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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第2章 プロ野球編
63/75

3回表 相対す老夫婦—ウィンターリーグ2—

ウィンターリーグ開幕戦。

珠音が所属する桃園ホエールズは、浩平の所属するJAPAN WESTと相対する。


トップリーグからの選抜チームとはいえ、主体はファームリーグを主戦場とする若手選手。

それでも、プロスカウトが見極めた"将来性"と"伸びしろ"は圧倒的で、桃園ホエールズは初戦から大量リードを許してしまう。


試合の趨勢が決したタイミングで、珠音に登板のチャンスが訪れる。

打席に迎えるのはかつての恋女房—土浦浩平―。

珠音は3年間で培った全力で、"格上"の存在に挑む。

3回表 相対す老夫婦—ウィンターリーグ2—


 参加する選手たちそれぞれの想いが交錯するアジアウィンターリーグ。

 カレンダーは冬を示しているものの、日本より南に位置する台湾はまだまだ暖かく、全力を尽くそうと奮闘する選手たちは全身から汗を溢れさせる。

 舞台は台湾北部で玄関口とも言える国際空港が位置する桃園市。

 その中心部からほど近い位置にある桃園国際球場で、日本プロ野球の未来を担うことを大いに期待される若手選手のチーム―JAPAN WEST―と、夢を掴み取るべく各国から集まった挑戦者チーム―桃園ホエールズ―が相対する。

 1人ひとりの力で言えば、挑戦者たちの方が若手選手たちよりも経験や能力で勝っている点が多いかもしれない。

 だが、プロスカウトが見定めた”将来性”や”伸びしろ”といった個々の才能には目を見張るものがある。

 プレイの一つ一つにその片鱗が見られ、個々の総合力に優れた―悪く言えば、小さくまとまった―ホエールズの選手たちの胸を借りるかのように、それぞれの可能性を遺憾なく発揮する。

「”これが日本のプロスペクトの実力か、思っていた以上だ!”」

 開幕投手のトーマス―アメリカ国籍で現地独立リーグ所属―が、登板を終えてベンチに戻るや否や、天を仰いで声を荒らげる。

 当然、英語を発していたので正確に何を言っているのかは分からなかったが、その仕草と登板成績から、言わんとすることは嫌でも分かる。

 制球にやや難のあるもののフォーシームの威力を武器とする彼の投球は、ボール球を悉く見極められ、不利なカウントからフォアボールを嫌って甘く入ってしまった投球を痛打された挙句、5回もたずに降板となってしまった。

 独立リーグ所属とはいえ、野球の本場であるアメリカから来た彼の言動からは、アジアウィンターリーグ参加者を潜在的に”格下”と認知している節をいくらか感じられた。

 心をへし折った...とまではいかないだろうが、鼻を折るくらいの衝撃だったのだろう。

 時折漏れ聞こえる溜め息の深さが、秘めたる思いをを物語っていた。

「まぁ、そうだろうねぇ」

 珠音はその様子を見ながら、彼の投球を思い返す。

 少なくとも試合開始直後―2アウトまで―は、自負する実力を発揮できていたのだろう。

 相対した3人目の打者―土浦浩平―に、彼の感覚でもトップクラスに”ノッた”フォーシームを完璧に捉えられ、センターバックスクリーンに直撃する大飛球を打たれて以降、自信の揺らぎと共に投球内容は悪化していった。

「あれが、3年間のプロ生活で浩平が身に付けた力か」

 正確には、その一端だろう。

 珠音は心の内で、浩平の努力と花開きかけた可能性へ心からの賛辞を送った。



 試合展開を見る限り、桃園ホエールズとJAPAN WESTによるウィンターリーグ開幕戦は、中盤まで互角の戦いと言えた。

 ホエールズ先発のトーマスは結局4失点でノックアウトされてしまったが、その後の救援投手陣が何とか踏ん張り流れを引き戻すと、打線は2番手投手―よく見ると空港で辺りをキョロキョロと見回していた選手―が先頭打者へ死球を与えた隙に付け入って3点をもぎ取り、これ以上は離されまいと喰らい付く。

 それでも、イニング途中から交代した別の投手を浩平が上手くコントロールし、ピンチの場面を切り抜けたため、ホエールズは逆転の機会を逃してしまう。

 すると流れはJAPAN WESTへ傾き、回跨ぎをしたホエールズの3番手投手に集中打を浴びせかけ、ホエールズは8対3とリードを許したまま最終回の守備に就いた。

「"桃園ホエールズ、選手の交代です。投手は陽に代わりまして、楓山”」

 たぶん、場内に流れているアナウンスはこんなことを言っているのだろうと考えながら、珠音はマウンドに向かう。

 敗色濃厚の試合展開、正しく敗戦処理としての登板だが関係ない。

 どのような場面であっても、自身の未来を切り開くべく目をギラつかせていることには変わりはなく、打席での一球一球や守備機会など、意識を切らすことなどできようはずがなかった。

