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珠音いろ  作者: 今安ロキ
幕間 ―いろに染まり―
58/75

進むあの背を、追いかけて ―糸口希望―

先人が偉大であればあるほど、続く次代はその幻影に苛まれるものである。

新チーム移行後、それまでの勢いを完全に失いつつあった鎌大附属硬式野球部で、女子班キャプテンを務める糸口希望はチームの戦績とそれを受け止める部員の雰囲気にもどかしさを覚えていた。


世間に一石を投じ、正しく大変なことをしでかした憧れの先輩たち。

そこへ一歩でも近付くべく、希望は声を上げる。

進むあの背を、追いかけて ―糸口希望―


 部活動、取り分けて運動部における上下関係は、時代を経ても未だ色濃く残っている。

 幼少期より打ち込んだ競技において生じる"1年"の差は体格と経験の双方に大きく影響を及ぼし、即ちレベルの優劣として明確になりやすい。

 小学校高学年から中学校ではより顕著に現れるものの、身体の成長曲線が緩やかになる高校ではいくらか軽減されるだろうが、やはり環境変化を伴った1年分の経験差は拭いようがない。

「先輩たちが"大きすぎる"」

 鎌倉大学附属高校硬式野球部が新チームに移行してしばらく経ち、神奈川県南部の高校硬式野球部による湘南杯を間近に控えたころ。

 部内ミーティングで女子班リーダーを務める糸口希望は思わず天を仰ぎ、無意識のせいか、思いのほか大きめの声で愚痴をこぼしてしまう。

 しかし、悪態とも言える彼女の発言を咎める者はいなかった。

「――ホントだよ」

 深いため息の後、キャプテンを引き継いだ外野手の山川から漏れ出た小声の呟きこそ、正しく部員の相違だろう。

 前年の秋大会以降、1年生ながらレギュラーポジションを確保し、1学年上の先輩を間近に感じ続けた彼だけに、言葉の重みが違うように感じられる。

 それほどまでに、楓山珠音を筆頭とする3年生の抜けた穴は大きすぎた。

 秋の関東大会を勝ち上がって選抜高校野球選手権大会への出場を果たし、夏の県大会でベスト4の成績を収めた1学年上を中心とするチームは、間違いなく創部史上最高の存在と言っていいだろう。

 世間で物議を醸した女子選手の大会出場を認めさせ、史上初の男女混合チームを編成したうえで全国から激戦を勝ち抜いたチームが出揃う大会を勝ち上がり、組織の違いはあれどプロ野球選手を2名輩出した。

 それまで無名校だっただけに当初は必然的に色物扱いされたが、実績を重ねることで雑音を跳ね除け続け、突き出た杭は沈むことも折れ曲がることもなく、確固たる存在として君臨し続けた。

 個性を磨き続けた牽引者たちがチームを去り、残された者たちはその呪縛に囚われる。

 それもまた、必然であろうか。

「ぼやいても何かが変わるわけじゃないから、俺たちは俺たちなりに頑張ろう。大会までの練習スケジュール案はまとめたし、監督に提出しよう」

「そうだね」

 希望はノートを閉じ、同級生を追う。

 彼女たちが目指す姿と比べれば、目の前の背中を追うことなど造作もなかった。



 今の鎌大附属硬式野球部に、飛ぶ鳥を落とす勢いだった夏までの強さはない。

 新チーム移行後の大会では苦戦が続き、秋大会は地区こそ勝ち抜いたものの、県大会では現実を叩きつけられた、という表現が適しているだろう。

 元より資金力も全校生徒数も心もとない公立大学附属高校にすぎず、多少なりと入部希望者が増えたが、中学時代から有力とされる選手が進学先として選ぶには、あまりにも地力が弱すぎた。

 ここ1年の輝きなど正しく刹那、報道の通り"旋風"の表現が適しているだろう。

「もっとも、女子班に限れば有望株がたくさんいるんだけどね」

「私たちみたいな経験者、かつ野球を続けたい身としては、通いやすいところってだけで進路先の第1候補になるからね」

 部活終わり、女子班の副キャプテンを務める捕手の新妻とチームの現況を離しながらの帰り道。

 彼女もまた、楓山珠音の存在が地域紙に掲載され、野球部に女子班が結成されたことを知って志望校を変更した"女子班2期生"の1人である。

 楓山珠音、伊志嶺まつりを中心とした1期生とともに男子に交じって練習に励んだ彼女たちの戦績は優れており、まだまだマイナーと言える女子高校野球界において、鎌大附属硬式野球部を単なる"新規受け皿"に留めなかった。

