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珠音いろ  作者: 今安ロキ
幕間 ―いろに染まり―
55/75

原石の欠片たち ―おっさんズナイン—

今をときめくスター選手たち。

その周囲を固めるスターダストたち。

彼らは皆、同じスタートラインに立っていた。


ダイヤの原石たちは己を磨き磨かれ、唯一無二の価値を引き出そうと鍛錬に励む。

だが、研磨方法を間違えれば、原石もたちまち価値を失い、石ころへと変わってしまう。


それでも、まだ自分の価値を見出せていないだけかもしれない。

原石は光り輝くその時を目指し、自らを磨き続ける。

原石の欠片たち ―おっさんズナイン―


 煌びやかな姿をショーケースに並べる宝石たち。

 訪れる人々を魅了するその姿は古来より価値あるものとされ、採掘する者、加工する者、売買する者はそれぞれに巨万の富を得て、地位と名声を得る。

 そして、掘り出された原石の全てが"価値"となる――訳ではない。

 原石はより価値ある姿に変わるべく加工され、最も煌びやかな姿へと造形される。

 その際に生じる破片の中には再加工されて価値を見出されるものもあるだろうが、塵となって削り落とされた有象無象につけられる価値は微々たるもの。

 才覚ある者を"原石"と呼ぶが、あくまでもこれから待ち受ける試練を経て削られた先、どのような価値となるのかを指しているにすぎないのだろう。

 見方を変えれば、ドラフト会議などと呼ばれ"同期"が存在する場合、複数人で構成される彼らこそが"原石"であり、その中から価値を探り当てるための博打とも言えるだろう。

「まぁ、そう卑屈になるな。お前はそれなりに"長く"やれているんだ。それだって、一つの価値だよ」

 ある日の練習終わり。

 前日に一軍登録を"また"抹消されて気落ちする自身を気遣ってか、二軍コーチがポンと肩を叩いて励ましの声をかけてきた。

「今回は先発ピッチャーのローテ都合もあったし、監督としても悩んだはずだ。次に上がった時、思いっきり見返してやれ」

「......分かりました」

 自分に"次"はあるのだろうか。

 季節は8月を迎えており、シーズンも最終盤に差し掛かろうという頃合いである。

 優勝争いから早々に脱落した静岡サンオーシャンズは、オールスター明けより次年度を見越した若手の積極起用にシフトしつつある。

 特に、高校から社会人を経て加入した22歳ルーキーの外野手2人は頭角を現しつつあり、レフトを主戦場とするチームの顔の選手が昔取った杵柄でグラブをファーストミットに持ち替える程である。

