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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第2章 プロ野球編
73/75

8回表 駆け上がれ

静岡サンオーシャンズはペナントレース中盤に離脱者続出の苦難を奇策で乗り越え、シーズンはいよいよ勝負の9月に差し掛かる。

3ゲーム差で追うビジターでの首位攻防3連戦、珠音たちは足踏みすることなく、ただ眼前の山道を駆け上がる。

8回表 駆け上がれ


 かつて無名選手”おっさんズナイン”を率い、弱小チームを奇跡の優勝に導いた”智将”葛城の奇策により、静岡サンオーシャンズはペナントレースから脱落することなく食らいつき、むしろ険しい悪路を着実に進んでいるようだった。

 ベンチ入りした野手のほぼ全てを毎試合のように使い切る起用法は識者による議論の恰好の標的となったが、結果を伴っているのならば批判される筋合いはない。

 現に、これまで光るものを持っていたとしても輝かせることのできなかった選手たちが活き活きと躍動している。

 地元の大学を卒業以降、打てるが守れない捕手としてくすぶっていた大村、高卒投手として早期に一軍デビューを果たしたものの期待通りの成長を見せられずに外野手へ転向した普久原、高卒2年目でブレイクを果たすも翌シーズンでスランプに陥り期待に応えられなかった嵐山など、チャンスを与えられればここぞとばかりに活躍を見せた。

 一方で、選手起用における軸として働くベテランの松元、シーズン途中から正捕手の座に就く浩平も、それぞれが期待に応え続けている。

「批判されることがあるのならば、それは選手たちではなく、これまで活かす場を与えられなかった首脳陣にこそ、向けられるべきだろう」

 起用法をやや批判的な視点で取材する記者に対して葛城が放った言葉には多くの賞賛が集まり、なんでもこの年の”上司にしたい有名人ランキング”上位入選を果たしたきっかけになったとかならなかったとか。

 投手陣も何とか踏ん張っている。

 いつぞやのウィンターリーグで珠音とチームメイトだったトーマスがサンオーシャンズにテスト入団を果たし、セットアッパーとして危なげながらも定着しつつある。

 若く荒々しかった彼の実力も洗練さが増し、襲い掛かる相手打者を跳ねのける。

「ピッチャー、トーマスに代わりまして、楓山珠音」

 球場にその名前がコールされると、球場の雰囲気は一変する。

 マウンドでの立ち姿は2メートル近い身長のトーマスと比べて正しく熊とリス程の差があるものの、球場に詰めかけたファンを背にした威圧感と、年齢不相応の円熟さを見せる投球により敵チームの攻撃は完全に沈黙させれば、あとは経験豊富なストッパー望月が危なげない投球で試合を締める。

 猫の目打線とあたかもオープン戦を思わせる素早い選手交代に目が向きがちだが、前年までは確立できていなかった盤石と言える勝利の方程式こそ、サンオーシャンズの躍進の原動力と言えた。



