空の散歩とマガタマの心の在処
待って、飛ぶってどういうこと!?
というかお姫様だっこ!? え、私さっきたらふく食べたばっかりで重いんだけど…!
それにスカート、下の人から下着見えたらどうするの!
みたいな何もかもの感情が、上空からの景色で掻き消された。
結構恐ろしいシチュエーションだとは思うんだけれど、高所恐怖症じゃないのが幸いして、その美しさに浸る事が出来る。
上から見た玉響の都市は、やっぱり凄く芸術的で綺麗だった。
上空……といってもややこしい事に地下ではあるんだけれど、上空の方には酒気もなく、ややひんやりとした澄んだ空気が溜まっている。
そこで大きく深呼吸すると、気分が少しずつ回復するようだった。
「街に酔ったんだろう? 地上の人には刺激が強かったよね。ごめんね」
優しげな声。抱きかかえられているせいで、その表情は窺い知れないけれど。
「手の冷たい人は、心があったかいって言うよね」
「え?」
「感情屋はどっちなんだろうね」
熱烈な抱擁ではないとはいえ一応抱きかかえられているというのに、ほとんど彼の体温は感じられなくて、むしろ自分の顔の熱さばかりが気にかかる。これはきっとお酒のせい……きっとそうだ。
温もりらしい温もりもない感情屋。心が温かい故なのだろうか。
こんな所までちぐはぐで、嫌だなあと思う。
「僕達の心の温度は、きっと僕達よりマガタマの方がよくわかる」
「ねえ、なんでお祖父様と関係の深いあのマガタマを探したいの」
「感情屋にとって、マガタマは大事な商売道具だからね。
一つのマガタマが、光を放出することもせず放置されている。それは由々しき事態だよ。勿体ない」
「そっか……」
煌々と輝く美しい街を眼下にしながら、私達は尚も話し続ける。
「この光はさ、全てマガタマが出した光なんでしょ」
「厳密に言えばそのままでは無いけどね。動力源という意味ではその通りさ」
「これを賄うのに、一体どのくらいのマガタマが必要なの?」
「それはもう沢山。ただ人間の感情が強ければ、それだけマガタマが発する光も強くなるから。
収穫量は、どれだけ強く良質な感情を餌に出来るかにも左右される。そこが感情屋の腕の見せ所だね」
「そんなにいっぱいのマガタマが居るはずなのに、
私、今日、刹那以外のマガタマに出逢ってない」
「マガタマは忌み嫌われているから、感情屋もむやみやたらと外には出したくないって連中の方が多いな。大体が家に閉じ込めている。マガタマも文句言わないしね」
「酷い」
「酷くはないさ。さっきも言った通りマガタマには感情がない。
だから、家に閉じ込められて寂しいとか退屈とかもないよ。安心して」
「私にはそう思えない」
ほんの短い間だけれど、刹那と一緒に行動して。
刹那はほとんど喋らないけれど、私達の会話をちゃんと聞いていて懸命についてこようとしてくれている。
今も、私達の会話に耳をそば立てて、その上で沈黙を選んでいる筈だ。
刹那の虹彩が余りにも美しいから私は度々盗み見ていたのだけれど、その虹彩の収縮は、表情の代わりに雄弁に刹那の感情を伝えるみたいに見えた。
第一、もしマガタマに感情が無かったのなら、どうしてマガタマと私達は意思疎通できるのか。
その疑問をぶつければ意地悪な感情屋のことだ、生理反応と一緒だよ、そこに意思はないとか言うんだろうけど。
じゃあ、なんで。
「感情屋はなんで、刹那をこうやって連れ歩くの」
「刹那の為じゃない。十和子にマガタマという存在を見せておきたかった。
捜索の為には実物を見ておいた方が良いだろう?」
「なんで、わざわざマガタマに刹那という名前を付けたの」
「それは識別するためだよ。別にどこかの感情屋みたいに番号で呼んでも良かったけど、
僕は美意識が高いのさ」
感情屋はどこまでも素っ気なかった。
先程まで私を気遣っていた人間と同一人物だとは思えない。
無邪気かと思えば老獪で、邪悪かと思えば無垢。
やっぱり彼のことを少しも理解できる気がしない。彼の「ほんとう」が何処にあるのか、私にはさっぱり分からない。
「そろそろ酔いも醒めたかな。さあ、街に戻って探索を続けよう」
声だけは温かいけれど、相変わらず彼の身体は冷たかった。
あと数話!