 コーチもあぁは言うが、先発ローテーションの都合ではなくあくまでも野手の入れ替えにすぎないのが実情だろう。

「あれ、(さかき)さん。荷物なんかまとめて、どうしたんですか?」

 ロッカールームに戻ると、ロッカーが隣どうしの1年先輩外野手が荷物を大きなカバンを持って、正に出ようとしているところだった。

「1軍に呼ばれたよ。大方、守備のいい2人をレギュラー起用している分で守備要員が不足したんだろさ。お前の分も、代打で気を吐いてみるよ」

「期待しています」

「サンキュ」

 少なくとも、出ていった先輩は"戦力"として認められている、ということだろう。

 実質消化試合になりつつあるとはいえ、シーズン終盤に1軍へ呼ばれたのだから。

「俺も、荷物を整理しておこうかな」

 34歳、来年には35歳。

 新規参入したばかりのチームに即戦力の長距離砲と期待されて入団し、プレーを始めたのが26歳のオールドルーキーから9年目のシーズンが、間も無く終わろうとしている。

 ひとり身ならまだいいが、自分には守るべき妻と子どもがいる。

 十川大悟(そがわだいご)は深い溜息をつくと、帰りの道すがらに求人サイトへ登録した。



 秋口のドラフト会議は、将来有望な選手の前途に多いに沸き立つ陰で、多くの選手に"クビ"が通告される時期でもある。

 職業として"プロ野球選手"を名乗れる人数には上限があり、新しく加わる者があれば、去る者がいるのも当然である。

 球団関係者に呼ばれ、青ざめた表情をして歩く同僚の姿は、目に焼き付いて離れない。

 次は自分だろう。

 そんなことを考えているうちに、目の前には今季年俸からいくらか減じられた契約書が差し出され、十川は深く考えることなく判を押した。

「クビだと思っていました」

「まぁ、普通だったらそうだろうね」

 十川の考えを、球団編成担当者は否定しなかった。

「ドラフトで右のパワータイプの選手を獲得できなかったのと、今年は"出物"が乏しくてね。十川くんは来季加入予定の外国人内野手の"保険"ということさ」

 自分よりもまだ若く同じタイプの選手がいれば、自分はクビだったということだろう。

「確かに、保険金としてはお手頃価格ですね」

「不服かね?」

「判、押しましたよ。ひと花咲かせるまでは、辞めるに辞められませんから。年俸以上の活躍をしてみせますよ」

 十川は心の片隅程度でしか思っていないことを、さも本心のように語る。

「期待している」

 編成担当者は一応の満足を得られたのか、特筆した感想を述べることなく十川の背を見送る。

 十川自身、申し訳程度の記者会見で同様の言葉を述べ、ついでに契約を延長した球団への感謝を述べる。

 殆ど期待されなかったとしても、これくらいのリップサービスくらいはしてやろう。

「お疲れ。今日はオフだし、それぞれの契約延長祝いに呑みに行かないか?」

 会見場を後にすると、控え室には減俸の上で契約延長を勝ち取った同年代の顔が並んでいた。

 1年先輩の榊は広い守備範囲と強肩が売りの外野手だが、パンチ力はあるものの確実性に欠ける打撃がネックで、以前の首脳陣から守備要員として起用されて以降、その立場に甘んじている。

 同い年の井戸はデビュー当初こそ打率を稼げる内野手として期待されたものの伸び悩み、特筆した守備力もないことから放出され、2年前に内野レギュラーのバックアップとして金銭トレード加入した静岡サンオーシャンズが4球団目という苦労人である。

 2年後輩の城所は5年前にトレード加入した投手で、先発・中継ぎ起用を柔軟にこなす一方でこれといった武器に乏しく、確固たるポジションを掴めないまま1軍と2軍を往来することが多くなっている。

