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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第2章 プロ野球編
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4回表 原点にして原典

台湾でのウィンターリーグから帰国した珠音は、浩平との練習で得た気付きを自身のものとして形作るべく、かつての仲間に連絡を入れる。


自らの原点に立ち返り、これからの活躍するための足場を固めるため。

珠音にとってこの冬の自主トレーニングは、以降の足跡を語る上での原典となった。

4回表 原点にして原典


 つい先日まで温暖なところにいたせいか、母国の冬がテレビリポーターの報じる以上の厳しさに感じられてしまう。

 最も、現地のウィンターリーグで自らが残した成績と比べれば、この程度の”厳しさ”など生温いものだと、珠音は断言できる。

 敗戦処理中心の登板だったとはいえ、各リーグの有望選手が選抜されたチームを相手に都度炎上したこともあり、防御率はファームリーグのレギュラーシーズンで残した9.56を上回る10点台を喫し、その内容は取り上げられることの少ないオフシーズンかつ異国の出来事であるにも関わらず、一部の好事家の格好の餌食となって記事を書き並べられる羽目になった。

「でも、手ごたえはあった」

 ウィンターリーグ終盤、オフ日を狙った浩平との合同練習で得た気付きを胸に立った最終登板では、手ぐすね引いて投球を待つ相手打者を手玉に取り、初めて無失点で切り抜けることができた。

 首をかしげる打者の様子を見る限り、投球技術により”打ち損じさせた(させられた)”感覚は投手と打者の双方に共通した認識だろう。

「せっかく得たもの、形にしないといけない」

 現地の観光も程々にしてから帰国後、珠音は電話を4か所にかけた。

 1件目は実家、両親への帰省の連絡。

「今年は長くいられるのね。ご飯、たくさん作るわ」

 前年は所属していた女子チーム本拠地近くの宿舎に残って自主トレーニングをしていたこともあり、顔見せ程度しかできなかったが今年は地元を拠点とするため、1か月以上は実家に留まることを伝えた。

 2件目は母校、恩師への連絡。

「授業中は流石に厳しいが、部活の時間と休日なら自分のグラウンドだと思って使ってくれていい。話はつけておく」

 地元を拠点とするにあたり、自ら原点に立ち戻るべく珠音は母校の鎌倉大学附属高校硬式野球部の監督を引き続き務めている鬼頭に連絡を入れ、グラウンドの使用許可を得た。

 3件目は先輩にして、歯に衣着せぬ物言いが特徴的な元女房役への連絡。

「これでも卒業論文に追われている身なんだが?」

 理学部の大学4年生になった水田舞莉は電話越しでも分かるくらいに苦笑しながら、申し出を承諾してくれた。

 4件目は自らと異なる道で、野球と向き合う親友への連絡。

「いいよ。秋のリーグ戦も終わって大学のチームも自主トレ期間に入っているし、楽しみにしてる」

 教員志望の同級生―伊志嶺まつり―は、二つ返事で承諾してくれた。

 頼もしい仲間がいる。

 この事実は、厳しい現実に置かれた現状にも悲観することなく、前進すべく足を踏み出す力の源となった。



 冬の空気は冷たく、海風はそれをさらに険しく感じさせたが、珠音を出迎えた”母校”の雰囲気は暖かい。

 少なくとも、珠音にはそう感じられた。

「先日に話した通りだ。我が校、そしてこの野球部出身の卒業生で、現在は栃木プラーゼンズに在籍する楓山珠音選手が、今日から自主トレーニングとしてグラウンドを使用する。投内連携など、一部の練習には加わってもらう予定だ。折角の機会、皆も彼女からたくさんの経験を見聞きして、レベルアップに努めて欲しい」

 鬼頭の言葉に、選手たちが元気よく返事する。

 野太い男子の声だけでなく、その中に数トーン高い女子の声が混じる様子は鎌倉大学附属高校硬式野球部の特長にして、楓山珠音が残した足跡と言える。

 彼女が高校時代に残した数多くの業績の中で最も大きく輝かしいものは、未だ”特例”扱いでこそあるものの、女子選手の高校硬式野球大会公式戦への出場を認めさせたことだろう。

