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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第2章 プロ野球編
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2回表 紅一点の悪目立ち

独立リーグを除き、球界初の"女子プロ野球選手"となった珠音だったが、ルーキーイヤーは広告塔としての優秀さがかすむ程に厳しい成績となり、高校後半から順調に重ねてきたキャリアからくる自信をへし折った。


続く教育リーグでも芳しくない成績の珠音に対し、2人目のパンダ―女子プロ野球選手―が内定した茉穂は、ウィンターリーグへの参戦を促す。

2回表 紅一点の悪目立ち


 ファームリーグの公式戦日程はトップリーグに準じている。

 異なる点があるとすれば、シーズンが少し早く始まり、そして終わることだろうか。

 強いて言えばデーゲームを基本としており、1軍のように空調の効いたドーム球場で試合が行われることなど殆どないことが挙げられる。

 しかし、球界の未来を嘱望される選手たちは立ち止まることを許されない。

 シーズン終了後は若手選手を中心とした教育リーグが開催されるほか、国内外のウィンターリーグに参加することさえある。

 未来を担う選手たちはトップリーグよりも長いシーズンを戦い、子どもの頃からの夢を叶えるため、実力と自信を身に着けて、後に続く者への憧れとなるべく日々の研鑽を積む。

「――はぁ」

 画面に映し出された躍動する選手の姿を見て、珠音は深く嘆息した。

 カレンダーは気付けば10月まで到達し、ファームリーグはレギュラーシーズンが終了し、ファーム日本選手権を明日に控えている。

 トップリーグはプレーオフの時期に差し掛かり、短期決戦の熱気はスポーツ紙やニュースを賑やかしていた。

 珠音の所属する栃木ブラーゼンズはといえば、例年通りにファームリーグ下位争いから抜け出すことはできず、このシーズンはチームから誰一人としてトップリーグ入りを果たせなかった。

「暗いなぁ、幸せ逃げるよ?」

 茉穂の問い掛けに、”真下から”の返事はない。

 アンニュイな雰囲気で自身に抱き着き続ける友人は、明らかに落ち込んでいる。

 女子プロ野球リーグもシーズンが終了し、彼女は加入4年目にして2度目、そして歴代最高打率を記録して首位打者を獲得した。

 前年に”男子リーグ”への移籍を果たした珠音の存在もあってか今オフの去就が少なからず話題になっている。

 この日は互いにシーズン完走の健闘を称え合うべく、珠音の自宅を訪れていた。

「いいもん、今この瞬間が幸せだから」

「(酔ってるなぁ......)」

 耳まで真っ赤に染まった姿に、茉穂は苦笑を浮かべる。

 珠音は酒に弱い。

 普段から女子野球選手の革命児として気を張り続けていることもあり、気を許した数少ない相手の前で飲酒すると酔いが回りやすいのかすぐ気が緩み、弱気な一面が前に出てしまう傾向にあった。

「何もできなかった」

 珠音は深い溜め息のあと、ぽつりと呟く。

 例年通り、シーズンを通してまるでいい所が無かった栃木プラーゼンズにとってはほぼ唯一の話題と言えば、高校時代の活躍から世間で知らない人などもはやいない、今をときめく女子野球選手”楓山珠音”に他ならない。

 チームとしての話題が地元紙を除いて殆ど報じられない一方で、彼女の一挙手一投足だけは都度スポーツ紙を賑わせた。

 その点で言えば、珠音は広告塔―パンダ―としての役割は果たせていたかもしれない。

「登板40試合で内先発1回。投球回は32イニングで0勝2敗2ホールド、奪三振9」

 ポツリポツリ。

 雨樋から少しずつ水が零れるように、珠音は自身のシーズン成績を呟く。

 基本的にビハインドゲームと苦境の続くプラーゼンズで中継ぎ登板が主だったこともあり、勝敗に直接関わる指標の数字は伸びず、打たせて取るピッチングが主体となったこともあり奪三振数も少数に終わった。

