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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第2章 プロ野球編
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5回裏 巣立ちの時を迎える

珠音の静岡サンオーシャンズへの移籍と、それに伴う支配下登録への契約変更が報じられ、プロ野球界隈は一定の盛り上がりを見せる。


一躍、渦中の人となった珠音は浮足立ちそうになる気持ちを抑えて気を引き締めなおし、入団会見に臨もうとしていた。

5回裏 巣立ちの時を迎える


 スポーツ各紙を皮切りに、報道各社は一大ニュースとして速報を発した。

 渦中の当人はといえば各所へ引っ張りだことなり、鳴り止まない着信音に申し訳なさをいくらか感じながらも、スマートフォンの画面を見る心の余裕は与えられなかった。

「楓山珠音、静岡サンオーシャンズ移籍」

 とあるスポーツ紙から発せられたフェイクニュースとも思えたるすっぱ抜きに端を発した騒動は、関連する両球団から遺憾の意を示された直後、珠音の栃木プラーゼンズから静岡サンオーシャンズへの金銭トレードによる移籍が正式に発表されたことで、更なる盛り上がりを見せた。

 加えて、プラーゼンズでの育成契約から支配下登録への切り替えも合わせて発表され、珠音はトップリーグで初めて支配下登録された女性プロ野球選手となった。

「今回の件、本当に申し訳ないと思っている」

 激動の一日を終えた珠音を、球団社長とGMが迎える。

 夜も更けた頃合いではあったが、球団が日頃から懇意にしている食事処が「祝いの席ですから」と好意で店を開けてくれたおかげで、珠音はようやく腰を落ち着けて食事にありつけた。

「本当ならば本人への通知の後にメディアへ公表する流れになるのだが、君へ伝える前に当球団から情報が漏れてしまった。サンオーシャンズ側にも、大変な迷惑をかける形になってしまった。改めて謝罪する、申し訳ない」

 ことの経緯は、呼び出された監督室でのテレビ通話でも伝えられている。

 画面にはプラーゼンズの球団社長とGMだけではなく、サンオーシャンズの球団社長とGM、今シーズンから一軍監督に復帰していた葛城の姿も映し出されており、プラーゼンズ側の釈明を淡々とした様子で聞いていた。

 最も、メディアへは形式上の抗議こそあったもののその意に熱は籠っておらず、メディアが特ダネを得た、というよりもむしろ、懇意にしているメディアに情報を横流しして、話題をかっさらった、という事情が正確なのかもしれない。

 両球団ともに普段から話題性に乏しく、注目を集めるにはまたとないチャンスであることに間違いはなく、知名度向上のためにこの機会を有効活用したにすぎないとも言える。

「いえ、その点については朝にも謝罪をいただいてますし、私としてもそこまで問題には感じておりません。むしろ、トレード移籍と支配下契約にまでこぎ着けていただいて、感謝しかありません」

「そう言ってもらえると助かる」

 球団社長はジョッキに注がれたビールに口をつけ、出された懐石料理に舌鼓を打つ。

「トレードが成立した経緯も、説明のあった通りだ」

 お品書きの一品目の小皿が下げられたところで、GMがサンオーシャンズのチーム事情を説明する。

「サンオーシャンズは来シーズン終了後に沖縄へのチーム移転を予定している影響もあり、チームの低迷と合わせて客足も遠のいている。本拠地の移転資金は数年前にあった主力選手のポスティング移籍やフリーエージェントでの移籍金で確保できているものの、球団経営は順調と言える状況ではない。さらにこと今シーズンに至ってはケガ人続出で、チーム運営にも支障をきたしている。今シーズンからはかつてチームを優勝に導いた葛城監督が復帰して指揮をとっているが、正しく八方塞がりとでも表現できる状況らしい」

「そこで、チームと少なからず縁のある私を加入させて注目を集め、観客増と戦力の底上げの両方に起爆剤としての効果を期待した、と」

 珠音の言葉に、球団社長とGMは頷いて肯定する。

 静岡サンオーシャンズは過去1度の優勝を経験しており、その年は珠音が高校球児として公式戦出場を果たすべく奮闘していた時期だった。

 当時もチーム状況は決して良くはなかったが、ニュースで彼女の姿を見た実績に乏しいベテラン選手たちの奮起から初の栄冠を勝ち取り、その時の中心選手たちは”おっさんズナイン”などと呼ばれ、影の立役者となった珠音は”勝利の女神”などと呼ばれメディアを賑やかした。

