7回表 集う仲間
珠音がトップリーグデビューを果たしたシーズンが終了し、静岡サンオーシャンズのファンは様変わりしたチームの雰囲気に翌シーズンへの期待を膨らませる。
サンオーシャンズは"例年通り"大規模な補強こそしなかったものの、珠音や浩平にとっては旧知である大庭洋輔をドラフト指名したほか、栃木プラーゼンズに所属していた茉穂をトレードで獲得するなど、翌シーズンの飛躍に向けた準備を着々と進めていた。
7回表 集う仲間
プロスポーツの”ファン”や”サポーター”と呼ばれる部類の人々は、贔屓のチームに対して前年に抱えた思いをオフシーズン中各々に、翌シーズンへの期待へと昇華させる。
贔屓の向く先が”静岡サンオーシャンズ”なら、ことこのオフシーズンに限って見れば尚更だろう。
翌シーズン終了をもって球団創設時当初からの計画通り、沖縄県への移転が決定されており、準備は着々と進んでいる。
ファンがそのことを知らないはずもなく、弱小チームともなれば気持ちが離れて行ってしまうのも無理はない。
応援へのモチベーションは低く、どこか惰性も含まれる程だっただろう。
「来年はこのチームで、ファンの皆さんと一緒に、優勝の喜びを分かち合いたいと思います!」
しかし、低迷するサンオーシャンズに彗星のごとく現れた奇才が、チームの雰囲気を一変させる。
楓山珠音の入団、そして一軍登録以降の勢いは凄まじく、下位チームながらスポーツ紙と地上波報道番組はこぞってカメラを向けた。
「もしかしたら、来年は想像できない結果をもたらしてくれるかもしれない」
プロスポーツにおいて、ファンへ期待を持たせる努力は重要である。
根拠が伴えば伴うほど、送られてくる声援に帯びる熱は加速度的に増す。
それほどまでに、珠音の加入はチームにとって大きな転換点となった。
翌シーズンに向けた戦力補強。
最初のイベントといえば、やはりドラフト会議だろう。
その場における指名結果は、珠音と浩平を喜ばせた。
「夢見た舞台だったけど、まさかここで2人とチームメイトになれるとはね」
鎌倉大学附属高等学校でのチームメイト、大庭洋輔が翌シーズンの新入団選手として加入することが決まったのである。
「こっちこそ、驚いた。前に一度だけ、スカウトから”どんなやつ?”って聞かれたことがあったけど、まさかこの伏線だったのか」
「ドラフト最下位指名からの下剋上、これは燃える展開だね」
浩平と珠音は速報を受けるとすぐ、それぞれに祝福の言葉を送った。
「プロに入ってしまえば順位なんて関係ないね。せっかく貰ったチャンス、今から楽しみで仕方がないよ」
Web会議ツールで顔を合わせると、洋輔の瞳は気合で漲っていた。
それは彼がこれまで度々の挫折を乗り越えた証だろう。
洋輔は大学進学以降も硬式野球を続け、トップリーグの舞台に立つ夢を叶えるべく奮闘していたが、鳴かず飛ばずで卒業年度でのドラフト指名を得るに至らなかった。
一般入試で硬式野球部有力校へ入学した洋輔だったが、選抜高等学校野球大会への出場や激戦区の神奈川予選で好成績を残していたとはいえ、やはり新興勢力の野球部出身。
界隈で強豪・古豪と称される全国の高校から集まった大学野球部では平凡な一野球部員にすぎず、試合には出場できたものの、レギュラーポジションを得るに至らなかった。
「どの役割でも起用できる使い勝手の良さはあるが、打撃も守備も殻を破れていない」
プロ志望は明白であり、関係者を通じてサンオーシャンズのスカウトがグラウンドへ足を運んだこともあったが、少なくともトップリーグのプロ選手として活躍する姿を期待させることはできなかった。
「2年でトップリーグからドラフト指名を受けなかったら、引退する」
それでも腐ることなく、洋輔は独立リーグに籍を置き、期限を切って研鑽を積んだ。
トップリーグ出身の指導者からの教えが正しく”ハマり”、スポンジのように吸収していった洋輔の実力はみるみる向上する。
加速度的な成長曲線を見て大学時代に彼を評価したスカウトも驚きを隠せず、他チームのスカウトに存在が気付かれないか、気が気でなかったという。
結果として、高校卒業時の浩平と同じく”隠し玉”としての一本釣りを経て、洋輔は自身で定めた期限内、大学卒業後1年でトップリーグ選手の仲間入りを果たすに至った。
日本シリーズが終わり、ストーブリーグがいよいよ本格化するタイミングで、サンオーシャンズは”珍しく”世間を賑わせた。
例年から積極的な補強をせず、フリーエージェントにも無関心。
プロ野球ファンの評価は一様であり、このオフシーズンにおいても事実、姿勢に変わりはない。
それでも、サンオーシャンズは報道各社の注目を一身に浴びることに成功する。
「静岡サンオーシャンズ、栃木プラーゼンズより鍛冶屋茉穂を金銭トレードで獲得」
「鍛冶屋茉穂、史上初の女性野手として支配下登録へ」
一躍時の人となったからには、周囲の目も気にしなければならない。
連日報じられるニュースを肴に、珠音と茉穂は声の漏れない個室の居酒屋で、伊志嶺まつりや水鏡涼音、桐生琴音といった旧知のメンバーで卓を囲んでいた。
「チャンスを貰ってこう言うのもなんだけど、本心としては微妙なところもあるな。プラーゼンズで凄い成績を残したわけでもないし」
女子プロ野球リーグでは俊足巧打のトップ選手として鳴らし、栃木プラーゼンズに育成選手ドラフトで入団した茉穂だったが、やはり一筋縄ではいかなかった。
