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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第2章 プロ野球編
66/75

4回裏 テイクオフ

台湾でのウィンターリーグを経て、"プロ野球選手"楓山珠音は大きな飛躍を遂げた。

よくて"敗戦処理"、営業用の"パンダ"として過ごしたプラーゼンズでの1年目シーズンとは異なり、接戦時に投入される信頼ある"投手"としての起用が続く。

そんなシーズンを送る中でも、珠音は日々課題を感じ、その改善に励む。

彼女が求めるのは今のリーグではなく、さらに上の舞台なのから。

4回裏 テイクオフ


 楓山珠音にとってのプロ4シーズン目は、驚きを持って迎え入れられた。

 これは周囲からみた反応は然り、本人も自負するところである。

 史上初の”女子プロ野球選手”と騒がれた前年程の物珍しさはなく、注目度の下がった栃木プラーゼンズの春季キャンプを経て、珠音は首脳陣から”パンダ”としての存在以外の期待を初めて勝ち取り、春季教育リーグでの出場機会を多く得た。

 全てにおいて完璧な結果――とは当然の如くなかったものの、前年の投球内容からの大幅な改善が見られ、投球の中で感じさせた課題も次の登板ではキッチリ修正するなど、地に足付いた様子にチームメイトからの信頼感も鰻登りだ。

「よう、楓山。ネットニュースのコメント欄を見たか?」

「いや、特に見てないですね」

 ケラケラと笑いながら、監督の白河がスマートフォンで読んでいたスポーツ紙の記事に寄せられたコメントを見せてくる。

「ポートスターズのリリーフ陣がオープン戦で軒並みピリッとしない成績だったからか、怒ったファンが”プラーゼンズの楓山珠音をトレードで獲得しろ!”だとさ。お前の成長は”プロ”の目だけでなく、”ファン”の目にも明らかに映っていると見ていいだろう。この調子で頑張れよ」

「――はい!」

 そういえば、この監督から前向きなことを言われたことなど滅多になかった。

 球団組織都合で逆らうことなどできず、只でさえ厳しい戦力でペナントレースを駆け抜けなければならない状況にも関わらず、自分のような”お荷物”を押し付けられたのだから、当然と言えば当然だったのだろう。

 去年は”期待を裏切る”ことに失敗した。

 今年は”期待に応える”ことに成功したい。

 シーズン開幕直前のこと、珠音のギアがもう一段上がった瞬間だった。



 開幕からしばらく、珠音は勝ちパターンーーではなく、リードとビハインドの場面を問わずに接戦時の登板が続いた。

 流れを引き戻す、あるいは渡さない場面を任されたこともあり、時に相手チームの勢いに呑まれ失点する場面も当然あった。

 それでも”よくて”敗戦処理だった前年と比べれば格段に良い投球成績を残し、チームメイトの茉穂へと向けられていた関係者からの注目の視線を奪い返すことに成功した。

「もー、嬉しくていろいろな所のスポーツ紙を買っちゃったよ」

「地元の新聞にも載ってたよ!」

「保存用、観賞用、布教用で3部購入しました」

 中でも、6月に記録した”プロ初勝利”に至っては、ファームリーグにも関わらずスポーツ紙の1面を飾ってしまうなど(トップリーグに大した話題性のある試合がなかったこともあったが)、楓山珠音の名前は再度衆目に曝されることとなった。

「ウィンターリーグ以降の練習成果、出ているじゃないか」

「それでも、課題は多いよ」

 プロ野球は前半戦を終え、所謂オールスター休みの期間。

 前年に”パンダ”としてファームリーグのフレッシュオールスターに出場していた珠音は、この期間のオフ日を狙って浩平と”密会”していた。

 浩平はと言えば、前年ファームリーグとウィンターリーグの好成績を引っ提げて開幕1軍の座を勝ち取り、以降は打撃力を買われて3番手捕手兼外野手として帯同を続けている。 

 規定打席には届かないものの3割に届きそうな打撃成績を残す浩平に対し、疲労もあって夏場に入ってやや失速した珠音は2勝3敗と負け星が先行し、春先程の防御率を維持できなくなっており、2人はプロ野球選手という肩書こそ同じだが、”格”はまるで異なっていた。

「やっぱり、少しでも甘くなれば捉えられてしまうし、立て直すことが難しい。当然と言えば当然だけど、もっと精度を上げていかないことには、まるで話にならないね」

 前年は”如何にして今の舞台で戦うか”を考えていたが、今年は”如何にしてトップリーグのレベルで戦うか”を念頭に置いている。

 珠音の意識する舞台がこの1年で異なることを、浩平は言葉尻から正確に捉えていた。

「手元を見難くしてリリースをいくら堪えても、やっぱり球威がないから”プロ”を名乗るバッターなら間合いを合わせることなんて造作もない。キャッチャーとしてピッチャ-をリードする身としては、如何にして目線を切るかも大事だろうね」