 目立った成績を残せなかったものの、試合途中での交代とはなったが茉穂も持てる実力を存分に発揮したと言える。

 珠音としても、”後輩”となる彼女に後れを取る訳にはいかない。

「(私の力が、どこまで通用するのか)」

 他の選手と同様、自身が挑戦者であることには変わらない。

 それでも、一歩引いた視点に立っている自覚はまるでなかった。

 珠音が対するJAPAN WESTの先頭バッターは、育成契約ながら西日本ファームリーグで3位の盗塁数を記録した”原石”である。

 打撃と肩の弱さが課題とされているが、スタメン選手の代走として出場した場面では自慢の脚力を発揮し、盗塁と得点を記録していた。

 捕手からのサインを確認して首を縦に振り、珠音は台湾での第一球を投じる。

 結果を強く求めるあまり、打者は打ち気に逸るだろう。

 気概を削ぐべく投じた100km/hに満たない緩いカーブに、バッテリーの術中にはまった打者は体勢を崩しながらバットを出してしまう。

「ピッチャ-っ!」

 しかし、育成契約とはいえ海外派遣されるだけの実力者であることには変わりない。

 バットの先に当たったボテボテ打球は珠音の右をすり抜け、遊撃手が捕球した頃には、打者走者は悠々と一塁ベースを駆け抜けていた。

「打ち取っていた、ドンマイだ」

 日本の独立リーグでプレイする一塁手が、励ましの言葉を掛けながら返球する。

 その後方では、打者走者が自身の見せ場を作り出せたとでも言いたげに誇らしげな笑みを浮かべていた。

 彼は自身の強みを存分にアピールし、来春のキャンプかオープン戦あたりでの支配下登録を目指しているのだろう。

 ことこの競技について言えば間違いなく超人揃いトップリーグ。

 そんな中で生き残るために彼が選んだのは、一つの技術に特化する―スペシャリストになる―道だった。

「(確実に、走ってくる)」

 夢の舞台で地位を確立するためには、彼は”確実に盗塁を試みる”警戒された場面で仕掛けなければならない。

 珠音は一塁へ牽制球を送るが、大きなリードを取る未来のスペシャリストは”分かっていました”とでも言わんばかりに、悠々と足からベースへ戻る。

「(初球は盗塁警戒で、直球を外角高めに外す)」

 捕手の意図を完璧に読み取り、珠音が次打者に投じた初球。

 厳しい警戒の中で完璧なスタートを切るとは、捕手からの送球が届く一拍前にはその足を二塁ベースに滑り込ませていた。

「(......凄い)」

 戦う舞台は東西分かれているとはいえ、ファームリーグを戦場とする”同じ”育成選手。

 だが、自分とは決定的に違う。

 珠音はよく知らぬライバルとの対戦に心踊ることなく、むしろ実力差を目の当たりにして挫けそうになった。



 珠音がマウンドに上がってから相対した打者は5人、奪ったアウトカウントは2つで失点1。

 ただ、内容は相手チームの進塁打と犠牲フライで”貰った”もので、感覚として打者との勝負に”勝った”とはお世辞にも言えなかった。

 敗色濃厚の試合とはいえ既に1失点。

 厳しいことには変わりないが、勝利を掴むためにはこれ以上の失点は決して許されない。

「この場面で浩平か...」

 なるべく多くの選手に出場機会を与えようとするオフシーズンゲーム、かつワンサイドゲームになりつつある試合展開でもまだ、浩平は交代することなく3番打者としてラインナップに名を残している。

 考えすぎかもしれないが、それだけ球界として彼の将来を期待している、と言えるのだろう。

「("力試し”にはうってつけだ)」

 珠音は大きく息を吐きだし、”格上”の選手に対し全力で臨むべく集中力を高める。

 実力は劣るとはいえ、自身も高校卒業後の3年間、何もしてこなかった訳ではない。

 もはや別世界の人間となりつつある元恋女房に、今のできる限り、自分の全力を見てもらいたい。

「ストライク!」

 主審の手が上がる。

「(よし)」

 フォーシームの制球は甘くなったが、ボールに力は上手く伝わっていた。

 結果はどうなるかは分からないが、今の自分はしっかりと見せられているだろう。

 続けて投じたフォーシームはこの日の最速こそ記録したが、外角に外れてボール。

「(......ん?)」

 ふと、珠音と浩平の視線が交錯する。

 直近で対面することはなかったとはいえ、小学生から高校卒業までバッテリーを組んだ仲である。

 相手の考えを100%理解することはできなくても、高い理解度で察することはできる。

「(――どうして?)」

 全力で投じた第三球。

 自身の意図とは少し違うが、それなりに厳しいコースへフォーシームが真っすぐ進む。

 ボールが木製バットとぶつかったとは思えないほどの甲高い衝突音を残し、打球はあっという間にスタンドに突き刺さる。

 浩平は打球を見送った後、交錯した時と同じ想いを胸に珠音を見遣る。

 込められた感情は”失望”。

「そりゃ、そうだよね」

 次打者が早々に打ち損じてイニングは終了し、珠音はマウンドを後にする。

 投球成績は打者7人に対して被安打4、失点4。

 突き付けられた現実に肩を落とす珠音には、浩平の真意を考察する余裕などまるでなかった。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22097654

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