2回裏 南国へ—ウィンターリーグ1—
珠音と茉穂は、冬でも温暖な台湾の地に降り立つ。
様々な想いが織り成すアジアウィンターリーグの舞台には、2人のよく見知った人物―土浦浩平―の名前があった。
着実に力を伸ばす元相棒の姿を眺める珠音。
その姿勢が、自ら一歩引いてしまっている事実に、彼女自身が気が付いていなかった。
2回裏 南国へ—ウィンターリーグ1—
今年の冬将軍は気が早いようだ。
お天道様は夏の陽気をさっさと引っ込めると、直近では珍しくまとまった期間で”秋”を感じさせつつ、カレンダーはめくられていく。
「あっつ」
空港を出た珠音は差し込む日差しに、思わず目を瞑る。
スポーツの秋が終わりを迎え、つい先程まで感じていた肌寒さは何処へやら。
肌に感じる温暖な気候は、まるで季節がひっくり返ったように勘違いさせるほどだった。
「さすがは南国、といった感じだね」
横に立つ茉穂は、いつの間にかサングラスを身に着けている。
その姿がやけに様になっているのは、可愛いらしさと綺麗さが程よく混ざった容姿の彼女が持つ、天性のものに違いない。
「それにしても、本当に海外に来たんだなぁ」
「日本からの観光客も多く来る場所って聞いているけど、その割には日本語が殆どないね。まぁ、日本じゃないから当然っちゃ当然か」
2人の”女子プロ野球選手”が降り立ったのは、台湾桃園国際空港。
本州から見て沖縄県よりもさらに向こう側、日本列島から見て南西に位置する台湾の玄関口に、彼の地で約1か月間開催されるアジアウィンターリーグに選手登録された選手たちが大荷物を持ち、続々と姿を現す。
中には初めての海外渡航なのか、どこか浮かれた様子で辺りをキョロキョロと見渡す若手選手も見受けられた。
「あれ、あの選手って...」
「10月にポートスターズから戦力外通告を受けた選手だね」
参加者は翌年以降の活躍が期待される有望株だけとは限らない。
戦力外通告を受けて以降、活躍の場を国内球団に限らず求める中堅選手も幾人か含まれており、契約を勝ち取るためのトライアウトリーグへ臨む表情には鬼気迫るものがあった。
「改めて思ったけど、私たち何で選手登録されたんだろう。プラーゼンズの選手がいない訳ではないけれども...」
リーグの運営組織から指示されたバスに乗り込み、2人は一息つける。
「入団直後の私が”プラーゼンズ選手”として派遣されるのも不思議な話だよね。ウィンターリーグの運営組織も、アジア地区の有望選手を集めただけじゃ話題性に欠けると思っているんでしょう。広告収入を考えたら、私たちはいい”ネタ”になるからじゃないかな」
「......だよねぇ」
茉穂の考えは的を得ており、後に立花が行ったリーグ運営への取材により事実であることも明らかとなる。
珠音もそのことが分からない訳ではなく、期待値込みの実力だけで選抜された訳でないことに、”プロ野球選手”の肩書を持つ身として釈然としない思いがあった。
「期待を裏切ろう、いい方に。彼もきっと、対戦を楽しみにしているよ」
茉穂は手元に登録選手の資料を出し、一つひとつ確認する。
その中に、2人のよく知る名前があった。
「”静岡サンオーシャンズ所属 土浦浩平”」
珠音がノンプロ時代にバッテリーを組み続けた元女房役。
直近では連絡こそ時折取る機会こそあるが、ファームリーグの地区が異なり直接対戦の機会は得られていない。
自主トレ期間中も浩平はベテラン選手に”弟子入り”志願して地元に戻ることはなく、年末年始も実家に顔を出すことはなかった。
「(今の自分を見て、浩平は何を感じるだろうか)」
珠音は小さく嘆息する。
無用な心配だと自らに言い聞かせても振り払うことができず、気持ちの切り替えに時間を要してしまった。
台湾で開催されるアジアウィンターリーグには、開催地である台湾プロ野球リーグ選抜1チーム、日本からはプロ野球”トップリーグ”選抜としてそれぞれ1チームずつの2チーム、韓国プロ野球リーグ選抜1チームに加え、トライアウトチームとして2チーム、計6チームが開催の都度編成、参戦している。
5チームに対してホームアンドアウエー各2試合、全100試合が台湾各地の球場で行われ、上位4チームによる一発勝負のトーナメント戦によりリーグ王者が決定される。
トライアウトチームは興行面を意識して、ウィンターリーグ運営組織の”ご意向”―出資比率―により編成が左右される欠点こそあるものの、”プロ”を志す選手にとってアピールの場であることには変わりない。
「これ、レプリカじゃないよね?」
「流石にそれはないんじゃないかな」
赤を基調としたユニフォームに身を包み、珠音は着心地を素直に評価する。
選手登録された選手たちは所属チームのものではなく、ウィンターリーグ専用のユニフォームに身を包むが、運営が編成に直接関与するトライアウトチームは資金に乏しく、何かと”低予算感”が否めない。
「選手登録されただけでも御の字なんだから、細かい事に気にしてもしょうがないよ」
