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ただ、貴方に…  作者: 夏八木けむし
3/3

出撃と刹那の邂逅

本来ならば今頃街を発っていたはずなのに…

そんな雑念が脳内にポツンと浮かぶ。

悪魔顕現の原理を解き明かした人類には、顕現の数時間前には予測が可能となっていた。だがその場にちょうど使徒がいるとは限らない。そんな時に誰が悪魔の侵攻を退けるか、或いは食い止めるか。

無論、常人よりも戦闘力の高い者、すなわち魔法使いである。中でも強力な魔法使いが徴兵される。一定数、手練の魔法使いがいれば、低級悪魔の侵略を食い止めることはできる。その間に使徒がやってきて撃退する。これが基本である。

そう、シンシアは不運にも、旅立ちの直前に徴兵命令を受けてしまったのである。

——仕方ないか。

そう心の中で呟いた彼女自身今まで何度も悪魔権限を食い止めた経験がある。だがそんな経験は時に慢心を生む。

都市『』南東の荒野。ここが今回の悪魔顕現の地。遮蔽物が少ないため急造の障壁や岩壁を作り、顕現を待つ。

だが今度の顕現はこれまでの経験を有に超えるものであった。

数ヶ月に一度、高位悪魔が顕現する。低級悪魔とは比べ物にならない戦闘力を持つ彼らは、使徒が束になってかかってやっと太刀打ちできるなんてこともある。

すなわち、低級悪魔の進軍を食い止めるのが関の山の魔法使いにとって、奴らの顕現を死を意味するものなのである。


空間が歪む。大穴が開く。暗闇が這い出る。顕現の合図だ。魔法使いたちは一斉に戦闘体制を整え、あたりに戦場らしい緊迫した空気が満ち満ちた。

ところが現れた悪魔が大穴から這い出るが早いか、辺りは強烈な重力のような力に押し潰された。気を張って立っていた魔法使いたちは軒並み地に這いつくばり、身じろぎひとつしない。いや、身じろぎひとつできない。遮蔽物として用意された岩壁は元の荒野へと帰し、あたりは一面に広がる平地に戻る。

理解が追いつかない。何が起きたのか全く認識できない。体を押しつぶす圧力で頭が回らない。

まさかと最悪の想像がシンシアの脳内を埋め尽くす。覚悟せざるを得なかった、死を。

「お出迎え、ご苦労なこったなァ!」

必死の思いで見た空に浮かんでいたのは、間違いなく高位悪魔に分類される『アスモデウス』。人間界を征服するよりも戦うことにより享楽を得る戦闘狂。圧倒的な近接戦闘力を武器に今まで多くの使徒を堕としてきた最強格。一介の魔法使いには、どうしようもない相手。

そこからは一瞬だ。感じていた重圧から解き放たれると虐殺が始まった。多くの魔法使いは逃げ惑い、僅かに残る者もアスモデウスは虫を潰すが如く肉片へと変換する。戦線はたちまち崩壊した。

そんな災厄を相手にシンシアはかつてのイライザのように前へ出る。その足は震えている

———あの時の彼もこうだったのかな…

そんなことを考えながら思ってもないことを口にしてみる。

「あんた、アスモデウスよね。ちょうど今私、自分の力が外でどこまで通用するのか気になってたのよ。相手してくれる?」

震えを隠し、恐怖を押し留めて不敵に笑ってみせた。

眼前の戦闘狂はまんまと挑発に乗ってくる。

「゛アァ?何言ってんだテメェ…そこいらのゴミが俺様とサシで戦る気?その慢心、その非礼、その妄言。死んでもなお雪ぎきれぬ大罪と理解しての言動だなァ!」

圧倒的な力でねじ伏せる。そこに喜びを感じる悪魔は、自分の行く手を塞ぐ圧倒的弱者の挑発にいら立っている。

彼女は短絡的で扱いやすいと感じる一方、奴の意識がたった1人自分に向くことに焦りを感じる。

———さて、どうしよう。はっきり言って考えは何もない。ただ『彼』ならきっとこうしただろうという確信から取った行動だ。魔法使いの役割はただの時間稼ぎ。使徒の到着には恐らくまだ時間がかかる。

そんな逡巡の隙に、アスモデウスはシンシアを間合いに収める。今にも右の拳を繰り出そうと体の後ろに引き、力を込めている。人体を一発で粉微塵にしてしまう、そんな一撃が今にも繰り出されようとしている。それをシンシアがやっと認識した瞬間、アスモデウスの拳が動き始める。咄嗟に左横に飛び退き回避を試みた。風切音が体の真横で聞こえる。だが攻撃はそこで終わらない。推進力を失ったかに見えた拳は、方向を変え横に振り抜かれる。空中でそれを退避する術はない。右脇腹に裏拳が炸裂する。予想外の回避に間に合わせの一撃として放たれたそれは、それでも肋骨を幾つか砕き、吹き飛ばす。転がって、負傷した右半身を上に横たわる。

「一撃目を避けたことは褒めてやるよ。確かにそこいらのゴミよりマシみたいだなァ。でもよォ…それでも俺のおもちゃにはなれねェぞ。」

もう動けまいとするシンシアに一歩、また一歩と距離を詰める。

「軽く裏拳をかましただけで、このザマじゃあなぁ…」

明らかに油断しているのが見て取れる。シンシアが攻勢に出た。体は動かせないが彼女の武器は肉体ではない。トップクラスに分類される魔法である。元から地についていた左手に精密に練り上げられた強大な魔力を込める。

突如としてアスモデウスは岩の針地獄に包まれる。岩が隆起するのは同時に土地を少し下げたようだ。無から有を生むのではなく、あるものを利用する。これが彼女の魔法である。

