頭はキレるのに柔軟性が足りないな~』
何でボク馬鹿にされてるんだろう?どんどん心が萎んでいっているような…。
「もういい分かったよ。つまりは自分で色々試してみろって事だろう?」
『そーいうこと。理解力があって助かるよ』
「さっきと逆の事言ってるぞ」
会話は終わった。
さて、ボクも千里の道の一歩目をを踏み出そうか。あっちももう話すこともないと思うし、ボクだって……、あ。
「…やっぱり、腑に落ちないんだよ」
『何が?』
「何故ボクが選ばれたのか?何故ボクでなければいけないのか?」
フヒトはボクを選んだと言った。あの言葉に虚偽性なんて混じっていなかった。それでもやはり、腑に落ちない。
あの家の住民の中で、あの異才の二人ではなく、ボクなのか。
全く分からない。なにしろ利に叶っていない。
「史上最強の妹でもなくて、史上最弱の兄でもなくて、史上最平のボクが選ばれた。選ばれて、納得したけど―――理解が、出来ない」
『…理屈っぽいね。実に理屈っぽい。君は十の内の十を理解しないと先に進めないのかい?』
「……癖みたいなもんだよ」
『癖ね。……正直言うと、史上最強とか史上最弱とか、今初めて聞くんだよ。どんなに強くてもどんなに弱くても、知らなければ意味がない。そういうことさ』
「…………」
『我は君を選んだんだ。誇りに思うと良い』
「全く訳が分からないよ。…じゃ、始めようか」
これからゲームを始めるように、ボクは言った。