「不服かね」

「少なくとも、パンダ役については慣れっこですから、今更ですよ。むしろ、僅かにでも後者としての評価をいただけた喜びの方が遥かに大きいです」

 珠音はにこやかな表情を見せて、本心から出た言葉を口にする。

 言葉に裏がないことをニュアンスで確認できたことは、球団社長とGMを安堵させた。



 珠音が球団首脳との会食を終わらせて自宅に帰ったのは、日付を超えてからだった。

「ただいま」

「おかえり」

 スポーツ選手ならば睡眠も大事。

 デーゲームが基本のファームリーグを主戦場とするプラーゼンズの選手として、珠音と茉穂が夜更かしすることはシーズン中には無いと言っていい。

 それでもこの日ばかりは、部屋に明かりをつけたまま待っていた。

「美味しいごはん、食べてきたんでしょ」

「お祝いと、出来高として球団に入る譲渡金の一部還元に、私をネタにした迷惑料も加えて、ってところかな」

 珠音は慣れないスーツをハンガーにかけ、部屋着に着替える。

 取材慣れはしているつもりだったが、いつもと違う服装で肩肘張ったまま長時間過ごしたらしく、解放感は相当のものだった。

「確かに美味しかった」

「羨ましい。でも、それだけの価値は間違いなくあることだし、むしろこんなんじゃ足りないくらいだよ。あ、麦茶のむ?」

 茉穂は冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注ぐと、食卓でだらける珠音へ手渡す。

「ありがと」

 珠音はコップの中身を一気に飲み干し、小さくため息を漏らす。

「これからバタバタだよ」

 珠音のため息には、この日一日で溜まった疲労だけではなく、どうやらすぐ先の未来への億劫さも含まれていたようだ。

 一プロ野球選手である前に一女性としての扱いは変わらず、コンプライアンスの観点からプラーゼンズ入団の際と同様に選手寮に入ることはできない。

 見知らぬ土地で住居を探す必要があり、そもそもプライベート用の衣服等を多く持っているわけではなかったが、荷物をまとめて栃木から静岡まで送り出すのは一苦労だった。

「部屋探し、兄ちゃんと浩平に手伝ってもらえないかなぁ」

 移籍してしばらくはまた”パンダ”として扱われるだろうが、気を許せる兄弟や幼馴染がいるのは実に心強い。

 最も、一軍に帯同する2人にそこまでの余裕はないだろうが。

「荷物まとめるの、手伝おうか?」

「いや…嬉しいけど、甘えるわけにはいかないかな。茉穂の練習の邪魔にはなりたくない」

 いつしか呼び捨てで呼び合うようになっていた一歳年下の親友は、やっと追いついたと思った矢先にまた遠くへ行ってしまう。

 置いて行かれる寂しさや口惜しさが無いと言えば噓になるが、歩みを止めないライバルの存在を間近で感じ続けられたのは、自身にとっても幸運だったかもしれない。

「それに、私の面倒を見る必要がなくなる分、かえってコンディションが良くなるかもよ」

「その自覚が1ミリでもあるのなら、目覚まし時計を買い足した方がいいかもね」

「ルンバと、ドラム式洗濯乾燥機も必要かな」

 軽快なやり取りの後、2人は顔を見合わせ、声をあげて笑う。

 女子プロ野球時代を含めて、2人で共に過ごし、切磋琢磨した時間は随分と長くなっていた。

「そう言えば、まだちゃんと言えてなかったね」

 茉穂は居住まいを改めて正し、珠音に向き直す。

「珠音、支配下登録おめでとう。すぐに追いついて見せるから、借りる部屋は広めにしておいてね」

「茉穂、ありがとう。球団から補助は出るけど上限もあるし、セキュリティも考えたらそればりにちゃんとした所に引っ越さないといけないからね。家賃の支払いの都合もあるから、なる早でお願いします。最も、また同じチームになれる保証なんてどこにもないけど」

「…それもそうだ」

 2人は再び笑みを交わし、1缶だけと決めてビールに手を伸ばす。

 シーズン中に飲酒することは滅多にないが、祝い事や気分転換を図るために冷蔵庫へいくらか常備していた。

 この先しばらくは2人でゆっくり過ごすこともできないだろうから、この日ばかりは夜更かしすることも含め、野球の神様も許してくれる。

 アルコールの力もあってか否か、2人は遅くまで語らい合った。



 一度動きだせば、物事はとんとん拍子に進んでいく。

 つい先日に報道が出たと思えば、その週のうちには新居が決まり、あれよあれよと引っ越しまで完了してしまった。

 サンオーシャンズの2軍へ合流する前日、球団事務所を訪れた珠音は真新しいユニフォームに袖を通し、割り当てられた控室で入団会見の時間を待つ。

「流石の知名度ですね、会見場にたくさんの報道関係者が集まっていますよ」

 営業担当を実質的に兼務する壮年の球団マネージャーが、年甲斐もなくわくわくしたような表情で目を輝かせている。

 チーム状況がペナントレースへ影響をまるで与えない弱小球団であり、メディアから注目を集めることは滅多にない。

 直近でそれなりに注目を集めたことと言えば、球団移転計画を正式発表した時くらいか。

 フリーエージェント宣言やポスティング申請した選手は、契約締結後に移籍先で会見を行うことが一般的であり、そのような状況でサンオーシャンズは見送る立場にはなり得ても出迎えることは基本的にはなかった。

