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珠音いろ  作者: 今安ロキ
第2章 プロ野球編
59/75

1回表 プロ野球選手"楓山珠音"

楓山珠音は走り続ける。

自身が先駆者であることを自覚し、後に続く者のために。


女子プロ野球リーグに参戦して2年。

早々にリーグの顔となった彼女は更なる高みを目指し、新たなステップへと歩を進めた。

1回表 プロ野球選手"楓山珠音"


 雑踏の中よりも、程よく狭く静かなコワーキングスペースの方が集中できるようだ。

 学生時代、レポートや試験勉強に追われていた時期は友人とよくファミリーレストランで一夜漬けに勤しんだものだが、自身の性格や性分といったものに適した環境とは言えない場所で取り組んだからこそ、あくまでも"それなり"程度に留まっていたのかもしれない。

 自分の時間を自由に定められた学生時代ならそれでもよかったのだろうが、企業に雇用される社会人として限られた時間の中で仕事をこなさなければならない今、質とスピードの双方を両立させる空間の確保は必須だ。

「――ここの領収書、経費申請通るかな」

 スポーツ紙の新人記者となった立花真香―たちばなまこ―は、節約も兼ねて自宅からタンブラーに入れてきた紅茶を嗜みつつ、時間と書き進めた記事の進捗を交互に見る。

 1年目の"ペーペー"ながら学生記者として積み重ねた実績を評価され、立花はあるジャンルについてのみ、入社当初から"担当"を割り振られていた。

「女子プロ野球リーグの楓山珠音、トップリーグ挑戦の希望を表明」

 誤字がないか内容を再確認しつつ、作成した記事のためにと選んだ写真を視界の中心に捉える。

 映し出されている女性の名前は楓山珠音かえでやまたまね

 前々回の選抜高校野球選手権大会において、高校硬式野球史上初めて公式戦のグラウンドに選手として出場を果たした女性選手、その当人である。

 その前年より高校野球界に現れて以降、常に衆目の関心を集め続けた彼女は、高校野球の次の活躍の場を拡張が進む女子プロ野球リーグに定めた。

 以来2年間。

 彼女は瞬く間にトップ選手に君臨し、リーグの"顔"と呼べる存在となっていた。

『"厳しい環境こそ、彼女の求めるべき挑戦先と言えるだろう"』

 立花は文末にそう書き加えると、パソコン画面を閉じてコワーキングスペースを出る。

「話題性は十分だし、どこかしらが手を挙げるだろうけど......」

 既に女子プロ野球界で敵なしとなった珠音に、その場に座すなどといった選択肢を持ち合わさないのだろう。

 ホームに滑り込んできた電車に乗り込むと、立花はパソコンを再び開く。

『先駆者であり続けるため、彼女は走り続けなければならない」

 立花は思いついたフレーズを一通り箇条書きすると、耳にイヤホンを差し込む。

 周囲の雑踏を遮断すると、取材先から戻る車窓になど目もくれず、立花は原稿作成にだけ集中した。



 女子プロ野球リーグは珠音の存在により衆目を集めて以降、トップリーグの支援による拡張が行われ、東日本に4チーム―東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県―、西日本に2チーム―大阪府、京都府―の計6球団による前後期制のリーグ戦が行われている。

 珠音は合同トライアウト後を経てプロ入り後は埼玉県のチームに所属し、エースとして早々に君臨していた。

 所属2年目となるタイミングで京都府チームに所属していた鍛冶屋茉穂が移籍してきて、2人はチームメイトとなっていた。

「わぁ、立花さんがまた記事にしてくれたよ」

 珠音がソファに寝転がりながら、スマートフォンでスポーツニュースを確認する。

「トップリーグ挑戦のこと?」

 茉穂が2人分の朝食をソファ前の机に置く。

 泊まりで遊びに来ている――というわけではなく、2人は茉穂の移籍以降、ルームシェアして暮らしていた。

 一応は"プロ野球選手"の肩書を持つ2人だが、トップリーグの支援を受けられるようになってこそいるものの、所属リーグやチームに決して太いスポンサーが付いているわけでないこともあり、選手としての収入は薄給と言わざるを得ない。

 球団も選手寮を備えている訳ではないため、一社会人として生活する上での策である。

「そそ」

 以来1年、茉穂は過剰なスキンシップに時折悩まされる以外、金銭面を含めた生活は比較的安定したと言える。

 だが、スポーツ選手として高みを目指す上ではまだ、安定よりも挑戦こそ求められる年齢と言えるだろう。

「どこか指名してくれるといいね」

 茉穂の言う"どこか"とは、当然の如くプロ野球トップリーグ所属チームを指し示している。

 12球団で運営されていたプロ野球界が再編されたのは、かれこれ14年前。

 トップリーグには4球団が新たに参入し、16チームが2リーグ4地区に分かれてペナントレースに挑んでいる。

 東京都に本拠地を構えている2球団を始め、北海道、宮城県、埼玉県、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府、兵庫県、広島県、福岡県を保護地域とする各球団に加え、新規に開業した新幹線を含む交通ネットワーク上に位置する新潟県、長野県、静岡県のほか、四国新幹線の開業を控えていた愛媛県に新たな球団が加わっていた。