 30代中盤まで"プロ野球選手"を名乗れる実力は間違いないのだろうが、年齢も加味すれば首の皮一枚で僅かにしがみついているにすぎない。

「まぁ、やれて来年が最後だろう。この野球人生に悔いがないわけじゃないが、どうあがいたところで、何かが変わるもんでもないだろうな」

 お互いの境遇が分かるだけに自然と連帯し、美しく磨かれた宝石を目立たせるパーツとなれれば本望である。

 個室で時折、深い溜息を付きながら酒を酌み交わしていると、夜はあっという間に更けていった。



 球春到来。

 識者がそれぞれに順位予想談議に花を咲かせる頃、一足早く開幕したファームに、4人の姿があった。

 それも、レギュラーとしてではなく、控え選手としての扱いである。

「ここは育成の場だからな。若い選手に出番を与える都合ですまないが、1軍に昇格した時と同じ起用方法をするつもりだ」

 暗に、昇格したところでレギュラー起用されることはないと言われているようだったが、いちいち目くじらを立てても仕方がない。

「分かってますよ」

 十川は淡々と語る裏に、諦めの色が隠せていなかった。

 今年は2軍でも出番が殆ど貰えないかもしれない。

 いつクビを言い渡されてもいいよう、以前に登録した求人サイトを見る時間が徐々に増えた頃、十川は2軍監督室に呼び出された。

「なんだ、榊さんも呼ばれたんですか」

「なんだとは何だ」

 同じく榊も呼び出されていたらしく、2人揃って監督室の扉を開く。

「いいタイミングだな。2人は明日から1軍に合流してくれ」

「......何かありましたか?」

 監督の表情には、送り出す2人への期待ではなく、不安の色に染められていた。

「先ほどの横浜戦で、ファーストの赤月とライトの卜部が接触してな。2人とも病院へ搬送され、まだ怪我の詳細は分かっていないが、かなり長引きそうなんだ」

 名前が出た2人はどちらもチームが期待を寄せる若手から中堅選手であり、今シーズンは開幕当初からレギュラー起用されていた。

「ただでさえジェームズが打撃不振、黒澤も不調でベンチを温める機会も多くなってきた状況なのに、よりにもよって打撃好調な2人が離脱するなんてな」

 監督は深い溜息をつくと、改めて2人を見遣る。

「チームとしては痛手だが、2人には大きなチャンスだ。頑張ってくれ」

「はい」

 どうせ、程々のタイミングで自分は2軍に落とされるのだろう。

 十川はやや自嘲気味な笑みを心の内で浮かべ、監督室を後にした。



 十川の予想は、大いに裏切られることになった。

 むしろ、これほど"最悪"な状況を想像できる人物はいなかっただろう。

 十川と榊の1軍昇格の直後から、レギュラークラスの選手に離脱者が続出し始める。

 正捕手の浜田が右肩の故障で離脱すると、新外国人選手のジェームズが打撃不振を原因に2軍落ち、ルーキーで開幕からセカンドのレギュラーを担った覚前もプロの洗礼を浴び、長らく安定した成績を収めていた外野手の黒澤も肉離れで降格、他にもローテーション投手が1人また1人と離脱した結果、開幕スタメン選手が2人しか残らない状況にまで陥っていた。

「この苦境、全員で乗り切るぞ」

 1軍監督の葛城はあらゆる手立てでゲームプランを立てるものの、なかなか思い通りにならない。

打開策が見いだせない状況のまま間も無く5月が終わろうとしていた。

「あぁ、くっそ」

 この頃には、開幕を2軍で迎えた30代中盤の4人も一軍に集合してそれぞれスタメン出場していたが、結果は鳴かず飛ばずといったところだった。

「(まぁ、こんなものだろう)」

 決して口に出すことはなかったが、十川の胸の内はシーズンに対する諦めで満たされつつあった。

 今シーズンのおかげで、来年ももしかすると契約してもらえるかもしれない。

 そんなことを考えるようになっていた頃だった。

「楓山、この記事の楓山珠音って、お前の親戚か?」

 チームミーティングのためにロッカールームに顔を出した監督の葛城が、浜田に代わって捕手を務める若手の楓山将晴に話しかける。

「親戚どころか、妹ですよ」

「へぇ、凄いな。女子で男子もいる大会に参加して、堂々のピッチングじゃないか」

「ありがとうございます。最初はビックリしましたが、ルールを変えてでも公式戦出場を目指すだけじゃなく、キチンとした結果を出しているんですからね。妹ながら、末恐ろしいです」

「まったくだな」

 葛城は視線を将晴から全体へと移す。

「みんな、聞いて欲しい。今、うちはどんな状況だ?離脱者は復帰の目途が立たず、まともな実績のある選手すら満足にいない、とてもシーズンを戦える"プロ集団"では無いだろう。だが、これよりも困難な状況で野球に取り組む少女がいる。高校野球で公式戦に出場できない女子選手が、その権利を勝ち取るために日々努力を重ねている。それだけ野球を愛して、男子にも負けない努力をしている女子選手がいる。これだけ野球を愛してくれている人がいる。夢を持って、取り組んでいる人がいる」

 葛城の言葉に、全員が黙る。

「君たちはどうだ。野球を愛しているか。夢を持っているか。そして、これまでに野球を愛してもらえるよう、夢を与えられるようなことをできているのか」

 十川は全身を打ち付けられるような思いだった。

 求人サイトを眺め、1軍の舞台で活躍する気概などまるでなかった自分は、果たして"プロ野球選手"なのかと。

「――できてない」

 ミーティング会場を包む静寂を打ち破ったのは、十川だった。

「楓山の妹だったか。そんなにも強い想いを持った女の子が野球に対して真摯に取り組んでいるのに、本来その目標とならなければならない自分たちは夢を与えられる存在になれていない。このままズルズルいってしまったら、今年もサンオーシャンズはファンに何も残せない」

