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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第2章 プロ野球編
72/75

7回裏 ターニングポイント

前評判が上々のサンオーシャンズだったが、シーズン開幕直後こそ好調だったものの、主力選手の不調・故障離脱により勢いが徐々に失われていく。

監督の葛城はチームメンバーを集め、この苦境を乗り越えるための策を全体に伝える。

珠音は自身の役割を明確に理解し、全うできるよう気を引き締めなおした。

7回裏 ターニングポイント


 前評判は上々であり、これは直近では類を見ないほど。

 ここ数年の低迷はプロ野球ファンからそっぽを向かれるに十分であり、評判の良さはそれ即ち明確な期待の現れだろう。

 ファンの盛り上がりは、チーム状態の良さを見せつけ快調に進むオープン戦の戦績でさらに活気付く。

「今年のサンオーシャンズ、いいんじゃないか?」

 静岡駅周辺の呑み屋街は早くも優勝ムード。

 慣れない雰囲気に、チームもファンも浮足立っていたのだろうか。

「まぁ、全部が全部、事が上手くいくわけがないし、壁にぶち当たった時にどう乗り越えるかだよね」

 現実的な視点を持つファンのコメントは、残念ながら予想通りのものとなる。

 開幕戦こそ大勝したサンオーシャンズだったが、前年より主軸を務めた外国籍選手の2人―ゲーリックとゴードン―がケガで早々に離脱。

 長らくチームを支えてきた巧打者の赤月も調子が上がらず、先発投手陣はいまいちピリッとしない。

「チーム状況は決して良くはないが、勝機はある。先行逃げ切りで守り勝つ野球を念頭に置いて、耐え忍ぶぞ」

 厳しいチーム状況だが、葛城の采配にチームは一丸となって応える。

 幸いにも珠音は前年に引き続いて絶好調であり、彼女を中心としたリリーフ陣は盤石そのもの。

 リリーフエースとなった珠音だけでなく、持ち前の高い守備力が評価された茉穂が外野の守備固め要員としてベンチ入りしており、試合終盤での出場機会も多く、2人を目当てに球場へ足を運ぶ数多くのファンの存在もありチームの士気は何とか高く保たれている。

 シーズン開幕直後の4月を何とか5分で終え、ペナントレース早々に脱落する例年通りの醜態を晒すことはなく、スポンサーである球場最寄りの鉄道・バス路線を運行する企業は4月期月次決算で過去最高益を記録した。



 絶妙なバランスの上に成立していたチームの好調は、緊張の糸がぷつりと切れたように崩壊した。

 選手会長にしてレギュラー中堅手かつ上位打線を担う十川が負傷離脱。

 さらに悪い流れは連鎖し、今度は正捕手格の一人である梶も打撃と守備の両面での不調を理由に降格したことで、日程消化のリズムが明らかな乱れが生じ、サンオーシャンズの選手層の薄さが浮き彫りとなる。

 資金力不足も相まって補強競争には参戦せず、ドラフトとトレード、戦力外通告を受けた選手たちの再生でのみチームを支えてきたのだから、無理もないだろう。

「君らならどうする?」

 葛城は一軍選手を集めたミーティングで、全体へ投げかける。

 無論、当人に全く策がないわけではないだろうが、現状改善に向けた参画意識の植え付け、当事者意識を強める意匠があるのだろう。

「まず、守り勝つ野球に徹していく方針は崩せないでしょう。悲しいですが、俺が相手チームの捕手だったとしても打線への脅威を感じない」

 離脱した十川に代わり、選手会副会長の将晴が口火を切る。

「かといって、逃げ切りたくても、先行できなければ意味はありません」

 浩平がそれに続く。

 捕手登録ながら開幕から外野手としてレギュラーポジションを確保している彼とベテラン遊撃手の松元の2人だけが、気付けば現時点で残る開幕スタメンに名前を連ねた選手となっていた。

「正攻法でどうしようもなければ、思い切って奇襲やゲリラ戦術とか言われちゃいそうな、思い切った方がいいかも。今でこそだいぶ廃れたけど、ピッチャーで言えばオープナーはそれなりに有効だったわけだし、日本でもショートスターターが試されましたよね」

「例えば、どんな作戦が考えるか?折角だし、話してみろ」

 珠音の発言に、葛城は続きを求める。

「先発完投から分業制に時代が移行して、ブルペンデーのような数珠繋ぎで試合を成立させる機会も増えた。攻撃でも似たようなことができないでしょうか。前半と後半でメンバーを入れ替えるとか」

「いいな、私の意見も実のところ、それに近い」

 葛城はホワイトボードを反転させ、事前にしたためていた作戦をメンバーに示す。

「当初は試合ごとに日替わりオーダーで戦うことも考えたが、うちのチームはとっかえひっかえするほど選手層が厚くないからな。俺の考えを言うと、試合ごとに変えることはなく、試合を細分化してその日の中で変える作戦だ」

