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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第2章 プロ野球編
70/75

6回裏 消化試合のヒロイン

ペナントレースの趨勢に、サンオーシャンズが突如として関与し始める。

下位に沈む自身が優勝争いに参加できるほど浮上することはできないが、上位チームとの試合に勝利を重ね、チームには翌シーズンの躍進に大きな期待が寄せられた。


その中心となったのは他ならない、楓山珠音。

静岡サンオーシャンズが、"珠音いろ"を奏で始めた。

6回裏 消化試合のヒロイン


 珠音の出場選手登録とその後の快進撃は、サンオーシャンズを含む”最下位争い”の様相を一変させた。

 トップリーグ史上初の”女子プロ野球選手”となった珠音は、当初の想定通りにリリーフと起用が基本とされたこともあり、登板の可能性はホームまたはビジターゲームを問わず、サンオーシャンズの試合全てにある。

 優勝争いから早々にリタイアし、タイトル争いに終盤まで加わるような有望選手もいないチームの観客動員数は物悲しさを感じさせていたが、珠音の出場選手登録以降は連日のように観客が押し寄せ、シーズン終了間際の9月にしてチケットと物販の売り上げは急激に回復し、冬のボーナス支給が絶望的だった営業担当者は涙を流して喜ぶほどだった。

「流石のパンダっぷりだな」

「マグロの切り身を咥えた木彫りでも作ってもらおうかな」

 次週にもペナントレースが終わろうとしている時節の週末、試合前練習。

 グラウンドで浩平に付き合ってもらいながら体を温めていると、試合開始までまだ時間があるというのにスタンドは県内外から集まったファンで賑わい、その視線は珠音に集まっている。

 デビューから1か月も経過しようというのに、人気の勢いは衰えるどころか加速しているようにも思えた。

「それぐらいだったら、静岡テレビあたりが作ってくれそうだけどな。あそこも視聴率が伸びて広告収入が凄いと何とか。このままいけば、”のぞみ”も静岡駅に停車するようになるんじゃないか?少なくとも、”ひかり”は増発だな」

「……将来、静岡県知事にでも立候補しようかな」

 少なくとも、浩平の冗談が間に受け取れそうなくらいの経済波及効果は出ているように感じられる。

 県内ローカルCMには引っ張りだこで、沖縄移転を翌シーズン終了後に控えてなければ、政界進出も叶えられる未来の一つだったかもしれない。

「おかげでチームも活気づいたんだ。今日で最下位脱出しないとな」

 ペナントレース最下位の席を温め続けた静岡サンオーシャンズは8月下旬以降、突如として快進撃を見せ始め、シーズン最終盤の順位争いを白熱させるのに一役買っている。

 ある時はリーグ優勝を狙う強豪チームを3タテし、僅差でプレーオフ争いをする上位チームに勝ち越すなど、スポーツ好きにはたまらない展開を演出している。

 筋書きのない脚本、そのヒロインは正しく珠音だろう。

 彼女の存在によりチームは注目を集め、登板すればどのような展開だろうと空気は一変し、試合の流れは自然とサンオーシャンズへ傾いた。

 選手たちの闘志にもそれだけ火が灯り、珠音の登板をきっかけとした逆転勝利を積み重ねた、という次第である。

 なお、そのおかげもあってか、楓山珠音によるトップリーグ史上初の女子選手による公式戦勝利は早々に転がり込むどころか、勝ち星は既に3を数えていた。

「そうだね。さすがにちょっと疲れてきたけど、日程もちょっと空くわけだし…。今日は確実に勝たないと」

 怒涛の1か月間、野球漬けの日々。

 これまで荒波に揉まれ続けた珠音でも流石に疲労を覚えるほどだったが、弱音をこぼしていい立場でもない。

 珠音は大きく伸びをすると、黄色い歓声を上げるちびっ子ファンに手を振ってから、ブルペンへと足を進めた。



 静岡サンオーシャンズの最下位脱出を報じるスポーツ紙の1面を、珠音は堂々と飾っていた。

 首位チームの優勝マジック1よりも彼女の存在の方が映えし売り上げも好調になるのだから、仕方がない。

 それに、それだけの活躍はしている。

 この日はサンオーシャンズ1点リードで1アウト満塁の場面にリリーフ登板し、ガラリと変わった雰囲気に打者が力んで引っ掛け、ダブルプレーで火消しを成功させ、チームを勝利に導いた。

「うわー、楓山はチームに帯同しないのか」

 次の週末、草薙球場での試合が本拠地最終戦であり、それまでは雨天中止などの振り替え試合等で変則日程が組まれている。

 球団公式発表により名目上は”疲労を考慮”としてビジター3試合へ帯同しないことが報道されたが、チームは漏洩が無いよう徹底的な情報統制をかける。

 そして訪れた週末、シーズン最後の本拠地2連戦。

 詰めかけたファンはこの日からチーム本隊に合流してベンチ入りメンバーに名を連ねた珠音の登板を心待ちにしていたが、5回裏終了時にその期待を裏切る大きな驚きでスタンドは揺れに揺れた。