 リーグ拡張には競技人口の減少傾向に歯止めをかけつつ地域に根差す球団経営を行うことと、門戸を広げ人材育成の場を設けることが目的に含まれており、静岡サンオーシャンズ以外の3球団は従来の2軍とは異なるチーム運営が成されている。

 新潟県を保護地域とする新潟アイビスと長野県を保護地域とする信州ターミガンズの傘下として計6球団―本拠として新潟県、富山県、石川県、福井県、長野県、群馬県―が、愛媛県に本拠を構え四国全域を保護地域とする四国アイランドパイレーツの傘下には4球団―各県1球団ずつ―が所属し、それぞれ"北陸上信越リーグ""四国リーグ"と銘打ったルーキーリーグを運営している。

 従来の2軍チームによるリーグはそれぞれ東日本、西日本ファームリーグと正式に名前を変えていたが、静岡サンオーシャンズを加えての従来方式では東日本地区に7球団、西日本地区に6球団―静岡は西日本扱い―の計13球団と奇数での運営を余儀なくされてしまい、各球団から派遣された人員による合同チームを結成して"余った"球団と試合を行うこととなった。

 流石に運営効率の悪さが問題となり、ルーキーリーグ参入を目指し各地で興っていた設置準備室の内、東日本の運営組織を集約の上、栃木県にファームリーグのみ参入のチームが設置された以降、所謂"プロ野球チーム"とはトップリーグ16組織に栃木チームを加えた計17球団を指す用語となっている。

「調査票が届いた訳でもないし、小娘が何を言っているんだか。そう言われても仕方がないと思うけど、希望を言葉にする、何かしらの行動を起こすことで、未来は変わるかもしれない。そう思ったら、何もしないままではいられないよ」

 行動を起こし続けてきた彼女だからこその言葉。

「流石だね」

 茉穂は短く感嘆の言葉を伝えると、朝食を摂るよう促す。

「兎にも角にも、ご飯を食べてしっかりエネルギーを蓄えないと」

「何もできないね。いっただっきまーす」

 ドラフト会議は2週間後。

 報道が出たからには多少なりと報道関係者も訪れるだろうし、例え僅かだとしてもアピールになるならば機会を無駄にできない。

 2人は片付けを手早く済ませると、飛び出すように練習場へ向かった。



 迎えたドラフト会議当日。

 珠音はチーム本拠地傍にある球団事務所に詰め、ドラフト会議の中継を眺めていた。

「以上、選択会議を終了いたします」

 進行を務めるアナウンサーの声が発せられても、会場に漏れ出した溜め息は僅かだった。

 高校野球以上に、野球選手としての"能力差"は歴然としている。

 野球界を賑わせた"アイドル"としての実績から一定数のメディア取材を受け続ける身ではあるが、それ以上の活躍ができると考えているのは、近しい存在以外ではそれほどいないのが現実だろう。

「これより、育成選手選択会議を開始いたします」

 支配下登録選手のドラフトが終了してすぐ、育成選手の指名を目的とした会議が開始される。

 トップリーグ16球団に加え、このタイミングからファームリーグにのみ参入している栃木ブラーゼンズの首脳陣が会場入りし、リストと睨めっこする。

 かつての呼称ならば"2軍"とはいえ、プロ野球選手であることに変わりは無い。

 チームを勝利に導き、球界の発展に貢献できる人材を獲得する。

 ドラフト会議の本質は、入団後の契約形態の違いがあっても変わらない。

「(私に、その価値が認められるのか)」

 珠音は会議の様子から神経を離すことはない。

 長針が進むとともに、一人、また一人と茨の未来に足を踏み入れていく。

 指名終了の宣言が連続し、最後まで残ったのはブラーゼンズただ一球団。

「楓山珠音」

 今年の会議での、正しく最終指名。

 誰もが諦め、ここまで残ったことが徒労になってしまったと後悔に苛まれたタイミングで、一発逆転の満塁ホームランとでも言ったところか。

 テレビ番組には速報が流れ、指名によりもみくちゃにされる珠音の様子は、プロ野球史上初の女性選手誕生の快挙として、夜の報道番組を賑わせる。

 楓山珠音。

 高校野球に革命をもたらした女性選手の名はまたしても、野球界に衝撃をもたらした。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21568700

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