霹靂/ハジマリ
或る宇宙の或る惑星の或る国の或る都市の或る街の或る住宅の或る一室の或る人物、つまりボクこと神崎葵は大きな大きな高い壁にぶち当たっていた。
「くそっ……何でこうなるかな…」
太陽も沈み、暗い部屋に画面だけが発光している。パソコンのファンが回る音と、ボクが打つキーの音の列だけが響いている。
「これで…、どうだッ!?」
最後にエンターキーを叩くように押す。画面に結果の表示が。
「…またエラーすか」
鬱な気分になったボクはキーボードの上へ俯せになる。
C言語という言葉をご存じだろうか。
多分世界中で一番知られているプログラム言語だと思う。
一番覚えやすくて扱いやすいため、機械のシーケンスからゲームのプログラミングまで多岐に利用されている。ただの文字の列が今現在僕らの豊かな生活を形作っているのだ。
しかしC言語にしたって、バラバラに分解してしまえば膨大な1と0の集合体に過ぎない。
無か唯かの論理判断で制御するという発想が出来るなんてとんでもない天才だね。うん。
突然だが、ボクには夢がある。
自分一人だけでゲームを一本完成させるという、大きな夢が。
その夢は最終段階、詰めまで入っているのだが、どうも上手くいかない。
「今日はもうダメだ…。きっと今日はそういう星の巡りなんだ…」
一種の敗北に近い言葉を吐きながら、右手のマウスがシャットダウンのボタンへ動く――
と、そこで画面が黒反転。シャットダウン出来ずじまいで電源が落ちやがった。
「おいおいふざけんなよ――」
と思ったが、またディスプレイが点灯。遂にイカれやがったかコイツ。
「ハロー」
…………?
…誰?
「こっちこっち」
「こっちって言われても…」
左右を見て、真後ろへ振り返る。もちろん誰が居るわけでもない。もし居たとしたらそれはの人生がゲームオーバーする時だろう。
「よっ」
「なんか居るし!?」
はいゲームオーバーっ!!
皆さん早々ながらサヨウナラですね!!
「驚きすぎだよ」
「密室の部屋に招き入れた覚えの無い、と言うか知らない奴が背後に急に現れたのにこれを驚かなくてどうするんだ!?」
正直処理の仕方が見つからねえ。
戦慄を通りすぎて、不可思議だ。何かファンタジーめいたものを感じる。
「…っと、ここ暗いねえ。ほいっ」
不可思議野郎が指を鳴らすとボクの部屋に明かりが灯る。反射で目を細め、じき慣れる。
短い金髪、金の眼。透き通るような、病弱とまで言えるような、白い肌。対比するような黒い袖無しの服、ジーンズ。少年とも取れる、少女とも取れる、中性的な顔立ちの『人外』。
人と呼ぶにはあまりにも機械的で、無機質。まるで人を模した、人形――
「さて、話をしようか。…って、何から話せば良いのやら…」
不可思議野郎は唇に指を当て思案している。
「違う。勝手に話を進めるなよ。大切なのはただ一つ、アンタは一体誰なのか。それだけだ」
下手に出る必要はない。堂々としていろ。そうでもしないと、勢いで土下座でもしてしまいそうだ。
メンタル弱めなんだよ、ボク。
「そっかそっか。ならまずは自己紹介からしようか。我はフヒトだ」
不可思議野郎――フヒトはそう名乗ると、座っていたベッドの上に立ち上がり、ボクを見下す形になった。
「単刀直入に言おう神崎葵。君は我々の大いなる計画を完成させるために、糧となってもらう」
「…糧?」
糧って事はつまり……、――生け贄!?
「全身全霊をもってお断りします」
「無理」
…断られてしまったよ。どうすんのこれ。ボクはもう死ぬしかないのかよ。
全く、最低なシナリオだ。書いた奴出てこい。
「…別に君を取って喰う訳じゃないさ。ただちょっと協力してほしいだけだよ」
「…協力ねえ…」
「そ。協力。」
嫌な予感がプンプンするのは僕だけじゃないはず。
てかもう嫌な予感じゃない。嫌だ。
「……それは、僕じゃないといけないのか?」
「そう。我が君を選んだ」
微笑むフヒト。僕はそれを無表情で返す。
………。腹、括るか。
実際ならばこれは、願ってもないチャンスなのかもしれない。
日常から、抜け出せる。
「分かった、いいだろう。協力してやる」
「あらあら、内容とか聞かなくていいの?」
「聞いても無駄だろ。結局には、選択の余地なんか存在していないじゃないか」
「君が賢くて助かるよ。でも一応、軽く説明しておこうか」
僕は唾を呑む。恐怖が無いとは…言い切れない。ボクが先に啖呵を切った以上、それを拒否することは出来ない。自分でも、短絡的な行動だったと思う。
自業自得、なのだけれど。
「では説明を。君にはある世界で敵を倒してもらう」
「敵…?」
「敵。世界にとっての敵さ。」
世界の敵って何だ?何を以て敵なんだ?それに、ある世界ってのは――
「正義を行使するのには、必ず敵が存在しなければならない。君は正義になって、敵を倒す。それはさながら、正義の味方さ」
…なにこの超展開。今更ながら、今ボクは夢を見ているのではないかと思い頬をつねるという古典的な行動をとってしまう。
…オーケイ、分かった。これは現実だ。まごうことなき現実だ。
「それはボクに、正義の味方になれと?」
「違う。結果的に正義の味方になるんだ」
フヒトはケラケラと笑い、ベッドから飛び降りる。
「もちろん正義の味方には力がある。正義は常に勝者でなければいけないからね。…っと…」
強い者が支配権を有する。どの時代でも、どの世界でも同じだ。
「それに関して、君に何かしらの力を与えようかと思うんだけと…」
フヒトは僕の部屋をぐるりと見渡し物色を始める。
数秒見渡し、その目はボクの自作パソコン(制作費五十万円也その他諸々)に止まる。
「そうだ、それにしよう!」
「それって、パソコン?」
「パソコン。とりあえず荷物はこの部屋全部でいいとして――」
こめかみを指でトントンと叩き、何か思案している。眉間に皺を寄せて、悩んでるようだ。
「ここでごちゃごちゃ言っても訳分かんないだろうし、とりあえず行ってみようか」
「どこに…?」
「異世界ですが?」
視界一面が、よく分からない巨大な物体で支配される。
よく見るとそれは巨大な鎚だった。
よく見なくてもそれは巨大な鎚だった。
「何ソレ!?どこから出しやがった!!」
「四次元ポケット~」
「冗談は存在だけにしておけい!!」
存在が冗談なら何でもアリになる気がするが。
フヒトはそれを、とんでもなく重そうな顔で振り上げる。
「行ってらっ…――しゃい!!」
「うわぁぁぁぁあッ!!」
遠くでプチッ、という音が聞こえたがきっと気のせいなので、自主的に意識を放り出した。
なんか此処、携帯だとすっげえ使いづらい気が…