打席では投球への力負けが目立ち、女子リーグでの俊足も男子の中では並以下といったところがせいぜいだった。
世間的にはポジショニングと打球判断など守備力を高く評価されたとの報道が出回っているが、打率が1割台前半の選手のトップリーグ入りには同時に、憶測もついて回った。
「もちろん、珠音の成功は大きいと思うよ」
涼音はクラフトジンソーダを嗜み、ほんのり紅潮した顔で評論する。
改めて感じる雰囲気は高校時代に”水田舞莉”として接していたころと変わることはなく、人間の本質は姓名判断に決して寄らないことを物語っていた。
「珠音の所属チームは、珠音の存在もあって注目度が高まり、チームの士気も向上してここ最近で一番の飛躍を遂げた。こと、シーズン終盤の勢いを当初からできていれば、それなりの好成績を収めていたかもしれない…そんな期待を、球団経営陣が感じてしまう程にね」
「そこに珠音と旧知で、女子野球では名の知れた茉穂を入団させれば、チームとしては高い金額を払わなくても、相応の成果が得られるって判断した」
大学卒業後に母校へ保健体育の教師として赴任したまつりは表情に出やすいようで、レモンサワーに少量口をつけただけで顔を真っ赤に染めている。
「それでも、チャンスはチャンスだよ。本意でなかったとしても、それすら手に入れられない人がたくさんいるんだから」
琴音は大ジョッキに注がれたビールをくぴくぴと飲み、顔色一つ変えていない。
大学のサークルや研究室でも酒豪で鳴らし、体育会系になりがちな食品メーカーに開発職として勤務する彼女は、見た目に反して会うたびにたくましくなっていた。
「まぁ、前例がないから、私たちが何をやってもパンダはパンダだからね」
珠音のどこか達観したコメントに、思わず集まった面々が苦笑する。
「私としては純粋に、茉穂とまた一緒に野球できるのが楽しみだな」
隣に座る茉穂に、珠音は突然抱きつきじゃれつき始めたかと思えば、動きを止めてじっと顔を見つめたりと、好き放題をし始める。
「ちゃんと女子2人で暮らせる部屋だからね!」
珠音は酒に弱い。
やはり気心知れたメンバーでアルコールを摂取すると、日頃の緊張感などどこかへ吹き飛ばしてしまうようだ。
「ほんと、それなりの店で遮音性のある個室でよかったよ」
「茉穂さん、やっぱり同居はやめた方がいいんじゃ…」
涼音と琴音の呟きに茉穂は苦笑を浮かべつつ珠音をあやす。
それなりの濃い付き合いからか、その様子は端から見ても幸せそうだった。
翌シーズンの陣容を整え、時節は間もなくキャンプインを迎えようとしていた。
既にキャンプ地である沖縄県入りしたサンオーシャンズの面々は合同で自主トレーニングに励み、温暖な気候のもとでシーズンのスタートを待ちわびている。
「当然だけど、報道陣の数が去年よりもかなり多いな。どことなくだけど、チームの雰囲気も明るいような気がする」
「へぇ、そうなんだ。去年のこの時期はまだプラーゼンズだったからなぁ」
もはやプロ野球界の”お荷物球団”とでも言えそうなほどに落ちぶれていたチームに注目するのは、スポンサーを務めてくれていた地元メディアくらい。
しかし今年は、次年度からの移転先でのキャンプであることに加え、2人の看板を迎えたこともあり、キャンプ地は大いに賑わっている。
応えるかのように選手たちの士気も当初より高く、詰めかけた人々に「何かが違う」と思わせるに十分な気概を感じさせた。
「楓山”選手”、今シーズンの意気込みをズバリ、教えてください」
この日のトレーニングを終え、浩平や兄の将晴といった面々と施設から出ると、手ぐすねを引いて待っていた報道陣が駆け寄ってくる。
「どっちの楓山?」
「ジャンケンしよっか」
将晴が冗談めかして前に出て、珠音も悪乗りする。
珠音に注目が集まりがちだが、将晴も今シーズンから選手会長を務める身であり、公的にコメントを求める場面は少なくなかった。
経験の浅さが目立った若手リポーターがアタフタしていると、ベテランのプロデューサーが謝罪しつつ2人にコメントを求めた。
「そうですね。私たち選手も、静岡での最後のシーズンを悔いなく終われるよう、そして来シーズンから迎えていただく沖縄の皆さんにワクワクを届けられるよう、全力を尽くしたいと考えています」
「楓山”捕手”、ありがとうございました。楓山”投手”はいかがでしょう?」
珠音は少し考えた素振りを見せ、視線をカメラレンズにまっすぐ向ける。
「チームとしては選手会長が言った通りですので、個人の話をすれば、前年途中に加わり、いい状態でシーズンを終えることができました。プラーゼンズでは2シーズンをフルで戦いましたが、トップリーグはまだ経験がなく、よりタフさが求められると思います。ただ、私は前年の本拠地最終戦で申し上げた通り、ファンの皆さんと一緒に、優勝の喜びを分かち合いたいと思っています。それを果たせるよう、私の全力をお見せしたいと思います」
いい画が撮れた。
ベテランカメラマンは満足げな表情をプロデューサーに送り、互いに頷き合う。
その日のうちに全国放送された珠音のインタビュー動画のかいもあってか、静岡サンオーシャンズは移転直前の結成20年目にして、過去最高のキャンプ来場者数を記録した。
Pixiv様にも投稿させていただいております。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24517471