前向きなコメントを残す茉穂は早くグラウンドに出たかったのか、一足先に着替えを終えている。
同じユニフォームを着ているにも拘わらず、着こなしにチープさは感じられない。
「――それもそうだね」
茉穂と”絵面”で張り合うつもりなどまるでない珠音は、早々に白旗を上げて降参した。
「それじゃ、グラウンドに行こうか!」
運営組織の”ご意向”により選手登録されたであろう2人は、当然の如くトライアウトチーム―桃園ホエールズ―所属となった。
派遣元所属として栃木プラーゼンズとされている選手は他にも2名選手登録されているが、いずれも所属はトライアウトチームとなっている。
トップリーグチーム選抜とはいえファームリーグへの出場が殆どの若手選手が選手登録され、ファームリーグにのみ所属するプラーゼンズの選手が登録されないあたり、チームや選手としての実力差をまざまざと見せつけられているようだった。
グラウンドに集った選手たちは揃いのユニフォームで統一感こそ出しているものの、飛び交う言葉は様々だった。
一括りでまとめれば”アジア系”が多数を占めることには変わり無いが、アジア圏のプロ野球リーグへ自身を売り込みにはるばる来日した欧米出身選手も幾人か含まれている。
寄せ集めをチームとして組織化すべく、球団として通訳を2名―現地外国語大学の学生アルバイト―配置しているものの、当然ながら全てをカバーすることはできない。
日頃のコミュニケーションはスマートフォンの翻訳アプリを駆使すれば何とかなると高を括っていたが、競技としての”野球”を成立させるためのチーム連携の難しさは、練習開始1時間でまざまざと感じられた。
「珠音、こんな環境でよくやってるね」
「国内だったらもうちょっと楽だよ」
初日の練習が終わる頃には慣れない環境も相まり、2人は正しく”ぐったり”といった様子を見せていた。
2人は筋骨隆々の男子選手の中に紛れ込んだ華奢で小柄な女子選手、その様は正しくクマとリスであり、接触プレーに巻き込まれたらただでは済まされない。
即席チームで且つ、意思疎通が儘ならない状況では普段より数段気を配る必要があり、それはプロとして男子選手と同じ舞台に立った経験のない茉穂なら尚更だった。
「1週間かぁ」
前途多難な船出であることに変わりはないが、形はどうあれ与えられたチャンスを活かさない訳にはいかない。
そもそも、選手登録されただけで試合に出場できなければ、アピールなど何もできないのである。
約1か月間続くリーグ戦の開始まで急造チームに用意された準備期間は極めて短いが、2人はなりふり構わず、持てる全力で取り組んだ。
開幕までの怒涛の1週間が経過し、環境の変化にも身体が慣れてきたころ。
疲労が無いと言えば嘘になるが、懸念されていた食事が思いの外、身体に合ったことも合わさり、2人はリーグ開幕を万全の状態で迎えることができた。
その甲斐あってか将又、興行面を考慮してかは定かではないが、茉穂は9番レフトとしてスタメンを勝ち取り、珠音もリリーフ登板の可能性を伝えられている。
付け焼刃の連携はお世辞にも優れているとは言えないが、それぞれの言語やベースとなる文化が異なるとはいえ、互いに同じ競技に取り組む者。
試合を行う上で最低限のレベルには達していると言えよう。
初戦の相手は日本プロ野球から派遣された選抜2チームのうち、西日本ファームリーグから選抜されたチームーJAPAN WEST―であり、発表されたラインナップの中核には見知った名前が記されていた。
「浩平、選抜チームで3番キャッチャーか。凄いな」
バックスクリーンを眺めながら、珠音は”元女房役”が着実にプロ野球選手として成長している様に感心する。
頻繁に連絡を取り合っていない、直接対面していないだけで、ノンプロ時代の相棒の動向は、やはり自然と意識してしまうもの。
浩平はあくまでも”女子選手 楓山珠音”の女房役程度と無名に近しい存在だったが、顔見せ程度とはいえ1年目から1軍の舞台を踏むなど実績を積み、3年目シーズンは2軍の中軸打者として西日本ファームリーグのMVPと本塁打王を獲得し、与えられた1軍出場のチャンスで初めてのホームランを記録するなど、翌シーズン以降の飛躍を大いに期待される存在となっていた。
「映像で見るのと、実際の姿を直に見るのは違うなぁ」
試合前練習では時間の都合で声を掛けることはできなかったが、ベンチ前で素振りをする姿を遠目で見る限り、もともと恵まれていた体格は高校時代より数回りは大きくなっているように見える。
対戦機会が得られれば、自身の腕試しとしては格好の相手。
珠音はこの時、浩平を”ライバル”としてではなく、憧れる世界の人間として一線を引いて眺めてしまった事実に、まるで気が付いていなかった。
Pixiv様にも投稿させていただいております。
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