だがアスモデウスはそんなものをもろともしない。四肢を振り回し針山を砕き、さらに進む。一本だけ自分の後方に妙に硬い岩があったのも気にも留めないようだ。

開けた視界の先でシンシアは今度は左手を天に掲げていた。雨雲が集まり始め、大粒で高速、さながら弾丸のような雨がアスモデウスの頭上から降り注ぐ。人間なら蜂の巣になるような攻撃だが、アスモデウスは涼しい顔ですでに出来始めた水溜まりを、バシャバシャと鳴らしながら歩き続ける。全身を水が滝のように流れていく。

すると雨雲が黒く染まっていく。ドカンッ!と大きな音がした。シンシアは激痛に顔を歪めながらニヤリと微笑んだ。

空から鋭く放たれた閃光は、アスモデウスの後方の巨大な金属の針に吸い寄せられ、凹んだ荒野にできた湖を伝い、アスモデウスの体へと流れ込む。一瞬、だがシンシアの狙い通りのタイミングに、アスモデウスは動きを止めざるを得なかった。

その一瞬に、弾丸の雨を耐え忍んだ針と同じ硬度の鉄柱がアスモデウスの顔目掛けて飛び出す。


鈍い音がした。


アスモデウスは宙を舞い、二、三十メートル後方へ吹き飛ばされ、その場で仰向けになる。

「フッ、ハハッ、ハハハッ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」

高笑いがこだまする。

「俺様が、この俺が、たかだかその辺の人間風情に傷を負わされただと!ハハハハッ!」

心底、面白そうで嬉しそうな声をあげる。

「おもしれェ!テメェは俺様が敬意を払って殺してやる!あの世で誇るがいい!他の死者どもはそれだけでお前を英雄と囃し立てるだろうさ!」

ゆっくりと起き上がり、ゆっくりと加速を始める。そこに先ほどのような油断はない。あるのは自分に傷を負わせた敵への敬意のみだ。


いよいよここまでかと、と目を閉じた。使徒でない人間にしては素晴らしい戦果である。虫のように潰されるだけの人間が高位悪魔に傷を負わせた。アスモデウスの言う通りだ。どこかで死んでいるかもしれない彼にも自分を誇れる気がした。横たわる自分の前に立つ死を、目を閉じていても感じる。大きく息を吸う音がして必殺の拳が振り下ろされ始めるのを感じる。

ーーーーー『会いに行けなくてごめんね』かな…それとも『やっと会えるね』かな…また生きて会いたかったなぁ…ねぇ…『イライザ』…

そんな思いを募らせ一筋の涙をこぼした。


直後、高速で横薙ぎに振るわれた戦槌によって悪魔はまたも宙を舞った。


悪魔は咄嗟に受け身をとったようだが吹き飛んだ先で身体を地面に打ち付け、転がっていく。目を開けるとそこには亜麻色の袖付きポンチョのような形のローブを身に纏い、その身丈ほどはあろうかというほど大きく、片側にバーニアのついた戦槌を持った者がいた。待ち望んだ使徒のご到着だ。

「来たかァ…カマエルゥ…ずいぶんなご挨拶じゃねぇかァ。そんなに急いでどうしたんだよォ…虫の居所でも、悪いかよ!」

「……」

すぐさま立ち上がってその健脚をうならせ、煽り文句とともに飛び込んでくるアスモデウス。ダメージを全く感じさせない。対する『カマエル』は一切の言葉を返さずに迎え撃つ。右に左にハイテンポに乱打される拳に対し、柄も使いながら正確に戦槌を振るいすべてを往なし切るが、反撃は一切しない。はたから見ていると押されているように見えてしまう。が、徐々に苛立ってきているのは押している方だ。

「このスピードについて来れんのはおめぇぐらいなもんさァ…なァ…楽しいなァ…でもよォ…なんで反撃してこねェんだよォ!!!!」

「ッ……」

いらだちに伴って、攻撃はより苛烈にかつパワーを増していく。カマエルもそれに対応するため、加速していく。あたりには激しい衝突音が絶えず鳴り響く。そして突然、音がやんだ。カマエルが、アスモデウスの渾身の一撃を槌で受け、バーニアからの噴射を利用して、大きく弾き飛ばした。

一瞬アスモデウスには明らかな隙が生まれた。それでもなおカマエルは何も言わず、自ら攻撃もせず、去れと言わんばかりに睨みを利かせている。

「つまらん。今回は帰るか…掘り出しモンを見つけたしなァ…テメェをどうやって殺すか…楽しみに待っとけよォ!」

アスモデウスは、興が削がれたと構えを解いた。でもどこか楽しげである。

また、空中に大穴が開く、今度は顕現のためではなく退却のため。

「じゃあなァ!」

アスモデウスが大穴に飛び込むと、すぐに穴は塞がる。

緊張の糸が切れると、体のダメージと瞬間的に大量の魔力を行使した疲労から意識が朦朧とする。微かに繋がる意識をフルに使って使徒カマエルを見た。

戦鎚を背中に背負い直し、こちらを振り返っていたカマエルの顔は、フードの影の下で、意識が明瞭でないこともあり、はっきりと判別できない。だがどこか『彼』に似た雰囲気を感じる。一瞬、口が動いたような気がした。

「大丈夫ですか!」

ところが聞こえてきたのは遠くからの大声だった。その声を聞いて使徒は火の天使らしく手足から炎を噴射しながら飛び去っていく。

「ま、って…」

かろうじて動く左手で必死に手を伸ばすが、そこで意識は途絶えた…

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