 厳しい局面を正しく、チーム一丸となって乗り越えたサンオーシャンズは、ケガで離脱していた選手たちが合流し、ペナントレースを駆け抜けるための最終加速に入った。

 チームリーダー十川が復帰すると、疲労が目に見えつつあった打線は再び勢いを取り戻し、攻撃力を増す。

 選手起用の余裕は一部選手に圧し掛かっていた負担を程よく分散させ、ペナント争いから次々と脱落していくライバルを尻目に、後半戦も勢いを落とすことなく突き進んだ。

「全く、この国の夏はどうかしているぞ!」

 練習場に到着して早々、余りの暑さに思わず母国語で悪態をつくトーマスに、珠音は苦笑する。

 球団所有の屋内練習場なのだからエアコンも十分効いているのだが、台湾プロ野球も経験したとは思えないほど、高い湿度が苦手なようだ。

 ウィンターリーグで出会った頃と比べれば人間的な成長も見られているが、本質的な部分はあまり変わらないらしい。

「まぁ、トーマスの気持ちも分からなくはないなぁ。高校の時みたく、練習後にプール入りたい」

 珠音は大型扇風機の前に陣取り、火照った身体を程よく冷ます。

 残念ながら、サンオーシャンズの練習施設内にプールは設置されていなかった。

「そういえば水田先輩といきなりレースしていたな」

「確かそのあと、水泳部からスカウトされてなかったっけ」

「え、そんなことしていたの?うちの高校にプールなかったから、水泳といえば海で遠泳がお決まり、私としては羨ましい限りだよ。同じ海際の学校なのに」

 浩平や洋輔の思い出話に、茉穂が羨望の眼差しを送る。

 振り返れば小学生の頃から日差しのもとを駆け回った日々を送っており、十分注意を払っていたとはいえこの気候にも慣れっこなのだろう。

 むしろ、1年間という長いシーズンという点を考慮しなければ、エアコンの効いた室内練習場やナイトゲーム中心のスケジュールは部活動と比べてもいくらか恵まれていると言ってもよかった。

「まぁ、この3連戦が終わればトーマスとしても少しは楽になるんじゃないかな。甲子園球場が使えない分、ドーム球場が続くスケジュールだし」

「確かに、ビジターの試合が続くとはいえ、この先2週間の12試合で9試合が屋内なのはかなり助かるな」

 珠音の言葉に、浩平が頷く。

 夏の全国高校野球選手権大会の日程都合、例えプロ野球といえども球場を使用することができず、近隣のドーム球場を代替開催地として使用しなければならない。

 ホームアドバンテージを失うことにもなるが、直近の酷暑を考慮すれば怪我の功名とも言えるかもしれない。

「ついでに月末の6連戦は全部ホームゲームときた。ホームアドバンテージも加味すれば、十二分のチャンスだよ」

「ということは、つまり……」

 茉穂の言葉に、珠音は何かピンと来たようだ。

 おもむろに天井方向へ両手を突き出し、口を大きく開く。

「天は我に味方せり!」

 屋内練習場に響く声に、注目が集まる。

 練習音も静まり返り、集まる選手や球団スタッフのみならず、サンオーシャンズの好調ぶりを取材しようと集まった報道陣までもが珠音の奇行を注視した。

「――そうか、暑さでお前も頭がおかしくなっていたようだな。今日は登板しなくてもいいよう、打線が頑張ろう」

「いや、もうちょいのってきてよ!恥ずかしいよ!」

 なお、この日の試合では本当に打線が奮起し、勝ちパターンの投手を温存することができた。

 この一件を面白がった球団広報がセリフ付きTシャツを販売するやいなや、ファンに限らずバカ売れする始末となったが、それはまた別の話である。



 本当に天が味方したかは置いておいて、サンオーシャンズはドーム球場のビジターゲームとホームゲームの連続する試合で貯金を4つ稼ぎ、勝負の9月を首位と3ゲーム差の2位で迎えた。

 野球の競技人口における頂点に君臨するトップリーガーたちとはいえ、学生時代から常にエリートだったわけではない。

 シーズンを通じた優勝争いの経験などなく、常に降りかかる緊張感と最終盤に差し掛かる疲労感はピークに達しようとしていたが、選手たちは立ち止まる術を知らない。

 いや、知っていても止まる訳には当然いかない。

 ペナントを争う上で当然ではあるが、今シーズン末をもって球団本拠地を静岡から沖縄へ移転する計画は決定事項であり、球団創設以来の低迷から”おっさんズナイン”による奇跡の優勝とその喜び、その後の暗黒期の苦難を共有したファンとの別れは迫っている。

