表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

此処は地獄の一丁目、此処であったが百年目

 夜通し歩いたけれど、想像通りというか当然というか、マガタマが現れる気配はなく。

 地上じゃお目にかかれないような様々な景色を見て歩くのは刺激にはなったけれど、でも、それだけだ。

 足はパンパンに浮腫むくんで、靴ずれが無いだけマシだと思うしかない。


 それにしても、街全体が歓楽街みたいな風情の玉響が、夜更けになってもなおその勢いを衰えさせないことが素直に凄い。

 夜通し騒いで、朝昼はどうするんだろう? きちんと働けるんだろうか。

 少なくとも、私は明日が日曜で良かったと心底思っている。


「正直、アテもなく街を彷徨うって無謀だと思うんだけど…」

「そうだね。その通りだということが、ようやく僕もわかってきた所だよ」

「分かるの遅くない? ……何年、感情屋やってるの。マガタマのことに関してはプロなんじゃないの?」

「うーん、血の繋がりを絶対視しすぎたかな?」

「ちょっと、頼りにしてるんだからさ」

「なんだ、頼りにしてくれてるんだ。明らかに信用されてないと思ってたから嬉しいよ」


 そう言うと、チェシャ猫みたいににんまりと笑う。

 笑いのレパートリーが非常に豊かな男だ。


「信じてるっていうニュアンスはちょっと違うかも。地下では、感情屋しか頼る人が居ないし……」

「じゃあ、引き続き僕のことを頼ってくれると嬉しい」


 瞳が、じっとりと濡れている。

 最初出会った時に見た瞳と同じ質感だ。


 そう言えば、彼は一番最初になんて言ったんだっけ?

 たった数時間前の事なのに、思い出せないーーー。


 「ちょっとまた抱きかかえるけど、怒らないでね」


 怒る暇もなく、ふわ、とまた抱きかかえられた。

 まあ、良いんだけど……いや、全然良くないけどね。別に、お姫様みたいで楽しいとか、ないからね。


 連れて行かれたのは、線路だった。

 地上と地下を結ぶ唯一の電車は、玉響を見下ろす形の高架線になっている。

 地上の光が徐々に差し込んでくるけれど、でもそれは本当にささやかで、朝が来たというには全然光量が足りないだろう。

 地上に余程近い高架でようやくこの程度なのだ、地下に朝の光が届くとは思えない。


 そして気付く。

 彼らは、朝昼はどうしているのだろうなんて愚問だった。

 玉響には、夜しかない。地下に、地上の光は届かない。


「夜通し玉響を歩いてみて。どう思った?」


 しんしんと降り積もる雪のような静かな問いかけに、私は素直に感想を伝える。

 街が綺麗だと思ったこと。享楽的な様子が少し怖くもあったこと。全てが地上とは異質だと思ったこと。


「うんうん、そうだよね。十和子も、なんであんなにも騒いでいるか不思議で仕方なかっただろう? 

