玉響の歓待と感情屋の思惑
「腹が減っては戦はできないからね」
そう言われて、飲食店に連れ込まれた。
建築のことはよく分からないけれど、朱塗りの門と嵌め硝子が美しい立派な店構えだった。店内は香辛料による独特の匂いがする。八角とか、多分そういう系の匂い。
感情屋の顔を見るなり、きゃあきゃあと店員の女の子達が取り囲む。流石、顔が良いのは伊達じゃない。
私のことを敵視するかのように睨んでくる店員もいてたいへん居心地が悪かったが、じきに奥に通された。
「奥の方が静かで話しやすいだろう?
さっきおもてなししてもらったからね、今度は僕がおもてなしする番だ」
そう言いながら、人好きのする笑顔を浮かべ、
「苦手なものはある? お酒は飲める?」
てきぱきと注文を進めていく。
彼の鮮やかな手腕により、あっという間に豪華な夕飯が実現した。
それはもう、地下の食事レベルが分からない私でも分かるほどの歓待と言って良い。
「これは玉響の人間が人をもてなす時に必ず振る舞うお酒なんだよ。「夜祭酒」っていうんだ。そんなに強くないからググッといっちゃって」
そう言われ、私は精巧な器に入った琥珀色の液体を呑み干した。
喉を通ると焼けたように熱くなる。
「これ……強くない……!?」
「大丈夫、強くない強くない」
この男は信用ならない。絶対に飲みすぎないようにしよう。と固く心に誓うも、後味にふわっと残る独特の香気は、まるで高価な香水をお酒にしたらこうなるといった風情で……癖になってしまいそう。
「刹那は飲まないの?」
さっきからぼんやりと宙を見つめる刹那に話を振ると、ゆるゆると頭を振った。
「セツナ、ノム、タベル、イラナイ」
「そっか……」
人の感情を糧にして生きると聞いたが、本当にそれ以外何も摂取しないのか。
「無理に飲み食いさせると、光の質が下がるよ。そういう風に出来ている」
「そうなんだ……それってつまんないとか無いのかな」
私は食べることが大好きだから、飲み食いできないってのは考えただけでちょっと御免被りたい。
「ツマンナイ?」
こてんと刹那が首を傾げる。
「マガタマに感情は無いよ。だから人の感情を食べるんじゃないか」
「……そうなの?」
「地上の人は何も知らなくて大変よろしい。教え甲斐があるよ」
皮肉めいた口調が嫌だなと思ったけれど、それもすぐ出てくる豪勢な料理によって掻き消されてしまった。
「いやー、美味しかった! ごちそうさまでした」
「それは何よりだよ。さ、食べた分はしっかり働いてもらおうかな」
「おもてなしなんじゃないの!?」
「働かざるもの食うべからず、だよ。大体、黄泉の食べ物を食べておいて、そんな簡単に帰れるわけないでしょ?」
「黄泉!? 嘘でしょ!?」
「うん、これは冗談」
この男、どこからどこまでが本気なのか掴みにくくて怖い。
けれど、私を働かせるまで地上に還す気がないのは本当だろう。
しかし、ようやく本題か。
随分と長い導入だこと、と心中で呟きながら私は気を引き締める。
「このマガタマを探して欲しい」
そう言って一枚の写真が机に置かれる。
随分と旧く解像度の粗い写真に写るは、これまた可憐な少女である。
しかし写真が粗すぎて目鼻立ちは茫洋としていて、肩口で黒髪が切り揃えられていることぐらいしか、はっきりと分からない。
「……ねえ私、マガタマと出会ったのは刹那が初めてなんだけど。他に適任いるんじゃないの」
「適任の元を訪れたら、寝たきりだった。だから代打で君さ」
「……まさか」
「このマガタマは、かつて君のお祖父さんが可愛がっていたマガタマだよ」
今日は2回行動……!
土日に書き溜めたいです。素敵な童話の短編とか書いてらっしゃる人もいて、そういうのも素敵だな〜書いてみたいな〜と思うなどしました。