「この3連戦、勝ち越しは必須だ。体力的にもかなり厳しいと思うが、俺たちは立ち止まる訳にはいかない。気を引き締めいこう」

 この日からはビジターでの首位攻防3連戦。

 シーズン中盤に離脱した選手たちもすべて復帰し、無いなりに戦力は整った。

 試合前のミーティング、葛城からの檄を受けた選手たちの瞳に、疲労の影はない。

 選手が戻ってきてからも継続した猫の目打線は一人ひとりの負担を軽減し、酷暑を経てもチームの失速を避ける要因となっていた。

 ただ、それはあくまでも野手陣の話である。

「首位攻防3連戦、リリーフは総動員を覚悟しておいてくれ。勝ちパターンも、接戦ならビハインドでもいくぞ」

 潤沢とは言えない台所事情で、ブルペン陣は常にフル稼働と言える状態だった。

 点差が開いた際は海外リーグよろしく、ノンプロ時代に投手経験のある選手に登板させる、所謂”野手登板”により少しでも消耗を避ける努力はしたが、かかる負担、比重は一部に偏ることとなった。

「分かりました、いつでもいけるよう準備しておきます」

 その負担を一身に受ける珠音が、真っ先に口を開く。

 珠音は勝ちパターンとしての起用に留まらず、試合の流れを引き戻したい時、変えたい時にも積極的に起用されるなど、リーグ最多の登板数とホールドポイント、すべてリリーフ登板にも関わらず勝ち星は10を数え、防御率は1点台前半をキープしていた。

 正しく大車輪、チームの要の役割を果たす珠音がねをあげていないのに、他のブルペンスタッフが疲労感を言い訳にする訳にはいかない。

「――頼りにしているぞ」

 他のブルペンスタッフが頼りにならないわけではない。

 今シーズンの実績で言えば、珠音が頼りになりすぎている。

「(彼女に何かあったら……)」

 投手運用を任されているピッチングコーチとして、彼女の頼もしさと、頼りにせざるを得ない程度の自身の手腕に、情けなさしか感じなかった。



 本拠地を置く静岡は大いに沸き、その様子は”本当に優勝した場合はどうなってしまうのか”と、心配になるほど。

「静岡サンオーシャンズ、天王山3連戦3連勝!!」

「サンオーシャンズが首位浮上、逆転優勝へ!!」

 複数の地元紙は等しくサンオーシャンズの首位浮上を伝え、新聞の購入数もWebページの閲覧数も過去最高をまたしても記録した。

「すごい盛り上がりだな」

「ゲーム差なしなんだけどね」

 珠音は3連戦で1勝2ホールドと正しく報じられた戦績の立役者と言えるのだが、球団施設に届けられたスポーツ紙に目を通しながら、珠音は熱気に充てられることなく冷静さをキープしている。

 扇の要を守る正捕手の浩平はタイトル争いにこそ割り込めていないものの、リーグ2位のチーム防御率にリード面で貢献しつつ、打率は3割、打点は70を超え、本塁打は15本記録している。

 首位に立ったとはいえ、三日天下では意味がない。

 オールスターにも選出されたチームの中心人物たる2人が平静さを保っているからこそ、チームは浮足立つことなく次の試合にも臨めるのだろう。

 試合開始前、チームは円陣を組み、中心には声出し担当の珠音が陣取る。

「厳しい道のりだったけど、ここまで駆け上がって来ることができました。ですが、私たちの到達点はここではありません。何でしょう?」

「「「優勝だ!」」」

「そう、優勝です。走り切りましょう、駆け抜けましょう。さぁ行こう!」

「「「さぁ行こう!」」」

 チームを鼓舞し、先頭を駆ける。

 声出し役を務めた珠音の背に、高校時代の彼女の姿が重なる。

「変わらんな」

「だよな」

「分かる」

 浩平と洋輔、そして茉穂。

 当時を知る人物だからこそ、その頼もしさを誰よりも深く理解している。

 奏でられた”珠音いろ”に、チームはすっかり染まりきっていた。

 静岡でのラストシーズンを戦うサンオーシャンズは、珠音のチーム。

 誰が語る訳でもなく、関わる者、全てがそのように認識した。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25423161

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