教えてあげよう。アレはね、街を維持する為に必要な騒ぎなんだ」

「どういうこと…?」

「マガタマは、強い感情を必要とする。いつ何時でも昂っている街なら、感情を集めるには好都合だろう?」

「そういう……」


「僕達も心の奥底では気付いている、こんな騒ぎは馬鹿馬鹿しいって。

でも生活を維持する為に、マガタマに餌を提供するためには仕方がないことだ。地上とは違う。

地上は何もしなくても光が訪れ、資源もある。でも、地下には何もない。

全てをマガタマに頼るしかない……感情を犠牲にして」

「犠牲……」

「君のお祖父さんも、最初は地下で暮らす一人の感情屋だったんだよ。

ただ、彼は地上の光に焦がれた。まあ、当たり前の話だけどね。そして僕達を裏切った」


「どういうこと……?」

「マガタマの不思議な習性なんだけど、外気の何かが合わないのかそれとも紫外線が良くないのか、地上では非常に短命になってしまうんだ。

だけど、それを知ってか知らずか、君の祖父は僕達のマガタマを全て持ち出したんだ」


 ひくっ、と喉が鳴る。

 そんなこと、一回も聞いたことがなかった。


 それが、お祖父様が長年気にしていたこと。

 なんてことだ、これが本当なら、借りがあるどころじゃなくれっきとした「罪」じゃないか。


「此処にいる刹那は、特別だって言っただろ。だから、彼についていくのを拒んで一人残った。

そして、もう一人の今探しているマガタマ──灯里(あかり)も、命からがら戻ってきたんだ」

「それで、どうなったの」

「暫くはその二人で補った。マガタマは定期的に地下に堕ちてくるから、それまではね。

大分無理をさせたよ」


 所在なげに周囲を漂っていた刹那が、まるで無理なんてしてないよとでも言いたげに、ふるふると首を振るのが見えた。

 本当に、刹那は良い子なのだった。

 こんなにいたいけなマガタマを、お祖父様は、私利私欲の為に犠牲にしたというのか。


「まあマガタマは所詮、僕達にとっては道具だからその辺りはどうでも良いんだけど。

商売道具を全て奪っていった罪は重いね。お陰で、多数の感情屋が廃業を余儀なくされたよ」


 感情屋は、あくまで素っ気ない。

 ただ、その素っ気なさに、うっすらと滲む感情が何かまでは読み取れない。

 だって抱きかかえられていると、どれだけ見上げても端正な顎のラインしか分からないのだ。


「だからマガタマを取り戻す義務が私にはあるのね」

「物分かりが良くて助かるよ」

「でも、具体的にどうすればいいの。街を歩いてみても何も手がかりが……」

「こうすればいいのさ」


 そう言って感情屋は優しく私を線路に下ろす。

 どういうこと? 

 首を傾げる私をよそに感情屋と刹那はふわりと浮かび上がる。


「ああ、聞かれなかったら説明もしなかったけど。これも刹那の力なんだよ。凄いよね」


 前方から微かに音が響いてくる。

 それは地獄の釜の沸き立つ音、ではなくて……電車がレールを走る音。

そうして私は、感情屋が何をしようとしているのか、ようやく正しく理解する。


「ちょっと……ちょっと待って! 何も、殺さなくても……! 

お祖父様がやったことは、一生をかけて償うから!」

「一生隣で見守っていてくれって? それってプロポーズ? 照れるなあ」

「私を殺したら、マガタマに辿り着けないんじゃないの!?」

「彼と血が繋がっているからいけると思ったんだけど、全然音沙汰なかったからさ。

どちらにしろ、辿り着ける可能性は低いと思うんだよね」


 段々と電車の音が迫ってくる。

 心臓が破裂しそうって思ったことは人生で何度かあるけれど、あんなのは全然序の口だった。

 頭の奥がかあっと沸き立ち、身体がぶるぶる震えるけど、何も出来ない。


 いっそ高架から飛び降りた方が、まだ生存の可能性があるのかもしれない。

 いや、遠くから線路で立ち尽くす私の姿を視認して、電車がなんとか止まってくれないだろうか?

 非情だ、頭がおかしい、殺人鬼、と感情屋を責めるのは容易いけれど、どんなに罵っても命乞いしても、彼は私を助けないだろう。

 流石に口許に笑みは浮かべていないけれど、彼の瞳は静かに、しかし情感たっぷりに濡れている。


 そうだ、彼が私と出会い様に最初に言った一言──。


此処ここは地獄の一丁目、此処ここであったが百年目ってね」


 殺される────。


 迫り来る電車を前にして、無我夢中で高架から飛び降りた。

 スローモーションのように感じられる落下の中で、はやぶさのように何かが現れて。


 ふわ、と。


 宙空で、私の身体は静止する。


 その一瞬のち、汗か涙か鼻水かよく分からないけれど、身体から液体という液体が流れ出して、恐ろしいほどの目眩がして何も考えられず、あっという間に私は意識を手放した。



あと2話!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