「となると――」

 珠音は鞄から硬球を取り出し、左手の上でコロコロと転がす。

「やっぱり、スローカーブの精度を上げないといけないな」

 投球スタイルを変更して以降、珠音はスライダーとツーシーム、チェンジアップを中心とし、ベース板の左右の出し入れと緩急付けた配球を主体としている。

 高校時代から多用していたタイミングをずらし目線を切るためのスローカーブは、投球フォームを変更して以降は精度が悪く、投球割合が大きく減少していた。

「有効だと思う。この際、キレがなくてもいいんじゃないか?プロの打者が殆ど目にしない80km/h代でストライクゾーンをギリギリ出し入れできるようになると、投球の幅も広がるんじゃないか?」

「そこまで敵に塩を送ってもいいの?対戦した時、きりきり舞いにしちゃうかもよ?」

「それくらいは大丈夫だ。打てる自信がある」

 余裕綽々といった様子の浩平に、珠音は不満げな表情を浮かべる。

 せめてもの仕返しにと机の下で蹴りを加えようとしたが、浩平は見事な見切りを発揮し、より盛大に空振りした珠音は脛を思い切りぶつけてしまった。



 珠音はリリーフという立場でこそあるが、当然ながら全ての試合に出番があるとは限らない。

 それでも、ほぼ毎試合で肩を作り必要があるため、練習以外ではその場面も有効活用しつつ、新たな武器の習得に励んでいた。

 ファームリーグという舞台も有効に活用し、精度を確かめるために実戦で試すことも欠かさない。

 手応えがあれば試行し、新たな課題を見つけて解決を図る。

 それを繰り返したせいかおかげか、シーズン当初は抜群の安定感を誇った防御率は少々頼りない値で落ち着いてしまったものの、それでも前年からは半減し、ようやく一端の”プロ”を名乗れる程度の見栄えにはなっただろう。

「君は納得していないとは思うが、今シーズンの活躍は見事だった。まだまだ上を目指せるし、君もここで止まるつもりはないんだろう?」

 シーズン終了と同時に監督室に呼ばれた珠音は、そこで監督の白河から自身の退任と1年間の労いの言葉受けた。

「正直に言うとね、君を受け入れることには大きな抵抗があった。”実力の伴っていない”、かつ成長の期待を持てない選手を受け入れ、起用しなければならない。プロ野球界にエンターテインメント性が必要ことは重々承知してはいるが、ファームとはいえ”大人の事情”に付き合わされることは億劫だったさ」

 珠音は監督の言葉一つひとつを聞き漏らすことなく、黙って聞き入れる。

 これはこれまでも、これからも受け続けなければいいけない評価であり、かつ覆し続けなければいけない評価でもある。

「でも、今年の君は違った。賑やかしにと許可したウィンターリーグを経て、君は一つ壁を乗り越えたように思える。同じ土俵に立ち、ライバルたちと切磋琢磨する一人のプロ野球選手になった。私の在任中にはトップリーグチームに選手を送り込むことはできなかったが、もしも来年、君がその一人になることができたのなら、その礎を見守れたと誇りに思えるだろう」

 白河はデスクから一枚の封筒を取り出し、珠音へと手渡す。

「オーストラリアで行われるウィンターリーグへの推薦状だ。球団の許可は取っている。今年も台湾でウィンターリーグは行われるが、同じ場所に行っても仕方がないだろう。それに現地ならば投球の組み立ては捕手ではなく投手の意志が大きく反映される。大柄でパワーのある選手に対してどのように投球を組み立てるか、得られる経験は決して無駄にはならないだろうさ」

「ありがとうございます.......期待に添えられるよう、頑張りたいと思います」

 白河は無言で頷き、言葉を二言三言交わしてから珠音の背を見送る。

「入団してきた時は体格通りに小さく見えたものだが、この2シーズンで随分と逞しくなったものだな」

 白河の見たその後ろ姿は、男子選手と遜色のない力強さを感じさせた。



 秋季キャンプも終了して暫く経った11月上旬。

 成田空港には大きな荷物を持った珠音の姿があった。

「お土産はビーフジャーキーね」

「いや、持って帰れないから」

 今回は見送り側に回った茉穂の他、まつりや涼音など長らく付き合った面々がその姿を見送りにやって来る。

「これが終わったら、君はどんな姿になるんだい?あえて――」

「あえて言葉に出すことで、自分にも意図を明確に認知させられるもの――ですよね?」

 少々驚いた表情の涼音に対し、珠音は得意げな笑みを浮かべる。

「私はこの1年磨いてきた”プロ野球の投手”としてのスタイルを確立して、トップリーグに移籍する足場を固めてみせます。二回りも三回りも大きくなって帰って来るので、見ていてくださいね!」

 珠音の言葉には勢いと力強さがあり、聞く者すべてがその実現を実感する。

 やがて大きな翼を広げ滑走路を走る飛行機の姿は、正しくその実現を予感させるものと言えた。


 1か月後。

 日本から見て赤道の向こう側のスポーツニュースで、現地ではマイナースポーツに分類される”Baseball”が話題となった。

 遠く離れた島国から訪れたリスのように小柄に見える女子選手が、熊のように大柄の選手たちを手玉に取っている、と。

 その選手の名前は”Tamane Kaedeyama”。

 珠音はオーストラリアのプロ野球リーグの歴史に刻まれた、”初”の女性選手となった。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22746523

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