 3期生として入部した今年度の1年生は実力者が揃っており、4期生として未来の後輩になるであろう中学3年生向けの練習体験会への応募は定員オーバーとなった。

「それでも、男女差を埋めるのは難しい」

「と言いつつ、私と違ってレギュラーポジションを貰った人に言われても...」

 湘南杯で2人はベンチ入りを果たしており、希望はサードのレギュラーの証である背番号5を渡されていた。

 希望は秋季地区大会と県大会の時点でもベンチ入りは果たしていたが、サードのレギュラーを担っていた選手のケガにより、本来のポジションであるセカンドではないものの、持ち前の野球センスを評価されての抜擢であった。

 これは、二遊間でコンビを組んでいた伊志嶺まつりでも成し遂げられなかった快挙でもある。

「――レベルが違うよ」

 希望の言うレベルとは、競争相手を指し示している。

 まつりの競争相手は前キャプテンの二神勇翔や大庭洋輔など、珠音と苦楽を共にした強者たちである。

 別に同級生のライバルが遥かに劣っている、というのも失礼な話だが、傍から見る限り意識面含めた実力差があるのは明白であり、残念ながら当人たちも自覚を持ってしまっている。

「だからこそ、私たちが頑張ってチームを底上げしないと」

 希望を突き動かすのは、夏大会前から考えていた感情である。

 どんな結末を迎えるにせよ、夏を迎えれば自分たちの学年を中心とした新チームが結成される。

 多かれ少なかれ、男子部員には「女子に負けるわけにはいかない」という感情が沸くに違いない。

ついでに言えば、いいトコロを見せたいという感情も当然ながら沸くだろう。

 ならば、女子でベンチ入りの座を伺うほどの実力者が1人でもいればそれだけチーム内のレギュラー争いが活発化。部員たちは切磋琢磨し、野球部のチーム力が向上するだろう。

 つまり、この野球部の成績は女子部員の頑張り如何で決まるとも言える。

「責任重大だね、私たち」

「――そだね」

 少しだけ満足そうな新妻に対し、希望はいくらかぶっきらぼうな声を出す。

 革新を果たした2代目として、現状への不満がこぼれ落ちた。



 できる限りの準備を整え、臨んだ湘南杯。

 オフシーズンに差し掛かろうというタイミングで催された大会では、強豪校ともなれば主力選手の全てを選手登録はしていない。

 それでも、現状では中堅校という評価が適している鎌大附属では、対戦校として力不足だった。

「まぁ、できることはやったよね」

 3回戦で敗退後、新妻が呟いた言葉は正しく、チームに漂う雰囲気を表していた。

 初戦、2戦目と試合の趨勢が決まった段階でのみ出場した彼女に対し、希望は3戦とも1番三塁手としてフル出場を果たしていた。

 身長160cmでバットコントロールに優れる彼女に対する、粘り強く出塁を目指す打撃を期待した采配に、希望はよく応えてみせた。

「足りないよね」

 女子選手としては俊足に分類される彼女も、混合チームでは平均以下。

 男子の速球を前に押し込まれ、安打こそ初戦しか出なかったものの、彼女はトップバッターとして四球を3戦で7個選び、計8回出塁した。

「先輩たちみたいにはなかなか上手くいかないな」

「仕方ない、仕方ない。あの人たちが凄すぎたんだよ」

 それでも、希望はこの結果に満足していない。

「――くっ!」

 個人の実力不足だけでない。

チームの雰囲気を覆せない歯がゆさが、次代を担う彼女の悔しさに拍車をかける。

「みんな、聞いて欲しい」

 希望の震える声に、チームメイトの視線が集まる。

 彼女の憧れた1学年上の先輩たちは、文字通り"大変なこと"なことをしでかし、世の中を大きく変えた。

「目標とするだけじゃ、憧れるだけじゃダメだよ!」

 自分たちには真似できない、正しく世間へ一石を投じる一大事。

 結果として届かなかったとしても、超える努力は惜しみたくなかった。


 この年の12月。

 キャプテン山川の発案が採用され、チーム内の役割が変更された。

 糸口希望はチーム史上初となる混合チームのキャプテンに就任し、以降の大会でも三塁手のレギュラーポジションを死守し続ける。

 追い越せなかったとしても、例え最後まで届かなかったとしても。

 追いかけ続けること。

 それは正しく、高みを目指す彼女の原動力となった。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21294258

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