 翌日の予告先発投手に、珠音の名前がコールされたのである。

 バックスクリーンには顔写真とともに名前が表示され、その様子を多くの人がスマートフォンで写真をとっている。

 偶然にも最初から動画を撮影していた人は嬉々として動画サイトに投稿し、キャリアハイの動画再生数を記録することに成功した。

「凄い反響だな」

 トレーニングルームで翌日に向けた調整を続ける珠音に、球団発足時から所属する大ベテランの米倉が声を掛ける。

 スタメン出場がめっきり減った彼の出番は試合終盤の”代打の切り札”で、これからその瞬間に備えて集中力を高めていくようだ。

「私、登板していないんですけどね」

「これほどファンが沸くのは、あの時に君が球場に来てくれて、優勝の瞬間を分かち合った時以来かもしれない」

 優勝だけでなく、なかなか勝てない日々やチームメイトが去っていく寂しさを経験した彼だからこそ、引退も囁かれる年齢にして再びの活気を見せる球団を喜ばしく思っていた。

「監督が気を効かせてくれたのか、明日は俺もスタメンなんだ。一緒に頑張ろう」

「頑張りましょう。私は恐らくシーズン最後の登板ですし、絶対に勝って終わりたいです」

「その意気だ」

 米倉はおよそ一回り離れた珠音の返事に満足すると、ただ黙々とバットを振り始めた。



 迎えた翌日、本拠地最終戦。

 珠音の予告先発の効果もあってか前売券は既に完売し、当日券も早々に売り切れ、営業担当者はシーズンを通じて積み重なった疲労を全て吹き出すかのように物販を走り回る。

 サンオーシャンズのシーズンはこの試合を含めて残り3試合だが、高校時代に彼女の名を冠した応援歌に因んだ通称”珠音いろ効果”もあってか、この日の試合で勝てば少なくとも最下位でシーズン終了することはない。

 チームとして重要な一戦には最終盤の快進撃を支えた選手だけでなく、このシーズンを通じて支えた選手たちがスタメンに名を連ねていた。

「やっぱ、米倉さんへの歓声は半端ないな」

 この日は1番ライトでスタメンの浩平が、場内アナウンスに反応するファンの歓声に素直な驚きを見せる。

 代打の切り札となってから滅多にスタメン出場することがなくなったため、久しぶりのスタメン出場にファンは大いに沸き立った。

「それに負けずとも劣らない我が妹が末恐ろしいんだよ。ヒートアップしすぎているくらいだな」

 このシーズンは2番手捕手としてチームを支えた将晴も、この日は8番キャッチャーとしてラインナップに名を連ねている。

 既に珠音との最終確認は済ませてきたようで、一足先にブルペンからベンチへ戻ってきていた。

「だが、本人は至って冷静だ。プラーゼンズでも先発登板は殆どなかったはずだが、そんな心配は必要なかったかもな」

「あれだけの大舞台で大観衆の注目を浴び続けましたから、肝の座り方はそれこそ半端じゃないですよ」

 浩平は試合前のミーティングを思い返す。

 監督の葛城は今シーズンの不甲斐ない成績は首脳陣の采配によるものと選手を庇っていたが、選手たちの気持ちに欠けたものがあり、その影響が大きいことは明白だった。

「今日の試合は今シーズンの締めくくりではない、来シーズンのスタートだと思って欲しい。みんな、気を引き締めていこう!」

 新たに加わったピースはチーム全体の空気感を変え、シーズン最終盤にしてチームの戦力を底上げし、万年下位のお荷物球団でも”プロ”として渡り合えることを証明した。

 それを理解できない者は、その場にはいなかった。

「ほんと、半端ないな」

 試合開始時間が迫り、球場内が盛り上がりを見せる。

 浩平は外野手用グラブにサイン入りボールを満載する自身の姿に、不甲斐なさしか感じられなかった。



 結論から言えば、楓山珠音のプロ初先発は5回2失点。

 チームは初回からリードをキープし、珠音は8月下旬からわずか1か月の実働で4勝を積み重ねるに至った。

「既にプロ初勝利は挙げられていますが、今日はプロ初先発勝利です。今のお気持ちはいかがでしょう?」

 もはやファンをも超える興奮ぶりを見せるアナウンサーの問いに、珠音は笑顔で答える。

「いや、今日はもう野手の皆さんに感謝感謝です」

 短いイニング、限られた打者に対して全力投球するのとは異なり、流石に一筋縄ではいかなかったが、兄将晴の好リードや野手陣の好守にも助けられ、何とか先発投手としての役割を果たせたといえるだろう。

「もう、とにかく”のらりくらり”といった感じでしたが、野手の皆さんのおかげ、応援してくれたファンの皆さんのおかげで、チームとして勝利を掴むことができました!」

 珠音の言葉に、球場一体となって大いに盛り上がる。

 久しぶりのスタメン出場となった米倉も好守に渋い活躍を見せるなど、選手たちが躍動する光景はまるで下位に沈むチームとは思えず、詰めかけたファンは新旧相まみえる活躍ぶりに、来シーズンの逆襲を期待せずにはいられない。

 この明るい希望を誰がもたらしたのか、球場に集まったプロ野球ファンの中に分からないものはいなかった。

「今日は今シーズンの本拠地最終戦でした。最後になりますが、来シーズンに向けて一言、お願いします」

「――私は、この場に立てたことに満足したわけではありません。常に上へ上へ、進みたいと思っています。トップリーグに加わることができました、登板することができました、勝ち投手にもなりました、今日はヒットも打てました、そして先発ピッチャーとして勝利投手にもなりました。来年はこのチームで、ファンの皆さんと一緒に、優勝の喜びを分かち合いたいと思います」

 珠音が口にした”優勝”。

 言葉に出すことは簡単だが、事実として掴み取ることの難しさは誰もが知っている。

 しかし、球場は割れんばかりの歓声に包まれる。

 この人物は本当に、自分たちを高みへと連れて行ってくれるだろう。

 その期待を、球場に集まったサンオーシャンズのファンは一様に感じていた。

「これからも応援、よろしくお願いいたします!!」

 熱狂的な歓声が、辺り一帯にこだまする。

 まるでペナントレースの趨勢に関与しない消化試合が、これほど盛り上がることなどあるのだろうか。

 少々短くなった陽は珠音のヒーローインタビューを聞き終えると、満足そうに水平線の向こう側へ沈んでいった。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24405627

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