 十川の声に、集まった面々が頷く。

「監督、サンオーシャンズはここから巻き返しますよ」

 この日を境に、十川ら30代中盤の選手を中心としてチームが奮起し、サンオーシャンズはグングンと順位を上げるようになる。

 正しく、眼の色が変わったとでも言える、このシーズンのチームの転換点だった。



 シーズン中盤以降、十川を筆頭とし、これまで鳴かず飛ばずだった中堅からベテラン選手の奮起が目立ち始める。

 十川は入団のきっかけとなった長打力を存分に発揮し、規定打席にこそ到達できなかったものの本塁打数は30を超え、過去9年の通算成績を上回るキャリアハイを残した。

 榊は持ち前の優れた守備力だけでなく、パンチ力に勝負強さが加わって5番ライトに定着、井戸はセカンドのレギュラーとして打率3割を含む安定した成績を見せ、城所は先発としてキャリア初の二桁勝利を収めるに至った。

 他にも、戦力外通告の当落線上に位置するであろう選手の奮起が目立っている。

「みんな、知ってるな?」

 この日はマジック1で迎えた優勝決定戦。

 試合前、声出し担当は十川だった。

「この中には、今年結果を出さなかったらクビだった選手が何人もいる。若い奴には悪いが、1軍登録メンバーの平均年齢が31歳を超える日々が続いて、俺たちのチームは"おっさんズナイン"と呼ばれているそうだ」

 十川の言葉に、チームメンバーが苦笑する。

 華やかなプロ野球の世界にしては、少々似つかない渾名だ。

「だが、それが何だ。ただ長くやっているだけではない。俺たちは"プロ野球選手"として、ファンに夢を与えなければならないし、そこに年齢は関係ないさ。そして、俺たちが"プロ野球選手"としての誇りを思い出させてくれた"勝利の女神"が今日、スタンドに駆け付けてくれている。俺たちのカッコイイ、イケオジな姿を見せつけてやろう!」

 掛け声とともに、ナインがグラウンドに散らばっていく。

 この日、静岡サンオーシャンズは横浜ポートスターズに勝利を収め、球団創設12年目にして初優勝を収めるに至った。

 実績の乏しい選手たちの活躍は社会で働く"おっさん"たちに勇気を与え、メディアを大いに賑わせる。

 試合後。

 サンオーシャンズナインは"勝利の女神"こと楓山珠音を招き、チームとしての感謝と激励を送ると、メディアはこぞってこのことを取り上げた。

 珠音から転換点のキッカケを与えられた彼らは、プロ野球選手という夢を与えられる存在として、彼女に転換点を"お返し"する。

「君の今の目標、将来の目標は何だね」

 葛城は珠音に優しい表情で語らいかける。

「私の今の目標は、私を受け入れてくれた仲間と一緒に公式戦に出場して、甲子園に行くことです。そして、その後は女子プロリーグに行って、いつかプロ野球初の女子選手になります、なってみせます」

 この後、珠音を始めとした高校硬式野球における女子選手の公式戦選手登録が特例で認められるようになった。

「いつか、彼女は本当の意味で"プロ野球選手"の肩書を手に入れるかもしれない。それまでに俺たちは引退してしまうだろうが、それがこれほど悔しいことはない」

 優勝の恩恵を受け、上がった年俸。

 この中で誰も年間表彰(個人タイトルなど)に縁が無かったのは残念だったが、それも正しくチームとして勝ち取った優勝の証であることは間違いなく、眩いまでの輝きは周囲とのコントラストなくして引き立つことはない。

 これまでよりも若干、金額の高い店舗に集まった"おっさんズナイン"の中心選手たちは、楓山珠音の成果を喜ぶと同時に、"おっさん"と呼ばれる自らの年齢を呪った。

Pixiv様にも投稿させていただいております。

https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=20585772

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