「世の中が平和でよかったです」

「社会情勢がどんなに悪くても、スポーツ担当者だったら確実に来ますよ。さ、時間になりますので、そろそろ会見場に向かいましょう。GMと監督にも声をかけてくるので、部屋の前で待っていて下さい」

「分かりました」

 マネージャーの背中を見送った後、珠音は立ち上がり、部屋の隅に置かれた姿見で身だしなみを整える。

「Okey-Dokeyってね」

 服のよれはなく、背中には球団から提示された番号の中から選んだ「37」と「T. KAEDEYAMA」の文字。

 記者会見の途中で、背中を見せながら振り返った写真を撮りたい、という要望に応える場面もあるだろう。

「心配しなくても、似合っていますよ」

「おぉぅ…!」

 そんなに時間をかけていた自覚はなかったが、部屋の前にいない珠音を探してマネージャーが扉を開いたのに驚き、思わず低い声が出てしまった。

 面白がってか、マネージャーの後ろからGMと葛城もひょっこり顔を出す。

「うん、似合っているじゃないか」

「より着こなして見せます」

「その意気だ、頼むぞ」

 葛城との短いやり取りのあと、珠音はマネージャーの後に続き、控室を後にする。

「(少しばかり浮足立っていたかもしれない、気をつけないと)」

 珠音は会見場に向かう短い時間をブルペンからマウンドに上がるタイミングになぞらえて、改めて気持ちを引き締めなおした。



 会見は滞りなく進行し、予定時間から30分ほど延長したところで終了を迎えようとしていた。

 延長した原因は参集した記者がやたら熱気を帯びていたからだが、珠音はそのような雰囲気にあてられることなく、一つ一つの質問に対して丁寧に、かつ冷静な返答を続けた。

「プロ野球史上初の快挙でありながら、今日も非常に落ち着いていらっしゃるように見受けられます。どのような要因や心持ちがあるのでしょう」

「要因ですか…」

 最後の質問として出てきな内容を受け、珠音は内心で苦笑した。

 端的に”慣れっこだから”と返したいところだったが、メディアとしては多少なりとエンターテインメント性が欲しいのも確かだろう、と思い至る。

「想定問答集を作っていましたので」

 珠音としてはアメリカンジョーク張りに気の効いた返答のつもりだったが、会場の雰囲気を察するにそれほど面白くなかったようで、笑っているのは状況をただただ楽しんでいた記者席の端に座る立花くらいのものだった。

 もうちょっとキャピキャピした返答を場は期待していたのだろうから、慣れないことをするものではないと反省する。

 ならせめて、誠実で真摯な返答を最後まで貫いた方がいいだろう。

「すみません」

 珠音はちょっぴり恥ずかしそうな笑みを浮かべた後、小さく咳払いをしてから口を開く。

「やはり緊張も当然ありますし、まだ練習にも参加していないことも大きいかもしれません。ユニフォームに袖を通しただけで、実感がまだ湧いていないのかも。それに支配下登録選手になったとはいえ、ファームで登板しているだけではプラーゼンズにいた時と変わりありません。まずは一軍の舞台でマウンドに上がれるよう、今まで以上に気を引き締めていきたいと思います」

 結果的に、最後の返答はメディアも満足するものだったのだろう。

 当日中から展開された各紙の報道などでは妙な切り取りなどをされることなく、珠音の言葉は全て原文ママで掲載された。

「ニュース見たよ、いい表情していたじゃん!」

 最も、予想外なことは一つだけあった。

「もぅ…」

 茉穂からの電話に、珠音は恥ずかしそうにため息をつく。

 てっきり、会見初めで求めに応じた姿―背番号を見せながらガッツポーズ、またはボールを左手に持って突き出した姿―が掲載されるものだと思っていたが、実際は違った。

「まぁ、もはや家族写真だったけどね」

 会見の最後、兄の将晴と浩平がサプライズとして駆け付け登場した後、3人で撮った写真が使われてしまった。

「まさかあの場面とは…」

「会見の動画を見たけど、終始仏頂面なんだもの。やっぱり、自然とはにかんだ表情が欲しかったんじゃないの?」

 相手―メディア―の立場から見れば、茉穂の指摘は最もだろう。

「サービスサービス!」

 照れ笑いを浮かべたその姿は会見中の凛々しい姿からはギャップがあり、カメラマンたちはシャッターチャンスを漏れなく回収した。

 世間に報じられた珠音の姿は正しく等身大で、新たな世界への挑戦を喜ぶ22歳の姿に見えた。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=23796953

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