「防御率9.56」

 深い溜め息の後、漏れ出した珠音の声には悔しさがまるで隠されていなかった。

 防御率はその投手が9イニング投球した際、自責点をどれだけ記録するかを表している。

 その値が9を超えるとはそれ即ち、1イニングに1点以上、つまり登板すればほぼ必ず、自責点を発生させることを示している。

 ファームリーグにのみ参入するチームではあるが、トップリーグに準ずる”プロ野球選手”であることには変わりがない。

 この成績は正しく、”プロ”の投手として実力不足であることを豪速球で突き付けられたに等しい。

 声に出したことで悔しさが増したのか、茉穂に抱き着く力が強まる。

「頑張った、珠音は1年頑張ったよ」

 茉穂はまるで年の離れた妹をあやすかのように親友の頭をなでると、珠音は子供っぽい笑みを見せていた。

「うん――よし」

 珠音は心の中のもやを強引に振り払い、茉穂を開放する。

「今日は呑むぞ!!」

「――ははは」

 珠音は酒に弱い。

 正確には、アルコールに弱く飲める量は多い、が正しい。

 深酒に付き合わされた茉穂は踏んだり蹴ったりの夜を過ごし、翌日の予定をキャンセルした。



 やはり無理がある。

 本人の感情などいざ知らず、メディアと評論家は珠音のルーキーイヤーを断定表現で論じた。

 女子野球界では”本格派”と言えるほどのスピード、キレを有した珠音の投球スタイルは、ファームリーグ水準で見ても並以下と評価された。

 平均球速が120km/hを超える直球は正しく打ち頃で、インターネット界隈では”バッピ(バッティングピッチャ-の略)”と揶揄される始末である。

 同一条件で比べる対象は他におらず、珠音が駆け抜けたこの1年が優れた成果なのか、世間の評が適切なのか、真に中立的立場で適切な判断を下せる者はいない。

 唯一無二、男性社会の中に一輪だけ花開いた花―正しく紅一点―だからこそ、珠音の存在は良くも悪くも目立っていた。

「記者という立場も辛いねぇ」

 立花は珠音に対する様々な論評を精査しつつ、自身の特集記事を練り上げる。

 視聴者、購読者、閲覧者を楽しませる。

 自身がメディアにおいてエンターテインメント性を作り上げる末端の人間であることに変わりはない。

 自身が成果を上げるためには、取材対象の心情にギリギリ配慮した範囲で”ネタ”にしなければならない。

 ギリギリの配慮。

「はぁ...」

 互いに学生の頃に知り合い、社会人になった今ではある意味で”仕事仲間”となった高校の後輩に対し、立花は文末で一言、本音を書き入れる。

『楓山珠音はこんなものでは終わらない』

 この瞬間ではもはや個人の願望とも思える言霊が顕現するまで、まだ少々の時間が必要だった。



 今年のドラフト会議は、またも華やいだ。

 各球団が支配下選手ドラフト指名で前途有望なスター選手の原石を数多く指名し、それと同時に輝きを放ち切れなかったスターダストは球界を去る。

 全選手が育成契約の栃木プラーゼンズ首脳陣はメディアや観覧者の減った育成選手ドラフトで初めて登場し、その最後の指名でまたも世間を賑わせた。

「6巡目指名、栃木プラーゼンズ。鍛冶屋茉穂」

 女子野球界で当代一の投手が珠音ならば、野手は茉穂と言えるだろう。

 女子野球での成績は誰もが認める程で、入団に関わるストーリーは出来上がっている。

 また、彼女は野手であり、ケガさえなければ例え成績が伴わなかったとしても全試合出場が可能であり、登板機会の限られる投手の珠音よりも”パンダ”としては優秀である。

 既に珠音は次年度の契約締結は内定しており、広告塔2人の存在は球団経営に大きく貢献することだろう。

「誰も”プロ野球選手”としての私たちには期待していないだろうね」

 所属球団の事務所で会見を行った後、”パンダ”2人は連絡を取り合った。

 珠音はチームに帯同して宮崎県で行われる秋季教育リーグに参戦中であり、再びチームメイトとなれた親友へ対面で賛辞を送れないことを心から残念がった。

「だからこそ、いい意味で期待を裏切らないといけない」

「――そうだね」

 茉穂の前向きな発言に対し、珠音はやや歯切れの悪い返答をする。

 もやつく気持ちを都度、振り払ったとしても、現実として教育リーグでの登板成績は今のところ芳しくない。

 プレーオフ対策として1軍メンバーが並んだトップリーグチームとの対戦では心が折れそうな程に打ち込まれ、色めき立つメディアにコメントを求められた相手チームの首脳陣からは「実戦練習にならない」と一刀両断されたばかりだった。

「珠音はウィンターリーグ、参加しないの?」

「え?」

 茉穂の問い掛けに、珠音は素直な驚きを見せる。

 教育リーグよりもさらに後の時期、オフシーズンに温暖な地域で開催されるウィンターリーグは、プロ選手の登竜門と言っても過言ではなく、球界での生き残りをかけた競争の場となっている。

「私、実は女子チーム経由で申込みしていたんだ。選手登録してもらえるかどうかは分からないけど、ダメもとでね」

「...そうなんだ」

 珠音はまるで”初めて知った”とでも言いたげに返答する。

 実際にはチームから当然の如く、参加希望の有無については問い合わせが来ており、返答期限は翌日正午と定められていた。

 シーズン成績も優れず、教育リーグで期待値を感じさせる成績を収められていない自分が、希望申請したところで通るはずがない。

 珠音の折れかけていた心は、自身の未来を決めつけていた。

 自身が望まない未来を、自身は認めてしまっていた。

「私は――」

 音声通話をビデオ通話に切り替え、珠音は大きく深呼吸する。

「私も申請したよ」

 嘘である。

 正確には、未来完了形での”申請した”。

「よかった。反応が悪かったから、まさか申請していないんじゃないかと思っていたよ。さすがは私の憧れた珠音だね」

「当然だよ!」

 例え挫けそうになっても、折れかけても、自身は前を向き、上へ上へと成長できる。

 珠音はこの瞬間、大切なことを思い出す。

 自分は1人ではない。

 珠音の瞳に陰った雲はスッキリ消え去り、その輝きは正しく晴れやかな様子だった。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21837846

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