 葛城から示されたゲームプランでは、前半は攻撃力を重視したメンバーで、中盤から打席終了とともに交代し始め、終盤は守備に徹するというもの。

 今まで全くなかった作戦ではないが、少なくとも現状のサンオーシャンズが採用すべきプランだろう。

「ただ、この作戦だとポジション移動もそれなりにこなす必要がありそうですね」

「その通りだ。なので、大庭は必ず1回、多いと3回くらいはポジション変更するつもりだ」

「えぇ…ん、でもスタメンで出られる?」

 ユーティリティとして起用されている大庭は困惑の表情の後、隠された真実に歓喜した。

「その通りだ。ポジションが定まってなくて悪いがな。早速、明日の試合からこのゲームプランでいきたい」

 葛城の言葉に、集まった面々が頷き、同意する。

 後から振り返る限り、このシーズンにおけるターニングポイントは間違いなくこのミーティングだった。



 週明けの試合は本拠地である草薙球場。

 発表されたスターティングメンバーに、ファンは驚きをもって歓声を送る。

「1番レフト鍛冶屋」

 これまで守備要員としての起用が続き、打席に立つ機会は点差がある程度ついた場面に限られていた茉穂がコールされる。

当然、女性選手初のトップリーグでのスタメン出場であり、スタンドは大いに沸いた。

「彼女が登場するとスタンドからの声援も大きくなる。打席に立てば尚更だろう。小柄も相まって、投手としては投げにくくて仕方がないだろう」

 投球を前へ弾き返すには非力なものの、食らいつくバッティングコントロールは男子と遜色ない技術を持っている。

 打率ではなく、出塁率を期待しての起用だった。

「2番セカンド大庭」

 大庭はミーティングの通り、ユーティリティとして打撃の調子がいい選手の起用に合わせてポジション変更する役割となったが、器用さを買われての2番起用となった。

「3番キャッチャー土浦」

 外野手起用が続いていた浩平が、満を持して捕手として起用されることとなった。

 インサイドワークでは将晴に一日の長があったが、攻撃力を優先するなら間違いなく浩平に軍配が上がる。

「4番ショート松元」

 ある意味でスタンドを一番驚かせたのはこの瞬間だったかもしれない。

 長らくリードオフマンを務めてきた小技の上手いベテラン内野手の4番起用は、葛城としては「一番信頼できる打者に4番目を任せる」という考えのもとであり、ファンも驚きの声こそ挙げたものの、その意図を瞬時に理解した。

 以上の上位4人は固定起用とされ、投手を除く5番以降の4人は打撃優先で調子の良い選手を中心に半分固定する形で起用することとなる。

 起用例を示すと、この日のプランでは5番には梶と入れ替わりで1軍登録された捕手であり、守備に難があるもののパンチ力に定評のある大村が一塁手として出場し、2打席完了した時点で大庭が一塁へ移動し、二塁には守備固めの選手を起用する、といった流れである。

 プロなのだからある程度は、とも考えていたが、そもそも守備が不得手な選手が不慣れなポジションで出場するとなれば、練習の様子を見る限り安心して打者に対することはできない。

「これ、先発ピッチャーは心理的にかなり難しそうだな」

 守備陣に”穴”を抱えた状態でのピッチングは、それなりのストレスを伴うことになる。

 それでも、動かなければ変化は生じない。

 だからこそ、葛城は全体ミーティングで選手に参画意識を持たせたのだろう。

「いい方向に進んでくれればいいけど」

 ただし、変化を加えようとしても変わらないのでは意味がない。

 ブルペンで出番を待つ珠音は、改革が成功するよう祈る思いでバックスクリーンを眺めていた。



 結論から言えば、策士策に溺れること、出鼻を挫かれるということもなく、珠音の言う”いい方向”に進んだ。

 無論、同じことを何度も繰り返せば粗も出るだろうが、こと策を講じた初戦はものの見事に作戦がハマり、草薙球場を勝利に沸かせることができた。

「正直、緊張も含めて打てる気がしなかった」

 茉穂は悔しそうな表情を浮かべてこそいたが、第一打席を含む2打席で四球を選び、先取点に絡んでいる。

 5番起用された大村は第1打席こそ凡退したが、第2打席で特大のホームランを放ち、起用に応えてからベンチに退いた。

 試合終盤に守備固めの選手にチャンスで打席が回ってきたが、代打の切り札として温存していた大ベテランの米倉がダメ押しの一打を放ち、珠音を中心としたリリーフ陣が守り切る。

「正直、初手で最良の結果を収められてよかった。負けていれば、このままズルズルと落ちる一方だったかもしれない」

 葛城は試合後の勝利監督インタビューで、安堵の表情を浮かべた。

「ただ、この日ばかりの結果にしてはいけない。改めて気を引き締めていかないとね」

 翌日、球場に届けられたスポーツ紙に目を通す。

「一度の勝利に現を抜かして、足元救われたら意味がないものね」

 珠音の言葉に、茉穂も同調する。

 長いシーズンを戦うに当たって所謂”流れ”は重要であり、一度崩れてしまえばサンオーシャンズは地力の弱いサンオーシャンズが巻き返しを図ること自体が難しくなる。

 一度も負けないことは不可能だが、取りこぼすことだけは避けなければならない。

「珠音のピッチングにかかっているね。目指せ、最優秀中継ぎ投手!」

「打たせて取るピッチングが持ち味だから、バックの堅い守備があってこそだよ。結果としてそこに辿り着けるよう、全力を尽くすよ」

 珠音の役割は”勝利の方程式”、その先陣を切るポジション。

 登場すればチームとファンに”今日は勝てる”と信じ込ませ、反対に相手チームには”今日は負けた”と思い込ませなければならない。

 トップリーグでフルシーズンを戦った経験が無い中で、これから暑い夏の試合が待ち受けているが、ペース配分などできる余裕はない。

「この際、内容が悪くてもいい。勝利に貢献できる、アウトをとれるピッチャーとしてマウンドに立ち続けてみせる」

 珠音の意気込みは、さながら”オーラ”とでも言えるほど。

 その姿は所属2年目とは思えない、経験豊富な中核選手としての雰囲気を醸し出していた。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24678453

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