 これにより多くの”野球女子”は新たな目標を掲げることができ、注目を集めた”女子野球”界はプロリーグを拡張して受け皿を増やすことに繋がった。

「楓山、何かあるか?」

 鬼頭が横に立つ珠音へ、選手たちにかける言葉を求める。

「えー......」

 簡単な挨拶で済ませようかとも思っていたが、初めて会う後輩たちからの期待の眼差し(特に女子部員からは憧れの色が数段上乗せされている)を受けてしまっては、何か”いいこと”を言わなければならない、一種の”見栄”のような気持ちが沸いてしまった。

「皆さん初めまして。野球部OGで栃木プラーゼンズ所属の楓山です。皆さんも知っての通りだとは思いますが、今年から男子リーグに挑戦できたのはいいものの、結果は酷い有様でした。――正直言えば、立ち直れないんじゃないかってくらい落ち込んだ時期もありました。でも、このままでは終われない、終わりたくありません。私は私を変えた母校の環境で皆さんと一緒に練習して、もう一度自分に向き合い直し、来年の活躍に繋げたいと思います。いえ、繋げて見せます。短い期間ですが、よろしくお願いします」

 頭を下げた珠音へ、万雷の拍手が送られる。

 万雷、というのは大袈裟な表現かもしれないが、珠音がエールとして感じた力強さとしての表現ならば過剰とも言えないだろう。

「――お前らも、何か話すか?」

 鬼頭があくまでも”ついで”程度の感覚で、珠音の横に立つ2人の女性を促す。

「どうも、みんなのヒロインの練習パートナーとして引っ張り出されました。在学時は野球部と吹奏楽部と写真部と新聞部に所属していて、それぞれOGの”水鏡涼音みかがみすずね”です」

「......え、誰?」

 突然、別人の名前を語る風変りな先輩に、珠音は我慢できずにツッコミを入れる。

「当然、私のことだよ」

 あっけらかんとした様子で話す”涼音”に、珠音と次に控えて自己紹介を考えていた伊志嶺まつりは唖然とした視線を向ける。

「えっ、え?先輩は”水田舞莉みずたまり”ですよね?」

 少なくとも、珠音の知る彼女は”狙ってそう作ったような”名前で、且つそれを気に入っていたはずだ。

「今は違うよ。この学校にいた頃はいろいろと事情があって、”水田舞莉”と名乗っていました。さっき言った、”水鏡涼音”が本名です。よろしくお願いいたしまーす」

 どこからツッコミを入れていいのやら分からない自己紹介にその場の一同が困惑し、拍手はまばらとなる。

「えーっと、伊志嶺まつりです。大学でも――」

 続いて自己紹介をする羽目になったまつりも、言葉選びに困ってしまっていた。

 その様子を楽しむようにケラケラと笑う彼女の隣。

 鬼頭はコッソリと、スマートフォンに登録されていた名前を変更した。



 自己紹介の後、部員たちと同じメニューでアップに加わってから、珠音と涼音はブルペンに向かった。

「いやー、久し振りだとキツイねぇ。最近は研究室に籠りきりで身体を動かす機会もメッキリ減っていたから、怠惰な自分を責めたい気分だよ」

「運動不足と言いたいのかもしれませんけど、それであれだけ動けているのなら誰だって嘘だと言いますよ」

 プロ野球選手である珠音や、まつりのように大学で男子に交じりプレイを続けているならまだしも、一見する限りは普通の女子大学生(しかも理系)が何食わぬ顔(どこか、手を抜いているくらいの余裕まである)で練習メニューをこなしている事実に、部員たちは驚愕の表情を浮かべていた。

 彼女を知るからこそ珠音や鬼頭は何も思わなかったが、一般的な思考回路で考えれば部員たちの反応の方が一般的だろう。

「で、だ。悩める子羊としては、どんなところに注力していきたいんだい?あえて言葉に出すことで、自分にもパートナーに対しても意図を明確に認知させられるというものだよ」

