「感情屋」との邂逅
ごく普通のOL十和子が祖父の因縁に巻き込まれ、
胡散臭いイケメンこと「感情屋」と一緒に地下都市を訪れるお話です。
一見ややこしい設定のようですが、そんなに複雑でないファンタジー作品です……!
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簡単に分かる!地下都市「玉響」と「感情屋」について
・私たちが暮らす「地上」とは別に、光の届かない地下都市「玉響」があるよ
・陽光の代わりに人々は異星人が作り出す光エネルギーを使って生活しているよ
・その異星人「マガタマ」は人の感情を主食にするよ
・異星人に人の感情を食わせるのが「感情屋」の仕事だよ
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初投稿なので色々お作法など分かっていないかもしれないですが、よろしくお願いします!
(すでにあらすじと前書きの違いがよく分からない)
「此処は地獄の一丁目、此処であったが百年目ってね。やあ、元気にしてる?」
歌うように節をつけながら、彼は突然私の前に現れた。
美人と言って差し支えない整った顔。精巧な仮面かのような笑みを貼り付けて、瞳だけはやけに情感たっぷりに濡れている。
全くの初対面であるはずの私に、まるで知己のように馴れなれしい態度。
異国の巾を重ね合わせて作ったらしい、美しい服の裾がゆらゆらと揺れる。
表情、瞳、態度、衣裳……その全てがちぐはぐな男に、ゆらりと。
夜だというのに陽炎でも見ているような錯覚を起こす。
それがこの風変わりな「感情屋」との出会いだった。
*
「いやあ、家に入れてもらっちゃってすまないね。綺麗にしてるじゃない、感心感心」
全くすまないと思っていなさそうなトーンで彼は言う。
独り暮らしのマンションに得体の知れない男を入れたくはなかったが、「感情屋」に捕まってしまっては仕方ない。
我が家は「感情屋」に大きな借りがあるらしいので。
「……どうぞ」
あからさまに警戒の色を湛えながら彼の前にお茶を置くと、
「金花茶か。楊家は相変わらず良い趣味をしているね」
鷹揚に頷きながら、彼は優雅にお茶を啜る。
その仕草はまるで貴人のようだけれど、「感情屋」は決して貴人がなる職業ではないと聞いている。
そもそも地下に貴人なんて居ないとも。
「夜だというのに街は今日も明るいねえ」
「地下ほどじゃないでしょう」
「地下はもう、毎日明るすぎて鬱陶しいくらいさ」
私達の国は地上と地下で緩やかに分断されている。
行き来する事は簡単だし、地上と地下を繋ぐ電車だって通ってはいるけれど、我々からしてみると地下の世界は少し異質で近寄り難い。
豪華絢爛と猥雑が同居するような地下都市は、夜でも灯りが煌々と光り輝き、呪いや占いなど、およそ地上では流行らないような迷信めいたものが流行っていると聞いている。
何より地下には「マガタマ」がいる。
人間よりはだいぶ小柄な体躯で、にょきにょきと一つや二つ角が生えているから一目でそれと識別できる。
尻尾もあるけれど決して獣人というわけでもなく、カタコトながら人間と意思の疎通もできるらしい。
なんとマガタマの正体は、突如地球に来訪してきた異星人なのだ。
彼らと言うべきか彼女らと言えば良いのか……性別の概念も無いらしい彼らをなんて言い表せば良いのかわからないが、ただシンプルに、人間とは違う独自の生態を持つ生き物。
マガタマは滅多に地上には出て来ないから、地上で暮らしている私はマガタマの事をよく知らない。
ただマガタマが発する光エネルギーが地下の動力源であること、彼らの主食が人間の「感情」であること、それだけを知っている。
そして、「感情屋」は、そのマガタマに人間の感情を提供するのが仕事であることも。
「感情屋がうちに何の用ですか」
「地上の人はせっかちだなぁ。もっと語らいを愉しもうよ。地下じゃ僕はちょっとした有名人……美男子としても有名なんだからさ、ね?」
そう言って茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせる、その愛嬌が空恐ろしい。
私は幼い頃から、お祖父様に「感情屋」には気をつけろと言い聞かされて育っている。
曰く、感情屋に気を許したら最後、感情の全てを吸い取られ抜け殻にされてしまうとーーーー。
「お祖父さんの言いつけに、随分従順なんだね。懐いていたのかい?」
なんでもないように聞かれ、私は自然と仰け反った。
「もしかして、貴方、人の心が読めるのっ?」
「いやあ? ただ、君のお祖父さんの事はよく知っているからね」
そう言って、つと目を細める。まるでこちらの心中を見透かすかのように。
「感情屋」とは、祖父の代からの因縁がある。
それは、孫である私からすればもう関係のないことなのだけれど。
因果の糸というものは、思ったよりも濃く絡みつくものらしい。
それから感情屋はまるでこちらを焦らすかのように、あるいははぐらかすかのように、地上での生活について根掘り葉掘り聞いてきた。
何の変哲もない会社員として慎ましく日々を暮らす私の、一体どこに彼の琴線に触れる部分があったかは分からない。
けれど、彼は心底楽しそうに私の話に耳を傾ける。
いつの間にか、お茶は三杯目に突入してしまっていた。
こちらに明らかな好意を向けてくれる人間を、拒絶し続けることは難しい。
特に彼のように見るからに好ましい外見をしており、人身掌握の術に長けた男とあっては。
そんなわけで、私はいつの間にか彼の巧みな話術に乗せられて、地下都市「玉響」を訪れることとなっていた。
「アンティークが好きなら、君も絶対気に入るお店があるからさ!
しかしどうかな、奴は度々お店を留守にするから」
彼の、耳に心地いいテノールが弾んでいる。
その楽しげな声に釣られて横顔を見ると、口許には笑みを浮かべているものの、眼差しはどこか此処ではない遠くを見ているようで。
彼は、天辺から爪先まで胡散臭い位に好ましい属性で固めているけれど、全体の調和は取れていない。
そのちぐはぐさが私は怖いのだ。
ああ、まるで物語に出てくる悪魔に誘われるかのよう。
そう思いながら、私は彼に引かれるようにして地下に潜っていく。
サクッと終わらせるつもりなので、これから1週間ほど毎日投稿予定です。
アドバイスや評価、アイディアなどいただけると嬉しいです……!