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お祖父様の借りを返す

 お祖父様は、いわゆる成功者の部類だった。

 私は普通の会社員をしているとはいえ実家はわりあい豪勢なお屋敷で、お祖父様一代でその財を築き上げたのだという。

 お祖父様は、病に臥すまで齢七十を超えてもずっと勤勉に働き続けていたから、さもありなんといった感じだ。


 お祖父様と感情屋の因縁に関しては、詳しい話は聞いていない。

 ただ感情屋に大きな借りがあることだけは確かで、病で気弱になったのか、お祖父様は、始終感情屋の影に怯えるようになった。

 可哀想だったけれど、肝心のお祖父様が何も話してくれないので私達もなんともしがたい。

 そもそも私達からすれば、お祖父様が一体どこで地下の人間と接点を持ったのかすら不明なのだ。


「血が繋がってるってだけで代打にされても、正直役に立たないと思うよ」

「立つさ。血の繋がりは先程飲んだ夜祭よもつ酒よりずっと濃い。きっとマガタマは君の血の匂いに惹かれてやってくるよ」

「……お祖父様がこのマガタマを可愛がっていたとして……もう数十年前の話でしょ。数十年前から見つかってないんだったら、もう見つからないんじゃないの」

「いや、今も玉響たまゆらのどこかで、存在しているはずだ」


 妙に確信めいた口調。

 まあ地下の事情はよく分からないし、感情屋が言うならきっとそうなんだろう。

 なし崩しでここまで来てしまったけれど、お祖父様の代からの因縁なのだ。解消したくないと言えば嘘になる。

 ただ、一つだけ。


「お祖父様は何をやったの」


 老い先短い人間を問い詰めるのは酷だと思ってずっと聞けなかったが。

 これを聞かないと、流石に私も進めない。


「マガタマを見つけてくれたら、その時に教えてあげよう」


 感情屋は案外、素っ気なかった。

 ……ほんと、良い性格してる。



「血の匂いに惹かれるって言ったって……流石にアタリはつけてるんだよね?」

「まさか!」

「まさかって言った!? 今まさかって言った!?」

「イッタ、マサカッテ、イッタ」

「大丈夫だよ、僕に任せて」


 そう言って、また完璧に片目を瞑る。

 こうやって一体何人の女の子を落としてきたのだろうか、とまだ若干お酒が残る頭で考える。

 地下はもっとひんやりとしているものかと思ったのに、生温い。風が吹かないだけ、地上より余計にかもしれない。

店の外に出ても時間の感覚を狂わす明るさと喧騒で、これが地上に響いて来ないのが不思議なぐらいだ。


「地獄の釜の煮えたぎる音みたいに、奈落から響いてくるわけか。悪くないね」

「なんでそう嫌な言い方をするかなぁ……」


 ちょっと異常なくらい通りは賑わっており、


「よう嬢ちゃん! 色男と一緒だねえ! これから宿屋かい?」


歩いているだけで酔漢に絡まれたり、


「そこの旦那! お安くしとくからどう?」


 いわゆる商売女に声をかけられたり(私ではなく感情屋が)。

 地上ではここまで露骨に絡まれることもないのでおどおどとする私とは対照的に、感情屋は扱いに慣れているのか、如才ない笑みでひらりひらりとかわしていく。


「なんだいあんた感情屋か! 道理で顔がいいと思ったよ。アタシの感情も吸い取っておくれよ。安くしとくよ」


 こんな風に絡まれたって、どこ吹く風だ。

 私はそんな風にはいかず、隣で値踏みされる視線が居心地悪い。

 この子が感情屋のお眼鏡にかかった……へぇ……みたいな女達のモノローグが脳内で浮かんでくる。


「嬢ちゃん、よく見ると別嬪べっぴんさんだねえ!」


 そんな事を考え縮こまりながら歩いていたら、いきなり赤ら顔の男の手が伸びてきた。

 酒臭い息が顔にかかる。その不快感に顔をしかめるも、どうにも出来ずにいると、


「僕の連れに手を出さないでもらえるかな? 大切な人なんでね」


にこり、と。いつも通り完璧に微笑みながらも、感情屋が牽制のオーラを放ってみせる。

 その剣呑さに、酔漢も一気に酔いが冷めたのか、


「冗談だよ。お幸せに」


そう言いながら、パッと私から離れてくれた。


「……うん、ちょっとごめんね? 君は嫌がるだろうけど、酔漢に絡まれるよりは幾分マシだろう?」


 助けてくれた御礼を言う暇もなく、するりと感情屋が私の手を取り、そのまま自分の腕の中に滑り込ませた。つまりは腕を組んで歩く形。


「ちょ、ちょっと!」

「いや、ごめんごめん」


 気のない謝罪に腹が立つけれど、でも実際、助かるのも確かだから何も言えない。

 グッと距離が近づいた為に、ふわりと彼の匂いが香る。

 樹木のようなさらりとした香りで嫌味がない。正直言うと私の好みの香り。

 出会ってからこの方、彼に翻弄されっ放しなのと合わせてなんだか悔しかった。


 照れ隠しもあって後ろを振り返ると、刹那はちゃんとついてきていた。

 客観的に見て私より断然可愛らしく顔も整っていると思うのに、刹那は全く声をかけられないのは、その体躯たいくから幼い子供だと思われているからなのだろうか。

 

 それとも、マガタマだからだろうか。

 この地に降り立ってから刹那以外のマガタマを見ていないけれど、多分後者なのだろう。

 明らかに、周りの刹那を見る目は冷ややか、いやむしろ敵意や畏怖、嫌悪といった感情に満ちていた。

 お祖父様もそうだったけれど、何故、マガタマをこんなにも嫌うのだろうか。

 少なくともここにいる刹那は大人しくて、おそらく目の前にいる感情屋よりよっぽど無害な存在の筈なのに。


 もやもやする。ついでに言うと頭が痛くなってきた。

 先程飲んだお酒がまだ残っているのに加えて、余りにも街中が酒気で満ちている。

 自分の呼気はまだしも、吸気にまで酒気が混じるのは余り良い気分ではない。


 それに玉響はやっぱり明るすぎる。

 光の洪水はとても美しく見る者を魅了する輝きを放ってはいるけれど、酒気を帯びた状態で見ると、まるで極彩色の幻覚のようだ。

 それを、夢のようだと言い表す人もいるのだろうけど、私からすれば悪夢に近い。

 そう、私は例えば、感情屋が身に付けている香水のように、もっと軽やかでさらりとしている方が落ち着く。


「もしかして気分悪い? 少し休もうか」


 組んでいる腕に、少しずつ私が寄り掛かっていくのが伝わったのだろう、感情屋が気遣わしげに私の顔を覗き込んでくる。

 感情屋の容姿も、その衣裳も、確かに豪奢だけれど、必要以上に華美ではない。

 その事になんだか安心を覚えながら、私はこくりと頷いた。


「わかった。お説教は後で聞くとするよ。刹那、よろしく」


 そう言うと、目にも止まらぬ早さで感情屋は私を抱きかかえ、そのまま、ふわりと飛んだ。


「ちょっと待って、嘘でしょ!?!?!?」


全く関係ないけどハウルの動く城を思い出しました。ハウルをまた観たい。

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