 飄々とした雰囲気から一転し、涼音は本題とばかりに声のトーンを低くして語る。

「――プロの投手として、打者を打ち取ることだけに拘りを持ちたいと思っています。打者から嫌がられる、そんな投手に自分を作り変えたいと思います」

「今は理想の姿から程遠い、と?」

「何せ”バッピ”らしいですから」

 珠音は臆することなく、エゴサーチで自らに向けられた評価用語を述べる。

 専門的なアドバイスだけに限らず何か気付きになればと情報収集は貪欲に努め、中には目を背けたくなるようなコメントが多かったのも事実だった。

 だが、そんなことは高校時代に公式戦出場に向けて活動していたこ頃に慣れっこであり、意図せず過去の経験が活きる形となった。

「投球フォームから見直したいと思います。これまではあくまでも自分が投げやすいだけのフォームでしたけど、打者目線で球の出所がより分かりにくく、思った以上にボールが来ない錯覚を生む。純粋な打ち難さと、高い精度のコントロール。打者から嫌われるようないやらしさを身に着ける、その一点を追求します」

「前振りなしのコメントにしては、目的と目標がハッキリと明示できているね。よろしい、よろしい」

 道標は立っている。

 そのこと確認できた涼音は満足そうに頷くと、プロテクターを身に着けてキャッチャーボックスに座す。

「私は左打席から見た方がいい?」

 まつりの質問に、珠音は頷いて応える。

「まずはそうだね。対左のリリーフが私の第一の仕事になるだろうから。ゆくゆくは左右の打席、両方からも打ち難い軌道で投げられるようになりたい」

「おっけ。避ける準備はちゃんとするから、思い切りよく試行錯誤してみて」

 プロとは言え根本から全てを見直す以上、制球が定まる保障はなかった。

「それじゃあ、お願いします!」

 珠音の合図に、2人はジェスチャーで返事する。

 その後はひたすらに反復練習。

 スリークォーターだった投球フォームは腕を下げてサイドスロー気味に変更し、身体の開きをギリギリまで抑えて手元を隠しながら、やや左打者に向けて足を踏み出すようなクロスステップ―俗に言うクロスファイヤー―に切り替えた。

「んー、もうちょっとリリース我慢できる?」

「やってみる」

 左打席に立つまつりの生の意見を参考に、その場で即行動。

「もうちょい」

「おっけ」

 短いやり取りで微修正を繰り返し、途中休憩や部員たちの練習に交じり気分を変えつつ形を作り上げていく。

「しっくり来ないなぁ」

 今日がダメなら明日、明日もダメなら明後日。

 昨日できたことができないなら、また見直して。

 録画した投球動作を都度見返しながら、精度を高めていく。

「炎上がなんだぁ!」

「ちょっと、あんた目立つ人間なんだから落ち着け!」

 時には練習帰りにアルコールを入れ、顔を真っ赤に染めながら野球談議に花を咲かせることもあった。

「いい、それいいよ!」

 母校で練習を開始してから1か月が経過し、カレンダーは新しいものへと移り変わってしばらく経過した頃、”右打席”に立ったまつりから歓声が上がる。

 涼音が来られない時にはまつりが捕手役を、時にはかつての仲間たちが駆けつけ、彼女の新スタイルは9割がた固まった。

 あと半月も経たずして、チームの合同自主トレが開始される。

 何とか間に合った、と、珠音は胸を撫で下ろす。

「いけそう?」

 母校での練習最終日。

 クールダウンする珠音に、まつりは率直な気持ちを問い掛ける。

「いける。今の私は、そう言える。絶対に活躍して見せる」

「その意気だ。力強さ、取り戻したね」

「そうですか?」

 涼音は後輩の瞳、その奥まで覗き込む。

「久し振りにあった君の瞳は、高校2年生の秋......つまりは君が1年生だね。その頃、公式戦に出場できないフラストレーションを貯めていた頃、そして野球から離れようとして居た頃にそっくりだった。でも、今は違う。周囲を巻き込み、目的目標に向かって突き進んでいた頃と同じくらい......いや、それ以上の力強さがある。私にはそう感じられるよ」

「――ありがとうございます。2人のおかげです」

「期待しているよ。また躓いたら声を掛けて欲しい、ここに集まろう。振り返り戻ることだってできるし、私の名前のように取り戻すことだってできる。ここは君にとっての原点であり、楓山珠音という人生のストーリーにおける原典だ。忘れないようにね」

 珠音は小さく頷き、涼音の言葉に応える。

 躓いたって、転んだって、何度でも立ち上がって見せる。

 この道を進むと決めたあの日あの時を再び胸に刻み付け、楓山珠音はプロ4シーズン目を迎えた。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22418983

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